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第二番後編「初めての依頼」

 パチッ、と。まるでもう夢の中には戻らせはしないと思わせるかのように、目は開き、意識は覚醒した。見慣れないけど記憶に新しい天井が、静かに僕を見下ろしていた。

 ゆっくりと身を起こし、備え付けられていた時間を見る。針は午前八時より少し前を指している。寝た時間はほんの僅かなものだったような気がするのに、随分と時間が経っているものだ。そして、それ相応に、身体に気だるさを感じる。眠るという行為は、相変わらず不思議で仕方がない。


 目覚めから遅れて働き始めた脳で、ぼんやりと夢の中での出来事を思い出し始める。『俺』は何と言っていたっけ……。ああ、そうだった。いつもと同じ事を言われていたんだった。

 絶対に後悔しないこと。よく『俺』が僕に対して、言い聞かせている言葉だ。でも、いつもなら突拍子もなく言うわけではなく、ちゃんと話の流れで言ってくるけどな。わざわざそれを言うために多種多様な昔話や過去話を引き出してきて、言葉の大切さを説いてくるのに。今回の前振りは随分雑だったように思える。


 それに……なんで突然あんなことを。


「ねえ、『僕』。多分これから、大変なことがたくさんあると思う。でも、だからこそ外の繋がりを大切にするんだよ。それこそ、俺がいるから大丈夫じゃなくて、俺がいなくても大丈夫に切り替えられるくらいに」


 そんなこと言うなんて、いくらなんでも酷いじゃないか。僕にはずっと『俺』しかいなかったのに、あんな風に面白がって! 冗談だとしても限度があるよ。次会えたら、文句の一つや二つ、言ってもいいくらいだ。そうだ、それくらいがつんと言ってしまおう。いつも『俺』に振り回されてばかりじゃいられない!


 ……寝起きだって言うのに、少し熱くなりすぎてしまった。今は現実だ。起きて、今に集中しよう。

 と言っても、やることは限りなく少ない。僕はただ顔を洗って、歯を磨いて、服を着替えるだけだ。食事をとるにもフンフに会うにも、部屋の外に出なければならない。ローブを羽織り、ぴかぴかに磨かれている鏡で身だしなみに問題がないことを確認すると、杖を持って自室を出た。

 廊下に出ると、とりあえずすぐにフンフの部屋の前に立ち、コンコンと扉を叩いてみた。返事はない。人がいるような気配もない。やはりもう起きているのだろうか。まだ寝ている可能性はないわけではないけれど、フンフの役割は掃除だと言っていたし、早起きして掃除をしているのかもしれない。それなら手伝いに行こうかな。単純に力になりたいという気持ちと、僕の役割はまだ決まっていない罪悪感も、ほんの少しあるのだ。よし、そうと決まったら、フンフを探そう。


「……だな。…………だぜ」


「…………ように。わかったな」


「はーい……」


 一段ずつ階段を下りていると、下から声が聞こえてきた。あまり聞き取れなかったけれど、一つの声はフンフだ。フンフと話している人は、少なくともツヴェルフさんでもズィーベンさんでもなさそう。それともう一人、あっはっはっは、って大きな声で笑っている人がいるけど……この声も知り合いではないようだ。つまり、今なら挨拶ができる状態だということだ。今のところこのギルドで顔を合わせた人は、十三人中三人しかいないし、今のうちに挨拶しておかないと!

 そう思い、急いで、けれど他の人の迷惑にならないよう、静かに階段をかけおりていく。階段から一階の様子が見えるようになったところで、顔をあげる。ふわりと鼻腔をくすぐる美味しそうな匂いがしたが、それに対してはひとまず着目せず、視覚と聴覚を使って人を探した。すると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「うえー……怒られちまったんだぜ……」


「落ち込むこともないだろ。お咎めもなしだったんだしさ」


「でも怒らせちまったんだぜ。むー、というか、なんでいっといてくれなかったんだよ! あんなに練習つきあってくれてたんだから、このこともきづいてただろ!」


「あっはは、別に注意してくれって頼まれた訳じゃないしな。ま、やらかしそうだと思って言わなかったのは、事実かな~」


「ひ、ひどいんだぜー!」


 あれはフンフと……やはり知らない人だ。三人で一緒にいるものだと考えていたけれど、フンフともう一人の人しかいなかった。とりあえず声をかけにいこうと思い、はたと気付いた。二人は随分と楽しそうに話している。割り込んでいいものだろうか。あんなにも盛り上がっているところに水を差すのも悪いし、一回出直そうかな。でもそれだと、あの人に挨拶ができない。どうしたものか……。


