1-5 初の魔物狩り
くーもご満悦な朝食が終わったあと。
私たちはマックスとフリーレンドルフ子爵、そしてティスタローザのお父さんである公爵とで近くの森のそばまで来ていた。
「ティーゼ、私の騎獣にお乗りなさい」
「クーデリアの方がいいです」
やはり父というものは娘には甘い、というか嫌われたくないらしい。
がっくりと項垂れるが、激怒するということもなく兄であるマックスも特に何も言わない。
「サモン・サポートユニット」
クーデリアの凛とした声が響く。
中身がくーだからか語尾が可愛いけど、見た目でいうとクーデリアは少し格好いいタイプの娘だ。
その彼女から光が出てきて、何かを形作る。
「おおっ? 馬が出てきたっ」
「私の騎獣やで? 翼が生えとるから天馬が正しいかな?」
真っ白な鬣をさらさらと靡かせるきれいな馬がふわふわの翼を動かしている。クーデリアに懐くように顔を寄せるとフンフンと臭いを嗅ぐように動く様は、どう見ても動物そのものだ。
「これも……魔力で出来てるのか。すげぇなぁー」
「生き物っぽいけど、ちゃうよ」
以心伝心と言う感じで天馬は足を曲げて乗りやすくしてくれた。元の背でも馬に跨がるなんて無理だろうから助かる。
乗ってみると、確かに体温のようなものが無い。温かくもなく冷たくもない。嫌がる様子も無く、すいっと立ち上がり、翼を広げて空に浮かび上がる。
「うひょお♪」
「しっかりつかまってぇな~」
周りを見れば公爵もマックスも大きなユニコーンのような馬に乗っている。子爵はクーデリアと同じく天馬だ。色合いが若干違うようで、子爵の方は少し青っぽい毛並みをしている。
「我らが先導します。閣下は殿をお頼みします」
「心得た、娘たちには手は出させんよ」
子爵の声に公爵が答えた。
アタシたちが一番弱いので、陣の真ん中に置くらしい。過保護だなぁ、と思いつつも愛されてるな、とも感じた。
「気持ち悪くない?」
「いや? けど、この感覚は凄いなぁ。『連邦VS.ザン○カール』より気持ちいい♪」
「そのVR、ロボットものやん。比べるの間違うとるよ?」
某大作物でも秀逸なデザインと奇抜なアイデア、そして内包するドラマでも注目を集めたシリーズの対戦VRバトルゲームだ。
殆どの機体が飛行可能だが、その飛び方が個性的でありコアなファンを魅了したゲームである。
「おおっ」
そして、眼下には大自然が広がっていた。木々は青々とし、草原が風を受けて波間のようにさざめく。都会ではそこまで遠くは見えないのに、ここでは遮るものはほとんど無い。
遠くに見える山々は、てっぺん辺りが白く彩っているところを見るにかなりの高さを有しているのだろう。
そこにかかる雲間から澄みきった青空が見え隠れしている。こちらは晴れているのだが、山の方は少し荒れているのかもしれない。
「風が気持ちいいなあ……」
「騎獣ちゃんがバリアみたいなの張ってるからね。たぶんもっと風、強いと思うよ」
なるほど。
自分の魔力で作ったものだから、ちゃんと守るんだね。手を伸ばしても風が強くなる気配はないので範囲はかなり広いのかと考える。
空中散歩は十分ほどで終わり、少し開けた草原地帯にアタシたちは降り立った。
「サモン・アシストユニット」
子爵が何か唱えると、彼の腕に留まるようにする鷹が現れた。
おおっ、と驚くと少し怪訝そうな顔をされたので、口を閉ざす。ティスタローザはたぶん見たことある筈なのだ。
いちいち驚かないようにしないと。
その鷹に何か言って、飛び立たせる。ふわりと飛ぶと一気に高空まで舞い上がり、周囲を旋回し始めた。
「『テイマー』はアシストしてくれる動物とかを作るんやって。あれは索敵用の鷹やね」
「そんなことも出来るのか……」
「あの鷹の視覚をリンクさせて、魔物がどこにいるか探してるんよ」
「魔物?」
「この世界での敵と思ってエエよ。私も会ったことないけどな」
てき。敵か。
どんなゲームでも大概、敵というものが出てくる。もしくは対抗勢力と言おうか。
その対抗勢力を撃退することで勝利となるのが普通だ。
つまり、魔物を倒し続けるということは勝利に近づくのではないのか?
