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1-3 見知らぬ世界に二人きり

 強制的なお着替えをさせられて、フリーレンドルフ子爵とクーデリアのいる応接間に来たのはそれから十分後くらいだった。


「子爵様、ようこそ。クーデリア、こっちへ」

「はい、ティーゼさま」

「お、おい。ティーゼ、あんまり無作法な真似は……」


 咎めるマックスを止めたのは子爵の方だ。


「クーデリアも心配していたようです。お二人の語らいを優先させてあげてはいかがです?」


 武骨で厳格な子爵だが、妹やティスタローザに対してはことのほか甘い。一部では少女趣味などと囁かれていたりするが、本人は肯定も否定もせず無言を通している。


 年も近く、同じ貴族の跡取りとして育ってきた彼らは家族ぐるみの付き合いだ。もっとも、子爵の方は家臣としての礼節は守っていた。


 柔和な顔に諦めに似た表情を浮かばせて、マックスは妹に退出の許可を出した。


「あまり無理はするなよ。気分が悪くなったら、すぐにメイドたちを呼べ」

「は、えと……分かりました。失礼します、フリーレンドルフ子爵」

「ごきげんよう、ティスタローザ様。クーデリア、粗相のないようにな」

「畏まりました、お兄様」


 クーデリアはスカートをつまんでお辞儀をするが、ティスタローザは不機嫌そうに扉から出ていった。

 すぐに追いかけるクーデリアとメイドたち。


 扉がパタリと閉まると、ようやく男たちが息を吐いた。


「ティスタローザ様は、いつにも増して不機嫌そうだな」

「外出を禁じているせいかもしれないが、あんなことのあったばかりだ。気が立っているのだろう」


 程よく温まった紅茶を口につけるマックス。

 子爵もそれに倣いカップを口元に寄せると、自身の妹の話を始めた。


「いや、うちの妹がな……少しお淑やかになっていてな」

「……良いことじゃないか」

「やや気持ち悪いくらい丁寧でな。雷で頭がやられたのかと思ったが……診察では特に異常もないし」


 クーデリアの態度に慇懃さが増していたことが気になる子爵は、独りごちるように呟く。


「こちらも異常はないらしい。自然の雷ではなかったということか」


 マックスの方も思案顔だ。

 自然の雷なら、火傷なりなんなりある筈なのだが……クーデリアの騎獣に乗った二人は、傷一つなかったのだ。

 その雷に撃たれた所を子爵本人が見ていなければ、彼も信じはしなかっただろう。


「天啓というやつなのかな?」

「厄介な事だな……公爵閣下には御知らせしたのか?」

「ああ、すっとんで来ると言っていたから……夜には着くはずだ。悪いが、それまでは居てくれよ。部屋も用意させる」


 事情を知るには自分より目撃者の方が適任だし、子爵とは家族同然の付き合いがある。


「そう思って休暇を申請しておいた」

「ああ、そういや休暇が貯まっているとマイヤーズが愚痴っていたぞ。いい機会だから休んでおけよ」


 仕事人間の子爵にそういって休むことの尊さを説くマックス。だが、彼に向けられる視線は些か冷たい。


「そのマイヤーズが、『公務に来てください』と私に言うのですがな?」

「うぐっ……いや、私だって暇にあかせてるわけでは」

「ティスタローザ様のお守りが大変なのは分かるがね」


 ふふん、と鼻で笑うように言うけれど。子爵はとても楽しそうに笑っていた。


「最近、とみに鍛練が長くてな……クーデリアに迷惑はかけてないか?」


 マックスが少し心配そうに聞いてくる。


「あれは、そもそも身体を動かすのが好きだからな。気にはしていないと思う」

「なら良いのだが。今年から学院に入るのに、お目付け役を変えるなんて事にしたくはない」

「そんな事をされたら、我が家の信用問題だ。願い下げたい」

「分かっているさ。我が家の姫を守るには、クーデリアは必要だ」

「年の近い女子など、そうはいないからなぁ」


 ティスタローザは公爵家の一番最後の子であり、しかも唯一の女子だ。領地では蝶よ花よと可愛がられていたのだが、王立学院に入学する今年は早くから王都の公爵別邸に移っている。