「フィーア!」


「うわっ! フンフ!?」


 階段の前で、ああしようかこうしようかと考えている内に、フンフが僕に気付いていたらしい。すぐ目の前にフンフの顔があった。突然のことにびっくりして、階段を数段上ってしまうと、フンフは堪えきれてない笑い声を上げて笑った。


「ふふ、ふふふ、こんな朝から元気だな! フィーア! グーテンモルゲン!」


「グーテンモルゲン。……元気なのはフンフの方じゃないかなぁ」


「えー? そんなことないんだぜ! おれはいっつもこんなかんじだぜ?」


 昨日と変わらないくらいの調子で話しかけてくるフンフが、太陽のように眩しく思えた。やはり、確実に元気なのはフンフの方だろう。フンフに比べたら僕は、米粒ほどの元気しかないようにさえ思える。この感じがいつも通りというのなら、いつも元気だと言うことだ。うん、フンフらしくって安心する。


「おい、フンフ。何いきなり走り出して、こんなところで騒いでんだ?」


「あ、ごめんなー。そういや話してるとちゅうだったんだぜ」


「別に、お前はそういうこと多いから気にしてないけどな……って、おっ、知らねー奴じゃん」


 さっきまでフンフと話していた人が、近くまで歩いてきていた。近くで見ると、すらっとしていて背が高く顔立ちも整っていて、フンフのような通るような声とは違い、声もハスキーで、かっこいい雰囲気の人だ。でも、この声、最近どこかで聞いたことがあるような……。


「あっ、もしかして、あの転送装置の声の……女性、ですか?」


 おそるおそる、そう聞いてみると、その人よりも先に、フンフが大きな声で反応した。


「すっ……すっごいな、フィーア! ドライのことが最初っから女だってわかったなん、いでっ!」


「はは、だーれが喧嘩っ早い男みたいなゴリラだって? フンフくんよぉ」


「いだ、いだだだだっ! そこまでいってないぞ! はじめましてのときですらそんなにひどいこといってないんだぜ! 」


 ミシミシと音を立てそうなくらい力強く、女性はフンフの頭をわしづかみにした。その強烈な痛みを味わっていないにも関わらず、フンフの様子から察することができてしまう。笑っているのに怒っていることが伝わってくる彼女を見て、今後、この人を怒らせるようなことはしないようにしようと決めた。

 頭がつぶれちゃうぜ、と叫び出したところで、彼は解放された。助かった、と口では言ってはいるものの、目にはうっすら涙が浮かんでいるし、頭の痛みを引こうとするように、何度も頭を撫でている。まだ痛みが残っているんだ。女性はというと、そんなフンフを見て満足そうに笑った後、僕の方を向いて声をかけてきた。


「こいつと違って、ちゃんとお前は見る目あるんだなー。えーと、確かフィーアだったよな。アタシはドライ。よろしく」


 多分、転送装置で声を聞いていなかったら、僕も勘違いしていたかもしれないけれど……言わないでおこう。言ったらフンフと同じ目にあうのが目に見えている。

 そう思っていると、彼女は握手を求めるように手を伸ばしてきた。僕はそれを見て、慌てて手を取り、返事をする。


「は、はい! よろしくお願いします、ドライさん!」


 ドライさんは目を丸くして、しばらく僕の顔を見つめると、クックック、と押し殺すように笑い声をあげた。何だろう、変なところでもあったのか? 言葉を噛んではいないけれど。もしかして握手を求める手ではなかったのだろうか。それは恥ずかしいことをしてしまった。でも、ドライさんが手を振り払う様子はないしな……。


「ああ、ごめんごめん。いや、フンフが真面目だって言ってたけど、マジでそうなんだとわかったら何か笑えてきちゃってね。まあ、もっと気楽に接してくれよ。フンフと行動するんなら、アタシとも結構縁があるってことだしさ」


