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第一番後編「新しい景色」

「……え?」


 フンフの言葉がさらっとしすぎていて、いまいち飲み込めなくて、それだけしか声が出てこなかった。

 そんな曖昧な態度を示した僕に、フンフはもう一度、さっきよりも大きな声で言った。


「冒険、しようぜ!」


 フンフの言っていることを一生懸命、混乱する頭で咀嚼すると、だんだん自分の顔が青ざめていくのが分かった。冒険というのはつまり、魔物討伐をしようということだろう。一応、ギルドに入ってくる依頼には、採集系の、討伐よりは安全なものもあると聞いたことはあるけど、彼の持っている、鈍く光る凶悪な斧が、魔物討伐であると物語っていた。

 確かに、いつか行くことになるとは思っていたけれど! まさか所属初日からなんて思ってもみなかった。ギルドに憧れはしていたが、魔物を見たことはほとんどない。僕のいた村には魔物なんて出たことがなかったし、少し遠出した時も、遠目からならまだしも、近くでなんて見たことがない。無闇に近づこうとするのも禁止されていた。だから、情けない話ではあるけれど、想像しただけで体が震える。


 そんな僕の不安を汲み取ったのか、フンフは近づいてきて、幼い子をなだめるかのように語りかけた。


「だいじょーぶだぜ。そんなに強くない、初心者用の場所に行くし、おれがぜったいぜったい、フィーアを守るんだぜ。何事もけーけんが大事だからな。いまのうちに、おれといっしょに行ってみてほしいんだぜ」


 だめか?と聞きながら、僕の頭を撫でる彼の表情は優しくて、さっきまでとは別人のように、穏やかな笑顔だった。無邪気な少年なように思っていたけれど、こんなに大人っぽくて、年上らしい一面もあるんだな、と冷静に思う一方、その顔と声、そして手の温もりに安心して、いつの間にか震えは収まっていた。彼に応えるように笑って見せると、フンフもまた、柔らかく笑い返してくれた。


「ありがとう、フンフ。そうだね、まずは経験してみることが大事だよね。……うん、一緒に行くよ」


 僕のその言葉を聞いて、フンフは僕の頭に置いていた手を高く挙げ、今にもばんざーいと言わんばかりのポーズをとった。


「わーい! やったぜ! その気になってくれてうれしいぜ! おれのつよいところ、見せちゃうんだぜ!」


 その表情は最初に見たのと同じ、明るい笑顔で、やっぱりさっき見たのは幻想だったんじゃないかと思ったが、僕の安心しきってしまっている気持ちだけが、現実だったのだと証明してくれていた。


 スキップをしてギルドの奥へと進んでいくフンフを追い、僕も進んでいくと、広間の隅に何やら大きな機械があるのに気が付いた。そしてどうやらフンフはそれに向かって進んでいっているらしい。なんだろう、と疑問に思いつつも、機械の前に来ると、フンフは興奮冷めやらぬ状態で僕の方に振り返った。


「これは転送装置、その名も『どこでも行けるクン』なんだぜ! ほとんどのやつが転送装置ってよんでるから、そうよんでくれても構わないぜ!」


 名前が安直すぎるし、むしろ『どこでも行けるクン』と呼んでいる人を知りたい。フンフは呼んでるのかな? 少なくとも、先程会ったズィーベンさんは呼んでいないだろうけど。でも、今突っ込むべきところはそこじゃない。転送装置というものがあること自体についてである。

 転送装置とは、文字通り指定すればどこにでもワープができるという超便利品だ。これがあれば遠いところに出かけるときもひとっとびである。どんなに遠い所へ仕事をしに行くにしてもこれがあるのに越したことはない。徒歩とか、乗り物に乗って移動しても、どうしても時間はかかってしまうから、その時間が丸ごとなくなってしまうなんて、まさに夢のような装置だ。

 しかし作るのも難しく高額なことから、片手で数えるくらいのギルドしか有していないと聞いていたことがある。それも聞いたことがない人はいないというくらい有名なギルドにしかない。村で噂話として聞いたときから、いつか使ってみたいな、と夢見ていたものの一つだ。


「どうして転送装置がここに……?」


 僕の思わず出てしまったつぶやきに、フンフはその質問を待っていたと言わんばかりに目を輝かせて僕を見た。


「おどろいただろ!? これもうちにいるやつがつくったんだ! 役割の一つだな。材料とかあつめてあっという間に完成させちまったらしいぜ! すごいよな! 最初は俺も超大金出して買ったんだと思ってたけど、そう聞いてからこれ見るたびにわくわくするようになっちゃったぜ! いまはいないけど、こんどこれつくったやつおしえてやるぜ! ほめてやったらあいつもよろこぶぜ~」


