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第四話前編「風守村」

「よーし、あんたたち! 今日こそ当初の目的だった、でかいのを倒す依頼をこなすぞ!」


「おー!」


「お、おー」


 初めてのどかの森へ行ってから二日後、尋常じゃないくらいのやる気で、ドライは高らかに宣言した。

 それもそのはず。一昨日で終えるはずだった、ゼクスさんからの練習、もとい依頼が二日かかったのだから。これくらいやる気がみなぎっていてもおかしくはない。


 一昨日、帰って来て、それなりに遅めの昼食を済ませた後、僕達はゼクスさんに叱られていた。フンフが材料を忘れてしまったため、ゼクスさんに、これが本当の依頼だったらどうするの、とごもっともな言葉から始まるお説教をされてしまった。ゼクスさんの特段強い言い方ではないのに、チクチクと刺さる言葉を受け止めたのだった。

 その後、しばらくしてから、ゼクスさんがそろそろ夕食できるから待っててね、と休憩スペースで何となく座りながら話していた僕達に言った。夕食をつくってもらえたと言うことは何とか許されたかな、と思ってほっとしていたのも束の間。二人の様子を見て、僕はとてもびっくりした。夕食を待つ表情とは、とてもじゃないが言い難かったのだ。言うなれば、そうだな、まるで夕食が最後の晩餐とでも言うかのような感じ、と言うのかな。とにかく、あのフンフでさえ、今から死にに行くみたいな、深刻な雰囲気だった。ものすごく気になったけれど、聞ける雰囲気では全然なかった。


 ゼクスさんが本当は許してくれていなくて、僕が油断したところに想像を絶する料理を出してくるのだろうか、と考え、身構えていたが、呼ばれるままに行くと、美味しそうなザウアーブラーテンをメインとした料理の数々が、机に置かれていた。召し上がれ、とにこにこしたゼクスさんに促されるまま、口に運んでも、とっても美味しいということ以外は何事もなかった。

 フンフも、一口食べて、ほへー、と息をはきながら胸を撫で下ろしていた。


「ああー、よかったんだぜ! 今日もゼクスのご飯だったー!」


「うん? フンフくん、何の話?」


「いやいやこっちの話さ。それよりゼクス。森の山に、広い空間あったの知ってたか?」


 ドライがそう話題を変えたため、残念ながら二人が何を考えていたから深刻な表情をしていたのかがわからなかった。何故話題を変えたのだろう、と今思い出してみても思うのだが……大丈夫だったのならいいかな、と思い、聞かないままでいる。無駄に嫌なことを思い出させるのも躊躇われたし。


 それは置いておくとして、と。どうやら、ゼクスさんもあの石碑があったらしい場所は知らなかったようだ。時間が経つにつれて知らないうちにできたのかもね、と言っていたけれど、多かれ少なかれ、人の手が加えられていたのは確かなんじゃないかと思う。石碑があったことも然り、あの爆発も然り。

 何かあるのかもしれない。そう思って、次の日、『のどかの森』に行った時に、調べてみる価値はあるのではないか、と思ったけれど、ドライにあっさりと断られた。


「何かあるかも知れねーって、探求心があることはいいことだ。思ってもみないお宝が見つかることもあるだろうからな。だが、闇雲に探すってのは、そりゃ無理な話だ。フィーアはたまたま偶然、仕掛けられた罠を踏まずにあそこまで行けたんだろうが、何のヒントもなしに、二度目も掻い潜るってのは無理があるぜ。それに辿り着いたところで、お前が見たって言う石碑自体には何も書かれてなかったんだろ?」


「そうだけど、爆発が起きる直前に、侵入者を発見、みたいな文章が浮かび上がってたんだよ? 何かありそうな気がしない?」


「それは石碑を拠り所にして、魔法を仕掛けたってだけの話だろ。何も魔法で攻撃するのなんて、その場で直接じゃなくていいんだよ。あーいう風に超遠隔発動魔法もあるのさ。昨日のアレは、まあ大分強力だったし、初心者が木の実取ったりしょぼい魔物倒したらすぐおさらば、みたいな場所に仕掛けて、魔物相手に練習してたってオチだな。それでも調べたいがために、昨日のように向かってみたいか?」


 そこまで言われると、もう、調べてみようと言う気にはならなかった。どうしてあんなところに石碑があるのか、と言う疑問がないわけではなかったが、魔法の練習だったなら、それを解除してまで調べるというのは、その人にとって迷惑な話だろう。それに、石碑に魔法をかけたということは、その人がそれ以前に、何かあるか調べているだろうから、本当に何もなかった、という可能性が高い。

