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第四番後編「風守村」

 光に包まれて転送されるのももう慣れたものだが、初めて来る場所なら新鮮味を感じるだろうと思っていたのだけれど、風守村ではそう感じることはなかった。そこは、言ってしまえば、普通の村のように見えたからだ。少し離れた場所から見るそこは、感嘆を漏らすのではなく、どちらかと言えば懐かしさを感じるような、そんな風景である。もちろん、僕がここに来た記憶はないのだけれど、そんな感じの雰囲気である。

 そう思っていると、ドライが独り言のように言った。


「やー、懐かしいなー」


 思わず勢いよく振り向くと、ドライは僕を見て、うわっ、と声をあげた。どうやら驚かせてしまったようだ。短く謝ると、僕はドライに尋ねた。


「この村に来たことがあるの? てっきり、ドライはもっと難しい依頼があるところにばかり行ってると思ってたんだけど」


「いや、そりゃ最近はそうだけどな? アタシだって新人の時があったんだぜ、フィーアよ。最初っから今行ってるようなところ行ったら、命捨てにいくようなもんだぞ」


 はっ、それもそうだ。自分が本当に強いって思ってる人しか、難しい依頼なんてしないよね。ドライはなんだかんだ言って良識があるし、徐々に経験を積んできたのかもしれない。その時に、この村に来ていたとしても、全然おかしくないだろう。

 そう考えていると、フンフが僕に駆け寄ってきて、伝えてきた。


「ここはな、おれもドライにさいしょにつれてこられた依頼場所なんだぜ。 ドライもいっちばんさいしょは、この村の依頼をこなしたんだって!」


「そっか、だから僕も?」


「……そうだ、悪いかよ」


 ドライはそう言うと、顔を背けてしまった。ちょっと照れ臭いのだろうか。フンフがそれを見て、ちょっかいをかけにいくと、ドライは無言で彼にデコピンをしていた。

 その横で僕は、なるほど、と一人で納得していた。道理であの時、掲示板から迷いなくこの依頼を取ったわけだ。悩んでいる様子がなかったもの。適当に取ったのかと思っていたけれど、ちゃんと理由があって安心した。それに、二人と同じところから始められるのって、何だか特別感があって嬉しい。……さすがに言うのは恥ずかしいから、思うだけにしておこうかな。


「おら! さっさと行くぞ! 村民に話聞いたら飯食って出発だからな!」


「はーい、りょーかいなんだぜ!」


「えっ、ちょ、速いよ! ちょっとだけ待って!」


 暖かな日差しが降り注ぐ芝生を走って、二人を追うと、息切れする頃には風守村の入り口まで来ていた。相変わらず他の二人は全くと言っていいほどつかれた様子はないが、僕の呼吸が整うまで待ってくれていた。ゼクスさんに用意してもらった水筒を一口飲んで、やっと動けるようになると、三人で一緒に村の中へと入った。すると、入り口近くにいたおじさんが、僕達に近付いて、話しかけてきた。


「ようこそ、風守村へ……って何だ! ドライか!」


 おじさんがそう声をあげたのを皮切りに、次から次へと人が集まってきた。


「あらあら本当! ドライちゃんじゃないのー! 元気だったかい? こんなに細くて、ちゃんとご飯食べてるの?」


「ドライねえちゃん、また来るっていってたのに、おせーよー!」


「ドライったら、もう、知らない内に大きくなって……」


「うるせー! 久しぶりっつっても数ヶ月前に来ただろうが! 来る度に騒ぐんじゃねーよ!」


 ドライはそう怒鳴ったけれど、それに反して表情は嬉しそうだ。思ってたよりも、村の人たちと仲良しなんだなぁ。初めて依頼を受けた場所と言っても、ここまで仲良くなるものなんだ。ふふ、雰囲気に呑まれて、何だか楽しい気持ちになってきちゃったな。

 気持ちにつられて笑みを浮かべていると、村の人々の内、数人がドライから僕とフンフに目を向けた。ちょっと不味いかも、と思ったけれど、後ずさる間もなく、完全に村人に包囲される。


「フンフちゃんも元気そうで何よりだわぁ。こっちの子はお友達?」


「フィーアだぜ! おれたちのあたらしい仲間なんだぞ! よろしくな!」


 フンフが手を大きく広げて僕を紹介してきた。一気に注目が集まり、僕の顔もそれと比例して赤くなっていく。どうしよう、どうしたらいいんだろう。う、うう、とりあえず、あんまり見ないで……!

