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1-13 仲間に引き入れました

「ティーゼ様、うちのお兄様に何かお話があると窺いましたが?」


 くーが他人行儀に聞いてくる用件は、彼女の事だった。おそらくマックス経由でジークハルトに話が行ったのを聞いたのだろう。


「あっ……と、そうだった。今って大丈夫かな?」

「客間で待たせております。つきましては、私も同席して欲しいと頼まれました」

「え……いや、それはその」

「侍女を廃してのお話のようなので、ティーゼ様のみでの拝謁はお受け出来ないと申しておりました」


 何だ、そりゃ?

 意味分からないと小首を傾げると、くーがくすりと笑って教えてくれた。


「殿方と少女を二人きりにするのは風聞が良くない、ということですよ」

「はあっ?」


 思わず頓狂な声を出してしまった。

 だって、お前……それって、アレか?

 急に頬が熱くなる感じがする。


「意味は、お分かりになりましたね? 噂にならない為にも、私の同席は不可欠なのです」

「いや……気にし過ぎだろ? アタシらなんてまだ子供だぜ? ジークハルトが手を出すわけ無いだろ」

「お兄様の人格はこの際考慮しません。その為の防護策なのです」


 くーが、きっぱりと答えてくる。いつになく真面目なので、気圧されてしまうアタシは、同席を余儀なくされてしまった。


 ……まあ、いいんだけどさ。

 くーと一緒にいたいって、本人の前で言うのが恥ずかしいだけだからさ。




 メリッサの先導のもと、客間へと着いたアタシ達。当然のようにエルは残してきた。

 色々と疲れているだろうし、込み入った話は明日でも構わないか。


「フリーレンドルフ子爵様、ティスタローザ様をお連れ致しました」

「お入り下さい、ティスタローザ様」


 中から彼の声がした。扉を開けると、彼は椅子に座りもせずにこちらに頭を下げている。

 身分はこちらが上とはいえ、子爵家の当主が子供に頭を下げるとか。ティスタローザがワガママ放題に育つ理由がよく分かる。


「身内だけなんだから、あんまり畏まらないで下さいよ。頼み事がしづらくなる」

「……身内とは過分な栄誉でございますな。ともあれ、お席をどうぞ」


 アタシに上座を勧めるが、知らないフリをして下座に座る。くーが苦笑しながら、アタシの隣のソファに座ると、用意させていたポットから白い液体をカップに注いでいく。湯気を立てるそれは、ホットミルクだろうか。


「まだ夜分は冷えますから」

「お気遣い、どうも」


 差し出されたカップからは、いい香りが立ちのぼる。ただのホットミルクかと思ったら、シナモンとか入っていそうだ。

 手を出そうとすると、くーに脇腹を押された。


「お前はよく覚えていたな」


 ふふっと笑ってから、子爵がカップを手に取り、一口飲む。それを見計らってから、くーがソーサーを取ってカップを口元に運ぶ。


「……え、何これ。抜き打ちテスト?」

「試しているのは警戒心やけどね。相手の出すもの、ほいほい手を出したらアカンよ、ちーさん♪」


 くーが子供に教えるように指を揺らして言う。口をへの字にしてふてくされるが、その(さま)さえも楽しそうに笑っている。


 私達のやり取りを微笑ましく眺めていたジークハルトが、ぽつりとつぶやく。


「なるほど……これは分かりづらい」


 なんの事を言われたのか、アタシはしばらく分からなかった。


 くーも彼を見つめている。


 先ほどまでと変わらない、微笑み。

 だけど、二人の間に流れる緊張感にいたたまれなくなる。


「え……なに? どしたの二人して」


 耐えられなくなり、言葉を発するアタシ。

 答えたのは、ジークではなく、くーの方だ。


「ちーさんがティスタローザちゃんそっくりだって事やで」

「ちょっ……」


 くーが、いきなりアタシらの事をバラすとは思わなかった。

 慌てるアタシに、ジークが手を広げて制してくる。


「待ちたまえ。別に危害を加えるつもりは無い。私は話を聞きたいのだ」

「話しって……くーをうちに住まわせたいって話じゃないのか?」


「「……は?」」



 ジークとくーの声が、きれいにハモった。

 あれっ? なんか、かみ合ってない?






