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異変

 何もない虚無の空間。四角く切り取られたかのような空間の中聞こえるのはヒューヒューと細くなった気管を出入りする自分の呼吸音のみ、そんなに広くないように見えるのに何故だか出口にたどり着くことができないでいる。何を言っているのか分からない自分の背後に執拗に付きまとってくるアレは一体何なのだろう。何も誰もいないと思っていたが周囲にはよく見れば人がいる。

 しかし自分以外の人を見つけて安堵する余裕はなかった。自分もそしてその周囲の人も。蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う人々は皆一様に恐怖によって顔が歪んでいて、自分もあのような顔をしているのだろう。今まで逃げることに必死であったが、ふと何故このような事態になっているのかが気になった。それとほぼ同時に背後が気になった。よせばいいのに勢いよく振り向くとすぐ目の前にアレがいた。喉から甲高い悲鳴があがりぐるぐると回りだす視界。その視界の隅に何か見知った影を見たような気がした。


「知春、夏休みの課題ちゃんとやってるの?」

手先から目線を外さずに話しかけてくる。何の前置きもなしに会話が始まるのはいつものことだったが、内容が内容なだけに無視を決め込もうものなら私が答えるまで永遠にグチグチと言われ続けるのは目に見えていた。しかしここで正直に話しても怒られるであろうことは予測がつく。何とか事実を織り込みながら母の望んでいる返事をしなくては。

「やってるよ。今数学の途中なんだ。友達と勉強会やるって言ってるからその日程調整してんの。」

だから大丈夫。

何やら不満気な母だが手を付けていないよりはマシだと考えたのか早く終わらせろと言い終わったあとは何の追撃もなく、とりあえずはやり過ごせたようだ。

母に話しながら気が付いたがあれから彼女とは連絡を取っていなかった。メッセージは届いていないが既読はついていた。こういうことにはまめな彼女らしくないと思ったが、それよりも既読だけつけて何の返事もよこさないことに腹が立つ。勉強会のことはもうどうでもよいのだがノートだけは返してもらわねばならない。手早く彼女に催促のメッセージを送る。

「既読つけたんだから何かしらの返事はくるよね。」

それにしても腹が立つ。彼女のいい加減な性格はどうにかならないものか。

 あれからほぼ丸一日経過した。彼女からの既読はついたがどうにも様子がおかしいように思える。彼女の文面は性格を表すかのようにとても軽いやり取りになるのだが、先程返ってきた返事には何と敬語が使われていた。これはもう彼女らしくない所の話ではなかった。学校の教師にも怒られる時以外に敬語を使用しないというのに、これは一体どうしたことだろうか。そこでふとこの返信をした人物は彼女本人ではないのではないだろうかと考えた。確認方法は一つしかない。

「え、お母さんが返信してたの?」

一体全体どういう経緯でこうなったのか分からないが、どうやら私に返信を送ったのも前回のメッセージの既読をつけたのも彼女の母親がやったことらしかった。私の質問に既読はつくものの、慣れていないのか長文を打っいるのかわかないが返信が遅い。彼女に何があったのか返事が返ってこない限り分からないが何かしらあったには違いない。1~2分程経ったあと、再び彼女の母親から返信があった。長文というほど長くはなかったが何度も文を書き換えたのだろう、所々誤字や脱字が目立つ。私の予想通りとまではいかないがやはり彼女は今現在メッセージの返信所か外に出ることすら叶わないという。彼女は今意識不明の昏睡状態にあり、入院していた。


 友人の突然の入院には驚いたが、病院へのお見舞いには一度だけ行くことにした。そのことを伝えると彼女の母親は簡潔に一言だけ了承のむねと感謝の言葉を述べ、それからは何も話してくることはなかった。見舞いの品には何がいいのか分からなったので無難に日持ちのするお菓子を持っていくことにしたが、これでよかったのだろうか。病院のエレベーターの中なぜ彼女は意識不明になったのか、気にはなるもののやはり貸したノートのことが頭の半分を占めていた。

「やっぱり、こんな事態なのにノート返して欲しいって言わないほうがよかったかな…。」

チンと鳴り停止したエレベーターを降りると病室へ向かう足取りは何となく重く感じてきた。失礼な人だとか空気が読めないとか思われてそう。そう考えているうちに彼女の病室前まできていた。壁にかかっているネームプレートで病床の位置を確認し、入室すると聞いていた通り仰向けに横たわり眠りこけている彼女とその隣に彼女によく似た女性が座っていた。

「あの、初めまして。私知春です、今日お見舞いにくる予定の。」

上手く声をかけられず少し恥ずかしがる私を見上げ、彼女の母親は笑いながらそばにあるもう一脚の椅子をすすめてくれた。

「お見舞いありがとう。暑いのに朝から来てもらって悪いわね。」

笑ってはいるがどこか疲れているようにも見える。どうやらいつ目が覚めるかわからないため毎日面会に来ているらしい。本当に意識が戻っていないなのだと私はここにきてようやく実感し始めていた。それまではどこかふわふわとした思考で何となく現実味のない話だと思っていた自身を少し責めたくなった。

「彼女、いつから意識不明なんですか?」

「もう五日前になるわね。…この子と最後に会ったの知春ちゃんみたいなの。ねえ、何か知ってたりすることないかしら。」

何でもいいの。

じっと私を見つめてくる彼女の母親には悪いが何も思い当たることがない。あまりにも真剣な表情に私は焦りながらも一週間前の勉強会の時のことを思い出すが、やはり何も心当たりがない。

そんな様子の私に何も収穫がないと思ったのか、彼女の母親は残念そうに息を吐いている。

「やっぱり何もわからないわよね。変なこと聞いてごめんね。」

「あの、病気とか事故ではないってことですか?お医者さんは何も…?」

そう尋ねると、ゆっくりと首をふる。病気でも事故でもないのに突然意識不明の重体だなんて…。

「本当に何もわからないの突然だったのよ。お昼になっても起きてこなくて夢見が悪いせいで眠いのだと思って放置してしまって…。」

何をしても起きなくてそのまま搬送されてきたのよ。

そう言いながら俯いてまた一つ大きなため息をつく彼女の母親。もっと早く気づけば良かったと嘆いているように見える。慰めた方がよいのだろうが、私は先程の話が気になってしまいそれどころではなかった。今の彼女の母親が話してくれた内容に似た話を私は勉強会の日に本人から聞いていたことを思い出した。あの日彼女は夢見が悪いと言っていた気がする。

 そうだ、確かに彼女は悪い夢を繰り返し見ていると言っていた。顔色も良くはなかった。なぜ忘れていたのだろう。私はあの時なんて返したんだっけ。

それを思い出した途端、冷水を浴びせられたのかというほどに体中から血の気が引いていく。まさかそんな、いくら悪夢だとしても意識を失ってしまうなんてことがあるのか。夢物語だ、ただの想像に過ぎない。そう思っていてもどこか心の奥底の方でその荒唐無稽な考えを否定できない私がいた。



今回は短いですが、キリが良いのでここで一旦区切り。


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