 フンフは楽しそうにそう語った。こんなものを造れる人はどんな人なんだろうか。フンフの様子を見る限り、おそらく仲がいい人なのだろうと思う。ツヴェルフさんやズィーベンさんの話をしている時とは違う、会わせるのが楽しみで仕方ないと言うような顔をしているのだ。彼とそこまで仲のいい人に会うのが少し楽しみになった。


 フンフはひとしきりはしゃいだ後、機械についていたタッチパネルを操作していた。横から覗いてみるとどうやら目的地の設定をしているようだ。町や洞窟の名前が一枚の画像を添えて表示されている。洞窟の写真はそれぞれ名前が違うが、写真を見た限りではそんなに違いがないように見えた。フンフはその中の一つ、『起りの洞窟』と書かれた洞窟をタッチした。すると、急に転送装置から橙色の光が溢れ出てきた。


「これで準備おっけーなんだぜ!」


 そう言ってフンフは光に満たされている転送装置の扉を開け、中に入った。そしてこちらに振り向くと、彼は僕に手招きをした。僕は震える手で杖を握りながら、おそるおそる中に入ると、扉は自動的に閉まり、どこからか「それじゃ、転送開始な」とハスキーな、おそらく女性の声が聞こえてきた。そして突如強くなった光に、反射的に目をつぶった。すると一瞬、体が宙に浮くような感じがした。その直後に僕の体はどさりと、後ろから倒れていった。

 驚いて目を開けると、そこには雲一つない青空と背の高い木々が視界いっぱいに広がっていた。外だ。素早く体を起こすと、隣にはフンフが寝転がっていることに気が付いた。フンフは僕を見ると青空のように爽やかに笑った。


「どうだ、驚いただろ? これこそが、うちのギルドが誇る、さいせんたんぎじゅつ、なんだぜ!」


 得意げに、言い慣れない言葉を使うフンフは見ていて微笑ましかった。が、それとは別にして確かにこれは最先端技術だ。どれだけでも誇っていい。これを量産してバカみたいな値段をつけても買い手が多数現れるだろうと思うくらいにはすごいものだ。でも、そもそもこんなもの量産するのはきっと不可能に近いだろう。普及してないのだから、明確な事実だ。

 それになにより、ほとんどのギルドが手にしていないものが自分の所属しているギルドにはあるということが、何だか得をしたような気分になるという点で、あまりにも魅力的である。こんなものを日常的に使えるなんて、もう現世の運は使い切ってしまったんじゃないだろうか。それくらい思ってしまうほど感動的な体験だった。たった今、世界が滅んでしまってもいいと思えるほど、貴重なことを体験してしまった。


 未だに転送装置の衝撃から帰ってきていない僕をよそに、フンフは立ち上がって、とことこと歩いて洞窟の目の前で止まった。どうやらそこが『起りの洞窟』らしい。転送装置の素晴らしさに感動するあまり、その存在に全く気が付いていなかった。僕も急いで立ち上がって、フンフの隣に立つと、彼は僕を見ずに語り掛けてきた。


「この洞窟のおくに、今回の、そしてフィーアのはじめての標的がいるんだぜ、準備はいいか?」


 その声は至極真剣だった。洞窟は真っ暗で少し怯んだけれど、その声に応えようとするかのように、僕は言葉を紡いだ。


「うん、いいよ」


 杖を握りしめた手はもう震えてはいなかった。


 中に入るとフンフは何かを取り出して目の前にかざした。すると真っ暗だった洞窟が火の光で照らされた。てっきりランタンかと思ったが、持ち手がないしフンフも持とうとなんかしていなかった。


「これ持たなくていいの?」


 疑問を隠さずに尋ねると、フンフはそうだぜ、と言い説明してくれた。


「これは『ファイカール』だぜ。ううんと、普通の道具じゃなくて、魔法道具の一種で、つければ自動で照らしつづけてくれるんだぜ。戦闘のじゃまにならないよう動いてくれるし、さいだい五日は魔力のほじゅうをしなくてもだいじょーぶだぜ」