 生来の気位の高さがやや気がかりではあるが、よく知るクーデリアを側に仕えさせる事でフォロー出来るのではないか、というのがマックスの思惑だった。


 今更外すなんて出来るわけもない。


「男ばかりの家なんだから、親父も最後に頑張らなくてもなぁ」

「お前が妻を娶れば話は早かったのだろうに……」


 公爵家には五人の子供がいるが、マックスことマクシミリアンから四人は全て男。ティスタローザは待望の女子だったのだ。


 しかしながら、女兄弟のいないというのは教育に些か難があった。

 礼儀作法より戦うことを憶えたがる、よく言えば快活、悪く言えばお転婆になってしまったのだ。


 最低限の礼儀作法はメイド長配下の侍女軍団によってなされてはいるが、内面の構築にまでは及んでいない。


「クーデリアがお淑やかになってくれたのなら、こちらとしては願ったりだな」

「そうならいいのだが……」

「まだ何かあるのか?」


 さきほど子爵が話したことを思い出したマックスだが、彼の方はまだ思案顔のままだ。


「人が変わる、ということはあるのかな?」

「……何かと思えば。心変わりなど誰にでも起こる事だ。生まれてこの方、曲げてない事なんて……有るわけがない」

「……まあ、そうだよな。すまない、忘れてくれ」


 そう呟く子爵に、僅かに首を傾げるマックス。その違和感に関して思い知るのは、まだ時間がかかるのだろう。


「せっかくの休暇だ。明日にでも狩りにでも行こうか?」

「悪くないな。たまには自由に動きたい」

「誰かのお守りばかりだからな」

「お前、自覚はないんだな」

「……いや、俺には必要ないぞ? それなりに出来るからな?」

「ハハハッ」

「いや、なんでそこで笑うんだよ?」


 男たちの会話は、しばらく続きそうであった。






※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※





「じゃあ、呼ぶまでは誰も入らないで」

「畏まりました、お嬢様」


 カチャリと扉が閉まり、静かに立ち去る数人のメイド達が離れていく。その様子を確認するべく扉に耳をつけて確認するその姿に公爵令嬢の麗しき気品は何も感じなかった。


「よし。もう大丈夫だろう」

「あのー、ちーさん? けっこう地が出てますよ?」

「仕方ないだろ? 元々こんなもんだし。お嬢様なんてやれるわけないんだから」


 ふんすっ、と鼻息荒く腰に手を当てて、胸をそらすその少女は、黙っていれば人形のような美しい容姿だった。


 しかしながら、生き生きとしたその姿もまた替えがたい魅力を放っている。


「それより、どーよ? ログアウト出来そう?」

「目が覚めてから何回もステータス見てるけど……あきまへんなぁ」

「むう……もう一日以上経ってるって事は、試験は無理だろうなぁ」


 千紗からすれば、ゲーム三昧の日々は学業を疎かにしないという交換条件あってのものだ。それが果たせなければ、周りの子達と同じように塾や予備校に通うことを強制されると申し渡されている。


