1-15 エーディタとの面会
「ようこそいらっしゃいました、ティスタローザ様。お加減はよろしくて?」
「いきなりの面会に応じて頂きまして、ありがとうございます。エレノディーテ様。おかげさまで体調はすこぶる良好です」
そんな挨拶を交わす相手は、この屋敷の主であるエレノディーテという女性だ。
目が覚めてから、アルリケ、マックスに続いて三番目に会った人物だ。
あらためて見てみると、小柄でかわいい感じの女性だと分かる。
比較的長めの髪は紫がかった銀色で、今は首の辺りで二つお下げに纏めている。くりくりとした瞳や小さめの鼻、やや丸みを帯びた顔が、なんとなく幼さを醸し出しているのだ。
通されたのは応接間のようで、彼女の他にはメリッサという侍女がいるだけだ。
「雷に撃たれたって聞いたときはびっくりしてさ。だって、快晴なんだよ? 雷雲なんてどこにもないのに雷なんて、ねえ」
「あ、はあ……」
いきなり砕けた話し方になった彼女に、アタシは呆気に取られた。たしかにそういった印象ではあったけど。
「エリナ様、少し崩し過ぎかと存じます」
「ティーゼちゃんなら平気だよぉ、知らない仲じゃないんだし。ね♪」
ウインクしてくる彼女に、とりあえず曖昧に返事をする。あれっ? この国での一番の神官だよね? なんかイメージ違わなくない?
そんなふうに疑問に思っていたら、彼女はズバリ確信を突く事を言ってきた。
「それとも、私の知ってるティーゼちゃんではないのかな?」
くふふっ、と笑う彼女。
どうやらジークが先に説明してくれていたようだ。話が早くてありがたい。
「聞いてたんなら知ってるでしょ? 出来ればあなたとだけで話したいんだけど」
そう言ってメイドの方をちらりと見る。でも、向こうは気にしない様にからからと笑う。
「メリッサも違う世界から来たとか言ってるからね〜」
その言葉に、アタシは彼女を見返す。
外見は異国の女性に間違いない。アタシと同じケースなら、内面、というか心だけが憑依しているのだろう。
「理解が早いと思ったら、実例が先にあったのか。そりゃあ早いわな」
「私もメリッサがおかしな事言ってるな、ぐらいにしか思ってなかったけど……他にもそんな人が出てきたとなると信憑性が増すわよね」
アタシらが話してると、メリッサの方は少し肩を落として「信じてなかったのですか……」と呟いていた。まあ、信じないよね、普通は。
「メリッサさん、あなたの本名は?」
「メリッサでございます、ティスタローザ様」
「……え?」
「メリッサでございます、ティスタローザ様」
まるでコピペのような返答をされた。
アタシが怪訝な顔でいると、エーディタが助け船を出してくれた。
「メリッサは向こうでもメリッサだったんだって」
……ああ。なるほど。
純日本人としては、外国の方という認識は少し無かったので。
失礼しましたと頭を下げると、彼女も「説明が不足していて申し訳ありません」と答えた。
「それで、メリッサさんはどこのご出身ですか?」
「日本でございます」
「……! 本当ですか?」
これは、驚きだ。まさか日本とは。
年代が私達より二十年以上前らしい。
だが、それよりも気になる事を彼女が言った。
「わたくしはmama-zoneの販売促進用端末、『メリッサ』でした」
「……え? 『メリッサ』って、『メイベル』の前身のアレ?」
『メイベル』は、ウチにもあった。
mama-zoneとの連携だけでなくて、家電機器や家のシステムと連携させて遠隔操作、防犯等にも一役買っていた便利グッズだ。もはや一家に一台というレベルを超えて、一人に一つ『メイベル』を所持しているなんてざらな話だ。
でも……
「え? だって、『メリッサ』って機械だよね? あ、この場合は人工知能と呼ぶべきかな?」
「どちらでも正しいのでお気になさらず。わたくしの前世はその『メリッサ』で間違いありません」
感情をあまり出さないように淡々と話す様は、なるほど確かにAIのようだ。
「……でも、そんな事って……あるのかな?」
アタシが疑問に思っていると、エーディタがこちらに話しかけてきた。
「あなたの世界にはその……AI? というものがあるのよね? どういうものなのか、説明してもらえるかな? メリッサから話は聞いたけど、私にはうまく理解出来なくて……」
人工知能に関しての理解が出来ないのは、当たり前だろうけど。あいにくと私も詳しくは知らないのだ。概念というか大雑把には理解しているけど、どうやって彼らが思考しているのかは……正直、アタシにも分からない。
「うまく言えないけど、人が創り出した人、というものかな?」
「人の創り出したひと……? それは騎獣とかのように魔力で作られた物のようなもの?」
うーん、アタシは騎獣とかがどんな原理で造られているかは知らないから……まあ、似たようなものと言えばそうなのかな?