 これに魔力を注ぎこんでるのがすごい人だからなぁ、と言うフンフの言葉を耳では聞いていながらも、僕の意識はそのファイカールとやらに自体に釘付けだった。

 このローブといい、これといい、魔力を込めて作られた物は便利すぎるんじゃないか。僕のいた村には魔力が微量しかない人か上手く使えない人ばかりしかいなかったから全く普及していなかったけれど、都会のほうに行けばこんなものが日常的に使われているのだろうか。そう考えると何だか自分は異世界の人間なんじゃないかという気さえした。それくらい僕にとっては物珍しいのである。まじまじとファイカールを見れば見るほど、まるで物語の中に入ってしまっているのではないかと錯覚してしまうのである。


 そんな風にしつつも、灯りで照らされる先を見ながら歩いていると、視界の端で何かが動いたのがわかった。


「フィーア、敵のおでましだぜ」


 フンフはそう言って何かが動いていた方を指さした。僕もそっちを見ると、小さくてきのこのようなものがうじゃうじゃと奥から出てきていた。単体で見るとかわいいと言えないこともないが、それが何十匹にもなると非常に気持ち悪いのはなんでなんだろうか。うっ、とうめき声をあげそうになったけど、その寸前で耐えた。


 そんなことを呆然と考えていると、突然、半分くらいのきのこのようなものが真っ二つに切り裂かれ、灰のようにさらさらと消えていった。それらは倒されたのだと、瞬時に理解する。

 驚いて隣を見るとフンフが軽く斧を振っていたところだった。もしかしなくとも、フンフがやったのだろう。斧自体は魔物たちに当たっていなかった。まさか、その斧を振っただけで、多分雑魚とは言ってはいても魔物を切れるのか。それはその斧がすごいのか、はたまたフンフの力が強すぎるのかどっちなんだろう。


 そう思いながらフンフを見ていると、フンフはこっちに目配せをした。一瞬何かわからなかったが、どうやら次はお前がやってみろ、ということらしい。そうだ、まだ半分残ってる。僕は緊張しながらも、杖を両手で握った。そして普段していたのと同じように竜巻を起こすことをイメージしながら、杖に魔力を込め解き放つと、いつもとは全く違う規模の竜巻がきのこのようなものを次々に襲っていき、切り裂いていった。


「おおー、すごいぜ!」


 フンフは感心したかのようにそう言ったが、僕も、おそらくフンフとは比べ物にならないくらい驚いている。本来僕なんかじゃこんな大規模なもの出せないのである。多分この杖とローブのおかげなんだろうけど、それでもこんなものが簡単に出せてしまうなんて、今までの自分を振り返ってみると相当な衝撃だ。どうやってこんな竜巻を消せばいいんだろうかと考えあぐねていると、最後のきのこを倒してすぐに竜巻は消滅した。

 竜巻が消えると、フンフと僕はまた前に進みつつも、話し始めた。


「最初からあんなにでっかいのが出せるなんてすごいぜ! フィーアはゆうしゅうなんだぜ!」


 フンフはまるで自分のことかのように喜んで褒めてくれる。それはとても嬉しいのだけれど、嬉しいを通り越してちょっと気恥ずかしいので、話題の転換を図った。


「僕もあんなの出せるとは思ってなかったよ。この杖とローブのおかげだと思う。それより、フンフってすごいね。斧を軽く振るだけで簡単に魔物を倒せちゃうなんて」


 そうだ。竜巻の衝撃ですっかり薄れてしまっていたが、フンフは僕みたいに膨大な魔法を使わずとも容易に魔物を倒せていたのだ。その点ではフンフの方が断然すごい。それだけ力が強いのだろうか。体型は、僕の方が劣るにせよ、そんなにも変わらないと思うが。


「へへ、そういわれると照れるぜ。なーんてな、あれは斧だけで倒せてるわけじゃないんだぜ」


「え? そうなの? てっきり振った時の、こう、風圧みたいなので切り裂いてるのかと……」


 僕のその言葉を聞いてフンフは面白そうに笑った。


「あっはは、おれにそんなことできるわけないんだぜ。たいして力つえーわけじゃないし、風使いでもないからな。あれはだな……」


 フンフがそう言うや否や、洞窟の砂や土がフンフの周りに浮かび上がってきた。それだけじゃなく、フンフ自身からも拳一つ分くらいの土の塊がぽこぽこといくつか出てきていた。急なことに驚いている僕に彼は得意げな顔をした。


