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1-9 お風呂での語らい

 お屋敷に戻ると、待ちかねていた侍女(メイド)達は少しだけ驚くとそそくさとエルを連れていった。


「あ、あの、ちー様……」

「とりあえずお風呂いれちゃって。服は適当なの見繕っていいし。お客さんだから、丁重にね」

「畏まりました、ティーゼ様」


 何か文句を言われるかと思ったけど、すんなり指示に従ってくれて少し拍子抜けした。


「……お小言がくると思ってたんだけどなぁ」


 その呟きをマックスが拾っていたようで彼が答えてきた。


「母上が同じことをしていたのだ。今更な話だ」

「え、そうなの?」

「屋敷の何人かはそうして拾ってきた者達だ。お前のお付き(アルリケ)もそうだった筈だ」

「お母様、なにしてんだよ……」


 ヒトの母ちゃんながら、かなりイカれてる感じがするな。この口ぶりだと何人もそうして連れてきたみたいだし。


「あとさ、もう一つ頼んでいい? アニキ」

「その蓮っ葉(はすっぱ)な物言いを何とかしたら聞いてやろう」


 ふふんと笑うので、猫を何枚も被ってみる。


「お兄様。つきましては、お願いしたき儀がございます」

「……やっぱり慣れないなぁ。ちゃんと言えてるのになんで寒気がするんだろう?」

「いや、ホント失礼なアニキだなぁ」


 頼んでおいてその態度。もう構うことはないから言ってしまおう。


「クーデリアを屋敷においておきたいの」

「……夏が終われば学院が始まる。寮では同室になる筈だが、それまでは待てないか?」


 マックスはアタシがクーデリアと居たいだけと考えているみたいだけど、アタシとしてはそんな軽い話じゃない。


 この世界に、アタシと同じ立場の人間はおそらく、『くー』だけだ。


 そのクーデリアと引き離されたままでは何かの事態に対処できないかもしれない。アタシ達は『運命共同体』といっても差し支えない関係なのだ。


 とはいえ、これを素直に言うことは憚られる。ティスタローザやクーデリアの中身が変わっているということを、彼や公爵、ジークハルトに伝えるべきか、まだ迷っているからだ。


 理由を伝える事が出来ないなら、後は子供の我が儘としてゴリ押しするしかない。元よりティスタローザちゃんはそんな感じの子らしいので、それに関しては問題はない。


「待てないっ! くーと一緒にいたいの!」


 ちなみにくーとジークハルトは別の部屋にいる。ここはマックスの私室なので他には誰もいないから言えるのだ。


 アタシだってそれなりに分別の判る年頃だ。

 こんな物言いはよくないと思うし、くーに聞かれたりしたら顔なんか合わせられなくなる。


「部屋は余ってるし、侍女(メイド)も足りる筈だから問題はないんだが。ジークと相談してからだ。彼が否と言えば、私とて無理強いは出来ない。いいな?」

「……それは子爵様の了解を得ておけ、って事ね」

「……物分かりが早くて助かるよ」


 やや呆れ気味にマックスが答えた。フンス、と鼻息荒く部屋を出るとメイドのアルリケが待っていた。


「お嬢様、お召しかえの前に湯浴みがございます」

「湯浴み? ああ、風呂のことか。エルが入ってるんじゃないの?」

「平民に同じ浴室を使わせる訳には参りません。彼女は私どもと同じ使用人の浴室です」


 ……さりげに身分差を入れてくるな。

 それに、浴室が別とか。ここは公爵の本邸じゃなくて別邸だと言っていたけど、それでもそんな規模なのか。


 貴族、ぱない。


「分かったよ、面倒だからくー、クーデリアも一緒に入るように出来る?」

「畏まりました。クーデリア様にお知らせしておきます」


 すると、彼女はエプロンのポケットから何かを取り出し、呟く。


「サモンメッセンジャーユニット」


 右手の中にある卵のようなものが光を帯びて、彼女はそれを床に落とす。

 それは床に落ちるとはじけて、小型の犬のような形になった。


「おおっ?」


 豆柴みたいな感じの、愛嬌のある顔をしている子犬のようだ。アルリケはその仔に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。