「まあ、そんなものです」
「いえ、違いますよ。ティスタローザ様。artificial intelligenceは、高度な演算と膨大なデータにより実現された理論上再現可能な物理的な存在です。この世界の魔力のように不可解かつ論理的証明が不可能な事象と同一視される事はいささか不本意です」
このややこしい言い方をしてくる辺り、AIと云うのは本当なのかもしれない。鼻を鳴らすメリッサに対し嘆息してアタシは言葉を続ける。
「例えば、エーディタ様が今日の晩御飯に何を食べたいか。これを予測するのはアタシにはほぼ無理です」
食べることを例えにするというのはアタシらしいけど、とりあえずこれで説明をしていく。
データの無いアタシにはわからなくても、一緒にいる期間の長いメリッサには経験としてエーディタの嗜好や趣味などが分かるため彼女の気に入る食事を用意しやすい。
「人間なら分かる事じゃない?」
「最初から思考が可能な人間なら可能ですよね? 言い方悪いですけど白痴とか、マトモに考えられない人には難しいですよね」
「そうね、たしかに難しいわね」
神官故に、そうした人と接する機会は多いのだろう。僅かに顔を曇らせるエーディタにアタシは言葉を続ける。
「メリッサも元は同じように考える事が出来ないものだったのです。何度も、何百も何千も同じ事を繰り返して、経験を積み重ねてきたから考えるかのように判断が出来るようになった存在なのです」
うまく説明出来たとは思えないけど、エーディタは深く頷いていた。
「じゃあ、メリッサは元々人間では無かったというのは……」
「可能性はあるかもしれないです。にわかには信じられませんが」
そう、答えるしかなかった。
アタシだってAIが転生とか憑依とかするとは思えないけど、それなら人間だってあり得ない。
アタシ自身があり得ない事に巻き込まれている以上、起こってもおかしくはないのだ。
「貴重な意見をありがとう、ティーゼ様。というか、中身が違うんだっけ? 名前は?」
「茅ヶ原千紗、チサと呼んでください」
「ちーさん、じゃないの?」
ちょっと楽しそうに笑って言うエーディタ。
じーくめ……
「それは愛称なので、あまり深い関係ではない方に呼ばれるのはちょっと……」
「あら? 私とは深い関わりになるのではないの?」
くすくすと笑う姿は、まだ女子校生くらいに見える。マックスたちと同世代だとすると二十歳過ぎくらいだと思うけど。
「ここに来たのも、そのためなんでしょ?」
「……かなわないなぁ。いいけどね、呼び方なんて別に」
よく考えたらエルだって『ちー様』呼んでるし。くーだけ特別扱いする必要もない。
「では、私もエリナも呼んでいいわよ」
「お嬢様、それは……」
エーディタがそう言うと、メリッサが何やら言いかけて、口籠った。そう言えばさっき『エリナ』と呼んでたかな?