「ええと、それって……?」


 僕がそう呟くと、ドライさんよりも先に、フンフが間に割って入ってきて、楽しそうに言い始めた。


「説明するぜ! ドライはな、おれが新入りのころからずーっと、めんどうみてくれてんだ! 冒険するときはいつもドライと行ってたんだぜ! つまり、えーと、おれの仕事仲間?相棒?って言うのか?」


「そこでアタシに聞くのかよ……。とりあえずそんなとこだな。誰と行かなきゃならねーとか決まってないけど、大抵はアタシもフンフと仕事してんだ。決まった面子の方がやりやすいことも多いしな。だから、フィーアがいいなら、アタシとフンフ、そしてアンタの三人で、これからもやっていきたいと思ってるけど、いいか?」


 なるほど、というか、それはそうだよね。僕が昨日入ってくるまで、フンフが一人で仕事をしていたわけではないのだ。あんなに強いなら、案外一人でもこなせるかもしれないとも、少し思ったけれど、あれは初心者用の洞窟なのだ。慣れている人にとっては、あれくらい余裕だろう。もっと難しい仕事になってくると、ああはいかないはずだ。

 フンフとずっと組んできた人が、一緒にいてくれる。それは僕とフンフだけよりも、よっぽど心強い。フンフもこのギルドでは新参者に含まれるだろうし、かなり長く、とは言わなくても、僕とフンフよりも経験を積んでいる人がともに戦ってくれるのは願ってもないことだ。


 そう考えると、僕はすぐさま二つ返事で答えた。


「もちろんです! お願いします! むしろありがとうございます! ドライさん!」


 ドライさんは僕を見て、楽しそうに笑う。


「おお、急に威勢がいいな。だが、さっき言われたことをもう忘れたのか? フンフみたく、もっと楽に接してくれよ」


「あ、はい、じゃなくて、う、うん! よろしくおね……よろしく、ど、ドライ?」


「よしよし良い子だ」


 ドライさん、じゃなくて、ドライは、ぐしゃぐしゃと掻き回すように僕の頭を撫でた。どうにも子供扱いをされているような気がする。いや、絶対にされてる。うう、フンフと言えど、人前でこんなことされるのは恥ずかしいけど、嫌な感じはしないから、文句は言えまい。大人しく撫でられていよう。……髪がボサボサになってないかだけ、心配だなぁ。フンフが僕の頭を見てにこにこしてるし、なってるんだろうなぁ。

 ひとしきり撫でた後、ドライは僕の頭から手を離して、口を開いた。


「さて、ということで早速行くか! でかいの狙うなら長くなるかもしれないしな」


「でかいの、って、起りの洞窟よりもすごい魔物、だよね……?」


 僕の独り言のような呟きに、返してくれたのはフンフだった。


「ドライの言うでかいのは、すっげーやべー奴ばっかなんだぜ。へへ、でもそういうの、おれもだいすきなんだぜ」


 だいすきなんだぜ、じゃないよ!? 僕がいることわかってるのかと問いただしたくなるくらい大問題なんだよ!? フンフがすっげーやべーと言うのなら、数ある魔物の中でも、本当に強い人しか相手にしちゃいけない魔物の可能性が大だ。むしろそうでなかったら何なんだ。どうしよう、そんな魔物に立ち向かえる気なんて全然しないけど……今からでも辞退した方がいいのかな。

 そんな風に、わりと深刻に考えていると、ビュウと風が吹く音がした。自分の魔法が語作動を起こしたのかも、と思い、咄嗟に振り向く。しかし、そこにはドライがいるだけだった。……? でもよく見ると、何故かフライパンを持っている。表情も、楽しそうなものではなく、やれやれとでも言いたげだ。不思議に思っていると、ドライが食堂の方を向いて口を開いた。


「おいゼクス! このアタシにこんなもん投げるたぁどういうことだ?」


 僕もフンフと揃って食堂の方を向くと、いかにも料理人然とした男性が立っていた。


「どうしたもこうしたも、わかってるんだろう。うちの規則を破ろうとしてたから、軽い罰を与えようとしてただけ。ううん、罰のうちにも入らないか。だって、貴方が受け止められるタイミングを見計らって投げたんだからね」


 彼は悪びれた様子はなく、むしろちょっと怒ったような様子でそう言った。あの人のことを、ドライはゼクスと呼んでいた。それにあの格好……どう見ても、昨日の美味しいシチューを作ったゼクスさんに違いない。お礼と、あと挨拶をしに行きたいんだけど……。そんな状況ではなさそうかな。


