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日記の束  作者: 紅白
8/26

【表紙:黒色二】

 今は八月中旬。最後に日記を書いてからゆうに一ヶ月半ほどは経ってしまったし、そもそも同じノートですらない。あった出来事を書きだして整理したいと言ったら、前の日記帳と同じ黒色の表紙のノートが出てきただけだ。まあ、整理とは言うものの、どこからどう書いたものやらわかったものではない。とりあえず順を追っていくか。

 まず、俺がペティと出会った次の日、俺は午前中から城外にいた。真っ先に向かったのは鈴雀の天幕。

「座長!」

 了解を取らずに幕を跳ね上げて中に入り、ペティはどこかと尋ねようとした瞬間、俺は座長にぶっ飛ばされて踏みつぶされてしまった。

「女の巣に不躾に入り込んでんじゃないよ! 何様のつもりだい!」

「王子様のつもりなんですが……」

 俺はされるがままの状態で事実を述べつつ、あたりを見渡して悟った。ペティがいなかった。

「ねえ座長、ペティは?」

「おや、王子様がペティをお探しかい。王族とペティの間に何かあったのかい?」

 座長のその言葉を聞いて、俺はしばらく立て続けに質問を重ねた。

「それ、どういうこと、座長」

「今朝、国王陛下直属の軍兵がここにきて、ペティはいるかと尋ねてきたんだよ。ペティはもういなかったからその事実を伝えると、今度は居場所を訊かれた。まあ、座団員ならともかく脱退した者の行くあてなど知ったこっちゃないから、そう答えたけれどね」

「ペティが脱退? いつ?」

「昨日、ニークス様んとこから帰ってきた後さ。拾って一座においてくれた恩があるからこそ、もうここにはいられない、迷惑はかけられないからって言って出て行ったよ」

「止めなかったの?」

「ニークス様もご存じだろう、あの子の目。決意の宿った儚い目だ。あたしにゃ止められないよ」

「なるほど。俺が黒瑪瑙だと、ペティに伝えた?」

「ああ、言った。聞かせたときには、たいそう驚いていたけどね」

「だろうね」

 と言っている間、ずっと座長は俺を足置きにしていたわけで。

「で、座長、足はまだどけてくれないの?」

「おや、忘れてたよ」

 それはそれは嘘くさい声音だった。

 ようやく女座長から解放された俺は、そのまま出口に向かおうとしたわけだが、そこで座長に呼び止められた。

「オニキス様」

 振り返ると、座長が叩頭していた。彼女らしからぬ行為に俺が絶句していると、他の一座の団員たちも次々と頭を下げていった。座長は言った。

「誓って申し上げます。彼女は王家に仇成す人間ではございません。どうか彼女をお救いくださいまし。もしも我らにお力になれることがございますれば、進んでいたしますゆえ、どうか――」

 そうして天幕から出た俺は、賢く天幕外にいたガルノに事の次第を説明した。ガルノは、どうなさるおつもりですかと訊いてきた。俺は肩をすくめた。

「俺ね、女に弱いの」

 すると、気持ちのいいまでの歯切れの良さで、あいつらしい即答が返ってきた。

「お供いたします」

「やめとけって。じいちゃんに逆らうことになるよ」

「私がお仕えしているのは国王陛下でもなければ王家でもございませんので」

「物好きもたいがいにしてほしいんだけどね、本当は」

 俺はガルノを振り返りつつ苦笑し、一応それなりの本心を述べた。

「でも、今回は助かるよ。ありがとう」

「あなたが素直になられるとは、地揺れは相当大きいのでしょうね」

「またそういうことばっかり言う! 俺泣いちゃうよ!」

「どうぞご自由に。ハンカチの準備はできております」

 結局その日も口では勝てず、俺たちはそのままペティを探した。だが、午前中のうちでは見つからず、前日と同じステーキ屋で腹ごしらえ。まあ、予想通りだった。彼女の行動範囲を絞れるようになるのは、地揺れが起こってからだったから。それまではむしろ、じいちゃんの手から逃れるためにどこにいるかわからない。俺たちは偶然の遭遇を願って午後からまた探し始めた。だが、案の定見つからず、空はもう朱色に。そしてついにそのときは来た。大地が突き上げられて揺れた。もし建物内にいたなら、すぐに棚が倒れるのではないかと思うほどの揺れ。周囲の民家からも次々と人々が出てくる中、俺たちはしゃがんでその揺れに耐えた。俺は確認がてら、ガルノに問いかけた。

