仮題17
今回もクーデリア(空霞)視点となります。
お昼の鐘がなる。
この世界にも時計が存在しており、それを鐘で報せている。どこでも似たようなシステムになるものだ。
何冊かの神話関連の本に目を通してみた。
なかなかに面白い話も多かったが、神と対話する話は出てこなかった。
また、神の名やその人となり(人ではないから正しくはないか?)についての話も、詳しくは出てこない。
では、神という存在が軽視されているかというと……そんな事はないみたいだ。神の偉大さを唱える言葉は多く散見できたし、何よりこの世界の魔法にも密接に関係しているということがわかった。
ヒールに属する魔法を使うにはロッドを扱うのだが、これを創り出すと必ず同じ形になるという。他の魔法、例えばアタックのスタッフの場合は長くなったり捻れていたりする物が出来上がるのだが、ロッドに関してはまったく同じ形になるというのだ。
貴族達にとって神はかなり近しい存在として扱われている。
そんなものが軽視される筈がない。
だとすると、意図的に明言されないだけなのかもしれない。不敬に当たるから書物に残さない、とかいう話なら納得できる気もする。
くぅ〜
唐突にお腹が空腹に不平を鳴らす。
近くに人が居なくて良かった。
「クーデリアちゃんの身体は、燃費が悪いみたいやねぇ」
元の身体ではお腹が鳴るほど空腹になった事がない。
しかしながら、このクーデリアの身体はそれは正確に朝、昼、晩の食事時を教えてくる。
「お弁当を包んでもらったけど……どこで食べようかな?」
宝物庫の中に入れてあるお弁当は、ステイラさんの手作りだ。
正直言うと、ちょっと嬉しかったりする。
私のお母さんは仕事人間で手作りの弁当などは食べたことがなかった。幼少のみぎりには家政婦さんに頼んでいたけど、いつの頃からかそれもなくなった。
私名義のクレカを渡し、「適当に食べなさい。栄養価だけは気をつけて」と宣ったお母さんは、それ以外口にはせずに足早に出勤していった。
異世界かバーチャルかも分からない世界で、血の繫がらないお母さんのような年代の人にお弁当を作ってもらう。
こんな事で喜ぶとは思わなかった。
意外と易い人間なのだなと再確認出来たのは良いことだが、今は食べる場所を探さなければいけない。
この図書館のテーブルに広げるのは無しだろう。
では、食堂かな?
……場所が分からないなぁ。
誰かに聞いても良いんだけど。
こういう時は、公園が良いのではないか?
公園は分からないけど、ここに来る前に通った林道や広場があった。たしか足を休めるベンチもあったはずだ。
本を片付けて、早速下へと移動する。下の大広間も受付にいる司書さんしか見当たらない。
さっき居た人と違う別の司書さんだ。
交代でもしたのかな?
表に出ると、日差しの強さと熱気に少しくらりとする。中が快適すぎたなぁ。
林道の隙間から見える建物が本校舎らしい。
かなり大きな建物のようだ。まばらに学生の姿も見える。
ここの学校は下は十二から上は十八までの開きがあるので、個人の体格差がけっこうあるように見える。
子供のような子もいれば、ほとんど大人と変わらない人もいる。
その彼らに共通する点は、貴族ということ。
正確には魔力が一定数以上あって、経済的に就学の可能な貴族の子女たちだ。
「居るところにはいるんだね」
「こんなところに居たか!」
私のひとりごとに誰かが被せてきた。
声の方を見ると四人ばかりの男子生徒がいた。
「こんな所にノコノコ出てくるとはな」
真ん中の奴がそう言った。左右の奴らも下卑た笑いを浮かべているが、一人だけ違う表情の人がいた。腫れた頬に手を当てて、ズボンを土で汚したディーテリックさんだ。
「アンスガー、止めなよ。下級生の女の子なんだぞ?」
「だまれ、ディーテリック! 弟の屈辱は兄が晴らすものだ。少しばかり魔力が高いからといい気になっている子爵の娘に、身の程を教えてやる」
怒気を孕みながら、奴が宣う。
……馬乗りになってボコボコにした奴の兄貴ってところかな?
周りの二人は取り巻きで、ディーテリックさんは……巻き込まれただけみたいだけど。
「あの、お人違いではありませんよね?」
とりあえず、聞いてみた。
煽るつもりはなかったんだけど、奴はさらに怒ったようだ。
「クーデリア=フリーレンドルフ! 間違えるものか、この毒婦が! 卑怯にも魔法を使う前に弟を引き倒し、一方的になじった所業など許せるものか!」
……事の発端が何なのかは知らない。
でも、いきなりの暴言にはこちらも怒っていいよね?
