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1-12 エルの決意

「だから、そういう(てい)でエルをうちの子にしちゃうんだって。養子とかって形でもいいんだろ? そしたら、エルには手を出せなくなるだろ」 

「む、むうぅ……だが、平民の娘を、なぁ……」

「魔力が足りてて、見た目も問題ない。礼儀作法なんてアタシよりはマシだろうし、問題はないって」


 アタシは公爵に畳みかける。ここは強気で押さないとエルの身に危険が及ぶし、そんな中途半端はしたくはない。ティスタローザの妹くらいの地位にしてしまえば、公爵家の威光とアタシやくーの実力で排除出来ると思う。


 アタシの意見にマックスがふむ、と腕を組んで考えている。


「父上、アルトフェルガー男爵なら最適かと存じます」

「マックス? それはどういう……」

「エルを男爵家の娘として、こちらに養子縁組したとすれば体裁は整います」


 アタシの言った事の具体的な案をマックスが呈示してくれている。これに乗るのが正しいが、果たして確実な波なのかを確認せねばならない。アタシはマックスに問い掛ける。


「兄貴、その男爵ってのは信用できるのか?」

「老齢にかかった夫婦なんだが、跡取りが行方不明なのだ。遺児が見つかったとかで保護した事にすればいい。彼は口も堅いし、父上に恩義もある。断ったり、バラしたりはしない筈だ」


 後がない貴族の家なら願ったりだろうけど、そんな家の子を養子に出すものかな? その辺も聞いてみるとこんな答えが返ってきた。


「養子縁組は家を守る手段だが、その子の養育を引き受ける側面もある。解消すればその家に戻すことも可能だ」


 そうか。老夫婦の男爵家だから子供を養育するのも大変だからうちが引き取って養育するという体裁が取れるのか。


「ならば会わせておくべきだな」


 ジークハルトが心配そうに言う。マックスは頷いて男爵に一度エルを引き合わせると言う。でも、交渉が決裂するとは考えてはいないようだ。


「公爵家の威信を軽んじる者はいない。向こうは貸しが作れて喜ぶくらいだ」


 あくまで強気だけど、そうなのかもしれない。上のゴリ押しに譲歩して発言力を高めるというやり方もある筈だし、彼らの懐が痛む話ではない。名前を貸すだけの事なのだ。

 ……よく考えたら、名義貸しという犯罪行為そのものなんだが。大丈夫なの?


「行方不明の遺児を子供に認めるだけだ。なんの問題がある?」


 そういや、DNA判定とかないんだよね。

 血縁かどうかを判定する方法はほぼないのかもしれない。


「では、男爵には私から連絡をしておこう」


 公爵がそう言ったのでエルの件はひとまずこの方向で進める事になった。







 夕食は、今後のことも考えてエルも同席させることになった。


「あ、あのぅっ、ちー様? わたし、こんな奇麗な服、汚してしまうかもしれません。それに、ど、道具の使い方もよく分からないので……」

「なーに、心配するな♪ アタシも適当だし、間違っていたらくーやマックスが教えてくれるさ。な、兄貴?」


 なるべく気落ちさせない様にからからと笑って答えてやる。マックスもちゃんと乗ってくれた。


「ティーゼも最初はナイフもろくに使えなかったから大丈夫だ」


 マックスが食前に飲む酒を嗜みながらそう言っている。アタシは別に飲みたい訳じゃないので、普通に果汁っぽいジュースだ。なんだか、洋梨みたいな味だけどサラッとしてて飲みやすい。


「ナイフは右手で、フォークは左手ね。背筋は伸ばしてなるべく姿勢を起こして」

「あう、……はい」


 くーがぴったりとついて教えているけど、こういうものは何度も経験することが大事だ。

 とはいうものの、アタシ達はズルをしている。


 丁寧な所作で食事を進める事が出来ているのは、ひとえに“礼儀作法”スキルのおかげだ。

 “セフィラーズ・サガ”の世界でもやはり食事をすることは出来るのだけど、何故かそれが必要なミッションがあって。そのために取得していたのである。


 ポイントを振って取得というイージーな取り方をしたこのスキル。その時以外では特に使うこともなかったのだけど、この世界ではとても重宝しそうだ。


 ちなみに、現実世界ではテーブルマナーが要求される店に入ったことは無かった。

 まあ、イタリアンが好きな両親に連れられて行ったところが、わりと高めな料理店(リストランテ)だったけど。あんまり気にせずに食べていたなぁ。




 ここの料理は、明確にどこ、とは言えない。有り体に言えば『日本』の洋食店などに近いかしれない。国籍による縛りが殆どない、なんでも有りな感じがする。


 例えば、朝食はベーコンエッグに温野菜、スープはブイヨンを使った玉ねぎと豆のスープだ。高価な調味料であると一般的な胡椒も普通に使っているし、豆もヒヨコ豆とインゲン豆などを使っていた。