「ガルノ、『味方である彼女』は王族がどの城門から出てくると期待しているだろうね?」

「北、でしょうね」

「で、彼女か彼女の仲間がその付近で待機している」

「おそらくは」

「よし、見解一致だ。北門付近に移ろう」

 そして、揺れがおさまってから俺たちは城の北側に移動した。

 王城には各方角に城門が設けられているが、城から城門までの距離が一番近いのが北門だった。彼女は「できる限り早く城外へ」と言った。これは、北門から出ろと伝えようとしたのではないか、というわけだ。

 しかし、だからこそ彼女が内通者であった場合は、敵が城北に伏せている可能性が高かった。城北に近づくにつれ、ガルノの目が鋭くなっていった。しかも、そこには奇襲をかけるにはもってこいの状況があった。店と家屋の倒壊で、あちこちで火の手が上がり、土埃と煙で視界が悪く、瓦礫のせいで足元が悪い。発見され、尾行され、囲まれれば終わりだった。

 俺たちが城北に着いた頃には、空は赤紫。城はまだ倒れてはいなかった。とりあえず北門そばまで行ってみようということになったが、俺たちはたどり着けなかった。民衆が開城を求めて押し寄せていたのだ。たとえ昼間は暑いといえども季節は六月。夜は冷えた。その状況で家もなく、水も食べ物もない。一方で、目の前には屋根と蓄えのある城がある。しかし、門は頑なに民衆を拒んでいた。おそらく、じいちゃんがペティの一件で警戒していたのだろう。民の声が俺の鼓膜を打ち付けた。助けてください、子どもがいて、お父さんが死んじゃって、どうか人を貸して、火を消して、おばあちゃんを助けて。

 まずいと思った。門を開かせて鎮めようと、俺が群衆をかき分けようとした刹那だった。

「王は一人安全なところにいるおつもりか! 我々民衆を見捨てる気か! 我らはあなたたちのために大切な息子を戦地に送っているのに!」

 恐れていたことが起きた。声を上げた男に続いて、触発された民たちが次々と声とこぶしを上げ、門番に瓦礫を投げつけ、門をこじ開けようとし、ついに門が開いた。分厚い木の門が打ち壊されていく音。その音が別のところからも聞こえた。すべての門で同じことが起こっているのだと悟った瞬間、俺の体は門へと向かった。だが、それをガルノが引き留めた。俺は彼を振り返り、愚かにも叫んだ。

「放せ! コハルが庭にいる! 庭は南門に接しているんだぞ!」

 妹がからんでいたせいで、俺は意識した以上の大声を出してしまっていた。ガルノが体に緊張を走らせたのがわかった。俺の腕を引きもした。だが、俺はそれを振りほどいた。それどころではないと思っていた。ガルノに見えていた敵が、民をあおったあの男が、俺には見えていなかった。俺に見えていたのは、庭のどこかにいるはずの妹だけだった。

「お前、コハルを見捨てる気か」

「――失礼いたします」

 ガルノは俺の足を引っかけ、均衡を崩した俺の腕を引き、路地へ入っていった。一度勢いづけられ、路地をジグザグに走らされたことで、俺は逆らうまでにある程度の時間を要した。

「ガルノ!」

 俺はようやくガルノを止めさせた。馬鹿なことをしたものだ。

 ガルノは俺の大声に顔を青ざめさせ、俺を倒壊寸前の家屋の壁際に押し隠しながら言った。

「声を静めてください、逃げきれなくなる」

「妹を見捨てて逃げて何になる!」

 すると、ガルノが声を静めたまま覇気を強めた。

「城の中には兵もおります。コハル様の安全はそちらにお任せください。今の城に戻るのは危険すぎます。あなたはこのまま城外を逃げるのです」

「俺を逃がすなら、お前がコハルのところへ行け!」

「できません。あなたはもう敵に見つかっております。仕損じぬため、それなりの人数で追っ手をかけてきているでしょう。私がおそばを離れれば、誰があなたをお守りするのです」