そう決めつけるのは早計だけど、その可能性はある。それに、強くなること自体は間違ってはいないはず。
テンションが上がってきたアタシに、マックスが近づいてきた。
「ティーゼ。武器を渡すのを忘れていた」
マックスが、そう言って私に渡してきたのは弓だ。
思わずキョトンとしてしまう。
あれ? お兄ちゃん、妹のスキル、忘れてない?
「マックス、これ弓だよ? アタシ、スキルないけど……」
「魔物と接近戦なんてやらせられるわけないだろう。それに使っていけばスキルは覚えるかもしれない」
うーん。
ティスタローザちゃんにはスキルは無いけど、実はアタシのアバター『ちー』には、弓のスキルはある。あんまりメインで使ってなかったけど、隠密性が高いので夜襲とか暗殺には有利な武器だから覚えておいたのだ。
もっとも、この世界で前のアバターのスキルが使えるのか分からないけど。
それに、よく分からない敵にいきなり切りつけに行くのは考えものだ。ここは兄の助言に従っておこう。
「マックス、矢はないの?」
「……は? それは『魔術装具』だぞ。矢は自分の魔力で作るんだ」
彼が呆れたように言ってくる。魔術装具の意味は分からないけど、言いたい事は分かった。
要するにさっきのカラドボルグの『カートリッジ』のように、『矢』を作れと言っているんだ。
「え……あー、はいはい。そうだった」
「……どうしたんだ? やっぱり調子悪いのか?」
苦し紛れに答えたけど、彼は心配そうに聞いてくる。雷のせいで記憶がとんでしまったとか思っているのだろう。
「ううん、平気。こうでしょ……」
弓に矢をつがえるような感じに魔力を込める。するりと魔力が抜ける感覚がして、ぼんやりと輝く矢が出来上がった。
「どーよ、マックス。こんなんで」
「うむ。いい感じだ。だが、もう少しお淑やかに話してくれないかなぁ……」
矢の出来は誉めてくれたけど、言動にはダメ出しが来た。解せない。
なので、ちょっと丁寧に言い直してみた。
「いかがですか、マックス様。わたくしの矢の出来映えは」
「……悪かった。なんだか虫酸が走る」
「ちょ……ムカつく言い方だなぁっ」
ちょっと、この兄貴。けっこうひどくない? まあ、アタシが言い慣れてないから気持ち悪かったっているのは分かるけどさ。
「ティスタローザ様、マクシミリアン様に失礼でございますよ」
やんわりと注意をしてくるくー。
今まで近くにいたのを忘れてた。微妙に気配を消すのが上手いんだよな、コイツ。
「クーデリア、もっと言ってやってくれ。年々ガサツになっているような気がするよ」
「畏れながら、私もお兄様には反発してしまいます。身内というのは気を許してしまいますので」
「それは、そうなのだが……うぬぬ」
さすがくー。
ガサツな態度も親愛の証しとなれば許容せざるを得なくなるように誘導したぞ。
「おっと。『ブローブェ』が見つかったそうだ。こっちに誘導するらしい」
マックスが右耳に手を当ててそんな事を言った。私たちと同じように、彼らも何らかの手段で会話できるみたいだ。
すると、鷹が地上近くまで降りてきて幾度か旋回している。どうもそこに魔物がいるらしい。
「ジークが誘導してくるから、そこを射るんだ。私は前に出る。クーデリアはティーゼに接近されないようにカバーしてくれ」
「畏まりました」
マックスが手慣れたように指示をする。ジークというのは子爵の事だろうか? ちなみに公爵も私と同じように弓を出しているが、こちらは自身の魔力で作ったものだ。
「ティーゼ、ブローブェを発見してもすぐには射つな。父上の後に射るんだ。父上、目標が分かりやすいように『曳光矢』で射て下さい!」
「心得た!」
アタシの、というか、ティスタローザの戦闘訓練なため、やたらと指示が多いしサポートも多い。逆にいえば、それだけティスタローザが弱いという事の証とも言える。
レベル1だもん、そりゃそうか。
鷹がこちらに向かってくる。その後ろから奇妙な物体がもじょもじょ動いてくるのが見えた。
有り体に言えば、スライム。
しかも可愛いポニョポニョした奴ではない。
リアルに粘液で出来たような奴だ。
「あやー、ちょお、キモいなぁ……」
「うん、リアルに見たいモンじゃないなぁ……」
人の走るくらいの速さで近づいてくるので、なかなかに素早い。鷹が子爵の所まで戻ると光となってから消える。
彼我の距離はおよそ二十メートル。弓道やアーチェリーよりも短いが、素人が当てるのはやはり難しい距離だ。
だが、経験者である公爵には大したことない距離の筈だ。
「ふんっ」
彼が引き絞った弓から、矢が放たれる。
『曳光』というだけあって、青白い光がそのまま残り、射線を視覚化してくれる。
ヤベぇ、めっちゃキレイだ。
当たったところでピカッと光って小さく爆発したのが見えた。さすが、ただの矢じゃないなぁ。それとも公爵の腕なのか?
