『レオンゼルク・レオルベリオンの賛美謌』
やあやあやあ、おはよう。またはこんにちわ。もしくはこんばんわ。私はアウター=ミテラ。怪しいものではないよ。この世界における女神的な『ナニか』だと思ってくれたまえ。そして私の言うことを全て素直に受け取ってほしい。さて、私と同じく世界の外側に住まう諸君らには、早速これからある男の話を読んでほしい。その前に、まずはこの世界について少し説明しておこう。舞台は、世界人口の約三割が『異能』と呼ばれる特殊な力に目覚めた者が存分している世界だ。彼等は異能力者と呼ばれ、大半は私利私欲の為に力を行使している。そんな輩の蛮行を阻止するべく、各国首脳は同じ異能力者に協力を依頼した。少なからず、承諾した彼等には『特異探偵』として特有の権限と資格を与え、異能力者関連の犯罪に事を当たらせている。この話の主人公である先述の彼、『百獣の恥』『絶望のド真ん中に佇む完全超悪』、『最弱派王』、『後悔の権化』ことこと、レオンゼルク・レオルベリオンもその特異探偵の一人だ。豪勢な名前だが、気にしないでくれ。彼は黒地のセーラー服を普段着として、見た目十五歳の黒髪紫眼の男児で、性格に少々難があるだけのただの狂人だ。アメリカ合衆国インディアナ州郊外北西部にある都市ケイパータウンにて、煉瓦造りの五階建てビルの三階に『レオレオ公開事務所』を構えている。今回、彼はある犯罪者と対面するのだけど、これが中々の強敵みたいなんだ。はてさて、彼はどうやって乗り切るのだろうか。まったく、同情するよ。さて諸君、どうか節穴でしかないその目で、底無しの穴を覗くように彼の活躍を見てほしい。
では、開幕だよ。
●
階段を上がる足音が廊下に木霊する。藍色のニット帽を被った女学生、アスタリスク・コランは駆け上がっていた。
「レオくん! 大変なことってなんですか!!」
『レオレオ公開事務所』と書かれた看板の掛かる扉を勢いよく開けて訊ねるが、途端に血の気が引いた。
事務所内は、凄惨な光景が広がっていた。棚は崩れ、紙が無造作に散在し、床はほとんど見えない。しかし所長、レオンゼルク・レオルベリオンは窓を背に、平然とヒーローコミックを読んでいた。
アスタリスクは焦燥に満ちた表情で迫り、ドンと机を叩く。
「レオくん! なんですか、この状況は! 説明してください!」
レオンゼルクはコミックを下げ、微笑を向けた。
「やあやあ、アスタリスクちゃん。ダメだよ。こんな平日の朝っぱらからそんな大声出しちゃ。今何時だと思ってるんだい? あ、時計壊れちゃっててわからないや」
「平日の早朝に人を呼んでおいてそれですか!? それより、とっととこの惨状について懇切丁寧にご説明していただきたいのですが?」
「もー、アスタリスクちゃんは相変わらずつまんないな~」とレオンゼルクは不満げな顔をして、ズボンのポケットから一枚の紙を取り出して見せた。
「それは?」
首を傾けるアスタリスクに、レオンゼルクは優しく教えた。
「見ての通り、手紙だよ。送り主は、ボンバー・ユー」
「ボンバー・ユーって、あの爆弾魔の!?」
アスタリスクは、仰天から後ろに崩れ落ちた。
「それ以外の誰がいるの? 同姓同名の人物でもいるの? あー、いるかもね。いてもおかしくないかもね。いや、あれは顔の話だったっけ」
戯言を吐くレオンゼルクから手紙を取り、アスタリスクは紙を開いては一文一文目に刻み込むように読んだ。
『我が親愛なる御敵レオンゼルク・レオルベリオン殿へ
