1-10 取り扱い注意のエル
みんながお風呂からあがった後に、夕食前の談話室でお話があると呼ばれた。
アタシもくーも部屋着に着替えている。
アタシの髪は結んでいないのでダラリとストレートのままだ。
ちなみにティスタローザのデフォの髪型はツインテールっぽい。昼間の時も自然に結われたので、多分彼女のお気になんだろう。
アタシも髪は長いほうだけど、ツインテールにしたのは相当前の話だと思う。小学校低学年じゃなかったかな?
暑いときはポニテにするし、シュシュで纏めたりもするけど、基本ストレートの流しっぱ。
お金が無いときは千円カットの店で誤魔化して、お母さんに嘆かれるなんて事もあったなぁ。
懐かしい母の顔を思い浮かべながら部屋に入ると、先客が居た。
マックス達と、エルだ。他に何人かのメイドがいるけど、貴族的には数にはいれないのだろう。
「ほう、見違えたな」
マックスがそう呟くのが聞こえたけど、それは半分正しかった。アタシ達には彼女の造作が整っている事は分かっていた事である。
「……あうう」
マックスと公爵に囲まれていて、エルは小動物もかくやという感じで震えまくっていた。
エルは、長めの髪は風呂上がりということもあってつやつやで、そのまま背中に流してある。亜麻色の髪というのは初めて見るけど、彼女の深い緑色の瞳にはよく似合っていた。
ティスタローザと比べても低いので年下のように思えていたけど、胸回りは彼女の方が大きいことが分かった。
ちなみに、アタシは向こうでは大きくもなく小さくもない。ごくごく平均的なサイズだったと自負している。……本当だぞ? くーが大きすぎるんだ。
ティスタローザのお下がりらしいドレスは薄緑色の柔らかそうなワンピースで、清楚な感じでいい印象だ。
汚れや怪我のなくなったエルは、周りにいるメイド達と比べても引けを取らない容姿になっている。
ぶっちゃけ、ティスタローザよりも貴族の娘と見えるかもしれない。
おどおどしているところは少しマイナスだけど、可憐な少女としてなら文句なく満点である。
くーもそう思ったらしく、ニコニコと嬉しそうだ。ご多分に漏れず、くーは可愛いのが大好きなので。
「あらあら、可愛らしくなりはったですなぁ〜♪」
「あ、ありがとうございます、くー様。ちー様、公爵様に、マクシミリアン様、ジークハルト様のごかんよ……う、にあずかりまして、あう……」
どうも、お礼の言葉を言おうとしていたのだけど、難しかったらしい。うん、かわいい。
「君を助けたのはあくまでティーゼだ。私達は容認したにすぎない。感謝される事はしていないよ」
マックスがすかした笑顔でそう答える。こいつ、ナチュラルに垂らし込むタイプか? エルの頬が僅かに赤らんでるよ。
「見目麗しい子ではないか。同世代のメイドというのは珍しいが、居ないわけではないし。良いのではないか?」
公爵はだらしなく笑っている。いやらしいところが無くて、ただの子供好きなパパのようなのが好感が持てるね。
「……ふむ。きちんと仕込めば学院に連れて行くことも出来るな」
フリーレンドルフ子爵こと、ジークハルトさんはそんな事を呟いている。マックスが手をポンと打って、それだと答える。
「クーデリアにメイドの真似はさせられんからな。ティーゼ、お前もそれでいいか?」
「アタシとしては、願ったりだよ。側に置いとかないと心配だもの」
どうやら屋敷だけでなく、学院にも連れて行けるようになりそうだ。エルの方は、何やら勝手に話が進んであわあわしている。
うん、かわいいな。
「皆様、発言を宜しいでしょうか?」
そこへ一人のおば様が声をかけてきた。
しっかりと伸びた姿勢に、毅然とした態度からメイドたちの長なのではないかと推察できる。
その風格というかなんというか。
この中で一番偉いはずの公爵が少し及び腰になったくらいだ。まあ、この人、意外とチキンみたいだし。
「う、うむ。何だね、ペルディーダ」
「はい。お連れになったエルに関して申し上げるべき案件がございます」
「案件……? なんだね、それは」
公爵の答えに彼女はエルの側に行き、「ステータスを開けてご覧なさい」と言う。
エルが躊躇いがちに右手の親指と人差し指をくっつけて広げる。アタシらもやってるステータスの開き方だ。
こうして他の人が開けるのを見るのは初めてなので少々驚いたけど、他の人は違うところで驚いていた。
「魔力が……12もある?」
「MPも12か。レベル1なら当たり前だが……」
公爵とマックスがそう言っているので見てみた。たしかに魔力が12となっている。
だけど、アタシはやはり別のところで驚いた。
「な……エル、お前12歳だったのか?」
「は、はいっ……ごめんなさい、ちー様」
アタシに言われて、何故か謝るエル。
「いや、謝ること無いし。ちーさんも、今は空気読んだ方がええで? コレ、たぶん異世界物のテンプレやん」
くーが取りなすけど、場違いな事言ってるのは彼女も変わらない。
「そうかもしれんけど。成長してないにも程があるだろ?」
「お嬢様、平民とお嬢様とでは生活の環境も異なります。致し方ないかと存じます」
ペルディーダさんがやんわりと教えてくれたので、これ以上は言わないことにした。この場の話とは魔力の事だろうから。
気を使うことくらいは出来るのだよ?
「わたくしが聞きましたところ、生来彼女は魔力があったそうです。ですが、その数値は二だったらしいのです」
「二? それでも平民の魔力持ちに変わりはないが……」
その間にも彼らの会話は続いている。たしか平民は魔力を持たない者のはずだけど、レアモンスターみたいなものだろうか?