「みてのとおり、おれは土使いなんだぜ! さっきのは斧の表面にこまか~く土をちりばめておいて、それをとばしつつ魔力で動かして、貫通させてたから、まるできりさいているかのようにみえてたんだぜ」


 そう言って、彼は浮いている無数の土や砂を簡単に操って見せた。これが精一杯の力というわけではないであろう、これ以上に強大な力を使えるとなると、フンフは僕なんかよりもよっぽど膨大な魔力がある人間だと確信した。そうでなければ、よっぽど使い方がうまいのだろうか。どちらにせよ、さっきまでは純粋に力を見込まれてギルドに入ったのかと勝手に思っていたが、どうやらそうではないらしい。いや、素振りした風圧で土を貫通させるというのも相当力がいるとは思うのだけれど、その内に秘める魔力は膨大だ。それには普通に感嘆したのだが、僕には一つ疑問があった。


「どうして普通に自然界にあるものも操れているの? 普通魔法って生み出したものを操ることしかできないよね?」


 そう言うと、フンフはきょとんとした顔をした。まるで何を言われているかわからないとでも言うような表情である。それをあっさり証明するように、フンフは聞き返してきた。


「んんー? もう一回いってほしいんだぜ」


「うん。えっと、風や土は自分から生み出したものしか操れないはずなのに、どうして自然界のものが操れているの?」


 ……僕は何かおかしいことを言っているだろうか。本来魔法は自分から生み出すことしかできないはずだ。自然界のものは神様であり、意思があるから操れないのだと近所のおばあちゃんが言っていた。間違ったことは言っていないはずなのだけれど。


 僕が内心焦っていると、フンフは僕を見つめて少しの間考えてから、何やら思い至った様子で僕に尋ねてきた。


「えーっと、フィーアの風魔法は自分の魔力で風を生み出すことで魔法としてつかえてるってことで、いいんだぜ?」


「う、うん? 言葉で説明されるとちょっと難しいけどそんな感じかな」


「それいがいの方法は知らない?」


「そうだね、自然のものは操れないって教わったから」


 僕がそう問い返すとフンフはやっと合点がいったようで、ほんの少しだけ困ったような笑顔で僕を見た。なんだか答えにくい質問をしてきた小さい子を見るような視線で多少むっとしたが、黙ってフンフの言葉を待った。


「たしかにそういう魔法適性の奴は多いけど、人の適性によって魔法の使い方はちがうんだぜ。その数ぜんぶで三種類!」


「えっ! そうなの?」


 こくりと頷くと、フンフは頭の中から情報を引き出しながら、説明し始める。


「そう。まずフィーアみたいに自分の属性のものを生み出して魔法としてつかうタイプ。一番魔法の威力がたかく出せる……らしいぜ! まあ生まれもった魔力量に一番ふりまわされもするらしいけどな! でもふつうの人間よりちょっとだけ魔力量はおおいことがほとんどだから、魔力切れおこすまではつかえるって言うのはちょー便利なんだぜ!」


 つまり全ては自分の魔力の量にかかっているということだ。これは元々僕が知っていたことと同じようだ。ただ僕がこのタイプに当てはまる割には魔力の量が少ない方だと思うのだけれど、やっぱりそこは個人差なのだろうか。


「次に、自分で生み出すことは全くできないけど自然の、というか体の外にある自分の属性のものをあやつることで魔法としてつかうタイプ。これは魔力をほとんどつかわないから魔力切れでぶったおれるってことはないけど、外にないとつかえないから使い勝手はちょっとわるいかも。まあそこらへんは魔法道具とかでカバーだぜ!」


「ん? ということはそのタイプの人は魔力量が多くても少なくてもほとんど変わらないってこと?」


「いや、魔力量がおおいといいこともあるんだぜ。魔力をこめると魔法もドッカーンってくらいつよくできたりするし、自然のこえが聞けるんだぜ」


「自然の声?」


「おう! 風魔法使いの奴なら風のこえを聞いたり話したりできるんだぜ。ううんと、言うなればすがたは見えないけど、精霊とはなせるって感じだぜ。まあこのタイプの人は魔力量がほぼないことが多いらしいんだけどな」


 精霊と話せるなんて……。正直僕もそのタイプが良かったと言わざる負えない。そんなロマンを感じるような体験ができるなら少々使い勝手が悪くともいんじゃないだろうか、と思うのは隣の芝生は青く見えるということだろうか。