 そう考えて、ドライを説得してまで調べることはない、と僕は判断した。いくら小型転送装置があるとはいえ、二人をまた危険な目に遭わせるのは気が進まない、と言うのもある。まあ実際に昨日と同じことが起きたとして、まず逃げ遅れるのは僕で間違いはないのだけれど、それでも、もうあんな風に肝を冷やしたくはない。ならば無理して調べる意味も必要もない、と最終的に判断を下したのだった。


 ちなみに、一昨日は見かけなかったけれど、昨日は兎のようで兎じゃない魔物の群れを見かけた。ハゼットという魔物らしい。一見可愛らしい兎のように見えるけど、きつめの色合いの、マーブル模様というのだろうか、そんな感じで、明らかに普通の兎ではなかった。それだけならまだ可愛かったけれど、ハゼットの群れは、僕達を見つけると、目の色を変え、裂けるほど口を開けて襲ってきた。僕はびっくりして固まってしまったけれど、フンフが慣れた手付きで斧を振るい、手前の数匹を倒した。


「後は任せるぜ、フィーア!」


 そう言ってバトンタッチしてきたフンフに、背中を押されるまま、僕も残ったハゼット達を、風で切り裂いて倒したのだった。ドライはと言うと、杖や斧のような武器も出さず、ただ戦いを眺めていた。というか、それらしきものがなかったから、そもそも持ってきていなかったらしい。ドライに理由を聞くと、


「あんたらだけでいけるって、信じてたからな!」


 と良い笑顔で言われた。フンフに後で聞いたところ、あれは普通に忘れてきた時に言う言い訳らしい。今日は軽いところ行くぞ、と本人が思っているとき、良くあるのだとか。まあそういうときでも魔法は使えるから戦うことはできるしな!と、フンフは言っていたが、結構大きな問題なんじゃないかな。気付いたときに忘れたって言ってくれれば、一度ギルドに戻ることだってできるのに。ドライもフンフも、そういう考えはないのだろうか。……うん、僕がしっかりしないと。


 まあそんな感じで、昨日と同じようにとは行かなかったが、中身が取られることもなくフンフの袋が山に落ちていたため、今度は何の問題もなく、ゼクスさんからの依頼をこなすことに、やっと成功したのだった。

 ちなみに、昨日の夕食にも今日の朝食にも、僕達が取ってきたものは使われていなかった。ドライが文句を言っていたけれど、ゼクスさんは、まだタイミングじゃないから、と言うだけで、いつ使うのかは教えてくれなかった。なので、実は料理に使う予定じゃなかったものを、わざわざ僕の練習として、無理に捻り出して依頼にしたのではないか、と申し訳なさでビクビクしている。


 さて、以上が昨日までの流れである。そして今日、ついに、普通に仕事をするのが許された。そりゃあもう二人とも、朝から大喜びである。フンフが僕を起こしに来てしまったくらいだ。僕も運動のために起きて、身支度をしている時間ではあったが、その時点で既に掃除を終えているとは驚いた。一体何時に起きているのだろう。

 ゼクスさんもそれを見越してか、ずっしりと重い、大きなお弁当を、昼食用に持たせてくれた。二人はお弁当を持たせたときに、どちらも崩したりひっくり返したりしてしまったりとあったようなので、僕が持つことになった。昼食が一番大事だから、って言ってたけど……かなり重みを感じる。自分が非力だとはわかってはいた。いたけど、お弁当一つで重いと感じるほどとは。いや、悲観してる場合じゃない。これも力をつけるための訓練、そう、訓練だよ! これくらい乗り越えられなくちゃ!


 そう考えながら、現在に至るのだった。


「さて、どうするよ? どのくらいでかいのにする?」


「せっかくだから、ばばーんっと大きいのにしようぜ! そのほうが楽しいんだぜー!」


 相変わらず、僕が新人だと言うことを忘れていないだろうか、と疑ってしまうような会話を交わす二人に、内心心配しながらついていく。多分、加減はしてくれると思うんだけどなぁ。……いや、してくれるかな?

 そう思っていると、そういえば、ドライの服装、昨日までと違うな、と気づいた。今までは軽装だったけど、何か、何だろう。細身のコート、かな? そんな感じのものを着ている。いまいちピンとこないのには理由がある。あの服、コートみたいだけど、それにしては地面についてしまいそうなくらい長い。大きさを間違えてないか、と思ってしまったが、何も気にせず着ているし、フンフも突っ込まないと言うことは、あれでどうやら正常らしい。それに、この時期なのに急に着込むなんて、意外と寒がり? ううん、むしろ昨日よりも、今日の方が少し暑いくらいだ。だとすると……?