「お前はいっつもタイミングタイミングって、アタシが防御してなきゃ最悪重傷だったろ……。じゃなくてだ、何だ。アンタもしかして、さっきフンフが怒られた理由の話してんのか」


「えっ、怒られたって、何を怒られたの?」


 フンフに聞くと、思いきり顔をそらされた。な、何をしたって言うんだ。そんな後ろめたいことを? フンフが、まさか。

 疑い半分、驚き半分の気持ちでフンフを見つめていると、ゼクスさんが親切にも声をかけてくれた。


「そんな身内に加害者が出たみたいな反応しないで? そんな深刻なことでもないからね。君、フィーアくんだよね。昨日、フンフくんと転送装置で魔物退治に行ったね?」


 突然そんな質問をされて、僕は何故か悪いことをした人みたいに、ドキッとした。けれど、失礼がないよう、正直に答える。


「は、はい。それが何か問題だったんですか?」


「うん、そうだねー。君は知らないだろうけど、このギルドでは、魔物退治等の目的で出かけるときは、然るべき役割の子に申請書を受理してもらうこと。それと、新人さんの初めての仕事や依頼の練習は、危険が少ない場所、つまり、なるべく強い魔物が出ないところで行うことって決められてるんだ。

 本来であれば、危険度の少ない順に、『のどかの森』での指定された物を持ってくる練習をして、それから『起りの洞窟』での魔物退治の練習をしなきゃいけなかった。なのに、フンフくんは申請書を出さず、君を『起りの洞窟』に連れて行ってしまったから、怒られることになったんだよ。

 さて、理由はちゃんとわかったかな?」


 最後に、少し自信がなさそうに微笑むゼクスさんに、僕はほとんどの反射的に頷いていていた。とはいえ、理解はちゃんとできている。フンフのことだから悪気はないのだろうけど……そんな決まりがあったのに破ってしまったのだから、さすがにフンフが悪い。擁護することはできない。

 僕がそう思っているのを察したのか否か、フンフは焦たように話す。


「わ、わるかったんだぜ。反省してるんだぜ。フィーアが装備をもらったから、はやくたたかうことの楽しさをしってほしくて、わすれちゃってて……ごめんな、フィーア」


 う、そんな、本当に申し訳なさそうな目で見られると、一概にフンフが悪いとは言えなくなってしまう。何らかの魔法でもかけられてるんじゃないかって思うくらい、心が揺れ動いてしまう……。もう、こうなったら言うしかない。


「決まりを破ってしまってごめんなさい。でも、フンフも僕のために行動してくれたので、どうか大目に見てはくれませんか?」


 内心ドキドキ、というかビクビクしながらそう言ったけれど、ゼクスさんは予想とは裏腹に、怖い顔はしておらず、どちらかと言うと、呆れたような笑顔に近かった。


「いやいや、そんな怯えた顔をされると怒るに怒れないよ。それ以前にオレがこのことについて怒るつもりもないしね?」


「え?」


「言ったでしょ? 君が来る前に、フンフくんはもうしっかり怒られてるんだよ。あ、オレじゃなくて、ううんと、このギルドのサブマスター的な人にね。フィーアくんに楽しんでもらえたし、怪我もなかった、それにフンフくんもまだまだ新人さんみたいなものだからね。まあ少し注意されただけで、怒られる以外にお咎めなしだったから、安心してよ。ね?」


 あ……そうだった。既に怒られていたんだった。もしかして、階段を下りている最中に少しだけ聞こえてきた声は、そのサブマスターさんの人のものだったのだろうか。……えっ、サブマスター? それって、ギルド内で言うところのNo.2に偉い人?