「俺はそんじょそこらの奴には倒されない。兵の中でも俺に勝てる奴は限られている。それはお前も知っているだろう! だからお前は――」

「いいえ! 私は、たとえあなたが大切になさっているものを見殺しにしたとしても、あなただけは決して殺させないと心に誓っております!」

 そのとき、轟音が響いた。俺たちはそちらを――城のほうを見た。俺たちの目には、城がゆっくりと高さを失っていく様子が映った。尖塔は折れていなかった。まるでだるま落としのように、根元だけがなくなっていくような崩れ方だった。俺の頭には、コハルのことしか浮かばなかった。

 俺がふらりと路地へ出るのと、ガルノがそれを慌てて止めようとするのと、民草の服を着こみながら剣を持つ男がこちらを見るのと、同時だった。ぼうっと奴を見ることしかできなかった俺の腕を、ガルノは力強く掴み、男と反対側に逃げてくれた。男は笛をくわえてそれを鳴らした。ガルノは俺を連れて逃げたが、あちこちから民に扮した武装人が現れた。ガルノは大通りで止まり、俺に背を預けて剣を抜き、静かに言った。

「申し訳ありません。ご共闘願えますか」

「だめだ、ガルノ、逃げよう。おそらく全員が精鋭だ。この人数じゃ、俺とお前でも」

「落ち着いてお考え下さい、オニキス様。いつものあなたなら分かるはずだ。この人数だからここでけりをつけるのですよ。相手はこの界隈を熟知しているようですし、数に物を言わせた彼らに袋小路に誘い込まれれば終わりです。ご安心ください、御身は必ず私がお守りします」

 本当に、もっと頭に上った血を正しくめぐらせるべきだった。俺たちを襲ったこの男たちが初めに王城内へ入ろうとしていたことからして、本隊が城内であることはほぼ確実。オニキスが――というよりは、王女の名を呼び捨てにした人物が外にいたから、急きょ人を回しただけだったのだ。となると、あの場にいた二十人弱で城外の敵は全部。そこで全員を振り切れば、逃げ切れる。そう、どちらか片方が死んだとしても、敵も全滅なら、残った一人は安全なのだ。ガルノはそこに気づいていた。ガルノは初めから死ぬ気だったのだ。俺がそのことに気づいていれば、できる限り殺したくないなどと甘いことも考えなかったし、気絶させるだけで終わらせたりしもなかった。ガルノは俺がとどめを刺さなかった男に胴を貫かれた。ガルノは血泡を吹きながら男にとどめを刺した。それが敵兵の最後の一人だった。

 俺はガルノを抱き起こした。何を思っていいのかもどんな顔をすればいいかもわからなかった俺に、ガルノは笑いかけてくれた。

「後悔しないでください、オニキス様。血を伴わぬ玉座など存在し得ないと知りつつも、その血をできる限り減らそうとする、そんなあなただからこそ、私はお仕えしたのです。あなたがこの状況下で敵を殺さなかったことを、私は誇りに思います。あなたを甘いと言う人もいますが、私はあなたに、あなたなりのやり方を誇っていてほしい」

 こうして、俺を恩人とした男は俺の恩人になって死んでいった。俺はその場から動けなかった。そんな俺の腕をつかむ民が一人いた。周辺にいた他の民たちはとうに悲鳴を上げてその場から去っていた中、その少年はガルノがつかんできたところと全く同じ場所をつかみ、俺を引っ張って立ち上がらせ、思いのほか強い力で俺を細い路地へと引っ張り込んだ。俺が何かを言う前に、彼は言った。

「抵抗するなよ、馬鹿王子。護衛をあのまま置いといたら敵にどんな扱い受けるかわからないとか言うのもなしだ。助けられた命、無駄にするな」

「……お前は俺を助けるつもりか」

「じゃなきゃ、城から離れる理由は何だ。本当に馬鹿なのか。違うなら黙ってついて来い」

 俺は腕を引かれるままに走った。瓦礫を横目に、泣き惑う民のそばをかすめ、夜の街を走った。そして辿り着いたのは校外近くの牛舎の隣の、干し草備蓄小屋だった。支柱は折れ、屋根は落ちていたが、干し草と干し草の間に隙間があり、俺はそこに問答無用で押し込められた。続いて少年は自分の体もそこに入れ、監視用の隙間を残して入り口を干し草でふさいだ。彼は言った。