 だが、僕にとっては非常に魅力的に思える。まあ魔力量が多くなければならないというのが厳しいところだ。大半の人が多くないようだし、そのタイプに生まれていたとしても精霊と話せなかったら、自分の人生を呪うかもしれないという自負があるので、それを考えたらやっぱり今のままでもいいのかもしれない。これ以上魔力量がなくなってしまったら、ギルドでなんてやっていけなくなってしまうし。


 フンフは最後に、指を三本立てて、宣言するように言う。


「さいごに! おれみたいにどっちも使えるタイプだ!」


「え? どっちも?」


 つまり前述の両方を兼ねそろえたタイプってこと? それはちょっと、言い方は悪いがずるくないか。両方の良いとこどりにしか思えないのだけれど。

 そんな僕の気持ちを見透かしたように、フンフは話し出す。


「卑怯だっておもうだろ? でもそんなこともないんだぜ。たしかにりょうほう使える方がかくだんに便利ではあるけど、魔力を生み出して使うやつらより威力はひくくなるし、威力をおなじくらいにしようとしたら、あっとうてきに魔力の消費量も多くなる。外のもので魔法を使うやつよりも、一気にあやつることができる量ははんぶんくらいだし、精霊の声もきこえない。魔力量にもよるけど、りょうほう手にいれてしまってる分、たしょうは使い勝手が悪いんだぜ。……まあ、それにも例外はいるけど」


「そうなんだ。どれもメリットやデメリットがあるんだね。教えてくれてありがとう」


「いーってことだぜ!」


 説明の最後の言葉はなぜか小さくてよく聞こえなかったが、どうやらフンフのタイプにもそのタイプなりの欠点があるらしい。だとしたらフンフは、僕とそれほど魔力量に差がないのか?と言う疑問も湧いたけれど、今ここで魔力を出し切って検証するわけにもいかないし、そっと胸に仕舞っておく。


 まあ要するに、どこがいいとか悪いとか一概に決められるわけでもないようだ。魔力量に左右されるのは三つのタイプ共通のようだけれど。

 そのおかげ、というかそのせいでほとんどのギルドは魔力至上主義である。もちろん単に力が強ければそれだけで求められることも多いだろうし、頭が良くても重宝される。もしくは最悪金さえあれば有力ギルドの保護を受けられる。魔力だけが全てという訳でもないのだろうが……、どれも持ち合わせていない小さな村の人たちはどう生き延びていけばいいのだろうか。このいつ魔物が現れるのかもわからない世の中で、いざ魔物が出たとき彼らはなすすべもなく崩れていく平穏に怯えながら、来るかもわからない助けを待つしかない。僕のいた村は幸運なことにそういうことはなかったが、よその村は、もしくは僕がいなくなった後には……、いや、今は考えるのをやめよう。今目の前のことに集中しないと。


 そこからは、魔力の話をやめ、ただただ話ながら歩いた。


「…………、やっぱり僕はシュトレンかな。甘く作ったものにさらに甘いクリーム乗せて食べるのが好きなんだ」


「うーん、おれはどっちかってゆーと、パンはあまくないほうが好きなんだぜ。セーレンとか……あっ、でもアインバックはあまいけどけっこう好きだったぜ!」


 切り替えて、フンフとどういうパンが好きかという話で盛り上がりながら、時々現れる大量のきのこのようなものを倒しながら歩いていくと、洞窟のかなり奥地に、ひときわ大きな穴があった。向こう側は広い空間になっているようだ。フンフのほうを見てお互い頷きあうと、二人で一緒に穴の中へと足を踏み出した。

 ファイカールが中を明るく照らすとそこには空間の三分の一を占めるくらい大きな影が横たわっていた。


「あれって……」


 見覚えがあるというかさっき見た。あの大量のきのこのようなものの巨大化バージョンだ。一匹ずつならまだかわいいと思ってしまっていたが、前言撤回である。あの小さな生き物が大きくなるとこんなにも……。


「めちゃくちゃきもちわりーな!」


 フンフが出した、まさしく騒音ともいえる声が空間に響き渡った。つまりは非常にうるさかったので、もちろん僕の耳にダメージが入ったのだが、被害はそれだけではなかった。


『ぐおおおおおおおおおおおおお……』


 きのこのようなものが耳と思われるところをふさぎ、けたたましい悲鳴のような叫声をあげながらのそのそと立ち上がった。そしてこちらに顔を向けるとますます気持ちわ……かわいくは、なかった。そのしわしわな顔の目のような部分を、何となく鋭くさせて、こちらを睨みつけているように見える。騒音で起こされたことに対してかフンフの発言に対してか、はたまた両方かはわからないが、どうやら相当怒っている。