 昼食は取っていない。正確には朝食が遅いのでブランチだったのだ。



 そして夕食だけど。

 これがまた、量が多い。


 メインは大人組の取ってきた鹿の串焼き。感じからするとケバブとかシュハスコに近い。次々に焼いてて、冷めたのはすぐに下げてしまう。


 なんでも近侍や使用人達の食事になるとかいうので、無理に全部食べようなんて事は考えなくていいらしい。


 野菜などもたっぷりだが、生で食べる習慣が無いのか必ず火が通っていたり、塩漬けなどで加工されている。

 たぶんザウアークラウドだと思うけど、アタシが食べた事のある物より美味しかった。


 パンは、堅いモノかと思っていたら柔らかい白いパンで少し拍子抜けしたものだ。小麦の風味がいいけど、何か足らないような気もする。


 でも、焼きたてなので普通に美味いけどね。


 今日のスープはブイヤベースっぽいもの。なんでっぽいものかと言うと、魚介類だけじゃなくて肉も入っているから。


 味がこんがらがるかと思ったけど、意外にまとまっているのが驚きだ。たぶんハーブとかに秘密があるのかもしれないけど、料理は門外漢なので気にはしない。


 美味しく食べられればそれでいいんだよ♪


 串焼きの肉は鹿だけかと思ったら、豚とか牛とかもあるみたいだ。いや、現物はまだ見たことないけど。

 アタシの分はアルリケが給仕してくれてる。

 初めは後ろにずっと居るから気になってたけど、もう既に慣れてしまった。


 ティスタローザの感覚に引っ張られてるのかもしれないけど、この食事形式は給仕がいないと成立しない。取り分けたり、切り分けたり、だいたいが大皿に盛ってくるのでいちいち手を伸ばして必要な分を取るのが面倒なのだ。


 そういう意味で言えば、くーがエルの面倒を見ているのは素直に感心する。周りのメイド達と比べても遜色ない手際で取り分け、エルの作法にも気を配っていたりする。

 彼女の給仕をするロゼッタが少し困った顔をしているのだけど、そちらにもお愛想で微笑みかけながらちょこちょこつまんでいる様は若奥様の貫禄だ。


 この方面では、くーには太刀打ち出来ないと肝に銘じておこう。


 拙いながらもエルは頑張っている。フォークの持ち方も直ってるし、姿勢は崩さないようにしてるからかなりぎこちないけど。


 でも、お肉を口に運ぶごとに嬉しそうに目を輝かせるところを見てると心が和む。

 平民の食生活とか知らないけど、どうせ美味しいものなんて無いのだろう。


 辛い想いをしたのだから、精一杯堪能して欲しい。






 そんな夕食も終わり、アタシは自室へ、くーとエルは客間へと移る。


 最初はエルは使用人の棟へ移す予定だったらしいけど、魔力云々の話から貴族にすると決まったので貴族の来客扱いで遇するようにしたらしい。


 慣れさせておく、という側面もあるのだろう。


「アルリケ。ちょっとエルの様子を見に行きたい。案内してくれ」

「畏まりました。では、お嬢様。こちらをお召しになって下さいまし」


 大きなクローゼットから出してきたのは、子供サイズのガウン、かな。襟元のファーが少し邪魔っぽいけど、足先まで覆うので寒さは感じない。


 ちなみにティスタローザちゃんの寝間着というのは、ぞろっとしたネグリジェ。とは言ってもセクシーな要素は何もない、パステルカラーの厚手の物だ。

 ただし、公爵令嬢が着る物のせいか、やたらとフリルやレースが多い。寝るだけなのにこんなに装飾はいらんだろ?


 そして、そんな色気も無い寝間着姿でも野郎に見せるのはご法度という訳でガウンを着せられたわけだ。


「少し暑いな、もう少し薄いのないの?」

「それではこちらなら如何でしょう?」


 ファーも裏の起毛もないガウンを出してくる。なるほど、一応用意はあるわけだ。薄手のガウンを着て部屋を出る。案内されるままに歩いていくと、エルの部屋に到着した。


「ちー様♪」

「よう、ちょっと心配だから見に来たよ」


 ティスタローザの私室と比べるとかなり狭い部屋にエルともう一人、お世話係のメイドがいた。


「えーと、名前、なんだっけ?」

「わたくしはエレオノーレと申します、お嬢様」

「そう、じゃあエレオノーレ。今からくー……いや、クーデリアを呼んできて。部屋の前まで来たら教えて。アルリケは悪いけどちょっと外してくれる?」

「畏まりました。お部屋の外で構いませんか?」

「いいわ、少し話があるだけだから」


 おどおどするエルは、それでも反論などはせずにこちらを見ている。部屋からメイドが出ると、アタシは彼女に近づいていく。


「ひう……」


 何故か涙目になるエル。

 アレ? 折檻されるとか考えてるのかな?