「その様子じゃ、他の王族は全員城の中か」

 苦い質問だった。心底答えたくなかったが、うなずくしかなかった。

「ああ」

 俺の答えに少年は顔をしかめて舌を打ったが、気を取り直すように言った。

「だけど、皇太子のところに早馬くらいは出しただろ」

 これもまた、答えるのが億劫で。

「……いいや」

「なっ、あんた本当に馬鹿なのか! 地揺れは確実だってわかるように伝えたはずだろ!」

「俺がわからなかったと思うか! 俺は気づいたさ。だが、じいちゃんは聞く耳を持たなかった。説得する機会さえくれなかったんだ。俺のもどかしさがお前にわかってたまるか!」

「……人は全員違う世界を見ているんだ。相手の見え方に合わせずに話をすりゃ、共有できるはずのものも伝わらない」

 少年は俺の目を覗き込んできた。彼の目は、俺より年下とは思えないほど強く、儚かった。見覚えのある目をした少年は言った。

「水嵐季人は全員違う形で精霊を見ている。だから、世界は人によって違って見えるんだよ。でも、それは万民に当てはまる前提事項のはずなんだ。異国人だからとか同国人だからとか関係なく、一人ひとり見ている世界が違うのは当前。あんたはそれを意識して話したのか。自分と全く違う世界が見えている人間に、自分の世界の話を自分の立場から話してみろ、わかってもらえるはずがない。そりゃ、もどかしいに決まってる。あんたも、相手もな」

「ちょっと待て、お前、ペティ?」

「今まで誰だと思っていたんだよ、あんたは!」

 ペティらしき人物の言葉に、俺は思わず我が目を疑い、それからじとりと目の前の人物の胸元を凝視した。

「今男装しているのか、今まで女装していたのか、はっきりさせておいてほしいんだけど」

「今まで女装してたんだよ! ったく、何が女好きだよ。男と女の区別もつかないのか」

「いや、これは断じて俺の過失じゃないぞ、ペティ」

「ペトラだ。いつまでも女の呼び名で呼ぶな」

 言ってペトラが干し草の隙間から取り出したのは、あのすばらしい長い黒髪のかつらと、ペティの衣装だった。それらにくっついた干し草を丁寧に払い始めたペトラを見て、俺は尋ねた。

「もう不要物だろう。何に使うんだ」

「今だけ馬鹿なのか、今までも馬鹿だったのか、はっきりさせろ」

「どうやって」

 俺は苦笑した。そのとき頭が回っていなかった自覚はあったが、それまでどうだったかと問われて、自信をもって答えられる内容もなかった。するとペトラは、前日からその日その瞬間までに、何を考えどう行動したか事細かに話せと言った。俺は正直に話した。

 聞き終わったペトラは腕を組んで息をついた。

「結局、感情なんだろうな。僕も、あんたも、あんたの護衛も。感情まかせになることにいつまでも酔っていたんじゃ、わかるものもわからない。そのままじゃすぐに同じ轍を踏むぞ。冷静になって考えてみろ」

 図星だった。どう足掻いてもペトラが正しく、それ故にどうにも癪だった。そんなことに腹を立てたくなる子どもの自分が顔を出しかけ、俺は頭を振った。ガルノにもらった命を守るためには、そんな子どもに負けてやるわけにはいかなかった。俺は一度深呼吸すると頭を回し始めた。すぐにわかった。簡単なことだった。今からやることといえば、逃げること。そして、追いかけてくる相手に面と性別が割れているのは俺だけ。ということは。