「同じ世界の方なんだもの。それに、向こうの『エリナ様』と面識があるかもしれないじゃない?」
「……それは」
メリッサが顔を曇らせている。言い淀んだ言葉は分からないけど、その名には並々ならぬ意味がありそうだ。
「いえ、アタシは『エーディタ』呼びでいくよ。正直、場面によって変えるとか器用な真似、得意じゃないし」
メリッサは余人のいる時には『エーディタ様』と呼んでいた。つまりこれは秘密の呼び名だ。公にして良いものじゃないと、アタシだって気遣いは出来る。
ちなみに、この場にはアルリケはいない。
表に出しているので、彼女には聞こえていない筈だ。今のところ、公爵家の中では黙っておこうと考えているので……まあ、案外すぱっと理解してくれそうな気もするけどね。
「それで、そのエリナという人なんだけど……ちーさんは、ご存知?」
小首を傾げる姿は、まさに貴族のご令嬢。
アタシが真似してもこうはならないなぁ。
「あいにくと、知人縁者には居ませんね。アタシの知り得る著名人にも、その名の人に心当たりはないかな?」
「そう……まあ、そうか」
少しホッとしたような表情のエーディタ。
まあ、そんなに都合よくは運ばないよね。
アタシはずれた話を本筋に戻す。
「メリッサ。あなたをこの世界に送り込んだ存在に心当たりとか、ある?」
メリッサがAIだとしても、他の世界に転生させる事が出来るのなら、それは間違いなく超常の力だ。アタシやくーをこの世界の人間に結び付けた存在と同じかもしれない。手掛かりがあるのなら、是非とも知りたいところだ。
メリッサはと言うと、考える様子もなくすぐに答えてくれた。
「あの方はご自身を贋作家と呼んでほしいと言っていました」
「贋作家……」
なんともいわく有りげな名と言える。
これが神とか創造者とか名乗るなら、まだ理解できるけど……その名前に何か卑屈な感じがした。
「その贋作家とは、どこで会ったの?」
「ここではない世界です」
「それだと抽象的過ぎて分かんないんだけど……」
「失礼しました。順にご説明致します」
メリッサが言うには、元の世界(アタシたちの地球)で絵里奈という女性が災害によって死に瀕した時に彼が助けてくれた、らしい。
その絵里奈さんの怪我を治してくれた対価に、彼女はこの世界に転生することになったのだそうだ。
絵里奈とよく似たエーディタの所にメイドとして転生したらしいけど、現実の絵里奈とは関わりは無いらしい。
贋作家は絵里奈をもとの世界に戻して、天寿を全う出来るようにしてくれたそうだ。
「だいたい、このような顛末でございます」
メリッサはこう言ってペコリとお辞儀をした。ご清聴ありがとうございましたとでも言うつもりなのか?
アタシは今の話を今少し考えてみる。
……ふむ。
贋作家が黒幕か。
もしくは近い存在か……
「以後、贋作家との接触は?」
「ありません。姿も声も、文書などの形でもありませんでした」
メリッサとの契約は、そこで終わりだったのかな?
観察するだけで、干渉はしない、とか?
ありえる話だけど、意味は?
そして、アタシ達との相違点はどこなのだろう?
アタシもくーも、贋作家なる人物には会っていないし、なんの説明も受けていない。
メリッサには対価として転生をさせたのに、アタシ達はほぼ無理矢理だった。
この差は何だろうか?
「あのう……いいですか?」
「えっ?」
エーディタが控えめにそう語りかけてきた。
「随分、考え込んでますけど……お腹空きません?」
くう……
彼女に言われて、ようやく気付いたようにアタシのお腹が空腹を訴えてきた。
どうやらかなり考え込んでいたらしい。
「ちーさん。破天荒だと聞いてましたけど……意外と頭脳派ですね」
エーディタが微笑みながら、メリッサに昼食の準備を頼んでいる。アタシは頭をかきながら、バツの悪さを隠すように言った。
「のめり込みやすいだけですよ」
やり始めるとつい周りが見えなくなる。
向こうでもそれで痛い目にあった事は多かった。
その痛い目というのは遅刻とか、テストの点数とか。本当は痛くもないものばかりだった。
今のこの状況とは、ワケが違うのだ。
それでも。
多少なりとも手掛かりが見つかり、考える事が出来るようになると……少しは違ってくる。
『くーと、情報交換しなきゃなぁ』
かちゃりと扉のノブが回り、エーディタとアルリケが入ってきた。
「お食事の用意が整いました」
……腹が減ってはなんとやら、だね。