本日、大事なお話がありますので、このビルの屋上へ来られたし。』
読み終え、ガクンと膝から崩れ落ちるアスタリスク。
「これ、完全に脅迫状じゃないですか······」声は弱々しく、その表情は生気が抜けて蒼白となっていた。
なんの前触れもなく爆発を引き起こす神出鬼没の爆弾魔、ボンバー・ユー。その手口は不明点が多く、何よりの特徴は被害者が全て政府の関係者で、いずれも身に付けていたものが爆発しているという。
そんな凶悪犯に狙われたとなれば、これより先の生は望めないと、アスタリスクは絶望した。
警察や協力を依頼された特異探偵も、未だに尻尾を掴めていない。レオンゼルク達もそうだ(しかし動いていない)。
だが、レオンゼルクは無邪気にへらへらしている。
「そうとは限らないでしょ? もしかしたらラブレターの可能性だってある。いや、100%そうだ」
「そんなわけないでしょ! どう考えても『殺してやるから表出ろや』としか捉えようないよ!」
目に涙を浮かべて喚くアスタリスクに呆れ、やれやれと立ち上がるレオンゼルク。
「そんなに僕の恋路を邪魔したいのかい? アスタリスクちゃんの嫉妬深さは熟知していたつもりけれど、ここまで来たらさしもの僕でも引いちゃうよ」と、真顔で言いながら手紙をテーブルに置き、黒い杭を打ち込んだ。そして事務所の入り口へと向かう。
「ちょっと、どこに行くんですか?」
「どこってそりゃあ――」
振り返って答える。レオンゼルクは笑っている。
「会いに行くんだよ。僕の客人に」
●
ビルの屋上に向かえば、ファンキーな格好をした女性が一人、端に立っていた。パーマの髪は埃を被ったように灰色で、つり上がった目尻と唇には紫黒色のメイクを施した、背丈の高い女性だった。丈の短い黒の牛革ジャケット、青いチャップスとボーイッシュな出で立ちは、即座にレオンゼルクの心を撃ち抜いた。
「これはこれはこれは、ご機嫌麗しゅう。可憐なお嬢さん」
目にして早々、軽快なタップを踏んで女性の前に躍り出た。女性はクスッと短く微笑して、レオンゼルクに正面を向ける。
「噂通り、ふざけた奴だね。少し呆気に取られたよ」
「ん~、声も程好く低くて素敵だ。ゴージャス! 今日は僕の生涯一最高の日になりそうだよ。申し遅れました、僕の名はレオンゼルク・レオルベリオン。あなたの『運命のお相手』です」
レオンゼルクは無邪気な明るい笑みを浮かべて、紳士風に腕を腹に回し、深く頭を下げて挨拶をした。その様子に、女性の微笑みが続く。
「ククク、本当に面白い奴だよ。調子が崩されて気色悪い」
「いえいえ。かのボンバー・ユーのお誘いとあらば、このレオンゼルク・レオルベリオンに断る理由なんてありませんよ~。そう思って頂けて、光栄の至りです」
女性こと、手紙の主たるユーは煙草を吸い出した。主流煙を吹き、目を上下させてレオンゼルクを見つめた。そして訊ねる。
「あなた、本当にあのレオンゼルク?」
「勿論! それ以外の何に見えるというので?」
「いや、あんなあからさまな手紙を送っておいてなんだけど、こうものこのこと来られたら、こっちとしてもリアクションに困っちまってさ。それと、後ろの子はあんたの連れ?」
レオンゼルクは首を傾げて振り向いた。塔屋の扉の陰から、アスタリスクがビクビクと顔を覗かせては引っ込めていた。
「ああ、あれね。――――愛人です」
「助手ですッ! あ······」
