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透の心配




 魔法の全盛期は今や遠い遠い超昔。

 まじない、祈祷、その他様々な魔法に関連する事象は、現代社会においては知る人ぞ知る稀少な文明へと成り下がってしまった。

 この道一つで食っていけたのもほんの数十年前までだと唱えた大先生も、最期は隠遁生活の末に孤独死したとコウモリ便で伝わった。

 産業革命が起こり、明治維新が起こり、時代が移り変わる度に魔法というものの価値も存在も、段々と蚊帳の外に追いやられていった。

 かつては世界に名を連ねた大魔導師や大賢者の方々もも、ペテンや幻想家の代表格という認識。未だに信じてくれる人は少なくはないものの、そういう類いは多方面から変な目で見られ、後ろ指を指される。

 衰退した魔法文化の二次被害だ。いや、自然の摂理か。

 取り敢えず、私は魔法が好きではない。何せ、珍しくないが珍しいとなってしまったこの時代で、果たしてこの文明は必要なのかと、鏡で自分の顔を見る度にそう思う。

 朝は、顔を洗ったら精霊に見放されないように祈りを捧げるのが私の日課だ。これによって魔法の行使を許可していただくのだが、少々危うい。

 私が祈っている傍らで、太った小人がポテチ(黒胡椒味)を勝手に食べている。これが精霊の現状だ。

 実に堕落したものだ。お陰で、使える魔法も激減してしまった。

 精霊は人間の言葉を使わないが、私のような魔法使いなら何となく程度だがわかる。


((黒胡椒、飽きた))


 知ったことか。だが、魔法は私に残ったたった一つの取って置きなので、今度の買い出しに行ったときにでも買ってきてやろうと思う。

 そう言えば、新作のやつが棚に並んでいたな。確か、エビマヨ味。絶対、塩っ気強いよな。あわよくば腹を壊しやがれ。

 そう思いながら、私は精霊からスマホを取り上げて部屋を出る。



 ◎



 魔法使いは何かと人脈が広い。有名な家柄に生まれれば、必然的に多くの魔法使いと出会い、縁を結ぶのが常だ。

 私はというと、普通の人間から魔法界隈に脚を踏み入れた。今は亡き師匠に魔法の才能を見込まれ、日本有数の魔法使い一家で、召使いとして働きながらその家の子供や他の召使い等と共に魔法の修行をした。ちなみに、師匠はその家の当時の主だ。

 世界的にも由緒正しき高名な家系であったのだが、魔法の需要が少なくなってしまった現代社会では衰退の一途を辿るのは当然の流れ。師匠が亡くなってから遺言に従って一家は離散し、召使いもそれぞれに慕っていた主人についていった。

 私も、末のお嬢様と共に今の住居兼職場であるアンティークショップに流れ着いた。ここの店長である弓曽木ゆみそぎさんも魔法使いで、お嬢様の家系とは深い繋がりがあるらしく、頼りにさせて貰っている。

 せめてもの礼として家事は全て私が行っており、個人的には大して暮らしに変化は無い。

 当然、今でもお嬢様の世話もしている。誰よりも早く起きて朝食の準備を済ませたら、お気に入りのバーテン服に身なりを整え、師匠から貰った青い蝶ネクタイの調子を念入りに正して、お嬢様の部屋の前に向かう。

 扉の表面に円を描いて、声をかける。


「お嬢様、起きていますか」


 私が使用したのは、遮蔽物を無視して声を通過させる魔法だ。

 十秒程間が空いて、解錠し、扉が開かれる。ボサボサのボブカットで、白シャツ一丁とだらしない姿の若い女性が出てきた。お嬢様だ。


「うるさいなぁー、頭ガンガンしてるんだから、あんまデカい声を出すなよなぁ?」


 ワシワシと頭を搔きながら、お嬢様はぼやいた。部屋からは酒の匂いが漂い、首を傾けて部屋を見れば、あれまぁと嘆息を吐かされる程に、缶ビールが中身を垂らして散乱していた。