 けれど、心の中で願った思いは聞き届けられず、足下にいた男の子が、キラキラとした目で見上げながら僕に言った。


「へー、じゃあつよいんだ!」


「う、うーん、僕はあんまり、強くはないと思うけど……」


「ええー、そんなはずないよ。だって、ドライのギルドは、すごいひとしかはいれないんでしょ! すっごくつよいひととかばっかりがあつまってるんでしょ?」


「……そうなの!?」


 男の子の言葉に、一瞬理解が遅れてしまったが、理解したときには、僕はフンフの方を向いてそう聞いていた。しかし、フンフは子供っぽい笑顔で照れていて、何もひっかかっている様子はない。僕が見ていることに気が付いても、笑みを浮かべたままきょとんとしている。


 いつの間にか、周囲の人々も静かになっていた。どうやら、僕が驚いて声をあげてしまったせいで、妙な空気になってしまったらしい。さっきとは違う意味でどうしよう……。いや、どうしようなんて、迷ってる場合じゃない。何とか空気を変えないと、折角楽しそうな雰囲気だったのに、台無しにしてしまう。

 何か言わなきゃという気持ちに苛まれ、とりあえず口を開こうとしたが、それを直前で遮り、助け船を出してくれたのはドライだった。ドライは男の子の目の前に出て、しゃがんで目線を合わせながら、ゆっくりと言葉を口にした。


「おいおいカールよ。それは誤解だぞ」


「ごかい?」


「勘違いしてるってことさ。うちは最初っから強い奴を集めてんじゃなくて、うちのギルドに入ってくれたらいいなー、楽しいだろうなーって思った奴を入れてんの。強くてもめっちゃ嫌な奴だったら嫌だろ?」


 うん!と元気の良い返事をして、男の子は頷いた。男の子が、じゃあたのしいひとになったらぼくもはいれるかな、と満面の笑みで言うと、他の人々も次々に笑った。良かった、空気は完全に良い方向へと変わったようだ。いや、戻ったと言うべきだろうか。フンフも皆と同じように、わいわいと騒ぎ始めていて、また楽しい雰囲気になったみたいだ。


 安心したと同時に、ドライにお礼を言わなければ、と思い、彼女の方を向いた。きっとドライも同じように笑っている、と思ったのだが、それは違った。表情は笑っているのだが、それはどこか表面的なもののように見えたのだ。強張っているような感じがする。

 ……でも、ちゃんと笑ってはいる。僕以外には誰も疑問に思っていないようだし、僕の気のせいだろうか。不確かなことを言って、また空気を壊すことはさすがにできない。少し引っ掛かりはするけど、気のせい、と言うことにしておこう。


「はいはい、お喋りはこのくらいにしようぜ。ほら、あるんだろ、依頼」


 ドライが依頼が書かれた紙を差し出し、急かすようにそう言うと、村に入ったとき、いの一番にドライに駆け寄っていっていたおばさんが、あらそうだった、と声をあげた。


「そうなのよ、ドライちゃん。あっちにじめじめした林あるでしょ? 近頃その辺りに魔物が住み着いちゃってねぇ、食料漁りに村まで来ちゃうんだから、困ってるのよ。軽傷だけど怪我した人もいるしね。だから、なんばーどりっちゅさんに依頼してみたのよ」


「ああ、あの辺りか、確かに住みやすそうだもんな。住み着いてもおかしくないって、まーたうちだけに依頼出したのかよ。万が一があったら困るから、色んなところに出して解決してもらえって言っただろ」


 ドライがため息混じりにそう言うと、おばさんの方も頬に手をあて、困り顔で返した。


「でも……ちょっと前に頼んだら、乱暴な人とか雑な人とかが来たのよ。依頼受けましたーとか言わずに報酬を取りに来て、そんなの、本当に倒したのかわからないじゃない?」


 おばさんの言葉に続くように、他の人達も口々に言う。


「そうだ! 皆で見に行ったら案の定、村の近くにいた魔物を数匹倒しただけで、まだ全然残ってたんだ!」


「さすがにそれは指摘したら倒してくれたから、元々依頼に書いてた報酬渡したら、全滅させてやったのに少ないとかほざきやがったんだ! そんでもって、追加報酬があるまで出ていかないなんて言いやがる。こっちとしては怠慢した分引いてやってもよかったって言うのによぉ!」