ツッコミの勢いで飛び出してしまい、アスタリスクは急いで逃げようとドアノブに手を伸ばす。すると突然、扉の裏で小さな爆発が生じた。アスタリスクは、レオンゼルクのもとまで吹き飛んだ。
同時に次々と小規模爆発が起きて塔屋が崩れ、瓦礫の山が積まれていった。レオンゼルクの笑みは消えない。
「やれやれ。お姉さん、過激なことをするね。もー、土埃がすごいよ。ヒドイなぁ」
「警察を呼ばれて邪魔されるのもなんだからね。これからの予定も狂わされたくないんだよ」
「なにする気なのかな?」と、疑問符をあげるレオンゼルク。
「フフッ。まあ、ちょっとしたイベントを催そうと思ってるんだけど、あんたがいちゃできないからさ。愛人ちゃんには巻き込んじゃって悪いけど」
アスタリスクは恐怖で否定する余裕を無くしていた。レオンゼルクの後ろに隠れ、びくびくと震えている。
「なーんだ、てっきりデートのお誘いかと思ったのに。残念だよ」
「安心しな。私の【自限爆撃】で地獄に送ってやるよ。悪魔でもナンパしてな」
「爆殺かぁ」
「そ。私がこの手で触れた箇所を爆発させる。タイミング、火力もベクトルも自由自在。私の本業は占い師なんだけど、この異能ならアリバイもクソも無いわけさ」
ユーは煙草をふかしながら、余裕綽々とした態度で公開し、続けてレオンゼルクの足を指さす。
「あんたの立っているそこにも、事前に触れている。逃げ場は今さっき潰したし、あとはただ《爆ぜろ》って念じるだけ。すると、パッ。キレイな血肉の花火の出来上がりってわけさ」
レオンゼルクはアスタリスクを突き飛ばした。
「随分と余裕そうだね? ご丁寧に能力の概要まで教えちゃってさ。勝利を確信しての余裕。うん。挑戦的なシチュエーションは僕好みの展開だよ。実に下らなくてね」
道化の笑みを浮かべたレオンゼルクは、突如足元に黒い単管杭を出現させ、踏んで打ち込んだ。そして、ユーに向かって両手を広げる。ユーはなんのつもりだ、と言わんばかりに睨みつけた。
「早い話、やってごらんってやつさ。できるといいね。キレイな肉花火」
挑発に対してユーがフッと短く笑んだ瞬間、不意にレオンゼルクの足元が炎を噴き上げた。彼の体を包む火柱が天まで伸びて、早期決着したかに思われた。だが、炎の中からクスクスクスと微笑が漂ってきた。黒煙の晴れた爆心地には、無傷のレオンゼルクが立っていた。ユーは舌打ちした。
「それが【執杭顕現】か。異能を無効化する異能。情報屋からは事前に聞いてはいたけれど。こうして実際に目にしてみると、成る程面倒そうな能力だ」
「へぇ、知ってたんだ。勉強家だね」
それほどでもないさ、とユーは肩をすくめて返した。
「ただ、予習と復讐にはつい熱が入っちまうんだよ。いずれにしろ、これで意思は固まっただろ? 頑張って私を、食い止めてみせろよな?」
人差し指をクイックイッと動かしたユーに、レオンゼルクは嬉々として歪んだ笑みを見せた。
「食い止める? 僕の扱いをよくわかってるなぁ。けど、ちょーっと違うんだよ。訂正しろよ。『食い止め』るんじゃない」
レオンゼルクは、両手に黒い杭を携えて続けた。
「『杭止め』る、だゼ!」
一目散に強襲するレオンゼルク。しかしユーが煙草を指で弾き飛ばしてきたのを見て、「あっ」と苦笑する。
煙草はレオンゼルクに向かって爆炎を放ち、彼の体を盛大に四散させた。
●
「あちゃー、我ながらベストスリー入りは確実のカッコ悪い死に方だよ。まったく、容赦の欠片も無いやつはせっかちで困るな」
