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日記の束  作者: 紅白
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【表紙:柘榴色】

 今日が岐路にならないことを願いつつ、念のため書き残しておこうと思います。もしも私が死んで、オニキス様、あなたがご無事に戻られたなら、ご一読ください。今これを読んでいる方がオニキス様以外の方ならば、後生ですからオニキス様に読んでいただけるまで保管くださいませ。必ずですよ。だって、かの方は必ず帰っていらっしゃいます。私が守り通しますから。

 さて、オニキス様が私を拾ってくださったとき、私はちょうど二十歳であったと記憶しております。あなたは十四歳でしたね。最後に飯にありついた日がどれだけ前だったかもわからずに、薄れていく意識の中、あなたの心配そうな幼い顔が見えたのを覚えております。そして次に気づいたときには、あなたは国王陛下を相手に、随分派手に立ち回っておられました。剣も拳も使わずに、言葉だけを使って、最後の記憶にあるお顔と本当に同じ顔かと疑うほどの剣幕で。それはもう、どこのイノシシかと疑うほどの不細工面でした。その珍獣ぶりは私が保証します。今でも思い出すたびに生ぬるい笑いがこみ上げてきますし、そのたびに私は、とてつもなく嬉しくなるのです。私のために、あなたがあんなに不細工になってくださったのだということが。

 あなたは私に何もお聞きにならなかった。だから私は甘えて今まで話してこなかったのですが、私は砂熱海の人間です。病弱だった母は私と入れ替わりで亡くなり、私が十二になったときに父も徴兵され、一年も経たずに戦死しました。私に残されていたのは、父が鍛えてくれた剣の腕だけ。しかし、十三にも満たない子どもでは、傭兵として雇ってもらうこともできず、路頭に迷っていたとき、とある富豪が私を雇ってくれました。初めは、なんと優しい方かと思いましたが、それは見当はずれでした。彼は、自分の意に反するあらゆる物事に我慢のならない男だったのです。使用人の中から重傷人や死者が出る頻度も決して低くない。しかし、その事実は公にはならず、使用人も辞めていきませんでした。なぜだと思います? 彼が砂熱海の国王だったからです。砂熱海王は、何をどうしたいかをおおまかに長官に伝えた後は、自らは何も指揮はせず、ただ様々な街を巡って遊び、気に入らねば殴るというひどい男でした。そして使用人たちは、逃げ出せば追っ手に必ず始末されると知っていましたから、誰もがおびえたままそこで暮らしていました。

 それでも私は七年耐えた後、王の下から逃亡しました。確かに、そのとき王が滞在していた街はやや陵都よりに位置していましたが、別に逃げ切れる自信があったわけではありません。ただ、このまま王の下にいても死者と変わりないのだから、本当に死んでも失うものはないと気づいただけです。

 しかし、運が味方してくれました。私が逃げ出してすぐ、王のいた街に砂嵐が起きました。王の追手が足止めを食らったことで私は逃げ延びることができました。道中見つかる危険が少しでも減るよう、私は親からもらった名も捨てました。オニキス様、あなたにずっと呼んでいただいていた名は偽名なのです。本名は、ガーネット。ガーネット・アルマンディンといいます。

 私は転がるように陵都領土内に忍び込みました。知り合いも当てもなく、たまに施しを受けながら気づけば王都におりました。それからのことは、前述した通りです。

 目が覚めてみれば、寝かせられていた布団のシーツとあなたの服の襟に陵都王家の紋章がございましたから、突拍子のないことではありましたが、状況は把握できました。そこで、ですよね。得体の知れぬ者を連れ込むなと国王陛下に叱り飛ばされていたあなたは、何と言い返したか、覚えておいでですか。

「あと一歩遅かったら危なかったかもしれないって、医者が言っていました。見殺しにしておいた方がよかったとでも言うのですか!」

 ですって。私はこのとき、本当に呆れたのですよ。この王子は馬鹿かと思いました。国王陛下もそのようにおっしゃいましたね。

「ああ、そうだ。万一王家が被害を受ければ国が被害を受ける。一人を見殺しにして何百万の命が救われるのだ。目の前のものに目を奪われて大義を忘れるな、未熟者が」

「ええ、おじいさまは正しい。でも、それだけが正しいと誰が決めたのですか。おじいさまも父上も、いつも危険と敵を排除することしか考えない。攻められる前に攻めて、安全域を広めることしか考えない。なぜ包括という方法を取ってはいけないのですか! 本当にお二人が強いというのなら、敵など恐れず、丸ごと包み込んでしまえばいい。相手の欲しがるものなどくれてやって、それでもなお己と余裕を保ち続けるのが、真の強者ではないのですか。戦を進めるなど、包み込む度量はないと自ら公言しているようなもの!」