 僕が考えているうちに、二人は目的地まで辿り着いたようで、二人揃って、くるりと僕の方を振り向いた。なので僕の方もすぐに思考を切り替え、顔をあげる。それとほぼ同時に、ドライがうきうきしながら口を開いた。


「ほい、フィーアよ。これが依頼掲示板だぞー。好きに見てみろよ」


「依頼、掲示板……」


 ドライに促されるままその掲示板の前に立ち、それを見た。そこには、ずらっと、それぞれ依頼が書かれているであろう紙が張られていた。仲間へのお知らせのものとは違い、きっちりと、全て見やすいように整理されている。軽く読んでいると、細かい分析から割り振られた難易度ごとに並べられているようだった。それに、物集め系の依頼と、魔物討伐依頼とでも、完全に分けられている。どちらも含むものは、その中央に纏められているようだ。この掲示板は、見れば見るほど、冒険への思いを駆り立てる作用があるような気がする。そう思ってしまうほどの力がある!

 完全に引き込まれてしまう前に、一歩引いて、忘れそうになった呼吸を整えてから、言葉を発する。


「す、ごいね。この掲示板、うっかり何でもかんでも手にとって向かってみたくなっちゃうよ」


「そーだろ? ただ紙がならんでるだけなのに、ふしぎだよな! なんかコツとかあるのかなーっ? それがわかったら、おれにもできるかもしれないぜ!」


 僕と同じくらいキラキラした目でそう言うフンフに、ドライは若干呆れた顔で返す。


「やめとけやめとけ。そんなもんわかっても簡単にゃできねーだろうし、できても絶対続けらんねぇよ。毎日毎日、これを維持するために依頼をあらかじめ全部確認してくなんて、アタシなら絶対無理だね」


「依頼を確認って?」


「ああ、何でも、依頼内容がどんな感じでどんな程度で、って言う詳しい情報も詳細に書くために、現場に行って調べてるんだと。好きな奴じゃなきゃ面倒すぎて死ねるんじゃないか?」


 そっか、これも誰かの役割なんだ……って、これ、ここにある全部の依頼の場所に行ってるの!? 依頼されてる場所はそれぞれバラバラなところだし、そんなの、一日に何ヵ所回らなきゃならないんだ!? 少なくとも十ヶ所は回って、さらに調べないと無理だよね? こんな大変な仕事を一人で? フンフの掃除やゼクスさんの料理とかも、一人でやるにはかなり大変な役割だと思うけれど、これも大変と言うか、大変さの規模が違うような……。休んでいる暇はあるのだろうか?


 僕が声に出さずに驚いている横で、ドライは魔物討伐の辺りから、べりっと一枚、紙を取ると、僕とフンフに見せてきた。


「これとかどうだ?」


 難易度のところには、炎が二つ描かれている。『風守村』というところからの依頼で、近くに魔物の巣ができ、その魔物達が村まで来て、荒らしてしまうから困っている、といったような内容だ。炎が二つということは、おそらく難易度が低めのものなのだろう。フンフが小さな声で、この難易度をドライが選ぶのは久しぶりに見たぜ、と言ったのが聞こえた。

 こ、これくらいなら大丈夫だろうか。そう思ったが、杖を握る手に、無意識に力がこもっていたことに気が付く。僕は、心の底では怯えているのだと言うことだ。……けど、折角僕のことも考慮して、この依頼にしてくれたのだろう。なら、その気持ちに応えなければ。大丈夫、きちんとやれば、大丈夫なはずだ! よし!


 こくりと頷くと、僕はまっすぐドライを見て、自分の意思を伝えた。


「うん、行けるよ。僕、正式な依頼は初めてだけど、精一杯頑張るね!」


 僕がそう言うと、一拍置いてから、まずはフンフが声をあげた。


「いえーい、そのいきだぜ! おれももしものときはフィーアをてだすけできるよう、がんばるんだぜ!」


「手助けしようとしたら、失敗して自分もヤバくなったー、とかはやめろよ? じゃ、ないか。おう、やっぱ何事も避けるんじゃなくて、一回挑戦してみるのが大事だよな。うんうん、それでこそ、我が騒音体力トリオの一員だぜ!」


