下
翌日。
朝練の為、早めに家を出る。
………のだが、山の神様も一緒に行くと言い出した。
「家でおとなしくしていてください。」
僕はそう言う。
『カバンとやらに入って、じっとしとるから。な、良いじゃろ』
神様が目を輝かせる。
なんだろう、断り切れない気がする。
「分かりました。本当にじっとしていてくださいね。」
▪▪▪
午前中は何事も無かった。
………問題が起きたのは、お昼になった時だ。
「お腹空いたなぁ……」
カバンを開いて、弁当を持った。
(………あれ?)
お弁当が、妙に軽い。
開けてみると、空っぽになっていた。
そして、満足げな顔をした神様が横たわっていた。
「かーみーさまぁぁ?」
周りに聞こえないように小声で言いながら、神様の毛を引っ張る。
『……なんじゃ、なんじゃ!神様を乱暴に扱うな……ハッ』
我に返った神様は、怒った僕を見て慌て始めた。
『お、美味しそうな弁当じゃったから、その、つい……』
「神様がそんなことしたら、バチ当たりますよ?」
『……済まなかったのお』
これ以上、怒ってもしょうがない。
「仕方がない。購買部に行こう……」
教室を出て、購買部に向かった。
肩に、神様が乗っかっている。
……流石に外の空気を吸わせないと、と思ったからだ。
多分、僕以外には見られないだろうし。
購買部に着いたら、市葉崎さんが居た。
飲み物を買っている。
「あれ?購買部で会うの珍しいね。」
市葉崎さんが話しかけた。
「あ、いや、その。お弁当を忘れちゃって、パンを買いに来たんだ。」
ふと、彼女は僕の方を見て
「篠丸君、何か取り付いてない?」と言った。
肩に乗っている、神様の事だと察した。
『祓者族か。ここで逢うのは珍いのぉ』
……やっぱり神様だからか、祓者族の事を知っているみたいだ。
「実は………」
隠すことは出来ないと悟って、神様の件を話した。
「八羽織山の神様ねえ、にっちゃんのお父さんに聞いた方がいいかも。」
平阪神社は小規模ながらも歴史は古いと聞いている。
確かに、市葉崎さんの言う通りかもしれない。
「………と、いけない。お昼過ぎちゃうね。またね。」
そう言い残して、市葉崎さんは購買部を後にした。
▪▪▪
その日の放課後、平阪神社に行ってみた。
(ちなみに、神様は家でお留守番中)
神主であり、平阪さんのお父さんである知三さんが境内を掃除していた。
「こんにちは。」
「……おや、篠丸さん。こんにちは。」
「今日は神主さんにお話があるのですが、時間ありますか?」
そう言うと、知三さんは微笑んで「どうぞ」と言った。
「あの、地元の八羽織山に関してなんですけど。……その、神様って居るんですか?」
そう聞くと、少し考えたと思うと奥から資料を持ってきた。
「確か、遠い昔の先祖が書いたとされる神様です。」
そう、一枚の絵を見せた。
まさしく、僕が見た神様の姿だ。
「あの、あの。その神様が祀られている祠ってのは?」
それを聞いた途端、知三さんの顔が曇ったのが分かった。
「すいません、聞いちゃいけないこと……でしたか?」
「そう言う訳では無いのですがな……八羽織ダムが出来た頃、その祠はダム湖の中に沈んでしまった、と聞いております。」
これで、ようやく分かった気がする。
誰にも祀られなくなったから、神様がここに来たんだろうな。
▪▪▪
家へ帰った。
そのまま、部屋へ戻った。
『お帰りなさい』
神様が、出迎えた。
『………わしのこと、分かったかの』
「うん。色々と―――」
『ほうか。なら、それで良い』
神様は静かにそう言った。
「神様。」
『なんじゃ?』
あの話を聞いてから、神様に謝りたい……そう思った。
人の造りしモノのせいで、神様の住みかを奪ってしまった事を……
『……うるし、とやら。話を聞いて、何かを感じたようじゃな』
「えっ?」
『わしゃあ、神様と言ってもそこまで人に害を成すことはせん。寧ろ、うるしと出逢って良かったと思っとるぞ。……心優しき子に、出逢えた事をな』
神様のところに、光が差し込んできた。
『ありがとうな、うるしよ』
そのまま、消えてしまった。
篠丸うるしよ
わしゃあ、もう誰にも忘れてしまう存在になると思っとった
……本当に、出逢えて良かったぞよ
神様がいたところには、同じ位の大きさの石が置いてあった。
きっと、僕に大切にしてほしいって言っているようだ。
絶対に、守ってあげるから。
心配しないでね。
絶対に。