 幸い、カーペットを敷いていないのが救いだ。


「また自棄酒ですか」

「うるさい、早く下行くぞ」

「その前に朝食と身支度を」

「はいはい」


 お嬢様は五分で済ませて、部屋から出てきた。

 髪型を綺麗に整え、お気に入りのゴシックドレスに着替えて、化粧もバッチリきめている。

 毎日毎日、身形にうるさく言った賜物だ。

 私はお嬢様の前を行き、二人して下階のアンティークショップに到着する。丁度、店長の弓曽木さんと鉢合わせた。

 登頂部のみ髪が抜け落ちて、河童みたいな髪型をしている御年六十二歳の弓曽木さん。彼も起きたばかりのようで、眠そうに目を擦っている。


「おお、とおるくんにメルちゃん。おはよう」

「おはようございます」


 お嬢様は素っ気なく顎を引くだけだった。


「今日はいい朝だね」

「そうですね。朝食の準備は済ませておりますので」

「いつも悪いね」

「お構い無く。お嬢様も、どうぞ」

「ん~」


 二人が朝食を召し上がっている間、私はアンティークショップの掃除を始め、開店の準備を進める。

 加えて、私やお嬢様の部屋も掃除する。八時を回るまでには終え、ごみをまとめては捨てて戻る。

 店の奥から、お嬢様と縦縞シャツにオーバーオールに着替えた弓曽木さんが出てきた。


「いやぁ、ごちそうさま。美味しかったよ」

「ありがとうございます。掃除も終わりましたので、いつでも店を開けられます」

「うん。じゃあ、開けようか」

「かしこまりました」


 私は、玄関口に掛けられた札を『close』から『open』に捲る。



 ◎



 三十分程が経って、本日のお客様一号が御来店された。

 バニラ色の日傘を持ったマダムだ。濃い口紅が特徴的で、洋風な貴婦人を彷彿とさせる。彼女はこの店に週に三度は来店される満羽みちば様だ。


「いらっしゃいませ」


 早速、私が接客に出る。


「おはようございます、透さん」

「おはようございます、満羽様。本日はどのような品をご要望で?」

「そうですね~。最近、目がボヤけてきて、よく疲れるのですよ」


 満羽様は頬に手を当てて、悩ましそうに言った。


「それはそれは、お辛そうな」

「そうなのですよ。だからね、透さん。何か目を良くしてくれるものはないものでしょうか?」

「かしこまりました。丁度、満羽様のような悩みを持つ方にピッタリの品がございます。こちらへどうぞ」


 私は、満羽様の荷物を小物の置かれた棚の前に案内した。

 木葉模様の香箱、円の縁がピンクの皿、蓋に赤銅色な目が施された手鏡等、多種多様な物品がある中で、私は手のひらサイズの鼈甲塗りの小筒を満羽様に差し出す。


「透さん、これは?」

「こちらの品は、店長の自信作でございます。口頭で説明するよりも、まずは試しに覗いてみてください」

「はい」


 満羽様は、私の言う通りに小筒の先端にある小さな穴にそっと目を通した。すると、満羽様の口角が大きく上がって歯を見せた。


「まあ、綺麗な模様。これは万華鏡なんですね」

「はい。それで、小筒から目を離して私の方に向き直ってみてください」


 また、満羽様は私の言葉をなぞって目を向けてくる。


「あら?」

「どうでしょう?」

「気のせいかしら? いつもより澄んで見えるような気がします?」


 満羽様はきょとんとしながら言った。


「はい。こちらの万華鏡、実は覗くことで視力を回復させる効果がありまして、視力の衰えてきた方々から人気の商品なのです」

「そう言えば、いつも眼鏡を掛けていた近所の方が、突然眼鏡を外すようになったのは」

「はい。恐らく、この品によるものでしょう。如何です? 軽くコンパクトで、アクセサリーとして飾れば優美になられますよ」


 満羽様は、小筒に魅惑されたように柔らかな笑みを浮かべ、答える。


「買いましょう!」

「ありがとうございます」



 ◎



 ――――と、言うように、魔法の需要は著しく少なくなってはいるものの、その効果を付加した道具は現在進行形で、微々ながらに普及している。

 弓曽木さんの、いつなんどきも色褪せない技術力があってこそ為される命綱だ。私にとって、弓曽木さんの作品を世に出回らせることを恩返しとしている。同時に、お買い上げいただいたお客様にとっても得になり、収入も得られる。

 一石何鳥になるのやら。

 しかし、必ずしも御来店為されるのは満羽様のようなお客様ばかりではない。そして、そういう方の存在こそ、私とお嬢様にとっては、ある種の弓曽木さん以上の助け船とも言える。もっと言えば、辛うじてたどり着いてくれた方舟だ。