「そ、そうかな……。うん? いや、待って。騒音体力トリオって何?」


 改めて仲間と言うものに包み込まれた感覚だったから流しそうになったけど、全然聞き覚えのないトリオ名が聞こえてきたのを、僕は聞き逃さなかった。少し冷静になって尋ねてみると、ドライはすぐに説明をしてくれた。


「ズィーベンいるだろ? あいつすぐに人のことを、音量アップダウンとか、最高速戦闘狂とか、変な呼び方してくるじゃん? だから、アタシらに何かコンビ名つけてくれよ、って頼んだら、騒音体力コンビになった。それが三人に増えたから、騒音体力トリオな」


 思い返せばズィーベンは、最初会ったときにフンフのことを騒音単細胞って呼んでたっけ。ドライの呼び名も、よっぽどなものだと思うけど……そんな呼び名をつけられているのに、コンビ名を任せたんだ。いや、むしろそんな感じなのが好きなのか? どちらにせよ、気に入ってるなら、それでいいとは思う。ううん、でもなぁ……。


「そのトリオ名、完全に僕は名前負けしてるよね?」


 個人的に騒音ってほど声は大きくないと思うし、体力は全然ない。明らかに僕には合っていないだろう。しかし、フンフがどこか楽しそうに言ってくる。


「そんなことないんだぜ! じゃあおれがそーおん担当で、ドライがたいりょく担当、フィーアはおんりょく担当でいくんだぜ!」


「待って、音力って何!? 聞いたことないよ!?」


「音力……じゃあもう片方の漢字から取って、そうたい、騒体でどうだ」


「それも知らないよ! それにどっちにしろ僕は名前負けが免れなさそうだよ!?」


 数分間に渡る議論の末、僕は二人が暴走を起こした際に、できるだけ止める、抑制担当ということになり、トリオ名は騒音体力抑制トリオになった。今度、ズィーベンに受理してもらうと言っていたけれど、ズィーベン的にはどうでもいいんじゃないだろうか。そう一蹴されそうな気がするのは僕だけだろうか。

 ……でも。


「よっしゃ! それじゃあ騒音体力抑制トリオ、初始動だ!」


「わーいだぜ! 三人で力をあわせて、依頼を成功させるんだぜー!」


 でも、楽しそうだからいっか。よく考えると、トリオって言ってもらえるのは、何だかくすぐったくて、とても嬉しい。名前はどうあれ、結束力が生まれるのを感じる。

 心の中で暖かいものを感じていると、ドライがこちらを振り向いて、こう言った。


「そうと決まれば、早速受理してもらうとするか! フィーア、今何時だ?」


「ええっと……九時、じゃなくて、もうすぐ十時だよ」


 腕時計を見ると、長い針が数字の十二のすぐ近くにあったので、僕はそう伝えた。するとドライは、じゃあそろそろだな、と呟いた。そろそろって、何が? そう思った瞬間、転送装置が光った。誰も入るのを見なかったから、多分、誰かが帰って来たということだ。

 ゼクスさんは食堂で会った。ズィーベンやツヴェルフさんという可能性がないわけではないが、確実に知らない人の可能性の方が高い! 例えツヴェルフさんだとしても、改めて挨拶をしておきたいから、全然問題ない! 何にしても心を準備をしておかないと!


 一人でドキドキしながら、転送装置から人が出てくるのを見つめる。出てきたその人は、軽やかに素早く、こちらへと向かってきた。そして、僕達の前で立ち止まると、パッと顔をあげる。


「よっ、時間通りだな」


 ドライの言葉からするに、そろそろだ、と言ったのは、彼が来る時間のことだったのであろう。彼は少年だった。おそらく、僕よりも歳下だと思う。背も僕より低い。見た目は目立たない、地味な感じに見えるけれど、彼の目と長めのマフラーの、炎のような赤色が異様に際立っている。この子も、ギルドの一員なのか。少し驚いたな。

 そう思っていると、そのくりくりとした大きな目が、僕を見て、細長く形を変えた。


「……何じろじろ見てんの? キモいんだけど」


「へ、ええっ!? き、きも……!?」


「会ったことあるのって、こいつらとあとそれなりにでかいのが三人だけなんだよね。それなら大方、自分より小さいのが出て来て驚いた、とかそんなこと思ってたんでしょ? はあ……言っとくけど、君と一つしか年齢違わないから。勝手にガキを見る目で見ないでくれる?」


 お、思っていたよりもバッサリ言ってくる! 見た目ですっかり油断してた……。この子も今まで会った人々と同じで、自分の意見は躊躇なく言うタイプの子なんだ。ど、どうしよう。僕、浮いてないだろうか。それとも、たまたまこういうタイプの人に会ってばかりなだけなのだろうか……。あっ、そうだ! 自己紹介!