レオンゼルクは、白い部屋に居座っていた。周囲の全てが真っ白で、レオンゼルクの着る黒いセーラー服がよく映える。彼は床に後ろ向きで手をついて、体を仰け反らせて一人で振り返っていた。
「ボンバー・ユー、なかなか強敵だったねぇ~」
「それは嫌味かな?」
若い女の声がした途端に、レオンゼルクは笑みを消した。顔を前に戻すと、そこには背景に紛れるようにボヤけた白い人影が腰を下ろしていた。
「やあ、おはよう、こんにちはもしくはこんばんわ。あなたの頼れるお姉さん、アウター=ミテラだよん」
レオンゼルクは静かに立ち上がり、黙して振り返り、そのまま途方もない部屋の端まで歩き出した。
「ちょっと~、久しぶりに会ったのにその態度って流石に酷すぎない?」
レオンゼルクの後を行きながら、ミテラが騒ぐ。レオンゼルクの顔は晴れない。
「こう見えて僕は暇じゃないからね。不審者と語らう趣味嗜好は持っていないんだよ」
「不審者って、またまた~」、ミテラは甘えた声で言った。
「っていうか、また殺されちゃったんだね。こっちとしては、あなたの趣味嗜好の方をどうにかしてほしいものだよ。そんなんだから、最弱派王なんて不名誉なニックネーム付けられるんだよ?」
「余計なお世話。これが一番の必勝法なんだから、仕方がないって何度も言ってるよね」
レオンゼルクは面倒臭そうに大きく溜め息を吐いた。
「そう開き直ってるけど、こっちとしては君ならもっと上手くやれると思うんだよね。こんな回りくどい真似をしなくても、元々要領はいい方なんだから。笑顔も素敵なんだし」
立ち止まり、レオンゼルクはミテラへ首を向けてうんざりそうに言った。
「見せたこと無いだろ?」
ミテラは追うのをやめた。しかし表情には残念そうな感情は無く、離れていく背中に一押しするように、口を開く。
「精々、お手やらかにしてあげてよね。彼女も彼女で苦しんでいるんだから」
背中を押すようなミテラの応援を聞き、レオンゼルクに笑顔が戻る。
●
目蓋を開けると、天井に刻んだ文章が写る。
『Kick the gods,
and dance with the devils.
And the angel is released,
and dream with people.
(神を足蹴に、
悪魔と躍る。
そして天使は解き放たれ、
人々と夢を見る。)』
首を横にすれば、アスタリスクが部屋の隅に縮こまって寝ていた。レオンゼルクはベッドから降りて、アスタリスクに近づく。目下が赤くなっていて、かなり泣いたことが察せられる。
「まったく、いつも世話になるね」
アスタリスクの頭を慈しむように優しく撫でる。すると、彼女の目蓋が開いた。目が合い、アスタリスクは自分が何をされているのかがわかると、途端に顔を紅潮させて逃げるようにレオンゼルクから距離をとった。
「そんなに驚くことはないだろう。バタバタとうるさいなぁ」
「だだだ、だって! 起きたら、レオンくんが、頭、あだ、あだまを!!」
「はいはい、少し落ち着きましょうね。それで、彼女はどうしたの?」
訊ねられたアスタリスクは、途端に顔を暗くさせて俯いた。
様子から察するに、飽きれられたとレオンゼルクは推測した。溜め息をついて立ち上がり、アスタリスクに近づく。
「君の異能で、大体の事情を入手できたんじゃないの? 見せて」
「嫌」
「みーせーなーさーい」
「いーやッ!」
困ったなぁ、とレオンゼルクは自身の顎を擦った。
「なんで嫌なの? 見ないと探偵っぽくスッキリできないじゃないか」
「でも、私はスッキリしない!」