 満羽様の後に若いご夫婦、老翁、同業の方が訪れ、そのタイプのお客様は十一時十六分に御来店された。

 初めて見る女性の方だ。これまで気品に溢れたお客様が多かったが、その方は見るからに地味な様相をしていた。

 年齢は、見た限りでは三十代前半程度。黒髪を肩まで下ろし、上は茶色いセーター、下にはジーンズを着用している。そして、何のまじないの気も感じない。――――私達とは違う一般的な人種だ。

 女性は勝手がわからない様子でその場に立ち尽くしているので、弓曽木さんとアイコンタクトを交わし私が対応しに向かう。


「いらっしゃいませ、お客様」


 軽く腰を曲げると、女性は少し下がった。

「えっと、ここは『世にも不思議な骨董品屋』で合ってますか?」

 女性はおどおどとした声で言った。その手には、メモらしき小さな紙がくしゃくしゃに握り締められていた。

 穏やかな様子ではないようだし、まずは質問に答えて安心させる。


「はい。合っていますよ。ようこそお越しくださいました。御用が御有りならば、私が対応させていただきます」

「では、“見てくれる人„は、居ますか?」


 女性は即訊ねてきた。

 どうやら、お嬢様のお客様だったようだ。

 私は弓曽木さんに目配せしてから、女性を店の隅にある棚と棚の間に案内した。一見するとただの壁だが、不自然な鍵穴が備わっている。

 円を描いて腕の一本分を通せる程度の穴を作り、内側から扉の鍵を開ける。テーブルが一つあって、その向こうで漫画を読むお嬢様が座っている。お嬢様専用の客間だ。


「お客様にございます」


 道を開けて、女性を通す。扉が閉じて、お嬢様が応対なされている間、私は扉から離れず、御用がお済みになるまで待機する。

 女性の様子からして、何かトラブルがあり、どこから聞き及んだのかお嬢様に助けを求めに御来店された。

 お嬢様が扱うのは、『見たものの先を知る魔法』だ。眼力を用いる占いの類い。なので、昔から重宝され、師匠であり祖父――――当主様にとても可愛がられていた。

 頼られることを嬉しく思い、時にご家族には内密に無償で相談に乗られ、解決なされることも多々あった。が、当主様がお亡くなりになり、更に魔法文化の衰退を悟った遺言によって一家が離散したのを皮切りに、お嬢様は心を固く閉ざしてしまった。

 口数が減って、当たりが強くなり、酒に逃げるようになってしまわれた。清廉潔白なメルお嬢様の姿は、もう見る影もない。しかしながら、頼られれば請け負うという姿勢だけは忘れずにいる。私はそれだけでも、喜ばしく思う。