「ごめんなさい! 僕の名前は」


「はいはい、フィーアでしょ。それくらい知ってる。ボクはツェーン。うちのギルドの情報屋みたいなもんかな。同じギルドだから、よろしくくらいは言ってあげる」


「ツェーンってば、すなおじゃないんだぜ!」


「うわ、うざ。ちょっと、勝手に肩に手置こうとしないで」


 彼が、ツェーンさん。ゼクスさんからのメモを見て、写真を持ってきてくれた人だったよね。情報屋ってことは、この依頼とかをきっちり調べてきて、掲示板に並べてるのもこの子なの!? すごい……。けど、ツェーンさんというよりは、ツェーンくんの方がしっくりきてしまう。しっかりしていそうで、大人びているけど、どうしても、そう呼びたくなってしまう。

 いいや、ダメだ。さっき、彼も言ってたじゃないか。彼は僕よりもギルドの所属歴が長いんだもの。謂わば先輩なんだから、子供扱いはよくないよね。


「よ、よろしくお願いします、ツェーンさん」


 僕は緊張しながらそう言ったが、彼は白けたような顔をして僕を見た後、嫌そうに口を開いた。


「それはそれで、何か気を使われてる感満載で嫌だから、普通にして」


 え、ええー。む、難しいなぁ。それじゃあ結局ツェーンくんと呼ぶことになる。……でも、そう言ってもらえるなら、その方が楽だから、お言葉に甘えさせてもらおうかなぁ。

 そう考えてから顔をあげると、ツェーンくんは既に僕から視線を外し、ドライの方を見上げていた。


「ここで待ってるんだから、依頼受けるんだよね。じゃ、渡してくれる?」


「ほい」


 ドライが渡した紙を、ツェーンくんはざっと眺めた後、何故か片手をマフラーの中に突っ込んだ。僕がただ呆然と見ていると、マフラーの中からは小さな筒上のものが出てきた。そして、それのキャップを取り、紙に押した。どうやらハンコだったようだ。受理、というハンコが押されたそれを、またドライに渡した。


「はい、じゃ、死に物狂いでギルドに貢献してきてね」


 ツェーンくんがそう言うと、フンフが驚いたような顔をした後、彼に言った。


「む、ぶっそうだぜ! おれたちは死なないんだぜ!」


「死んでこいって言ってるわけないじゃん。簡単に言えば、失敗すんなってこと」


「そっか! 頭いいなー」


「撫でないで。雑にされるとピンが取れる」


 何だろう、ツェーンくんの態度は素っ気ないんだけど、何故だかほっこりする。兄弟っぽい、って言うのかな。和やかになる光景だ。


「もう、さっさと行って! って、あ」


 ツェーンくんが、フンフの手をどかそうと躍起になっていると、突然、ツェーンくんが腰につけていた鞄が光始めた。いや、鞄の中のものが光っているのだろうか。彼はそれを見ると、瞬時に鞄を開け、光っているものを取り出した。

 ……大きな石、みたいだけど。どうして光っているんだろう。そう思った時には、ツェーンくんがそれを口元に持ってきていた。そして、僕達から少し距離を取り、それに向かって話し出した。


「どうしましたか、何かあったんですか……」


 僕がその様子を見ながら首を傾げていると、ドライが、ツェーンくんには聞こえないくらいの声で言い始める。


「あれは魔法石型通信機。主にアタシが作った、仲間内で連絡するための魔法機械だ」


「通信機? それって、お金持ちしか買えないような、高価なものだったよね。それを作ったの!?」


 ツェーンくんの通話の邪魔をしないよう、小声で驚くと、ドライは、ふふん、すごいだろ、と言うような顔をした。転送装置を作れるのだから十分すごいとは感じていたけれど、そんなものも作れるんだ、と改めて感心する。

 けれど、それと同時に疑問も生まれた。


「あれ? でもどうして魔法石の形なの? わざわざあの形にしない方が、手間もかからないんじゃない?」


 実際、売られている通信機は全て、ごてごてとした、見るからに機械っぽいものだ。だから、ああいうのの方が作りやすいと思う。魔法石……見たことないけど、あんな風に普通の石みたいな感じなら、見ても通信機だと分かりにくいし、あの形にするのにも、しなくていい手間があるのではないだろうか。