 勘違いを否定するために、アタシは彼女を軽く抱きしめる。


「あ、……あの、ちーさま?」

「ごめん、こんな事に巻き込んじゃって。貴族なんてなりたくないだろうけど……」


 アタシがそう言うと、彼女はとても慌てた様子で謝ってきた。


「そ、そんなことないですっ。ちー様がいなかったら、わたし、殺されてただろうしっ!」


 ゴブリェに攫われてのは助けたけど、村での対応は良くなかったかもしれない。

 彼女が平民として生きる道を断ってしまった。

 アタシは今さらのようにそれを意識してしまったのだ。


 ただの使用人として連れるだけならいざ知らず、貴族としての重荷を背負わせる事は容易ではないはずだ。


 そんな思いをさせるつもりで助けたわけではなかったのだ。


 アタシは、ただ助けたかっただけだった。

 その先に何があるのかも考えなかった、短慮な子供だったのだ。


 じっと抱きしめる彼女の体温は、自分勝手なアタシよりも心地よくて。

 むしろ、縋りつくのは……アタシだったのかもしれなかった。

 



「……わたし、実は拾われっ子だったそうなんです」



 エルが、つぶやく様に語りかける。

 独白のようでもあり、アタシに言い聞かせているようでもあり。


 アタシは、そのままの姿勢で聞いていた。




「お父さんは、以前は探求者だったそうです。私は森で拾ったそうですけど、殆ど死にかけだったらしくて」



 ぽつぽつと、エルが父親から聞かされた話が溢れていく。






 森で死にかけていたエルは、その時乳飲み子だったそうだ。彼女を連れていた人は既に死んでいたらしい。持ち物からその人の名前がエルだったから、彼女の名前もエルにした、という事なんだとか。


 父親のハンクは結婚して間もない頃だったそうで、母親のマリアもエルの事を喜んだそうだ。


 ただ、物事はうまくはいかないようで、ハンクが大怪我を負ってしまった。

 探求者が続けられなくなった彼は、マリアの故郷であるポトの村に移り住むのだけど。




「母の実家は、魔物の襲撃にあって全滅してしまったそうで……ポトには他に身寄りが無かったので、あの家に住む事でようやく許可がおりたのです」




 マリアはそうとも知らずに危険な場所に連れて来てしまったと、嘆いたそうだけど。

 それでも三年ほどは何もなかったらしい。


 村の中にようやく入れてもらえるようになると喜んでいた矢先の、あの事件だったのである。




「だから、ちー様には感謝しかありません。ゴブリェから命を救ってくれて。村長さんから買い取って頂いて。こんなお召し物を着せて頂いて、とても美味しい食事を与えてくださいました。あたたかいお湯で身体を洗ったことなんて年に何回もありませんし、それに全身浸かるなんて……ここが天国かと、ほんとうに……感動でした」


 エルは、アタシのした事を並べたてていく。

 大したことをしたつもりはなくても。

 彼女にとっては、どれもこれも有り得ない事だったのかもしれない。


「だから……御恩を返させてください、ちー様。望まれるのでしたら、命を賭けてもやり通します」


 ぐいっと、肩を掴んで引き離されるアタシ。


 エルは先程までの弱々しい感じが消えていた。……いや、ちょっとはあるか。涙のあとは残っているし、強い視線もブレている。

 でも、きちんと意志は示していた。


「じゃあ、貴族になっても構わないんだな?」

「仰せのままに、ちー様。探求者ハンクの娘から、公爵様の養女に……ちー様の義妹になります。ならせて下さい」


 そう言って、彼女は跪いて両手を胸の辺りに当てる。指先は鎖骨の辺り、頭は四十五度くらいで俯く姿勢は、淑女が恭順を示す礼である。


 何度か見たことはあるけど、エルがすでに覚えていたとは思わなかった。



「……よろしくな、エル」

「はい……ちー様」



「なかなかええ雰囲気ですなぁ、お二人さん♪」



 ビクッ!



 扉の方を見ると。


 いつの間には開いていたそこには、クーデリアがすごい笑顔で立っていた。



 もちろん、メイドさん達も覗いてました(笑)


 平民を貴族にする事はありません。

 魔力が足りなくて落ちる者がいる中で、平民の方が魔力が高いなんて事はあり得なかったからです。

 エルの場合、『魔力が高いのなら貴族のはず』、という逆説的な形で正当だと認められます。


 マックスはそう考えたからこそ強気に主張するわけですね。

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