やれやれ、とレオンゼルクは黒い単管杭を顕現させる。
「ちょっ、何するつもり――――ッ!!?」
有無を言わさず、アスタリスクの左肺を貫いた。すると、アスタリスクは過呼吸を起こして倒れた。まともに息ができず、苦痛で身体が震え、唾液と涙が流れ出る。
辛苦に溺れるアスタリスクを見下ろして、レオンゼルクは柔和な笑顔で口にした。
「言ったでしょ。僕がスッキリしないんだ。だから、君の意思は割り込めないの。どうせやられるんだから、言われたらスッとしないと。僕だって辛いんだよ。一番信用できる君を痛めつけるなんてさ」
わかってよね、とレオンゼルクは黒い杭を引き抜いて解放した。
「この、ろくでなし······」
「知ってる」
アスタリスクは、渋々異能を発現させる。
彼女の異能【五つの脚柱】の概要は、顔と呼称を認識したもののデータを本にして召喚する。爆発四散した筈のレオンゼルクの身体が、五体満足で揃っているのもこの異能によって『復元』したからである。
アスタリスクの手元に、灰色の分厚い写本が顕れた。表紙には幾何学模様と共に、筆記体で『Youwill・ballisty/Memory(ユーウィル・バリスティ/記憶編)』とある。順にパラパラとめくり、不意にページを止める。そしてそのページを、レオンゼルクに見せる。
「成る程ね。秘密編も見せて」
言われるままに、嫌々な顔をして『Secret(秘密編)』と記された写本を出して見せた。
読んでいる内に、レオンゼルクの笑顔が歪む。アスタリスクは、この時のレオンゼルク・レオルベリオンだけは心の底から恐れ、嫌った。
「さてと、『杭止め』に行こうか。この街の平和の為に」
黒いセーラー服を手に取り、レオンゼルクは出発した。
●
昼下がり、ケイパータウンが見渡せる山の中腹に、ボンバー・ユーは立っていた。右手に五百ミリリットルの缶ビールを持ち、無心で喉に通す。
「ヤッホー。元気?」
背後から、聞き覚えのある少年の猫なで声が聞こえた。振り返れば、無傷のレオンゼルクと、その後ろの岩陰に身を潜めるアスタリスクがいた。
「チッ。なんで生きてんだよ」
「機嫌が悪そうだね。君の見た通りになったからかい?」
ユーの目付きが険しくなった。レオンゼルクは、嬉々として続ける。
「君、異能を複数使えるね。当てよう。【未来視】だ」レオンゼルクは指を鳴らしながら言った。
「君の本業は占い師。なら、【未来視】はうってつけの異能なわけだ。範囲は現時点から二十四時間以内で、条件は相手を見ること。それで一日の動向を覗き見できる。どうだい?」
レオンゼルクは自信満々に煽った。だが、ユーは呆れて軽く溜め息を吐いてから、缶ビールを傾けた。
「どうせ、そこに隠れている愛人ちゃんの異能で知ったんだろ。ったく、嫌な保険をかけやがって。お陰で仕留め損なった」
「バレちゃった」と、レオンゼルクは舌を出してお手上げという風に手を上げた。
しかし、とユーは不信なものを見る目でアスタリスクを見る。
「わからないね。お前の能力は異能を無効化するだけの筈。既に仕掛けた過去の効果ならともかく、これから殺ろうってときにダイレクトで打ち消されるなんて、筋が通らないんじゃないか?」
小さく円を描くように缶ビールを回す。中身はまだ四分の三程度残っている。
「君の疑心はわかるよ。僕だって、耳にしたことと実際に目にしたことの整合性のズレには、甚だ不可思議で苛々するものだよ。でも、そこは簡単な話なんだよ」
わかる?