「結局、その日は村の人間総動員で、そいつらをもてなす羽目になったんだぜ。そこのギルドに抗議しても、依頼が完遂したなら文句言われる義務はないってはねのけられたしな!」


 他にも若い人からお年寄りまで、村のほとんど全員が怒りをむき出しにして不満を言っている。その様子は、ギルドの中だけでは気づけないであろう、ありのままの現実を、僕に教えてくれた気がした。人を助ける仕事と言っても、自分次第で喜ばれるか疎まれるかが決まるんだ。僕は、喜ばれる人物になれるだろうか。そんな不安が頭を掠めた。

 自分の事を言われているわけではないのに、何故だか責められているような気分になってきた。無意識の内に杖を握り、耐えるようにぐっと力を込めていた。僕の気持ちに寄り添おうとするように、フンフが僕の片方の手を取ったが、彼の表情も良いものではない。けれど、僕の、批判を耐え忍ぶような思いを感じている表情というよりも、怯えているような、でも、どうしてかはわからないけれど、怒っているようにも見えるものだった。


 村の人々は、そんな僕達の様子に気が付かないのか、調子よく不満を言い続けている。もうしばらくは続くだろうか。……一体、どれだけ続くのだろうか。数人いる子供達も、大人たちの剣幕が怖くなってきたのか、眉を八の字にしておろおろとしてしまっている。そろそろ止めてほしいけれど……そう思っていた矢先、大きく堂々とした声が、全てをかき消していた。


「おい、話が逸れてんぞ。アタシらが話してんのは、今回の依頼の話だったろ?」


 ドライは全く堪えた様子はなく、あっけらかんとした態度でそう言ったのだ。表情も笑顔ではないが、不満そうなものでもなく、ただただ平然と、自分は正しいことを言っているという自信がある、という顔だ。そんな彼女の言葉を聞くと、村の人々も呪縛から解き放たれたように一度静まり返った後、わだかまりなどなく、快活な雰囲気で話が戻ってきた。


「そうそう、そうだった! って、最初に逸らしたのはドライちゃんじゃなかった~?」


「さあ? 覚えてないなぁ、どうでもいいことは忘れるのも早いんでね。ま、詳しい話は聞かなくとも場所はわかるし、飯食ってから殲滅してくるよ。天気もいいから、ちょうどピクニック日和だしな。」


 ドライの言葉に、さっき僕に強いのか聞いてきた……ドライはカールって呼んでたっけ。その子が即座に反応した。


「えっ!? べんとうあるの!? ぼくにもちょーだい!」


「ダーメーだ。昼食が用意されてんなら、ちゃんと家で食え。じゃ」


「ちぇー、わかったよ。じゃあドライねえちゃん、あとにいちゃんたちも、がんばってねー!」


 ブンブンと手を振るカールくんに、僕もフンフと手を振り、こっちを気にせず歩いていくドライを、小走りで追いかけた。わんぱくそうだったけど、きっと良い子なんだろうなぁ。ドライが接する時の目も優しかったし。


 ……いや、待って。温度差で和んでる場合じゃなかった。大事なことを聞き忘れるところだった。また忘れる前に、今聞いておくべきだ。適当な木陰でお弁当を広げ、皆で食べ始めた頃、僕は改まった姿勢で二人に問いかけた。


「念のため、聞いておいてもいいかな」


「おお! 気になることでもあるのか? それならどーんとこいっ、だぜ!」


 胸を張ってそう答えるフンフを見て、ちょっとだけ緊張を解してから、僕は深く息を吸って、強張った声で言った。


「完全スカウト制、なんだよね? 僕達のギルドは」


「は? そうだけど」


「それがどうしたんだ?」


 僕の疑問が即答されるのは一体何度目のことだろうか。僕が衝撃を受けることの一つ一つが、軽い調子で答えられてしまうなんて。学んできた常識は、本当は全然違うものなのかと納得し、これ以上聞くのを諦めてしまいそうになるが、ぐっと、その気持ちを抑えた。


「だ、だって、スカウトだけで人を集めるギルドって、普通は本当に強い人とか、優秀な人を引き抜くんだよね? 僕なんかをスカウトするだなんて、どういう基準で選んでるの? 全然、意味も利益もないのに」