「年下の若輩な少女を大人数で囲むような方々に卑怯者と罵られるとは思いませんでした」
「な、なにおう?」
「そのなさりようが美しいとお思いなのでしたら、どうぞ? たった一人の少女を怖がる殿方として、社交界に名を広められるかもしれませんね」
ふふふ、と口を手で覆いながら笑ってみる。
すると、奴は二人に目配せをして下がらせた。
「卑怯なお前が逃げると思って囲んだだけだ。手は出させんから安心しろ、小娘」
そういうと、奴は手に剣を取り出す。
魔力で作られたその剣は、朧気に光を放つけど……悪いけど見てきたどの剣よりも弱々しい。
「サモンイクイップメント・フォーム・ソード」
私が呟くと、その手に剣が収まっている。
刀身は短くておよそ二十センチほど。
「……得物、変えたのか?」
「前は普通の剣だったようだが」
取り巻きの二人がボソボソ言っている。
クーデリアがどんな剣を使っていたかは私は知らないので気にしてもしょうがない。
「阿呆が。剣をわざわざ短くする馬鹿がどこに居るか」
奴は不敵に笑いながら剣を構えている。
対人戦の場合、武器の長さや重さによって最適な距離が変わってくる。
長くものはより遠く、短いものはその分近くに寄らないと刃が届かない。
武器が届く距離が遠い方が相手より先んじて攻撃出来るわけで、有利になる。
しかも、この武器は魔力で作られたものだ。
重さはほとんど感じないし、切れ味だって普通の刃物よりよく切れる。
刃が短いというのは、この世界においては不利にしかならないのである。
「謝るなら今のうちだ。頭を地面にこすり付けて謝罪すれば、許してやってもよい」
既に勝った気でいるなぁ。
だが、負けてやる気はさらさらない。
「勝ち負けはどうするの? 殺し合うつもりなら、そうするけど」
「……え?」
私の言葉に、息を呑む男たち。
その様子が面白くて、少し笑った。
「戦意喪失や気絶するまでか、死ぬまでか。かなり差があるから決めておかないと困るでしょう?」
「……ぐぐ」
「試合だとしたら、有効打をいくつ先取するかとかだけど……その程度で恨みって晴らせるのかしら?」
一歩も引かない姿勢に奴らが気圧されている。そこまでの覚悟はないようだ。
「殺しはしない。面倒な事になるからな」
「そうですね。では、殺さないようにしましょう」
あくまで強気で押していくけど、これはハッタリである。
私はちーさんほど近接戦は得意ではなかったので、相手が萎縮してくれた方がありがたいのだ。
それに。
私だって、人殺しとかはしたくない。
さっさと無力化するとしよう。
「はっ!」
「うわっ?」
ツァーリンゲンを逆手に構えてそのまま跳びこむ。刃を身体で隠すように後ろ手にして、態勢を低く。
奴は驚いてはいたが、迎撃するために剣を振り上げて下ろす。ちゃんと私に当たる軌道だ。
ただし、その高さなら、という事だが。
私はスライディングの形をとって、さらに低くすり抜ける。奴の剣が地面に刺さるのと同時に、すれ違いざまに右の脚のふくらはぎの辺りを撫でるように斬りつける。
生の肉を切る感触が来るかと思ったら、刃はあまり刺さらずに軽い傷をつけただけに終わった。
「ぐわっ」
それでも、痛みはあるようだ。
大した出血ではないのに大袈裟だなぁ。
通り抜けた私は横っ飛びで回避する。
奴が薙ぎ払うように回した剣を避けるためだ。
「つっ……」
こちらも脛に掠り傷を貰った。
スカートとか切れてないかな?
土汚れは落ちるかな?
そんな事を考えながらくるりと回って立ち上がる。
じくじく……
脛の傷から流れる出血は意外と多そうだ。
脳内麻薬が出ているのか、あまり痛みは感じない。
対して、奴のふくらはぎの傷は大した事は無さそうだ。
やはり男女の体力差があるのだろう。
「まあ……負ける気はしないですけど」
「言うじゃないか。こちらの鎧を抜けずに既に手負いなのに」
向こうはいい気になってるかと思ったら、少し肩で息をしている。傷は浅いし、まだ一合しか合わせてないのだから息切れな訳もない。
まあ、いいか。
とりあえずさっさと潰して手当をしないと。
剣を構え、飛び込む。
足の傷のせいか、先ほどの瞬発力は得られない。振り下ろされる剣を受け、払う。
返される剣をこれも受け流す。
奴の顔に焦りが見えた。
「シュッ」
一歩踏み込み、短剣の範囲へ。
距離が近すぎると長い剣は取り回しがしづらくなる。
距離を取ろうと後ろに引く瞬間に、くるりと背を向け低い水平廻し蹴り、掃腿を放つ。
「うおっ?」
長いスカートでやるのはどうかと思ったけど、奴は足を払われて後ろに倒れた。
すかさず短剣に力を込める。
魔力が高まり、刀身が輝きを増していく。
態勢を立て直す前に切りかかる。
卑怯?