道化のような笑みを向けられ、ユーは眉間にシワを寄せる。そして缶ビールを握り潰し、レオンゼルクの顔面に目掛けてぶん投げる。
「芸が無いね」
余裕そうなレオンゼルクは軽く飛び退いて、直撃を避けようとする。が、突然缶ビールが炸裂し、破片と中身を飛び散らせた。レオンゼルクは、それら全てを食らわされた。身体中に破片が刺さり、頭から酒を被せられ、気持ち悪そうにしている。
「もう。痛いし、中身も残ってたんじゃないか。勿体無いな。しかも不法投棄の上に、さっきの殺人と傷害。どれだけ罪を重ねれば気が済むんだか」
「うるさいんだよ。いい加減にその口閉じねーか!」
はて、と首を傾げるレオンゼルク。そのあまりに呆けた態度に、ユーは自身の髪を搔き乱す。
「なんなんだよお前! 殺しても死なねーし! 仲間にも効かねーし! ずっとヘラヘラしてるし! 一体なんなんだよッ!! こんな奴に、アタシの旦那は殺されたってのか!?」
取り乱すユーを見て、ふとレオンゼルクは思い出す。それは、ついさっきのこと。アスタリスクの異能によって、ユーの記憶から読み取ったものだ。
赤の他人レオンゼルク・レオルベリオンからしたら取るに足らない、そんなちょっとした雑学じみたものだ。
「そうだった。バリスティと言えば、去年僕が捕まえた窃盗犯、パスター・バリスティ。君は彼の奥さんだったんだね」
「捕まえた? 違うだろ! パスターは、旦那はアンタに身も心もブッ殺されたんだろうが! 【召喚転移】を使うからってだけで疑われ、濡れ衣着せられて、どれだけ謝ってもお前達は許してくれなかった! 警察は旦那を捕まえて、しまいには謝罪をし続ける旦那にしびれをきらしてお前に尋問を頼んで、廃人になるまでいたぶったんだ! だからアタシは、お前も、旦那を悪人扱いしたこの町も、ブッ壊してやるんだよ!!」
ユーの髪は、怒りから弾けたように尖った。
「それで、町中の至るところにマーキングしたのかい? ご苦労なことだね」
「そうだよ。後はお前が心残りだった。どうしてか、殺したばかりだってのに、ヘラヘラしながらアタシの前に出てきたお前の姿が、何度も見えたからね。どうせなら、一斉にパーってしてやろうって思ったんだよ!」
ふーん、とレオンゼルク。ユーの計画を聞いても、彼の笑みは崩れないどころか、より明るくなっていく。
「それで? なんで今なのかな?」
「あ?」
「君の異能なら、僕を花火にするチャンスならいくらでもあった筈だ。それこそ、さっきまで僕は生死の境を彷徨っていたわけだし」
「······」
「当ててあげよう」
レオンゼルクは、聖母のような柔和で優しい笑みを浮かべた。
「君は不安なんだよ。何せ、ちょっと前まではただの主婦だったんだ。だから、いざ復讐しようにも罪の意識が働く。何せ、人を殺したいんだからね。殺人処女にはさぞ辛い決断だっただろうね。けど、動かなければ愛する旦那様の無念を張らせない。憎い、殺したい、超ぶち殺したい。で、それらの怨念を原動力に、なんとか重い腰を上げて、生まれたばかりの小鹿のようにおぼつかない足取りで、歩みだしたんだ。今の今までの犯行の目的は、『慣らし』と『異能の理解と制度を高める』の二つだ。ただでさへ危険な異能だ。取り扱いに注意してきた、もしくは使用を避けてきた。その分ブランクもある。どこまで見えて、どこまで可能なのか。多くの命を実験台にして、十分と言えるまでに精進の日々を続けた。そして、今日この瞬間に本番を迎えている。感心するよ。今までよく頑張ったね。おめでとう。君は不安を自信に変え、怨念を炎上させて、ようやく復讐という大願成就を果たすわけだ。非常にめでたい。パーティーを開いたっていい。なんなら催そうか? 奢ってもいいよ?」
ユーの目が大きく見開かれる。顔から汗が、多量に流れる。