 そもそも、少人数というところで疑問を持つべきだったんだ。ギルドへの入り方、条件というのはそれぞれで違う。僕が昔、色々調べたところ、大きく分けて自由加入制と試験制、そしてスカウト制だ。自由加入制はそのまま、手続きをするだけでギルドに入れるもの。だから、発足したてのギルドに多い。試験制は、まず書類を送って、それが通ったら実際に試験を受けて、合格すれば入れる。こういうのは大規模や中規模ギルドだ。生活していれば一度は名前を聞くような、有名なギルドも大体これである。

 それで、スカウト制のギルドは……。スカウト制を取り入れているギルド自体は少なくない。けれど、それは自由加入制と試験制を主に実施している上での話。完全スカウト制は、やるとしてもかなり人数が集まっているギルドだけだと思っていた。スカウトは基本的に、数々のギルドでもかなり有名、優秀な人を、自分のギルドに入れるためにするのだから、そもそも人数は集めにくいし、断られる可能性だって高いんだ。無名で少人数のギルドがやっても、まず人は集まらないから、一年も経たずに破綻する……はずだ。


 けれど、なんばーどりっちゅは現在十四人の小規模ギルド。さらに完全スカウト制。これだけ聞けば、数ヶ月後には立ち行かなくなっているだろう、と僕なら考えるけれど、実際のところは今年で四年目。もっと長い間続いているところはあるものの、すぐに潰れてしまうギルドもあることを考えると、結構続いている方だ。

 ああ、かなりの少人数で四年目って聞いたのだから、本来ならば完全スカウト制なのかもしれない、と行き着くことは、十分にできたはずだ。それなのに、幸福感と驚愕、そして先入観によって、可能性を勝手に排除してしまっていた。そうでなければおかしいと思ってしまっていた。

 だから、四年目ではあるけれど人が一向に増えないから、そこそこ使えそうで断らなさそうな人、今回で言う僕をスカウトした、ということだと勝手に思い込んでしまったんだ。完全スカウト制となれば、話はがらりと変わる、変わってしまう。少人数でも出来ると踏んで、完全スカウト制にして、それが見事に成功しているならば、僕みたいな右も左もわからない新入りを、わざわざ入れる必要は全くもってない! カールくんの質問も、今では最もだと言える。


 そう考えた上でした質問だったのだが、


「はあぁ? アタシがさっき言ってたこと聞いてたか? あのなぁ、うちは、わー、こいつつよーい、最高に働いてくれそー、みたいなことでスカウトしてるわけじゃねーんだよ」


 バッサリとそう言われてしまった。確かにそうは言ってたけれど、てっきり、子供相手だからぼかして言っているのかと思っていた。別にそんなことなかったのか……。


「あー、でも実際、何かしらの基準とかあんのかねぇ。最初の方はまだ選んでる感じあったけど……わかんねーなぁ。何か思い付くか?」


「んーん、さっぱりだなー。あ、でもなでもな、フィーア! おれもスカウトしてもらった時はどこのギルドにも入ってなかったし、たたかったこともなかったから安心していいぜ! じょーけんはいっしょだぞ!」


「そ、そっかなあ?」


「そーだぞ! だからむずかしいこと考えなくてもだいじょーぶなんだぜ!」


 うーむ、フンフにそう言われてしまったら、これ以上自嘲的なことは何も言えない。無言でおにぎりを齧るしかなくなってしまう。おにぎりは具がなく、塩をふってのりを巻いただけのものが一番好きだ。時間が経ってのりがしなっとしているとさらにいい。そんな自分好みのおにぎりを咀嚼し、納得するように飲み込んだのだった。


 その後は適当な会話をしながらゼクスさんの美味しいお弁当をあっという間に平らげ、片付けを済ますと、僕達は目的の場所へと動き出した。こういう時、本来であれば村の人に地図を描いてもらったり、安全なところまでなら道案内をしてもらったりすることも多いそうだが、今回はドライが場所をわかっているので必要ないんだって。

 村から少し離れたところに、その林はあった。正式な名称はなく、風守村の人々はじめじめ林と呼んでいると、ドライは説明してくれた。……どうしてそんなことまで知っているのだろう。風守村に思い入れがあると言っても、こんなことまで知っているものなのだろうか。場所も然り、呼び方も然り。ただ単に、最初にこの村の依頼を受けただけで、そんなに仲良くなるものなのか。僕には経験がないから判断がつかない。考えすぎだろうか。