「おおー、なんか怒ってるぜ」


 フンフはまるで他人事のようにそう言った。これからこの怪物と戦うっていうのにマイペースだなあ。でも、そのおかげで緊張がほぐれるから、僕としてはありがたい。

 さて、きっとさっきの大量のきのこのように簡単に倒れる生き物ではないだろう。この洞窟の主、と言ったところだろうか。僕は杖に魔力を集中させて、さっきまでに出していた竜巻の、半分くらいの大きさの竜巻をいくつか出して、巨大きのこの周りを覆わせてみた。いわゆる足止めのようなものである。

 勝手な想定でやってみたはいいけれど、何の足止めにもならなかったらどうしようと思ったけれど、それも杞憂に終わり、巨大きのこは予想通りその場から動けなくなった。動こうとしても竜巻に足を取られて、風に切り裂かれダメージを負っているようだ。……竜巻ってあんな風に生き物を切り裂けるのか。自分の魔法なのに知らなかった。


「さすがだな、フィーア。よーし、おれもやっちゃうぜ! それじゃあ……"ラントゥング"!」


 そう言うと、フンフは思いっきり膝を曲げて、次の瞬間、あり得ないくらいの高さまでジャンプしていた。その高さはかなり大きいはずの、巨大きのこの高さをゆうゆうと超えてしまっている。地面との距離よりも天井との距離のほうが近いくらいの高さである。一瞬、夢でも見ているのかと思ってしまった。あんなこと、いくら身体能力が高くても、普通の人間ができるはずがない。だとしたら、あれも、まさか魔法で?


 僕が驚いて声も出ないのをよそにフンフはそのままくるくると回転して巨大きのこの真上まで来ると、急降下してその斧できのこを頭から、まるで薪でも割るかの如く、一刀両断した。巨大きのこが倒れていくのと同時に僕の竜巻も空気の中に溶けていって、フンフだけが笑顔でこっちにVサインをしていた。


「お疲れさまだぜ! この洞窟のボスと子分、マッシュルールンとマッシュルンをげきはしたんだぜ!」


 そんな名前だったんだ、あの魔物たち。キノコだからそんな名前がつけられているんだろうか、と思いつつも、僕もフンフに声をかけた。


「そっちこそ、お疲れ様。一発で倒すなんてすごいね」


「フィーアが弱らせてくれたおかげなんだぜ! むしろ、とどめはもらっちまってごめんなんだぜ。フィーアが経験するためにきたのにな。けど、なにはともあれ。はい、だぜ」


 フンフは僕に駆け寄ってきて、ちょっと高めの位置に両手を挙げた。


「? どうしたの?」


 何をしているのかがわからなくてそう聞くと、フンフは少し不思議そうな顔をした。


「ハイタッチなんだぜ。もしかしてしらないのか?」


「……ハイタッチ?」


 言われても何のことだか分からなかった。手を挙げているということは何かしらの儀式のようなものなのだろうか。とりあえず僕もフンフと同じように両手を挙げてみると、フンフは僕の両手にバシン、と両手を叩きつけてきた。


「えっ、と?」


「これがハイタッチだぜ。やったー!かったぜー!うれしいんだぜー!って時にみんなでするんだぜ。これからずっと、おれたちはおなじギルドの仲間なんだから、たくさんやっていこうぜ!」


 ほんの少しだけ痛みが走った両手を見ながらフンフの言葉を頭の中で繰り返した。そうか、僕、本当にギルドに入ったんだ。もうこのギルドに僕の居場所はできているんだ。その実感が、ようやく僕にやってきた。


 顔を上げると、暗い洞窟にファイカールの灯しか灯っていないはずなのに、なぜだかさっきより明るくなっているような気がした。心が晴れやかになって、さっきまでの自分とは全く別物になっているような気さえしてくる。


「さ、帰るんだぜ。フィーア」


 フンフはそう言って、暖かい笑顔で手を差し出してきた。僕は躊躇わずその手を取った。もう、不安なんてない。もし万が一、人違いだったとしても、食らい付いてしまいたい。この、ドキドキとした、心地よく暖かい気持ちを与えてくれるであろう、なんばーどりっちゅという場所に居座ってしまいたい。そう思った。


 そうして、初めての冒険をしたこの景色を目に焼き付けながら、僕はフンフとともに、いるべき場所に戻っていった。

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