 不測の事態だから情状酌量の余地はありそうだけど、現状はその言い訳も出来ない。

 不安は募るばかりなのだ。


「あんなぁ、ちーさん? もっと大事なこと気にせんのん?」

「試験以外に何が大事なんだよ?」

「この世界のことやで?」


 クーデリアという少女が、呆れたように言う。

 艶やかな黒髪をボブカットで快活なイメージがあるが、どこか気品を感じさせる所作は、さすが貴族と思わせる。


 もっとも、これは中の空霞の行動ゆえである。

 元々のクーデリアも、今のティスタローザと同じようにややガサツな所が目立つ少女だったのだ。


「私はなぁ、ここはVR空間じゃないと思うんよ」

「……えっ? ゲームじゃん。ステータスとか出てるし」

「そこは疑問でもあるんやけど……感覚とか、おかしない? 妙にリアル過ぎるわ」

「それは……たしかに」


 千紗とてこの世界の感覚が鋭敏すぎるのは感じていた。部屋の光景、手に触る服の感触、窓から入る初夏のような爽やかな風や、先程食べた食事の味覚など。


 そのままの感覚といって差し支えないほどの出来だったのだ。


「VRゲームでは、禁則事項云うのが決められてるのは知っとるよね、ちーさん」

「……ああ。VR世界に依存しすぎないように三大欲求を制限すること」


 VRゲームという分野が確立する前に、物議をかもした内容がコレだ。

 現実に戻れなくなるようにするべきでないと倫理委員会が発足し、それに準拠するための規定が幾つも作られた。


 その中に『三大欲求を過度に満たさない』という項目がある。


 食欲、睡眠欲、性欲。


 この三つが安易に手に入るようになると、ゲームがゲームとして成立しなくなる可能性が示唆されたため、規定に入れられたのだ。


「……たしかに、美味しかった」

「そうやね。ちゃんと寝れていたんやろ?」

「それはもう、ぐっすりと」


 思い返して二つの欲求を再現していた事に今更のように気が付く千紗。


「ちなみになぁ。アッチの方も再現されてるで?」


 なんとなくジト目でこちらを流し見る空霞に、千紗は頬が赤らむ。


「うえっ、た、試したの?」

「試すっていうか……自然と」

「……くー、意外とむっつり?」


 千紗の発言に、空霞は驚き、慌てて手を振って否定する。


「ちゃう、ちゃうよ! そっちやのうて、おトイレやん!」

「あー、そうか……そうだよな。生理現象だもんな……」


 少し安堵する千紗と空霞。

 ホッと息を吐くが、同時にえもいわれぬ感覚に囚われる。


「なあ……ここって、本当にVRなのか?」

「私は、最初から否定してたで?」


 認めたくない疑問を口にしたのに、空霞はにべもない。

 はー、と溜め息をつく千紗。


「つまり、これは……」

「異世界への転移……というか、憑依って云うべきなのかもなぁ」


 少なくとも、この世界は現実として存在する。自分達の感覚はそれを肯定していた。


「じゃあ……この身体の本当の持ち主は……どこに居るんだ?」


 千紗はティスタローザの身体に触れる。

 手に伝わる鼓動は、間違いなく生きている人間の証だ。


「分からんなぁ? 魂が失くなったのか、何処かに保存されてるのか……元のうちらの身体に移ってる可能性もあるかもしれんけどな」

「……マジか。ああ、でも。向こうの身体も心配だしな。その方がありがたいか」


 VRに長時間ログインし続けると、当然身体は退化する。怪我などで入院すると、途端に身体がいうことが利かなくなるのと同じだ。

 若いからといって、戻ったら身体が動きませんなんて事態にはなって欲しくはない。


「向こうの身体も心配やけど……私らの方もやで。戻る手だてがなんも分からんもん」

「そうなんだよな……神様とかいるんなら、手っ取り早く教えてくれってんだよ」


 そう天に向かって嘯くが、天上の神は返事などしてはくれないらしい。


「これがゲームやとしたら、クリアすればええとかいうんやけど」

「ゲーム世界じゃないって言ってたじゃん」

「例えばの話やで? 私も確証なんかあらへんよ」


 口を尖らせて空霞が可愛らしく抗議する。

 頭をかりかりとかいてから、千紗は謝った。


「……悪い。くーに当たっても仕方ないよな。何とかするために考えていこう」


『相変わらずやな、ちーさん』


 即断即決を旨とする千紗は、すっぱりと切り替えのできる人間だ。

 空霞がなんのかんのと付き合いが長いのも、そういうところが気に入っているからでもある。


 それから二人は、この先のことを出来る範囲で対策を考えた。分かっていることは少ないが、何もせずにいるよりはマシだろうとの考えだ。


 でも、それはいつの間にか雑談のような形になってしまった。冷静に判断することも大事なんだろうが、彼女たちとてまだ子供である。


 いきなりよくわからない世界に放り出されて不安でないわけはないのである。


「あふ……」

「ん? 眠いの?」

「ああ、まあなぁ。よく寝付けなくてなぁ」


 空霞は千紗よりも先に目覚めていた。

 つまり、彼女より長くこの世界の負荷を味わっているのだ。

 自分と会って話が出来たことで、安心したに違いない。


「ベッドあるよ? アタシの臭い付いてるからヤだろうけど」


 親指で天蓋付きのベッドを指し示すが、彼女は首を振る。


「嫌なわけないやろ? 家臣の子が主のベッドに寝たら大変なんやで?」

「そんな事気にしないでいいって。アタシ偉いんでしよ? 文句言ってきたら怒鳴りつけてやるから」

「ちーさん、偉いんはちーさんやのうて、ティスタローザちゃんのお父さんやで?」

「お父さんなら、娘には甘い筈だって! ウチの経験則だから間違いナシ!」


 空霞が渋るのを気にせずに、千紗は彼女をベッドへと誘う。


 そこで彼女は閃いた。


 頭に“!”と文字が浮かぶようであった。


「ちーさん、添い寝してくれるん?」

「え、ええっ? あ、まあ、いやではないけど?」

「ほなら、責任はとってぇな♪」

「……言っとくけど。アタシ、ノーマルだからな?」









「……あらあら。ティスタローザ様ったら」


 夕食の準備が整ったとの報せを届けに来たメイドが見たものは。

 あどけない表情で眠る二人の少女だった。


 後で、服のシワ取るの……大変だなぁ。


 メイドの呟きを聞くものは、誰もいなかった。



「……くぅ……」

「……ち、さん……」


 静かに扉の閉まる音が響き、二人はそのまま朝まで眠ることになった。




ちょっと、ゆりゆりしくなりました(笑)

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