「それにしても……いかにも魔物が出そうな雰囲気だね。空気も重くて、昼なのに夜みたいに暗い」


「いや、いつもはそんなでもないんだけどなー。これも魔物の影響って奴かねぇ」


「へへ、わくわくしてきちゃうんだぜ! ぜんめつ、ぜんめつぅ!」


 輝く笑顔で言ってほしくない言葉の上位に入りそうだけど、とても楽しそうだから突っ込まずにいよう。フンフと繋いだ手をブンブンと振られながらも歩いていく、先導していたドライがピタリと止まり、静かにするよう僕達に合図した。そして、小さく手招きをする。


「今回の標的はどうやらあいつらみたいだ」


「あいつら? ……ひぇ、」


 姿を見て悲鳴をあげそうになったところを二人に止められたため、何とか気付かれずに済んだ。けれど、あれは叫ばずにはいられないだろう。頭は……兎だ。というか、全体的に昨日見たハゼットに似ている。けれど、明らかに違う部分がある。ハゼットは見た目、完璧に兎だった。けれど、あの兎はそんなにかわいらしいものではなかった。

 第一に、二足歩行であると言うこと。そして、人間と同じくらいの大きさをしていると言うこと。これらも違うところだけれど、決定的に、恐ろしいと思えるのが、その肉体である。兎である部分は頭と、かろうじて手足だけ。その他の部位は、マッチョな成人男性そのものと言えるだろう。ブーメランパンツみたいなのは穿いてるけど、他は裸みたいなものだから、何だか目のやり場に困るし……人間みたいなのに、今まで見た魔物よりも魔物という感じがする。


「おお、あれはハゼットマンだな。ハゼットとにてはいるけど、関わりはぜんぜんないらしいぜ。おれも、本物ははじめて見たぜ」


「純粋な子供に悪影響だから、出来ればあんたらには今後も見てほしくなかったが、致し方ない。依頼だからな。容赦なく滅ぼすぞ」


 ドライは僕達に向かってバチッとウインクした後、妖しく笑いながら呟いた。


「"超・風速"」


 そう言うと彼女の身体は強い風のように、一気にハゼットマンの方へと向かっていた。木々が大きく揺れるほどの強さだったため、当然魔物もドライの存在に気が付いたようで、風と共に浮かび上がる彼女を見据え、戦闘体勢を取った。しかし、ドライは決して笑みを絶やすことはなく、いつの間にか両手に持っていた得物、草刈り鎌を振り上げた。


「"超・斬刃"!」


 叫んだ言葉の終わりと同時に、ドライの足は地面についた。そしてさらに一瞬間を空けて、一体のハゼットマンが、綺麗にバラバラになって崩れていった。


「わあ……」


「よおし、おれたちも行くんだぜー!」


「ええ!? わ、置いていかないで!」


 フンフを追って飛び出すと、ドライに目を向けていたハゼットマンたちも僕達を視界に捉えた。あわわ、な、何の計画も無しに飛び出してきちゃって良かったんだろうか。僕があたふたしていると、フンフが左の方に固まっていたハゼットマンたちへと駆け出した。


「くらえ! "ザンドコールン"!」


 フンフの振り上げた斧に、フンフから出たものも含め、そこら一帯の土が集まっていく。そして、斧を振り下ろすと、それらの土も一斉に落ちていき、逃げ場のない無慈悲な攻撃が、魔物たちに降り注いだ。何をするでもなく、呆気なく、人間ではおおよそ聞き取れないような悲鳴をあげながらやられていく魔物を見て、高揚感のようにも恐怖のようにもとれる感覚が、僕を襲った。

 そう感じていると、大人のように大きな拳が、僕の腹の横を掠めた。


「……わ、っと!」


「何してんだフィーア! 油断してんじゃねー! 攻撃しろ!」


「う、うん! わかってる!」


 そうだ。二人の戦いに注目している場合ではない。僕も目の前の敵を倒さなくては。一、二、三……四体くらいかな。一気に倒した方が効率がいいし、他の二人に迷惑をかけることもない。だったら、一つの竜巻じゃ足りないかもしれない。かといって、マッシュルールンの足止めをした程度のものでは、倒すには至らないだろう。複数体巻き込めて、かつ、倒せるように強力な……