 私の心は、あなたのこの言葉で決まったのですよ。

 私が意識を取り戻したことに気づかず、国王陛下はおっしゃった。

「甘い、甘すぎるわ。父を見習え、オニキスよ。先日水嵐季王を打ち取り、和平交渉へとつなげた。広がった支配域はいずれお前の領土となり、お前の安泰につながる。うまく水嵐季の新王を利用せよ」

「和平とは名ばかりの不平等を押し付けて何になりますか。支配地域? 笑わせないでください。僕はそんな欠陥品はいりません。水嵐季王殺害には反対でした」

「やらねばやられる。やられてからでは遅い。やられたならやり返さねば見くびられる。玉座に血はつきものだ。理想と現実をわきまえよ、オニキス!」

「その血を減らそうという努力を、なぜ味方側にしか行わないのかと言っているのです!恐れから現実を見ていないのはおじいさまの方だ。水嵐季王は陵都に侵攻するお人ではなかった。僕らの攻めから自領民を守っていただけの方です。きっとあなたは、僕らが攻めなくなれば攻めてくるとでも思ったのでしょう? 直接会って話してもいないくせに、勝手に決めつけないでください。水嵐季王はあんなにも会談を望んでいたのに」

「その場で仕掛けられたら如何とする」

「私がお守りいたします」

 私は口をはさみました。もう黙って聞いていられなかったものですから。

「私を助けてくださった王子を、私が命を懸けてお守りします」

 すると、あなたが驚きの表情を浮かべる横で陛下は剣を抜いて私の喉元にかざし、あなたが悲しみの表情を浮かべる横で陛下はおっしゃいました。

「おぬし、何者だ。怪しければこの場で斬る」

「私は王子に命を救われた男。ただそれだけの存在です。私はこのご恩を一生かけてお返しします。私が王子に仇成すと判断なされた場合は、どうぞその瞬間に処分なさってください。しかしそれまでは、私は王子のそばにおります」

「オニキスを守ると言ったか。剣の心得があるのか。あるならばどこで身につけた」

「父より習い、その後は独自に」

「一度手合え。オニキスが相手だ」

 陛下がそうおっしゃると、あなたは病み上がりの男に無茶だと言ってくださった。しかし私はやると言って。それが初めての手合わせでしたね。あなたは本当に強かった。驚きました。まあ、私が勝ちましたけれども。

 そして陛下は私の腕を認めてくださり、あなた付きの護衛としてくださった。ついでに、ほいほい城下をうろつくあなたのお目付役にも。おそらく、あなたの言がなければ私は斬って捨てられていたでしょうし、それ以前に衰弱死していただろうと思います。何からどう感謝をして良いのかわかりません。

 あなたを甘いと言う者は確かにいますし、実際どう考えても甘いです。すでに救いようのないレベルですから、きっと死んでも治りませんね。けれど、あなたは甘さを自覚していて、人知れず悩んでいらっしゃる。その弱さから生まれるあなたの目は、本当にあたたかいのですよ、ご存知でしたか。そのあたたかさを必要としている人間が大勢いるからなどと、都合のいい口実を作ろうとは思いません。私自身がそのあたたかさを好いたからこそ、その灯を守りたいと思うのです。これは完全なエゴです。もしかすると、私は砂熱海王と同類なのかもしれません。それでもかまわないとまで思います。私はあなたを失わないためなら、あなたが一番大切になさっているコハル様さえ見殺しにするでしょう。本当に、あなたにはふさわしくない愚かな男です。

 でも、愚かな男なら、愚かな願いを言っても構わないのでしょう。ねえ、オニキス様、どうかまだ死なないでください。だって……そう、あなたはヨボヨボのおじいちゃんになるまで生きて、その後ぽっくり死んで、なんてあっけないって笑われるのがお似合いの人なのです。だから、お願いします。愚かな私の命を吸い取ったって構いやしないから、こんなところで死んではだめ。死んだら、許しませんよ。

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