上
あの出来事は、一生味わえないし忘れない記憶として刻まれた。
その出来事を、今からお話したいと思う。
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「うーん、今日の練習はおしまい……」
僕……こと、篠丸うるし。
僕は、弓道部に所属している。
朝練は毎日だが、放課後は個人で自由にやっても良い事になっている。
二学期末の大会に向けて、放課後も練習に励んでいた。
「帰ろっと。」
着替えを済ませて学校を出ると、家の方向へ歩いていく。
「確か、今日は市葉崎さん……『道導』の依頼だったな。最近行けていないや。」
僕の大切な友達の一人である、市葉崎夏帆さん。
彼女は、祓者族という、お祓いをする専門の人の末裔と聞いている。
悪霊に取り付かれた自分を助けて貰った恩があって、彼女の手伝いをしている。
もう一人の友達、クラスメートである平阪にちかさん。
平阪神社の娘さんで、市葉崎さんとよく二人一組で行動している。
僕が少し気になっている人、なんだけどね。
まあ、それはさておき……
最近、お二人に依頼を任せっきりだから大会が終わったら手伝ってあげないと。
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歩き始めて5分ほどで、ちひろ商店街のところに入る。
こっちの方が近道だしね。
(………?)
そろそろ商店街を抜けようとした所で、変な気配を感じる。
なんだろ……
『オイ、そこのあんた』
声が聞こえた。
ちょっとお爺ちゃんっぽい口調だ。
(あんたって、言われてもどこにいるんだろう)
辺りを見渡しても、どこにも居ない。
『足元を見なされ』
………足元?
ふと見ると、まりものような丸っこい生き物 (?) が居た。
「ひいぃ!」
思わず、ビックリして声が出てしまった。
周りの人が、僕を見ている。
(マズイ、この場を離れなきゃ)
そのまりもみたいなのを抱えて、僕は走り出した。
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家の近くの小さな公園に入った。
この時間なら、誰も居ない。
「……はあ、はあ。」
練習のあとだからか、いつもより走るのがつらい。
『なぜに、あの場から離れたんじゃ』
まりもが話しかける。
「だって、貴方は僕にしか見えていないような気がしたし、ビックリして声が出ちゃったから。」
『ほうか』
「……で、貴方は?」
気になった事を聞いてみる。
『神様じゃあよ』
………え、神様?
まりもっぽい、この生き物が神様?
『なんちゅう顔をしとる。これでも由緒正しき、山の神様じゃあよ』
話をもう少し詳しく聞くと、どうやら八羽織山の神様らしい。
「なんでまた、街に降りたんですか。」
『ここ最近、わしの住みかも奪われてしもうて。迷いに迷って、あんたに出会ったちゅう話じゃ』
これは、何かの運命なのかもしれない。
「じゃあ、僕んちに来てください。」
『ほう!そりゃあ、ありがたや』
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そのまま、家へ連れ帰った。
で、自分の部屋の片隅に、神様の住む小さなスペースを作った。
……まあ、使っていないカラーボックスに布切れを入れただけ、なんだけど。
あとは、少しご飯を盛り付けた。お供え物的な意味でね。
『ふむ。なかなか悪くないな』
お気に召したようだ。
『そうじゃ、あんたの名前を聞いとらんかったの。』
神様がそう言った。
「僕、篠丸うるしと言います。」
『ほう、うるしか。良い名前じゃな。』
……こうして、その日は終わった。