「ロゼッタ、ティーゼ様がクーデリア様をお召しです。浴室までご同道をお願いなさい」


 聞き終えると、そいつはコクンと頷いてから駆け出した。


「アルリケも、貴族だったのか……」


 魔力を扱えるのは貴族だけだという話だ。

 だとすると彼女も貴族なのだろうが、なぜ侍女(メイド)なのか? 疑問をぶつけると、彼女は何でもないように答えてきた。


「わたくしは貴族のなりそこない、『準貴族』でございます」

「『準貴族』……?」

「お話しは後ほど。浴室に行きましょう、お嬢様」


 にこりと笑う彼女は、本当に何でもないようにしか見えなかった。わりと傷つくような事を聞いたと自覚があるのに、それを尾首にも出さないとは。






「──元は伯爵家の娘でしたが、生まれつき魔力が低かったために貴族にはなれませんでした」


 アルリケがアタシの髪を洗いながら、そんな事を話している。

 大理石のような石造りの浴槽は、優に十人ばかり一緒に入れるほどの大きさで、今はアタシとくー、それにアルリケとロゼッタというメイドだけだ。


 アタシらは裸だけど、アルリケとロゼッタは浴衣(よくい)という濡れてもかまわない服を着ている。簡素な作りの貫頭衣といった風情だ。





 はじめは、くーと二人で入ろうと思っていたのだけど、アルリケとロゼッタがお世話するとか言ってきた。

 断ったのだけど一向に折れないので、先程の話しの続きをしてもらうことで手を打ったのだ。


「ちーさん、こういうことはされたことないやろなぁ」

「そういうお前はありそうだな」

「ちっさい頃の話しやけどな? 子供を野放しにするとお風呂とか危ないやろ?」

「そりゃあ、うちだってガキの時は一緒だったよ?」

「まあ、それがちょっとズレこんだ思えばいいんでない? 自分の体やないんだし」

「そこも少し負い目があるんだけどなぁ」


 脱衣所でこそこそと二人で話す。大きめのタオルで覆ってあるけど、既に二人ともすっぽんぽんでありメイド達を待っている次第だ。


「負い目って……ヒトの身体ってこと?」

「こんな綺麗な身体を使うなんて、気後れしないか?」

「せやねぇ。ティスタローザちゃんは、ごっつい可愛らしいからね」


 上下に視線を動かして言うくーに、アタシは不満の声をあげる。


「お前は気にしてなさそうだな」

「そんなことないよ? 強いて言えば、目線が前とあんまり変わらないせいかも知れへんね」


 クーデリアは年齢は十三歳ながら少し背が高く、十六でありながら低めだった空霞と背丈はあまり変わらない。


「ああ、そういや、それが違和感か。くーの方が背が高いから変なのか」


 対して、千紗は身長170センチであった。今はおそらく140もないのではなかろうか。

 三十センチ以上の差は感覚的にはかなりの差となる。


「わたしは妹みたいなちーさんで嬉しいで?」


 よしよしと頭を撫でてくる。反発するのも癪なんで、代わりにこちらも一言言ってやった。


「お前は変わんなくて助かるよ」

「そこは、可愛いていっておくとこやん」

「ぬかせ……おっとあいつらが来たぞ」





 準備を終えたメイド達に先導されて浴室に入り、先程の場面となるのである。






「──貴族になれない? だって、生まれは貴族なんだろ?」


 そう聞くと、彼女は子細を話し始める。


「ティーゼ様やクーデリア様のように、潤沢な魔力をお持ちな方にはあり得ませんが、わたくしのように生来の魔力が少ない者は『貴族』と見なされません」

「魔力が……低い? そんな事で貴族じゃなくなるのか?」


 アタシの驚く声に、彼女は顔をしかめる。


「アルリケ様、具体的に魔力は幾つないといけないのです?」


 アタシの隣でロゼッタに頭を洗ってもらっているくーが問いかける。


「ステータスの魔力値が五以下の者です。『準貴族』は、貴族としては見なされませんが、平民よりは使い勝手が良いのでこうして貴族の方のお側で働くことが出来ます」

「え、それってつまり、ロゼッタもそうなの?」

「そうでございますよ、ティスタローザ様。いわゆる近侍(きんじ)の者は全て『準貴族』ですわ」


 アタシらの側で動く人たち以外、使用人とかは平民なんだとか。


 それはともかく、同じ血統の中でも『貴族』と『準貴族』に分けられてしまうというのは、システムとしてはどうなのかと思うけど。


「『準貴族』となると、家の相続権はほぼ失くなります。余裕のある家ではそのまま兄弟の近侍として働くことが出来ますが、そうでない場合は働き手を探さねばなりません」


 わたくしの場合は、ティステリーナ様に拾っていただきました、と答えるアルリケ。


 ティステリーナ……誰だろうと思ったけど、話の前後から類推するにティスタローザちゃんのお母さんの事なんだろう。