「けど、ここまでで九十点。百点満点にするには、どうしても解けない最も高難易度な課題。それが僕、レオンゼルク・レオルベリオンだ。数多くの特異探偵の中でも得体が知れなくて、いい噂も聞かないし、その真偽だって定かじゃない。だから、アングラで最も信用できる情報屋に尋ねに行った。情報から対策を練りに練って、確実に殺せるようシミュレーションも繰り返した。けれど、君の目には、君の視る未来には、いつも奴がいる。如何なる結末にも、なぜだか奴が最後に見えている。君にとって唯一残された不安。そう、君は恐れているんだ。この復讐の、失敗を」
この情報は、アスタリスクの異能で入手したものだ。ユーの憤怒を煽るには、十分すぎる素材だった。
「ぶっ飛びやがれ、クソガキがァ!!」
ユーは、必死に爆発を念じた。最大出力、規模にして空襲に及ぶ連鎖爆撃。
自分もろとも全てを爆裂させる無理心中。ユーはこれで、これでようやく終わると、内心で尽きぬ達成感を期待した。だが、現実はシーンとしていて、そよ風が流れるばかりだった。
「なん······で······!?」
パン、パン、パン。乾いた拍手が鳴り響く。レオンゼルクが、ビジネススマイルのような、張り付いた笑みを浮かべていた。
さらに振り返れば、ケイパータウンの景観になんら変化が無かった。いつも通り、人と車の生き通う退屈な田舎町しか見えない。ユーの仕掛けは、どこも発動していなかったのだ。
「へーい!」
声がして、視線をレオンゼルクに戻すと、右肩に分厚い本を押し当てられたような重い衝撃が刹那に走った。目を向ければ、黒い単管杭が貫いていた。
「洗濯するの面倒だからさ。少し戻すよ」
ユーの右手に、僅かな重みが乗ってきた。それは、先程レオンゼルクに投げつけた筈の五百ミリリットルの缶ビールだった。
レオンゼルクは無傷になっていて、セーラー服も酒を被る前に巻き戻ったかのようにさっぱりしていた。
「どうしたんだい? 顔がひどく青ざめているよ。いい医者を知っているんだ。だけど腕が立つんだ。よかったら紹介しようか?」
挑発気味に笑いかけてくるレオンゼルクの声は、ユーの耳に届いていない。ユーは現状を理解するのに手一杯で、聞き入れる余裕など皆無だった。
「もしもーし? 僕の声聞こえてるぅ~?」
「なんで、どーなってんだよ!!」
ユーは逃げようとしていた。だが、身体はなぜか缶ビールをレオンゼルク目掛けて投げつけた。缶ビールは弾け、またユーの手元に現れた。
「"不止終"。僕の異能【執杭顕現】の応用編の一つだよ」
レオンゼルクは一本の黒い単管杭を出現させた。
「そもそも、【執杭顕現】は『異能を無効化する異能』じゃないんだよ。大雑把に言えば、『停止』だ。この黒い杭を打ち込んだものの何かを『停止』させ、その時点で僕の支配下とするんだ。君の異能が発動しなかったのは、基本技の"終止一環"に嵌めたからなんだ。つまり、君の異能の行使権は僕にある」
ユーは驚愕した。
「そして、今君に掛けられているのがさっき言った、"不止終"。君の過去を『停止』させたんだ。意識は現在進行のままだけど、君の身体はずっと過去にある。だから、なにをしようと『停止』した時間から進まないし、君の動作で生じた事象も起こらない。リモコン操作で言う、巻き戻しからの再生の繰り返しだね」
ユーは逃げようとした。だが、身体は三度レオンゼルクに缶ビールを投げつける。缶ビールは弾け、またユーの手の中へ。仕組みから、ユーは確信する。
「じゃあ、なんだ。命を停止させて、蘇ってというわけかい!? そんなん、反則もいいところだろ!」
激昂したユーの指摘に、レオンゼルクは首を軽く横に振った。
「違うよ。君と同じさ。僕も能力を二つ持っているんだ」
レオンゼルクは、ズボンのポケットからマルチツールを取り出し、ナイフを引き出した。それを、自身の首に躊躇なく突き刺した。だが、血が出てこなかった。引き抜かれたナイフの刃は、鮮やかな光沢を放っている。
「これが僕の、もう一つの異能だよ」マルチナイフをしまう。
