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日記の束  作者: 紅白
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【表紙:銅藍色】

 これからどうやって……、どうやって、生きていこう。

 思えば、君が琴をつま弾く横で呼び売りをしていたのが始まりだった。今思い出すと懐かしい。鈴雀にいた君は、誰よりも麗しく琴を奏でていた。あまりの洗練さに声をかける勇気すらなかった私だったが、驚いたことに、君から声をかけてきてくれたのだ。あのときの君のかわいらしい笑顔は、ついぞ忘れたことがない。それから私たちは意気投合して、君は鈴雀を離れてまで私と一緒になることを望んだ。

 しかし、君は死んでしまった。自ら命を絶ってしまった。なぜ私は君の苦痛に気付けなかったのか。君が遺した日記を読むまで知らなかった。陵都出身であるというだけで嫌がらせを受けていたなどと。あるいは、戦況が悪化しなければこんなこともなかったのだろうか。

 私の腕の中には、君が誰より愛した息子がいる。君によく似た七つの子。彼だけは私がなんとしても守り、幸せにしよう。私がどうなろうと、あの子だけは。


 * * 別ページ * *


 あの子は日に日に君に似ていく。だけど、その顔に君と同じような笑顔はない。いつもどこか寂しそうな顔でいる。笑わせられさえしないこんな私では、君は頼りなく思うだろうか。私は頑張るよ。頑張るから、どうか私は不要だと言わないでくれ。


 * * 別ページ * *


 彼が私に吸わせたものが何だったのか、それを問うことを私はあえてしなかった。私は君に会えてとても嬉しかったのだ。なあ、たまには寂しいと思っても……会いたいと思ってもいいだろう? いいや、いいと言ってくれ! 頼む、私は自分で自分を弱い人間だとさげすんでいるから、君だけは私を受け入れてくれ!

 彼は売り手を求めていた。私は売り手を引き受けた。それは吸い付かれるように売れていった。今では君と瓜二つのあの子の糧が、そうして増えた。なあ、これであの子は安心して育つことができる。だから、どうか私を嫌いにならないでいてくれ。


 * * 別ページ * *


 あの子は、あろうことか君の顔で私を責めるように見てきた。なぜだ。女中を殴ったからか。あの行為は私が生きていくことの代償のはずではないか。それが否定されるとなれば、私は何のために何をしているのだ! ……いいや、わかっている、こんなことではだめなのだ。私はこんな生活からも商売からも、手を引かなければ。だが、一体誰が、何が、この大きな虚を代わりに埋めてくれるのだ。

 君に会えば、もっと強い薬があれば、きっと私は落ち着ける。そうすれば、あの子とも自分ともきっとちゃんと向き合える。これで最後だと、長いこと強めの煙に浸ると、ようやく少し落ち着くことができて、私は家に帰った。すると、君ではない君と同じ顔がしつこく語りかけてきた。せっかく気持ちを入れ替えようとしたのに! なぜあの子はああも腹の立つことばかり!

 いいや、だめだ、こんなことであの子を殴ってはいけない。私という人間はなぜこうも情けないのか。


 * * 別ページ * *


 あの時は自室に戻ったことで、確かに落ちついたのだ。だが、あの子は君の顔を見せつけるように繰り返し訪ねてきた。そんなに私を苦しめたいのか! 私自身が一番私を嫌っているのだから、お前だけは私に優しくしたらどうだ!

 ……そうして頭に上った血が引いた後に、私は気づく。私と君が愛した宝石を、私が自身の手で傷つけたことに。そのことに絶望して、私は結局また薬に手を出す。そうしなければ、私はもう生きていくことすらままならない。死んでしまえばいいとも思うが、私はまだ死んではいけないのだ。今死んでしまったら、あの子が路頭に迷うから。それだけは、だめだ。

 なあ、私は彼を閉じ込めることにしたよ。私から彼を守るには、それが一番だと思ったのだ。私は自分で自分を抑えられなくなったとき、最後の理性で彼をクローゼットに放り込む。そして、私が寝付いて安全になるまで、彼をその防護壁の中から出さないようにするのだ。

 私は彼が琴を奏でることを禁じた。だって、あの子の音色ときたら、君のそれにそっくりなんだ。これ以上あの子が君と同じになるのは、辛すぎる。


 * * 別ページ * *


 あの子が壊れて帰ってくる。君と同じつややかな黒髪も、君と同じ輝きを持つ目も、笑うとかわいらしく光る歯も、君の血が半分流れている臓器も、全部全部失って。すべて私が悪いのだ。私は騙されてしまった。口車に乗せられた挙句に息子の臓器を売った。せめて私自身のものにすればよかったものを、私という人間は、なんて――。

 しかし、なぜあの子はそんな男どもについて行ったのだ! なぜ治安管理部に知らせなかった! 知らせなかったなら知らせなかったなりに、男どもを逆に口車に乗せてやればよかったのだ! 君は言葉を操るのがあんなにも巧みだったのに、あの子はなぜ――なぜ!

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