「ちーさん、レアモンスターでも見つけた目ぇしとるで?」
「はっ!」
嗜めるというよりはからかうようなくーの言葉。
そのやり取りを近くでいたジークハルトさんが補足してくれる。
「ティスタローザ様、平民にもごく稀に魔力持ちは生まれるのです。準貴族としても低いレベルなのですが……」
たしか魔力値が5以下の者は貴族になれない準貴族だったはず。つまり彼女は貴族として充分な資格を持つわけだ。
「それよりも魔力値がそんなに跳ね上がる事が問題だ。王国建国からおよそ四百年、そんな事は聞いたこともない」
マックスの言葉から、よほど有り得ない事が起こったと思われる。まあ、アタシらのような存在がいるのだから、有り得ないなんてことはないと思うけど。
「ステータスが間違うことも有り得ない。これはこの世界にあるヒト族に等しく与えられた神からの贈り物だ。神がミスをするはずがない」
マックスが続ける。つまり前例は無いけど、魔力がいきなり上がると云う事態が発生したのは間違いはないとの確認だ。
「エルの申告云々はともかく。その魔力値の者を平民として扱うのは色々と不味い。鎖をかけないと何処ぞの貴族に狙われる可能性が高い」
「狙われる? どういうことだ、ジーク」
ジークハルトが剣呑な事を言い出したので詰め寄る。マックスより背が高いから首がいたいけど、彼はわざわざ腰をかがめてくれた。
「不用意な発言をお許し下さい、ティスタローザ様。心中を乱すつもりは毛頭ありませんが、そうした輩がいる事をお知らせしたかったのです」
「……いや、謝られても。でも、どうしてなんだ?」
こう丁寧に言われると矛を収めるしかない。それより、そんな貴族がいる理由を知りたい。
だけど、それを答えたのはマックスの方だった。
「魔力が潤沢にある家など大貴族くらいしかいない。子爵や男爵といった小貴族の家はいつもカツカツだと聞いている。そうなのだろう? フリーレンドルフ子爵?」
「手厳しい言葉ですが、事実です。次期公爵閣下、マクシミリアン様。父を亡くして代を継いだ私どもの家も、いまだ成人せぬクーデリアの魔力に頼る部分が多うございます」
そうしてくーの方を見るジーク。
彼女は何でも知ってますよ、といった風情で会釈している。こういうところが、食えないんだよな、コイツ。
「そもそもさ。魔力ってなんなんだ? 魔物を倒すための力だろ? そんなに大事なモンなの?」
アタシがそう言うと、場の空気が凍った。
公爵やジーク、メイド達に至るまですべての人が信じられないものを見るような目をしている。キョドっているのはアタシとエルだけで、くーは静かに静観している。
マックスが額に手を当てながら、アタシに言ってくる。
「あー、やっぱり覚えてなかったか。何度も説明して、復習しておけと言ったのに……」
どうやら、すでにマックスから教えられていた事らしい。だが、そんな事を言われても困るのだ。アタシはティスタローザではなく、千紗であって、彼女の憶えていた事はアタシには分からないのだから。
ある意味、ティスタローザがお転婆で勉強が得意でない事が幸いしたか、彼は説明を始めてくれた。
「そもそも、魔力というのは貴族や限られたヒト種に与えられた天与のものであり……」
以下、かなりの長文が諳んじられた。
あんまり長くて、エルがウトウトし始めたり、くーがアクビを噛み殺したりしていた。
ジークハルトが途中で止めて、簡単に纏めてくれた。
「魔力は土地を守護したり豊かにする為にも使われます。土地持ちの貴族は自領に魔物が入らないように結界を張り、自領の作物を多く実らせる為に魔力を奉納致します。魔物の討伐等は、むしろ二の次なのです」
「なるほど、分かりやすい! 兄貴はもう少し噛み砕いてくれよ」
「な、何たる言い種……説明しろと言われてやったのに……」
肩を落とす兄貴は放っておいて、そんな事実を知ったアタシはすごく困った。
「……エル、たしかにヤバいね」
「その通りです、ティスタローザ様。彼女は貴族として認められない立場なのに、必要とされる魔力を有している。売却などの話しは出てくるでしょうし、下手をすれば略取という手を使ってくる可能性もあります」
ジークハルトが起こり得る事態を教えてくれる。
エル自身は意味は分からないのかもしれないけど、何やら不穏な空気を悟ったようでアタシに縋り付いてくる。
「ち、ちー様……わたし、どうなっちゃうんですかぁ?」
「どうにもしないし、させやしないよ」
震えるエルを抱いて、安心させるように笑う。
涙ぐむその姿はおおいに庇護欲をかきたてる。
……少し、どきりとしてしまったのは内緒である。
アタシは、ノーマルのはず。うん、平気。
「では、ティーゼ様。何か妙案はおありですの?」
くーが改まってそう聞いてくる。
若干、心配そうな顔をしているけど、アレはたぶんポーズだ。
くーはアタシの解決策に気付いている筈である。
だから、アタシはその妙案とやらを皆に教えるために息を吸い込んで、大きな声で言った。
「エルは、実は親父の隠し子だったのさっ!」
アタシの堂々とした宣言に、先ほど以上の沈黙が降りたのは言うまでもなかった。
平民の魔力持ちは、貴族に奴隷として買われます。一点二点の小さな魔力でも、時間が経てば治るのでタンクとしては使えるのです。
ちなみにMPがゼロになると気絶して6時間ほどは目を覚ましません。無理に起こしてもほぼ何も出来ないほどの疲労感に苛まれます。