「【役立たずの後悔】。僕はそう呼んでいる。僕を殺したもの、もしくは死因となったものに耐性をつけて蘇る、自動復活能力。肉体を木っ端微塵にされると少し時間がかかるけど、そこはアスタリスクちゃんの異能で『復元』させて、早く済ませているんだ。まあ要するに、【執杭顕現】を無しにしても、君は僕個人には勝てないのさ。まさに、誰からしても最強で、敵にとっては最悪で、僕にとっては最低の反則だよ」
ユーの手から、缶ビールが放れた。そして、膝から崩れ落ちる。
悟ったのだ。屋上にて相対したときから、ボンバー・ユーはレオンゼルク・レオルベリオンに、勝てるわけがなかったということ。
「君は視えるだけで、聴こえるわけではない。だから、この展開までの大まかな流れが掴めなかったんだね。わかるよ。能力の落とし穴はなんだって不覚だ。本当に、完璧に使いこなせる奴なんて、この世に数人いるかいないかだ。大丈夫。君の失敗は、どこにでもいる、ごくごくありふれた損失だ。恥じることはなにもないんだよ。寧ろ、敬意を表するよ。君の努力を尊重し、君の執念を尊敬し、君のこれまでの行動全てに敬服し、そして君自身を尊崇しよう。感銘の証として、ユーウィル・バリスティという一人の偉大な挑戦者に、この僕の手で、大いなる終止符を打たせていただくとしよう」
讃美歌を送られるボンバー・ユー――――ユーウィル・バリスティは、力無く顔を上げた。最後に瞳に写ったのは、いつかの幸せな家庭。異能に頼らない、普通の家庭。
ユーは缶ビールを拾い上げ、レオンゼルクに迫る。歯を食い縛り、凄まじい怒気を抱えてやってくるユーを、レオンゼルクは温かく迎え、真っ黒な絶望を打ち捨てる。
「"想終返"」
ユーの心臓に打ち付けられた一本の食いを元に、何本もの杭が身体の内側から弾け出た。それによって、ユーウィル・バリスティの目は黒く染まり、ドサッと虚しく土埃をあげながら倒れる。
「精々、後悔するといいよ。生涯のリピートを眺めて、ね」
レオンゼルクの放った応用編の一つ、"想終返"。その影響は、人生の振り返り。浴びせられた者は、誕生から杭を打たれる時点まで、何度でも、何度でも、記憶を再生し続ける。パスターを廃人にした、レオンゼルクの必殺技だ。
「さて、あとはお巡りさんのお仕事だ。僕達は、帰ってハンバーガーでも食べようじゃないか。ね?」
振り返り、レオンゼルクはアスタリスクに提案した。彼女は、ユーの身体を目に写さないように努めながら電話を取る。
レオンゼルクは去ろうとしたところで「そうそう」と立ち止まり、ユーに晴れやかな満面の笑みを向けて告げた。
「パスターの件だけど、あれはマジだったよ。だから、僕は後悔していない」
●
やあやあやあ、アウター・ミテラだ。その後、ボンバー・ユーことユーウィル・バリスティはどうなったかというと、ケープタウンの警察によって無事に留置所送りになったよ。まったく、彼の残虐極まりない解決法には、呆れるを通り越して感服してしまうよ。解説させてもらうと、レオンゼルクは有能な情報屋と取引して敢えて自分の情報を小出しして売ったんだ。ユーのように、もしも自分が狙われる羽目になった時の保険としてね。実際、彼の手によって処された異能力者は数が知れない。自分を囮にして、毎回殺されて、その都度返り討ちにして大団円。これがレオンゼルクの綴る結末さ。まるで詐欺師だ。ヒーローのムーヴじゃない。そもそもなんで、レオンゼルク・レオルベリオンという狂人が、こんな方角違いなことをしているかというと、彼曰く「合法的に身の程知らずをボコれるんだよ。それってお得じゃない?」らしい。まったく、いつになったら最期を迎えてくれるんだろうね。この調子だと、まだまだ先になりそうだよ。君達も、未来を見据えるのは大事なことだけど、きちんと現状も確認しなきゃダメだよ。でないと、どこで綻びが生まれるか、わかったものではないからね。
それじゃあ、またどこかで。