「待ってください! そんな偉い人に怒られたんですか!? それって結構大きな問題なんじゃないですか?」


 僕が焦ってそう聞くと、ドライが半笑いで答えた。


「ああ、アンタはあいつに会ったことないんだったな。まあ、ギルドでも偉い奴って言っても、たかが小規模ギルドだ。ギルドマスター以外の奴はほとんど同等みたいなもんさ。はあ、あいつは責任感があるんだよなぁ。全員に目をかけてるし、他の誰かが見逃すことも、一々言ってくるから、そう珍しいことでもない。特に問題にはならんさ」


「そうなんだ、ならいいの、かな……?」


 珍しくないということは、サブマスターさんが細かい人なのか、それともギルドで決まりを破る人が多いのか、どっちなんだろう。どっちなのかによって、気の持ち用も変わるのだが。

 さりげなくゼクスさんに聞いておこうか、と考えていると、ドライが思い出したかのように口を開いた。


「って、待て待て。ゼクスよぉ、どうも話聞いてる限りじゃ別に魔物退治行くことに起こってる訳じゃねぇみてーじゃんか」


「ん? そうだね。定められた規則に従わないのはどうかと思うところもあるけど、それに関しては目くじらを立ててはいないよ。ドライさんとフンフくんが魔物退治ばっかり行ってるのも知っているしね」


「じゃあなんだってフライパンなんか投げやがったんだ?」


「……ふふ、わかってなかったのか。オレと言ったら当然」


 そこでゼクスさんの穏和な微笑みは一変して、周りを麻痺させるような、恐ろしい笑みに変わった。


「朝食のことに決まってるよね?」


 フンフとドライが、バッと僕の方を向いた。それに思わずビクッと身体を震わせてしまう。随分と焦ったと言うか、しまった、みたいな顔で僕を見ている。ということは、事の発端は僕? 僕なの? そんな、僕が何か……朝食……?


「……えっと、もしかして僕が朝食をとっていないのに、出ていこうとしていたからですか?」


「そう、正解」


 ゼクスさんの表情は、怖いけれどぞっとするほど綺麗だった。嬉しいのか怒っているのかわからない感じ、と言ったら伝わるだろうか。それ以上に、僕は彼の表情を伝える表現力を持ち合わせてはいなかった。

 そういえば、昨日見たゼクスさんの言葉にも、食べなかったら口に突っ込むと書かれていたし、食事に関しては随分と厳しい人のようだ。さっきまで話していた雰囲気は穏やかだったが、譲れないものはあるということだろう。フンフとドライは先に起きてここにいたわけだし、先に朝食をとっていたとしてもおかしくはない。

 ……ならば、僕が取る行動は一つだ。


「すみません。今からでも食べさせてもらって良いですか」


 そう言ってゼクスさんに歩み寄ると、ゆったりとした調子で彼は目を細めた。


「うん、素直な子は嫌いじゃないよ。さあ、おいで。今日も自信作を用意しているからね。……ところで、ドライさん?」


「あ、ああ。なんだ、ゼクス。言ってみな」


「フィーアくんが朝食をとる前に仕事に連れ出そうとしたドライさん。もしかして、貴方はオレに対して誠意を見せてくれるのかな?」


 嫌な予感がする、と呟きつつも、ドライはいいだろう、と承諾した。すると、ゼクスさんは良い笑顔で言う。


「よし、それなら今日は、昨日フンフくんが忘れちゃってた分の、『のどかの森』での練習をしてきてくれるかな。取ってきてほしいもの、メモに書くよ。その山菜や木の実を今日の夕食にするから」


「はっ!? ちょ、嘘だろゼクス! アタシここ一、二年はそういうタイプの仕事してないんだぜ!? 見分けつかないって!」


 慌てた様子で言うドライに、慈悲はないと証明するように、返事をする。


「大丈夫、簡単なものばかりだし、フンフくんもやったことあるんだから。わからないなら図書室から図鑑でも借りてきて、それを参考しても良いよ。うーん、けど、練習って言うのもつまらないか。それじゃあこれは、フィーアくんの初めての依頼ってことで、お願いするね、二人とも」


「はああ!? くっそ、マジかよ!」


「そういうことならまかせるんだぜ! おれ、フィーアのために頑張るんだぜ!」


 あれ、フンフは結構やる気なんだ、と思いながら、僕はゼクスさんとともに、食堂へと入った。


 その後、ニコニコと満足そうにしているゼクスさんにたまに観察されるという環境下で、昨日と同じように、いや、作りたてということもあり、昨日にも増して美味しい朝食をごちそうになった。