 背後からノックが三度。私は案内したとき同様に扉を開けて、一礼する。


「ご利用、ありがとうございました」


 腰を直すと、目の前を女性がゆったりと歩き去る。

 女性は俯いていて、髪が顔を隠していて表情がわからない。来店時の時よりも背中を曲げていて、とぼとぼ店を出ていかれた。

 お嬢様の方に目をやると、漫画を読み直しているところだった。ジャンルは、古典だ。



 ◎



 その後、まあまあな客足に対応して午後五時となり、本日の営業は無事に終わりを迎えた。

 看板を『close』にして念の為、盗難物や欠陥品が無いか棚を一つ一つ確認する。問題が見られなかったため、店を消灯させる。

 今朝の精霊の文句を解消するべく、近隣のコンビニでポテトチップス(激昂ワサビ味)を買って帰る。新品の供物をやると、肥えた精霊は素早く取り上げて貪り始めた。


「透くん、メルちゃん、ご飯ができたよ。お風呂も用意できたからねー」


 今晩は弓曽木さんが粗方の用意を整えてくれたようで、取り敢えず出てこないを呼びにお嬢様の部屋に向かう。

 ノックを三回打つ。


「お嬢様? お食事の準備ができましたよ。今晩はお嬢様の大好物の魚肉シチューですよ?」


 全く返事が無い。部屋を見ると、ゴシックドレスは掛けられていて、お嬢様の姿は無かった。

 御手洗いかと思ったが、トイレにもいなかった。

 こういうとき、お嬢様がどこにいるかなんて決まっている。この建物の屋上だ。

 読み通り、柵に手を掛けて黄昏ている。隣に来れば、ビールを握られているのが見えた。


「本日もお疲れさまでした」


 言うと、お嬢様はビールを口にした。


「明日から月が変わるのに、あれだけって」

「仕方がありません。昨今では、占いまでもがアプリとなって誰でも気軽に利用できるようになりましたから」

「それがムカつくんだよ」

「お食事の準備が整ったようなので、自棄酒は控えてくださいね」

「うっさい」


 お嬢様はぼやいた。

 またいつもの癇癪かと、落ち着くまで放っておこうと思い振り向くも、お嬢様に袖を掴まれた。

 弱々しい力で、手は小さく震えていた。


「付き合って」


 お嬢様のお願いだ。

 私は隣に戻った。


「今日来たお客さん、私に何を見てもらったのか、訊いて」

「今日御来店されたお客様は、お嬢様に何を見てもらったのですか?」


 お嬢様はビールを大きく傾けて、ぷはぁーと虚しそうに息を吐いてから答えた。


「一昨日に会社の同僚にコクられて、どう返事すればいいのか、だってさ。知るか! んなお気楽な悩みで来るんじゃねーや!」


 怒り上戸だ。


「私達の気も知らないで、どいつもこいつもなんなんだよ! まったくよー! もー!!」


 お嬢様の手の中でビール缶が無様に潰れていく。

 その後も、夕日が沈むまでお嬢様は愚痴を叫び続けた。隣で聞いているだけの私としては、近隣住民に申し訳ない気持ちだ。

 だが、些か新鮮ではあると思う私もいる。お嬢様もなんだかんだ、適当に生き生きしているようで。


「やべ、キツくなってきた······はしゃぎすぎちまったぜ、ヴぅ······」


 けれども、酒は本当にやめてほしいのに全くやめる気配が無いのが――――。

 私は、口をおさえて膝を曲げたお嬢様に合わせて腰を落とし、背中を擦る。震えが落ち着いたら、今夜の愚痴ぶちまけ大会を閉会して部屋に連れ戻そうと肩を抱える。

 今日は早かった。久方振りのお客様でエンジンがバグってしまわれたのだろう。実際、お客様が来るといつもこの調子だ。しかも、恐らく女性は当たりを引いた。

 弓曽木さんには悪いが、お嬢様の分の晩食は後にとっておいて貰おう。


「ねえ、透ぅ~」


 お嬢様がボソボソと私を呼んだ。


「なんでしょう?」

「お祖父様の口癖、覚えてるよね?」


 弱々しい問いかけだった。


「勿論、覚えておりますとも」


 何せ、修練の際は言わなかった日は無かったくらいだ。嫌でも耳に焼き付く。

 お嬢様の親類縁者と、それぞれに付き従う従者達を屋敷で一番広い部屋に集め、師匠は挨拶を終えてから最初に唱えていた。


『この世には、必要な面倒事と不要な面倒事とが混在している。勉強は必要だね。物事をきちんと見極めるには勉強するに限る。お金は必要ないな。元々は別々のものでやりくりしていたんだ。この世から金銭概念が無くなってもなんとかなるだろう。食事は必要だ。なんだって旨いものを要らぬという奴がどこにいる。争いは不要だ。最も不要だ。何よりも愚かで無価値。発起することさえ気に食わん。家族は必要だな。絶対に必要だ。不可欠だ。尊く、美しく、温かい。忘れるなよ。何もかもが駄目だと思ったときは、心を離さず、家族を頼ることだ。才能がなくとも、これさえ覚えてくれれば、それだけで十分だ』


 お嬢様には悪いが、今となっては私には皮肉にしか聞こえない。

 当主様は、どんな心境で私やお嬢様、他の弟子の方々に魔法を教えてくれたのだろうか。こうなることを見越した上で、教えてくれていたのだろうか。いつか、私達にとって切手も切り離せない魔法という要素も、不要な面倒事となってしまうのだろうか。

 当主様を思い出すと、ついついこの考えが湧いてしまう。いずれ、わかることだろう。


「············」


 部屋に着くまでに、お嬢様は寝てしまわれた。

 このだらしないお嬢様を養ってくれるお相手が、将来訪れてくれるかどうか。私にとって、現在間近な懸念だ。飲んだくれの寝顔は、もう見飽きた。






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