異世界転生したら俺のリモート魔法が最強だった件について
「カルブラーナ・フェルト、魔力量2、魔力操作1、攻撃魔力2、回復魔力3」
「三年にもなってこの成績とは…どういうことかねブラウザー先生?」
「これは…偏に僕の…僕の講師としての実力不足です…よく言い聞かせますので…どうか…」
そう言って先生は頭を下げて懇願する。
これでこの光景は五回目だ。
いい加減自分が情けなく思う。
明らかに先生にせいではない自分の実力不足なのにいつも先生は仕方がない、次頑張ろうと笑って許してくれる。
「大体君はねえ、毎回詰めが甘いんだよ…あの実験の時も君は…」
それから、いつもの長ったらしい説教が始まった。
「はい、はい。すいません…」
「ったく…本当気を付けるように、次はないからね」
俺たちはすっかり椅子と同化していた腰を上げて、学長室を出た。
「話、今日も長かったっすね」
「そう思うんだったら、もうちょっと成績上げようか?」
「すみません…」
「いいよいいよ、次頑張ればいい」
「じゃ、いつもどうりほれ」
コーヒーの紙パックを投げてくる。
おっとと言いながら手に取り、ストローを刺して飲み進める。
説教の後の謎の達成感に満ちてコーヒーを飲むこの時間が何気に至福の時間だ。
「次!カルブラーナ・フェルト!」
「は…はい…!」
舞台上のカーテンが開き、周りからざわざわとした声が聞こえる。
それはいい意味ではなく、悪い意味で。
しかし俺の気持ちは高揚していた。
何故なら…何故ならば…。
今日この日、異世界に転生したから!
「救急車!誰か救急車呼んで!人が…人が血を流して倒れてるの!ひき逃げよ!」
遠くから誰かの声がする。
目を開けると雨が降っていて、ぼんやりと赤い光が映っていた。
俺は…そうだ…久しぶりに会社に行って…それで…確か…最近リモート会議ばっかで…資料忘れて焦ってて……向こうから猛スピードで迫ってくる車に気が付かなかった…。
俺は…朦朧とする意識の中…家族のことを考えていた。
お母さん、お父さんごめん多分俺死んでもまた迷惑かけるのかなあ…。
俺はもう多分助からない。
確証にも近い。
段々と体温がなくなっていく体が、何よりもその残酷な現実を物語っていた。
体温とともに自分の意識までどんどんとなくなっていってるのが分かる。
このまま俺は…何処に連れていかれるのだろう。
天国が本当にあるのなら、そこに行きたいものだし俺は生前大きな罪も犯していないはずだ。
辺りが段々目をつむっていないのに暗くなってきて、さっきまで遠くに聞こえていた雨の降る音も誰かの声も聞こえなくなった。
完全に無音の世界。
とうとうその時が来たかと俺は覚悟する。
「君君、八重樫昭彦だね?」
「は…?」
後ろから声が聞こえて、俺は驚く。
咄嗟に後ろを振り返ると、そこには初老の老人で糸目の人のよさそうなお爺さんが杖を突きながら立っていた。
まったく音がしないこの世界、どうやって俺に近づいて来たんだ?そもそも誰なんだこの老人?
疑問が一気に押し寄せてくる。
軽いパニックになると俺はいつも唇の皮をむいてしまう。
だからいつもリップクリームを鞄に持ち歩いている。
しかし今はそれがない。
俺はさらにパニックになり、さらに皮をむいてしまう。
そんな悪循環に苛まれる。
「おやおや、顔を上げんさい」
「こりゃあ、君親からもらった体を傷つけるもんじゃないよ」
老人は俺の顔に手を近づけてきた。
俺はそれを避けようとしたが、体が全くピクリとも動かない。
「これこれ、動くんじゃあない。痛くはせんからじっとしてな」
老人の手が俺の頬に触れると、そこから何故か安心感とぬくもりを感じた。
母親に昔頭を撫でてもらっていた時のことを思い出す。
いつの間にかその手をどけられていて、俺も少し冷静になれていた。
「よしよし、これでどうかね」
「…ありがとう…ございます。あの…すいません。ここって…」
「うーむ説明はしずらいんじゃが死後の世界とも表現出来る場所と覚えておくとよい」
「さっそく、本題なんじゃが良いかな?」
「はあ…?どうぞ…」
「まず…お主には今からとある異世界に転生してもらうことになっておる」
「異世界に転生って…それ…なんかのドッキリかなんかですか?」
「嘘ではない。本当じゃ。信じてもらう方が難しい真実じゃが…」
「なんだって俺が?意味が分からんしついていけん」
「お主が選ばれしものだからじゃ。今はそれしか言えん」
「ただ…くれぐれも気を付けい。特別なのが自分だけと思っておったら、足をすくわれるぞ」
「だから、俺は行くなんて言ってない」
「ここに行かぬというなら、おぬしの魂は最悪消滅する可能性もあるが…どうする?」
「魂が消滅するということは、かなりの苦痛を伴うとされているぞ」
「これは誰かの体験談ではないが、わしらの間では地獄の苦しみとさえ評されておる…」
ごくりとつばを飲み込む音がこの無音の世界に響く。
一瞬、ほんの一瞬老人の口角が吊り上がったように見えた。
それが俺の唾をのむ音が聞こえたのかせいなのかどうかは分からない。
ただ、見間違いかどうかその時の俺にはわからなかった。
「何を根拠にそんなこと言ってるんです?根拠がないと、今の話は成り立ちませんよね?」
「な…なんと疑り深い…!いや…慎重というべきか…」
「ただ、根拠はあるぞ?」
「なら最初からそれを言ってくれるとありがたいんですが…」
「よくぞ言ってくれた!それでこそ…それでこそわしのの見込んだ勇者じゃ!」