標的のスライム状の物はまだ動いているけど、動きが大人しくなったのでかなりダメージを受けた様子だ。
「どうだ、ティーゼ。父さんもやるだろう!」
……あ
すごいドヤ顔でこっちにアピールしてるぅ。
ヤベぇ、めっちゃウゼぇ (笑)
お父さん、娘にイイところ見せようと張り切ったんだなぁ。
そういうことなら、娘だって負けてらんないよっ?
キリリッ
弦を引き絞り、つがえた魔力の矢にさらに魔力を足していく。注入していく感覚を覚えるためにステータスを開いておいたのだが、とりあえず五点くらい突っ込んでみた。
ちなみに『カートリッジ』に入れた分の魔力は六点ほど回復していたので、これでまた同じくらいに減ってしまった。
狙いをつける。
だいたい弓というのは銃と違ってスコープが無いことが多い。近代のアーチェリーみたいなやつか、クロスボウみたいなのじゃないと照準すらない。
だから、何度か射って確かめないと当たるものじゃないのだ。
でも、そこはそれ。
この弓は魔術装具という物であり、なんとなく照準らしき物が見える。
おそらく魔力で作った弓でも見えるのだろう。
限りなくイージーモードな気がするけど、相手が避ける可能性だってある。これくらいでちょうどいいのかもしれない。
公爵の撃った軌跡に合わせて、引き絞った弦を解き放つ。十二の子供の射た矢とは思えないほどの速度でかっ飛ぶそれは、まるでエネルギー弾のように目標のスライムに突き刺さった。
カッ
突き刺さった矢が内部で爆発した。
とっさにアタシとくーが公爵の後ろに隠れた。
びちゃびちゃ……
「ちーさん、魔力込めすぎやってぇ。ブローブェ、飛んできたやん」
「うわ、キモッ! 汚ねぇ花火だなぁっ」
泥みたいな半透明のものが飛び散ったので、周りは大惨事だ。当然のようにマックスと子爵、公爵もその飛沫を全身に浴びてしまっていた。
「……一撃……だと?」
呆けたようにマックスが呟く。
子爵は、ポケットから出したハンカチで顔を拭う。自然な動作だが、やや信じられないものを見たような表情だ。
けど、それより愕然としているのは公爵その人だ。
「……あがぁ」
なんか間抜けな声を出しちゃってる。くーが声を殺して笑っているのが分かる。気取られる前に止めようと肘で叩くと、気が付いたのか口元を隠した。
「さっ、さすが、私の娘だ!」
とりあえず誉めるを選択したのは、いい父親だと思う。ただ、娘の立場としてはこう言わざるを得ない。
「飛び散ったの……拭いてからお願い。臭うから」
「……ハイ……」
素直に返事してくれる。
イイお父さんだなぁ。
公爵なんて、貴族のてっぺんにいる人とは思えない。
「あー、えと。とりあえず初討伐おめでとう、ティーゼ。これがお前の仕留めたブローブェの『魔石』だ」
そう言ってマックスが渡してきたのは、手の平に入るくらいの大きさの鈍く光る石だった。
渡された石がどんな価値があるかは知らないけど、なんとなく誇らしく思えた。
VRゲームでは得られない達成感なのかもしれない。
「おめでとうなぁ、ちーさん」
「さんきゅー、くー」
右手の平を打ちあわせ、手首をクロスさせて合わせ、くるっと廻してハイタッチ。
私たちのやり取りを、大人はぽかんとした顔で眺めていた。