「……っつ、"追跡の竜巻"!」


 二人が攻撃していたときと同じように、思い付いてなおかつ、僕が想像した魔法の状態に沿う言葉を唱えると、その通りに複数の竜巻が生まれ、ハゼットマンたちに襲いかかった。竜巻一つ一つは、それほど速さがあるわけではないので、魔物たちは簡単に避けようとしてみせてきた。

 だが、僕が今出したのはただの竜巻なのではなく、名前の通り、逃げられても追っていく竜巻だ。自然を多少巻き込んでしまうけれども、それでも魔物に当たるまで追っていく。避けたと思って油断したハゼットマンたちは、それに気付かず、竜巻に巻き込まれ、すぐに細切れになって消えていった。


「やるなー、フィーア!」


 そう言うフンフの声が聞こえてきて、嬉しさを噛み締めながら、次の敵へと杖を向けた。

 そんな調子で倒しながら、ハゼットマンたちがやってきた方向へと進んでいくと、地面に大きな穴があった。


「これが、あの魔物たちの棲み家?」


「だな。風に聞いてみても、もう外にハゼットマンはいないし、これをぶっ壊せば晴れて依頼完了だ。じゃあ頼むぞ、フンフよ」


「はーいだぜ!」


 頼むって、何を? そう思いつつフンフの様子を見ていると、地中からボコボコという音と、名状しがたい獣の悲鳴が聞こえてきた。そして、数秒の内に、内側から穴が埋まった。


「えっと、え? 何で急に!? あ、フンフの魔法か!」


「そうだぜ! ちょっとはなれてても土は動かせれるんだぜ。だから、魔物がぜんぶいなくなるように巣を潰したぞ!」


「おー、偉い偉い。土の精密操作は基本フンフしかできねーもんな。助かるわ」


 ドライに褒められながら頭を撫でられたフンフは、嬉しそうだけどちょっと照れ臭そうに笑った。なるほど。棲み家の敵は、実際に侵入して倒さなければいけないといけないと考えちゃってたけど……土魔法って便利だなぁ。


「あ、そういえばさ、ドライの魔法って風だったんだね」


 一昨日からそうじゃないのかな、とは思っていた。具体的には風が僕を二人のところへ運んだときから。それが今回で確信することができた。ドライももったいぶらず、すぐに肯定した。


「まあな。あんたとは違って、体外にあるのしか操れないが、魔力量は多いぜ」


「ということは、精霊と話せるの!?」


「お、おう、まあ結構日常的に話したりするが……何だ。さっきまでの数倍目が輝いてんぞ」


 ドライが若干引いている横で、フンフは微笑ましそうに笑っていた。それを見て、僕は少し恥ずかしくなった。子供っぽいと思われただろうか……。顔が赤くなってきたような気がして、徐々にうつむきがちになっていく……。


「あ、それより、あのお前が出してた追跡竜巻。初心者にしてはなかなかすごかったな」


「え、そ、そうかな」


 ドライの言葉にバッと顔をあげたが、すぐさま彼女は、でも、と付け加える。


「やっぱりまだまだだな。今疲れてんだろ? 体力ないって言うのもあるけど、魔力使いすぎってのも原因の一つだ。それと、今回は知能低めのハゼットマンだったから良かったが、もっと上の魔物になると、あれくらいの動きじゃあ使いにくい。折角追跡するんなら、もっと追い詰めるような動きをしないとな。そこら辺は練習あるのみだ」


 う、うう……つまり、改善点はたくさんあるってことか。


「もー、ドライってば。上げてから落とすなんてひどいんだぜ!」


「悪い悪い。これくらいで満足してほしくない気持ちが勝っちまってだな」


「そんな落ちこむことないぜ、フィーア! 新入りのときのおれだったら、あんな自立してついせきなんてできなかったんだぜ! 自身もっていこうぜ!」


 そ、そうなのかな。その時のフンフを見たことがないけど……例え謙遜して言っているんだとしても、そう褒められると嬉しいな。


「はいはい、とりあえず反省はここまで! 報告して報酬もらって帰ってからなー」


「はーいだぜ!」


「はい!」


 もっと強くならなければならないけど、今日上手くいってよかったな、と思いながら、僕は二人の後に続いた。

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