「ごちそうさまです。とても美味しかったです、ゼクスさん」


「良かった。口に合わなかったらどうしようかとも思ってたけど、さすがはオレと言ったところかなー、なんてね。それじゃあ気を付けて。いってらっしゃい、フィーアくん」


 ……食堂にいる間も本当に優しくて、穏和な感じの人だった。食事を疎かにしない限り、怖くなることはなさそうだ。そうだ、そもそも相棒さんの看病に行くような優しい人なんだ。常時怖い人なはずがない。良かった。このギルド、今のところ全然怖い人はいない。ちょっと個性的だけど、良い人ばかりだ。そうだ、相棒さんのことを聞きそびれてしまった。まだ病み上がりだろうし、今は会おうとしない方がいいだろう。また機会があれば聞いてみようかな。うん、そうしよう。


「お待たせ、二人とも。ごめん、意外と時間かかっちゃって……」


「ん、おかえりー」


「おー! だいじょーぶだぜ! ご飯は楽しくたべないとな!」


 食堂を出ると、二人は向かい合って椅子をかけて、待ってくれていた。フンフはともかく、ドライはあんまり乗り気じゃなかったはずなのに、機嫌は悪そうではなかった。ゼクスさんにもらったのであろうメモを見て、何だかほっとしたような顔をしている。



「それがゼクスさんからもらったメモ? あれ? 写真もつけてくれてるんだね」


 ドライの持っているメモを覗き込んでみると、綺麗に一つずつ書かれている山菜等の名前の横に、それらしき写真があった。わからなかったら図鑑で調べてと言っていたのに、かなり親切なんだな、と思っていると、ドライが僕に言った。


「いや、ゼクスがつけてくれるわけねーよ。あいつは自分が見分けつけれるから、必要ないと思ってんだから。たまたま通りがかったから、ついでに調べて持ってきてもらったんだよ」


「たまたま通りがかった? 誰が?」


「誰って、ツェーンだろ?」


 ツェーン? 聞き覚えのない名前だ。けれどドライは、僕の反応に対して、不思議そうに首を傾げている。あれ? 会ったことあったっけ? ない……ないよね? ツヴェルフさん、フンフ、ズィーベン、ドライ、ゼクスさん……うん、会ったことがあるのはこの五人だけだ。ツェーンっていったい誰だろう。

 互いに首を傾げて見合っていると、横でフンフが声をあげた。


「ドライドライ! ドライはかんちがいしてるんだぜ。フィーアはツヴェルフには会ったことあるけど、ツェーンには会ったことないんだぞ!」


「えっ、あっ、マジ? そうなの?」


 意外そうにそう聞いてくるドライに、僕は頷いて言った。


「うん。ええと、スカウトされた時にツヴェルフさんには会ったけど、その、ツェーンさんには会ったことないよ」


「あっ、はあー、そうなのか。あー、ごめんごめん。ツヴェルフって、結構ツェーンと行動してること多い印象あるからさ、てっきり会ったもんだと思ってたわ」


「どっちも、たんどくこーどう、が多いからなー。いっしょにいると、なんかいんしょうにのこるんだぜ」


 ああ、そうだったんだ。忘れていた訳じゃなくてほっとした。単独行動が多いと言うことは、フンフとドライや、ゼクスさんと相棒さんのように、一緒に仕事に行くのではなく、一人で行っていると言うことだろうか。あんまり強いところじゃなかったら、一人で行けるようになるかもしれないけど、さすがに僕はその勇気を持ち合わせてはいない。

 でも、ツヴェルフさんに単独行動が多いと言うのは、ちょっと意外だ。気さくで男気のあるお兄さん、と言う感じがしたから、誰かとよく一緒にいるものかと思っていた。……いや、それとこれとは別だよね。ツヴェルフさんにはツヴェルフさんの、仕事をするスタンスと言うものがあるわけだし。だとしたら、その中でも一緒に行動することがあるツェーンさんと言うのはどういう人なのだろう。ツヴェルフさんのように明るい人なのだろうか、大人しい感じの人と言うのもあり得るかもしれない。どちらにせよ、会うのが楽しみだ。


「とと、こんなところで時間潰してる場合じゃないぞ。さっさと取ってこないと夕飯が質素どころか大惨事になる可能性もあるからな」


「え!? 大惨事って!?」


「……だいじょーぶだぜ! ゼクスの料理は、質素でも最高だからな!」


 敢えて、は、を強調してるのが妙に怖いのだけれど!? そう口に出す前に、ドライもフンフも転送装置へと急いでしまったので、僕も、どうか無事に食材を取ってこれますように、と願いながら、その後を追いかけた。

前週はお休みしてしまいました…すみません…。

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