「それを俺にかぶせる気か」

「ご名答」

 意地悪くにやりと笑ったペトラは、干し草を除き終わったかつらを俺の頭に乗せて言った。

「王子様美形だから大丈夫だって」

 俺はそれをはぎ取り、にこにこと笑ってペトラを見た。

「いい趣味してるねえ、ペティちゃん。お兄ちゃん怒るよ」

「何もせずにどうやって逃げ切る気だ。さっさとそれかぶって、少し小さいだろうがそれ着て、この街を出るぞ」

「ちょっと待て。今、街を出る気か」

 俺がすぐにも旅支度を始めそうなペトラを止めると、彼は淡々と答えた。

「敵が王城につきっきりで、城下が混乱しているうちに、できる限り遠くに行っておいた方がいい」

「なるほど。一理ある。だが、最善とは言えないな。お前、敵と作戦についてどこまで知っている」

 俺の問いに、ペトラは俺の額を一瞥した。その後、少々面倒くさそうな顔をしながらも答えてくれた。

「敵は砂熱海の兵だよ。半年ほど前に、あんたんとこの城、用水路を整備し直しただろ?城の基礎にもお目にかかれる工事なわけだが、工事の受注業者が雇った下層市民の中にすでに傭兵が紛れ込んでいたんだ。で、地震が起きたら崩れるよう、ちょっとした細工を施した。それで城が全壊してくれればそれでよし、一部だったとしても、無事だった王族はおそらく庭に出る。で、それまでに王城は避難民を受け入れているはずだから、そこに避難民を装った兵が襲い掛かるってわけだ。王族が他の門から逃げ出さないよう、一応は全門に兵は配置したみたいだけどな。その総数はおおよそ六十」

「ってことは、今敵は四十ちょいか」

「問題は、国境の戦地の陵都皇太子側がおそらく壊滅状態ということだ。となれば、戦地にいる砂熱海軍の母体が一目散でこっちにやってくる。数は百や二百じゃきかない。少なくともそれが着く前には距離を稼いでおく必要がある」

「徒歩で、か。無理があるな。今すぐにというのにも賛成しかねる」

 おそらく、俺の頭が回りだしたのは、ようやっとこの辺りからだっただろう。それを知ってか知らずか、ペトラは俺の言の続きを待ってくれた。俺はペトラの静寂に応えて話した。

「そもそも、敵は本当に王城につきっきりかね。王子を追わせた二十の兵の帰りがこんなに遅いとなると、仕損じたと考えるのが筋。片や、陵都王城にはでかい馬屋が三つある。おそらく無事の馬もいるだろう。となると、敵兵はおそらく陵都の騎馬を使って俺を探す。お前が言った通り、ふつうはすぐに俺は逃げるはずだから、時間が経てば経つほど捜索範囲が広がる。できる限り早く見つけ出そうとするはずだ。おそらくもうすぐ、あるいはすでに、十人かそこら騎兵が俺を探している」

「……どうするべきだと?」

「しばらくこの街に留まる」

「はあ? いつまで? どうやって?」

「お前がどこまで俺について来るのかによる」

 すると、ペトラは俺の出した条件を訝しみつつ答えた。

「なんだよ、それ。……僕は最終的にあんたを水嵐季まで逃がすつもりだ。それが終わるまで、だけど」

「じゃあ、それまでペトラは俺と危険を共にするわけだ。だったら行先は決まっている。鈴雀だ」

「冗談はよせ!」

 ここで、ペトラが爆ぜる栗になった。

「座長をはじめ全員が、僕を男と知りつつ一座に置いておいてくれたんだ。これがばれて問いただされる危険を冒してまでだ。これ以上迷惑がかけられるか!」

「あの乙女たちは迷惑だとは思っちゃいないよ。あの座長が、ペトラを救ってくれと俺に膝を折ったんだ。そのためにできることはなんでもするとも言った。俺と一緒にいるせいでペトラの身が危ういとなりゃ、彼女たちのとる行動は決まっている」

 ペトラが絶句した。俺は半ば本気で息をついた。

「いいねえ、大事にされてて。俺の方は身の安全について一つも祈ってもらえなかったうえに、足で踏んずけられたんだぞ」

「……大方、天幕内に勝手に入り込みでもしたんだろ」

「なぜわかった」

「わからないでいられるか」

 そう言ってすぐ、ペトラが何かに気づいて口元に人差し指を当てた。しばらくすると、馬の足音が聞こえた。それは干し草の真横を通り過ぎると、どんどん街から遠ざかっていった。ペトラは片膝を立て、頬杖をついた。

「あんたが正しかったな。いつ鈴雀のところへ行くつもりだ」

「明日の昼近くだろうな。おそらく、そのくらいになれば王城が落ちたと知らない近隣集落の民たちが王都に入ってくる。それに紛れて広場に行こう。異論は?」

「ないよ」

 そうして、その晩は干し草に埋もれて寝ることが決まった。

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