 アタシの話と、彼の話は違っていたらしい。

 ひとしきり笑った彼が、意外とかわいい笑い方をすると分かったのは得ていい情報なのか判断に迷う。


「いや、済まない。その……そんな内容で呼んだと思われてたとは、思わなくて……」


 まだ少し引きずっている。笑いの琴線が意外と広いのかもしれない。アタシはわざとらしく鼻息荒く言う。


「アンタには些細な事かも知れないけど、こっちには大問題なんだよ?」


 すると、ようやく笑うのをやめて襟を正すジーク。


「申し訳ない。エルを助けた女傑が、まさか心細いから側にいさせてくれと頼むとは思わなくてな」

「女傑て……そんな大層なこと、してないぞ。アタシは」


 だが、彼はそうは思わなかったらしい。


「戦いの訓練を受けて間もない十二の少女が、ゴブリェとはいえ戦いに挑もうとすること自体異常だ」


 きっぱりとそう答える。

 まあ、確かに普通の女の子はそんな事はしないだろう。


 如何に魔力が高くても、戦おうという意志が無ければ戦うことは出来ない。


「しかも的確に要救助者を確保し、敵は殲滅した。この手腕は、ティスタローザ様には不可能な事だ」


 理由を聞いたら「彼女ならまとめて一撃で倒すことを考える」と答えてきた。要救助者が居なければ、アタシだってそうしたけど……危なかったなぁ、エル(笑)


「あの雷に打たれた日から、貴女やクーデリアに妙な事が起こった。だが、外傷は何もない事は他の者が確認している。だから、内面に何かあったのではないか、と考えたのだ」


 彼は噛んで含めるように説明している。

 アタシは、彼のことを大いに見直していた。


 大抵の場合、見た目が同じなら中身が変わったなんて考えはしない。

 柔軟な発想ができるというのは、それだけ広い視野でものを見ている証拠だ。


 固定化された観念に囚われないというのは、存外難しいのだ。


「最初に疑問に思ったのは、『くー』の方だがね。あのお転婆がいきなり淑やかな令嬢になったのだ。おかしいと思わない方がおかしい」

「やっぱり、お前のせいじゃねぇかよっ! くー!」

「いやあん、ちーさん、怒らんといてーなぁ〜♪」


 くーに当たり散らして憂さを晴らす。とはいえ、じゃれ合う程度で済ませるけどね。

 くーを責めるのは筋違いな気がしたからだ。


 いきなり自分とまるで違う人間の中に入ったとしたら、果たして誤魔化しきれるものか?

 アタシがバレなかったのは、ティスタローザが同じように破天荒なキャラだったからに過ぎない。


「うちの兄貴とか公爵様とかには、バレてないよな?」


 試しに聞いたところ、その心配は無いらしい。


「公爵閣下は問題ない。あの方はティスタローザ様を溺愛しているし、君がサービスしていたお陰で有頂天だよ」


 うっ……抱き着いたりしたの、サービスだってバレてたよ。


「マックスは、たぶん自分の教育や忠告が成果を結び始めたと喜んでいると思う」

「あ? だって、アタシ思いきし間違ってたじゃん。魔力の勉強の事とかさ」


 そう言うと、彼はやれやれと手を組んだ。このポーズは碇○令だ。


「ちー君。君はティスタローザ様と比べたら遥かに大人びた人だ」

「……え?」

「ティスタローザ様は脊髄反射的に行動することが多くて、我々も手を焼いていた。あのまま学院にあげて、証持ち(ライセンス)を得たらエライことになるのではないかと肝を冷やしていたのだ」


 ……どうやら、アタシの予想より斜め上だったらしい。

 強大な魔力を脊髄反射でブッパとか、傍迷惑な殺戮兵器としか言えない。


「それは、まあ分かった。あと、ちー君と呼ぶのはやめてくれ。アタシは『千紗』だ。くーの中身は『空霞』だ」

「久我原空霞です。謀るような真似して申し訳ありません。ジークハルト様」


 アタシの言葉に、くーはゆったりとお辞儀をする。ジークハルトの顔が少し強張ったけど、すぐに質問をしてきた。



「では、千紗、空霞。本物のティスタローザ様と妹は、どこにいるのか、分からないか?」



 いつか来る問いだとは思っていたけど、単刀直入に来るとは思わなかった。アタシ達にも皆目見当が付かないのだから、彼の望む答えが返せる訳もない。


「何とも言えないのが、現状です。この身体の中で眠っているのかもしれないし、別の世界に居るアタシ達の身体に移っているかもしれないし」

「別の世界? 君たちは、天使とか精霊とか、そういったものじゃないのか?」


 何だか高尚な存在だと勘違いしていたらしいが、そんなモンじゃない。


「こことは違う、別の世界から来た人間ですよ。魔力とか魔物とかはないですが、ティスタローザやクーデリアと何ら変わらない人間です」

「魔力や魔物がいない世界? そんな世界の人が、魔力を使って倒したというのか……なんと恐ろしい」


 あれっ? なんかジークが驚愕しちゃってる。このままだとうちの世界が修羅の国みたいに思われるので訂正しよう。


「アタシやくーは、戦うことに慣れてただけ。普通の人たちは違うから」

「そうなのか。やはり英雄とか勇者とかなんだな、千紗と空霞は」

「いや、そんな特別な存在じゃあないんだけど……」


 うーん、上手い言い方が見つからないなぁ。

 くーの方を見ると、にこっと笑って親指を立てる。任していいかな?