 そう思ったのだが、ドライは、甘いな、と楽しそうに笑いながら言う。


「あの形だからこそいいんだよ。あれが通信機だとわからない方が、他のギルドから技術を教えてくれとかってねだられない! それに、 いちいちかかってきて、画面で相手を確認して……ってよりも、色で一発でわかった方が楽だろ?」


「色で?」


「そうだぞ! 今、ツェーンが持ってるつーしんき、赤色だろ? あれは、ほかの奴からかかってくると、またちがう色になるんだぜ!」


 なるほど、そのために魔法石型にしてあるのか。魔法機械、と言っていたし、機械ばっかりじゃなくて、意外なところで魔法要素が入っていたりもするのだろうか。

 そこで、一際大きなツェーンくんの声が聞こえてきた。


「……はい! お任せください! 貴方のためなら天上から地の果てまで、どこでも駆けつけます! それではすぐに行くので、ボクが見えるまで待っていてください!」


 ツェーンくんのその言葉が終わり、少しすると、赤色だった魔法石は、少しずつ紫色へと変化していった。通話が終わった、ということだろう。ツェーンくんはそのまま僕達に何も言わず、転送装置に歩きだしていったが、ドライとフンフもそれを追っていくので、ボクもそれに続く。


「おーい、ツェーン。また迷子回収か?」


 ドライが笑いながらそう聞くと、ツェーンくんは足を止めないまま、目だけをこちらに向けて言う。


「は? 迷子回収じゃないんだけど。アインス様の道案内なんだけど。アインス様を侮辱するような言い方しないでくれる?」


 さっきよりも格段にトゲのある言葉で、ツェーンくんは言う。それに対して、ドライではなく、僕がたじろいでしまったが、それより気になることもあった。


「ね、ねえ、フンフ。アインス様って?」


 小声でこっそり聞いたつもりだったのだけれど、ツェーンくんには聞こえたのか、足を止めて振り向き、信じられないと言わんばかりの表情で僕を見た。


「嘘、アインス様のこと知らないの? 会ってないことは知ってたけど、名前すら知らないなんて、信じられない。君、人生十割損してるね」


 十割って、全体的に損してるってことになってしまうのだけれど。僕がそう口を開く前に、ツェーンくんは間髪いれずに言う。


「アインス様はどこの誰よりも神聖で、眉目秀麗で、慈悲深くて、強大な力をお持ちで、そして尊い存在。まさにボクの人生と言っても良いお方なの! 実際に会う前に、自分よりも遥か高くにいる存在だと認識し、身の程を弁えておくことだね! 今日は何よりも優先させなければならないアインス様からのお願いを叶えるために、光よりも速く行かなくちゃならないけど、今度会ったときはアインス様の素晴らしさを叩き込んでやるから、そのつもりでいること! じゃっ!」


 ツェーンくんは言うだけ言って、颯爽と転送装置を使い、出掛けていってしまった。すると、ポンっとドライに、肩に手を置かれた。


「ははは、大変なことになったな。あいつなら本当に叩き込んでくるぞ」


「叩き込んでくるって、具体的にはどれくらい……?」


 僕の言葉に、ドライはただ笑った。きっと、諦めろ、という意味合いが込められている笑顔だ。……一日で終わるかなぁ。できれば、ツェーンくんが暇じゃないときに出会いたい。それを祈ろう。


「あ、そうだ。その、結局アインス様って言うのは? ギルドの人、だよね?」


 ツェーンくんが言っていたことだけでは、さっぱり人物像が浮かばなかったので、そう聞いてみると、フンフがとびきり良い笑顔で答えてくれた。


「ああ! アインス様は、ここのギルドマスターなんだぜ! いつかぜったい会えるぜ!」


「おう、ツェーンは何かごちゃごちゃ言ってて、事実、浮世離れはしてるが、普通に話ができる良い奴だから、そう構えなくても良いぜ」


「そ、そうなんだ。浮世離れしてるけど良い人なギルドマスター……え、ギルドマスター!? 迷子になってるの?」


 信じられない気持ちでそう聞いたのだが、二人同時に頷かれた。さらには、よくあるぜ、とフンフに付け足された。そ、そうなのか……色んなことを聞いたけれど、最終的に迷子になることしか印象になくなってしまった。


 ギルドマスターが頻繁に迷子になっているという事実に、少し複雑な気持ちになりはしたが、僕はそれを表には出さず、二人と共に『風守村』へと向かった。

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