そんな言葉は知らない。
ガキンッ
……キン
横薙に振り抜いたところに奴は剣を出したのだが、まともに受けてしまったために剣が折れてしまった。
ツァーリンゲンの高速振動波は、天使の装甲も切り裂く。……これは“セフィラーズ・サガ”での話だけど、その切れ味はそのまま如何なく発揮されていた。
「折れた……?」
「まさか、そんな……」
取り巻きの二人が驚いている。当の本人は、霧散する剣の柄をぼうっと眺めていた。
戦意は喪失しているみたいだけど、本人の宣言が必要だろうと思い剣を突きつける。
「まだ……仕合ますか?」
「……いや、俺の負けだ」
よほどショックだったのか、潔く負けを認めた。
先ほどの喧嘩腰な態度もナリを潜めていたので、特に追求はせずにその場を立ち去ることにした。
もう面倒はこりごりだ。
「待って、フリーレンドルフさん」
そこへ声をかけてきたのはディーテリックだ。追いかけてきたみたいだが、何か用だろうか?
「なにか御用ですか? もしかして先輩も試合したいとかいう口ですか?」
「め、滅相もない! じゃなくて、その怪我だよ」
ああ、そう言えば。
左の足の脛の傷があった。
歩いていて僅かに痛むくらいだから気にしなかったけど、よく見るとかなり出血している。
綺麗な靴下も赤く染まり、黒い革の靴にまで垂れていた。
「あらら……お母様に叱られてしまうわ」
「それより、傷が残ったら大変だよ。すぐに手当をしないと」
「そうですわね……そこのベンチを借りましょうか」
林道の合間にあるベンチを借りる事にする。
スカートをまくりオーバーニーソを脱ぐ。
「うわわっ」
慌てて目を逸らすディーテリック。
……下着が見えてる訳でもないのに、過剰な反応だなぁ?
どうもここの倫理観は、かなり閉鎖的なようだ。
「あー、骨が見えてる」
「たた、大変じゃないか!」
ディーテリックさんが慌ててロッドを取り出す。この人もヒーラー持ちだったのか。
自分の頬の治療もせずに私の怪我を優先するところを見るに、とても善良な人のようだ。
「すまない。僕が口を滑らせてしまったのが原因なんだ」
「原因……ですの?」
治療の術を使いながら、彼は事の次第を教えてくれた。
クーデリアを見かけたと友人に話したのを取り巻きの一人が聞きつけ、奴に教えたらしい。
彼の弟をボコボコにしたクーデリアに仕返しをするにはちょうどよい機会だと、私を探すために彼も殴られて協力させられていたという事だった。
「お気になさらずにくださいな。ああいう輩に目を付けられたら、いずれはこうなったでしょう」
魔力をかなり使ってしまったらしく、彼はフラフラになっていた。
それでも傷は塞がりきってなかったけど。
「では、これはお礼です」
私はロッドを取り出し、彼の頬へと治癒をかける。口元の腫れはみるみる収まり、彼は驚いていた。
「フリーレンドルフさん、治癒術も使えるんだ」
「手習い程度です。……はい、終わりました」
「ありがとう、フリーレンドルフさん」
彼とは門の近くで別れる事になり、怪我と汚れた靴下がみっともないので帰宅することにした。
非常用に渡されたメッセンジャーの魔道具を使い、御者のフェリクスさんを呼び出す。
「ど、どうなさいましたか! お嬢様!」
「ちょっとケンカをふっかけられまして」
慌てるフェリクスに抱えられるように馬車に連れ込まれ、そのまま帰宅することになった。
「年頃の娘が、素足を晒すなど……このバカ娘!」
「うひゃあ?」
帰宅すると、ステイラさんの雷が落ちました。
怪我をした事より、靴下を脱いだ事を怒られたのだけど……
ジークハルトさんは、ちゃんと怪我を心配してくれましたとさ。