「ジークハルト様。千紗の話しには少ぉしだけ、間違いがあります」

「間違い?」


 くーは自信満々にこう言ってのけた。


「私と千紗はここの前にも異世界に召喚されていたのです」

「「えっ?」」


 ジークとアタシの声がハモる。なんでお前が驚いてるの? みたいな顔でアタシを見るけど、それに構う暇はない。


「くー、そりゃどういうこった?」

「VRゲーム世界って、異世界みたいなものやないかって思ってたんよ。そやない?」

「あー……な、なるほどな」


 言われてみれば、仮想空間にダイブしてる時は異世界に居るのと大して変わらない。


 そして、今のアタシ達もその状態となんら変わらない。自由にログアウト出来なくて、感覚が現実みたいに具現化された、VR世界と言えるのだ。


「そういう事なら、たしかにアタシらはかなりの強者だぜ? 英雄なんて呼ばれたことは無かったけどな」


 現実のアタシらはただの女子校生だったけど、『セフィラーズ・サガ』では討伐数ランキング一位を取ったことさえある。

 同級生の研太郎からは『キリング・シスターズ』と呼ばれた事があったなぁ。


 そう聞くと、彼は納得いったと頷く。

 だが、顔色は冴えないままだ。


「やはり、ティスタローザ様ではないし、クーデリアでもないのだな……」


 中身が違うとなれば、本人は何処に行ったのだろうかと心配するのは当たり前だ。ティスタローザはともかく、クーデリアは彼の妹だ。

 肉親ならば、心配するのは当然だ。

 くーが隣に座るジークに語りかける


「これは希望的観測ですが、ちーさんや私が元の世界に戻ることで、彼女たちも戻る可能性が高いと思います」


 おちゃらけた所を封殺して、お淑やかな令嬢に成りきっている。

 でも。

 ……彼女の言うのは、本当にただの仮設だ。

 アタシ達がこの世界から帰る事で彼女たちも戻るなんて、誰も確約はしていない。


 でも、ここではあえて無視する。

 彼をアタシらの協力者にするためだ。


 ここでの生活がずっと続くのか、それとも何らかのミッションをクリアして帰れるのか。

 これはアタシらにも死活問題である。


 彼に協力して貰えれば、多くの情報も入るだろうし便宜も図ってくれるだろう。

 初めはマックスに期待したのだけど、あの兄貴は頭が硬すぎて説明しづらいと思ったので、とりあえず止めておいたのだ。



「ふむ……二人が戻る可能性があるのか」

「ただ、私たち戻る方法が分からなくて難儀しているのです。ジークハルトさま、私たちにご協力をお願い出来ませんか?」

「それは、具体的にはどういう事になるのか?」


 自分は王国貴族の一人であり、逆らえぬ方なども多い。守らねばならない母や領民も抱えている。ティスタローザ様とクーデリアの事は大事だが、全てを投げ出す事は無理という事を伝えてきた。


「いや、何も全部投げだせなんて言うつもりはないよ」


 自分達が戻る方法を調べる事が目的であって、国家を転覆してまで尽くせなんて事はないと答える。


 いくらなんでも、そこまで悪人じゃないよ、アタシ。



「できる範囲で構わない。アタシらだって協力はするよ。二人を取り戻したいのは、間違いないんだろ?」



 彼の組んだ手を、上から包み込むように重ねる。


 ゴツゴツとした、お父さんとは違うけど……大事なものを守りたいと願う男の手だ。


「……そうだな。エルを助けるようなお人よしだったな」


 仕方ないな、と笑うジーク。

 その笑い方がなんだかとても眩しく見える。


 不覚にも、少しクーデリアが羨ましいと思ってしまった。



 ……あ、くー、じゃないからな?

 そのくーだけど、なんだか面白くなさそうにこっちを見ていた。


「ちーさん……意外とスキンシップするんやね?」


 じっと見つめるのは、重ねた手。

 アタシとジークは、慌てて手を引っ込めた。




 ジークハルトさんが仲間になりました。


 仲間というよりは、協力者ですね。

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