「わたくしは実家からの斡旋で参りました。男爵家なので余計な食い扶持をかけたくないと父に言われまして」


 ロゼッタがころころと笑いながら話す。

 話してる内容は笑えたモンじゃないけどね。

 食い扶持とかいつの時代だと思ったけど、ここは中世の封建社会だったっけ。


「不満とかは……無いの?」


 感情が出てしまったのか、言い淀んでしまった。二人は気にもせずにありませんよ、と答えてくる。


「『準貴族』が生きる術は、その他は自身の腕で生きる『探求者』にでもなるくらいでしょうか? その労苦に比べれば、何てことはありませんよ」


 アルリケが優しく髪にお湯をかけて、泡を流し落とす。


 ちなみに今のアタシの姿勢は仰向けで、美容室のような形で洗髪を受けている。

 凹凸もはっきりしない体型とはいえ開けっ広げというわけにもいかないので、上にはちゃんとタオルをかけて隠してはある。

 ただ、お湯に浸かりながらなので、なんだかタオルがずれていそうで気が気ではない。胸元を押さえながら、話の続きを聞く。


「『探求者』とは、まあ魔物を狩るのを生業にした者達ですね。平民だけではなかなか対処しづらいので重宝がられます」


 なるほど。荒事に関わっていくスタイルか。どっちかというとアタシには似合いそうな職種だな。


「あの程度なら楽な仕事だな。アタシもその方向でいくかな?」


 アタシがそう呟くと、アルリケがぴたりと手を止めた。そちらを見ると、信じられないものを見るような目をしている。


「アルリケ?」

「お嬢様、そのようなことは決して他言なされませんように。お願い致します」


 眉根を寄せて、語りかけるように言うそれは、切なる願いなのか。あまりの真剣な眼差しに、アタシは思わず頷いた。


「あ……うん。言わないよ、うん」


 気持ちよかった洗髪も、不用意に発した言葉でどこかギクシャクしたものになってしまった。






 身体を洗い終えたのち、アルリケとロゼッタは下がり、浴室にはアタシ達だけが残った。


 広い浴槽に、二人だけでゆっくりと浸かっているとくーが話しかけてきた。



「ちーさんには、探求者の方が似合うかも知れんけど……それをあの人らに言うんは殺生やで」

「……んー、やっぱり、そうだった?」


 くーの言葉に、なんとなくそう思った。


「あの人達かて、好きで働いてるとは限らんよ? 探求者になるくらいなら、いう意味で働いとるのかもしれんえ?」


 いくところが無いから、働いている。


 ならば。


 貴族にかしずいて生きるくらいなら、自分の力で生きていこうと思うのは普通ではないのか、と疑問をぶつけてみた。


「そら、ちーさんみたく魔力がたんまりあって、こっちのではないけど使えるスキルもぎょうさん持っとるんなら出来るだろうね?」


「……」


「あの人らの魔力って、かなり低いらしいけど。元の値が低い人はMPもほとんど増えないんやって。魔物は魔力でしか倒せないのにそんな少ないMPで、どれほど倒せるんかな?」


「……」


「ちーさんが倒したプローブェな。アレ、本当は公爵さまとマクシミリアン様と、ジークハルトの三人で倒すはずやったんやて」


「……」


「あんときに使ったMP、幾つやったっけ?」


「ああ、もうっ! 分かったよ! アタシが悪かったよ」


 自分には楽に出来そうな事でも、他の人には不可能事なんて事はよくある。

 そんな分別くらいつくと思っていたけど……どうも、アタシもまだまだ青いようだ。


「まあ……それだけじゃない気もするけどなぁ。単純にティスタローザちゃんが心配だっただけかもしれないもんね」


 その辺りも、失念していた。


 生まれてからずっと世話をしてきた子供が、荒事の世界に飛び込もうと言い出したら確かに止めるだろう。


「あー……、やっぱり、くーが居てくれて助かるわ。自分一人じゃ絶対気付かなかったよ」


 ブクブク……。

 湯に顔をつけて泡を吹き出す。

 そんな仕種を面白そうに眺めるくーは、嬉しそうに笑った。


「わたしも、ちーさんがいて助かっとるよ?」

「……ほんと?」

「そらもう。こんな可愛らしいちーさん、見られるとは思わなかったもの♪」


 ……。


 とりあえず、お湯の中に引きずり込んでみた。

 仕返しに、足をとられて、こちらも転んだ。



 子供のようにお風呂でじゃれあう私たちは、やはり子供なんだろうな。



 千紗と空霞の身長差が明らかに。

 本編には殆ど出ないので必要ない情報なので、どうでもいいのですが。


 メイドの名前を変更しました。

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