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日記の束  作者: 紅白
22/26

【表紙:黒色二】

 俺の敵はセレスさんの冷たさだけじゃなかった。ペトラの親父さんもだ。

「私が先日保護した戦争孤児、とだけ申しておきましょうか。それ以外は、すべて彼がお話しいたします」

 いやいや、全部俺が話すとか聞いてなかったからね。

 それでもまあ、なんとか口八丁で戸口まで誘導したら、妹とガルノとペトラが鍵となってくれた。あの和睦は、俺が成したものじゃないだろう。

 俺たちは四人で夕食を取った。で、だ。セレスさんはあののほほんとした顔で結構スリリングなことを言った。

「私があなたを砂熱海まで連れて行こう。そうすれば、王子はいるかと聞かれたところで事実おらぬし、見つけ次第身柄を引き渡すという通告も守れ、さらに私も直接砂熱海王にお会いできる。あの外交官、私は苦手でね。精霊たちも一切寄り付かないし」

 もちろんペトラは大反対したわけだが、結局この案に落ち着いた。そして、このノートをもらい受けて今に至る。明日一日で出立の準備を整え、恐らく明後日には王宮を発つ。


 * * 別ページ * *


 王様歩いて玉に当たった。兵や官僚に気づかれない程度にひっそりと王都に向かい、一服しようと入ったカフェで、以前出会った気の良い主人と体の不自由な琴弾に再会した。主人はディオ、琴弾はルリ。菓子を食べながら二人からさりげなく聞き出したのは、砂熱海王の評判。これがまた多くの砂熱海国民が言う印象と違い、和解できそうな手ごたえが得られた。しかも、マキがこの二人のことをかなり気に入った。俺たちはこの二人の話を信じた。

 そして、ペトラが二人を通じて王と会うために話をし始めると、驚きの速さと簡易さで話がまとまったわけだ。偽名使用の前科のある俺としては、このディオさんが国王本人じゃなかろうかという気がしてたまらなかったわけだが、俺のその予想は正しかった。

 今日の早朝に王宮に行くと、ディオさんが出迎えてくれた。

「水嵐季王と陵都王子は」

 ディオさんの問いかけに答えたのはセレスさんだった。

「私が水嵐季王セレスタイトだ。そしてこちらが陵都王子オニキス殿」

 俺がぺこりと頭を下げると、ディオさんもルリも、少し驚きつつも、どちらかというとやはりと言っているような顔だった。俺たちは案内されるままに廊下を進んだ。やがて豪華な装飾の施された扉に辿り着き、控えていた兵がそれを開けた。中には砂熱海のお偉いさんがびっしり。どう見ても議会そのものの中心通路を、ディオさんは玉座に向かってまっすぐ進んだ。ルリが玉座の手前で俺たちを止め、柔らかく笑って両手を静かに伏せた。俺たちはその場にあった椅子に座った。ディオさんはそのまま進み続け、玉座に座った。

 ダイオプテース王は言った。

「まずは歓迎する、水嵐季王ならびに陵都王子」

 議会内がざわついた。宰相らしき男が悲鳴にも近い叫び声をあげた。

「どういうおつもりですか、陛下!」

「昨日通達した通り、私の知人を招いたのだが」

「い、いつお知り合いになったというのです! 敵国の王子ですよ!」

「初めて会ったのは一月半ほど前だったかな」

 ディオさんはしれっと答え、その後すぐに表情を引き締めると、議場全体に言った。

「そして陵都はもはや敵国ではない。水陵砂はそろって停戦協定を結ぶ。砂熱海は地揺れ被害の甚大な陵都を続けて支援、陵都王城および王都は王子に引き渡し、王子に戴冠を推薦する。加えて、水嵐季に対するあらゆる特権を放棄、あくまで平等に商いと交流を行い、山水に手を加える場合は必ず水嵐季に指示を仰げ。今は好機ゆえ、急ぎ事を進める。異論があれば、ここに名のある全員を説得してから私の元まで来い」

 ディオさんが巻紙を取り出した。おそらく、それなりに上の方の人たちの同意署名が連なっていたのだろう。唖然としている宰相に対し、ディオさんは言った。

「乱暴な方法をとってしまってすまない。一段落したら、お前にも納得してもらえるようゆっくりと話をしたい」

 ディオさんは玉座から立ち上がり、自ら宰相の元まで歩き下って彼に署名を手渡した。中の署名を一瞥した宰相はうなだれた。ディオさんはその場で議場を見渡した。

「陵都支援の現状把握と陵都王子の送還のため、私は陵都に向かおうと思う。異論のある者はいるか」

 もはやディオさんに反対する者はいなかった。ディオさんは俺を振り返って、優しげな表情を浮かべてくれた。

「オニキス王子、同行を許してもらえるだろうか」

 俺は椅子から立ち上がり、片膝をついて礼を取った。

「許可を求めるのはこちらの方です、ダイオプテース王。ご同行、よろしくお願いいたします」

 それから、セレスさんも一度陵都を見てみたいから私も行こうと言ってくれた。こうして、思い返してみればあっさりと、三国は結ばれた。今までどうしてできなかったのかと不思議に思うほど、簡単に。

 俺たちと一緒に議場を退出したディオさんは、しばらく歩いた後あっさりこう言った。「今日の午後には王宮を出られると思う。実は、王宮に帰ってきたのは昨日で二ヶ月ぶりでな。旅荷物はそのまままとめて置きっぱなしだから、補充だけすれば良いのだ。兵を連れていく気もない。信頼のおける護衛を少数だけ連れて、さっさと王宮を出たほうが御身にとっても安全だぞ。宰相の手下が何をしてくるかわからんからな」

 というわけで、俺たちはすでにそんな物騒な王宮の外。俺はニークス、セレスタイト王はレスティーノ、ダイオプテース王はディオと名乗って、一般の宿に団体客として泊まっている。ペトラが、やっぱり王族ってのは身分隠すのが趣味なんだとわめきたてているのを見ると、どうやらセレスさんもこれが初犯ではないらしい。


 * * 別ページ * *


 俺はコハルと過ごした故郷に戻ってきた。砂熱海兵は王命通りに支援の手を差し伸べてくれていたが、陵都民の方がそれを拒んでいた。俺は支援を受けるようにと、王都への道中言って回った。

 そして、俺たちはそれぞれの国の国旗を掲げながら、ついに王都の中央広場へとたどり着いた。そこではまだ、鈴雀一座が支援をおこなってくれていた。女座長は俺たちに気付くなり駆け寄ってきた。

「ペティ! ニーナ!」

「げっ。ちょ、ちょっと、座長、歓迎してくれるのは嬉しいんだけどその呼び名は勘弁」

 俺はうめくしかなかったわけだが、座長はそんな俺の願いを華麗に蹴飛ばしてみせた。

「よく無事だったね!」

 そして座長は、女性とは思えぬ怪力で俺とペトラを馬から引きずりおろし、その腕に抱いてくれた。周囲の民たちは、一応王子が帰って来たという噂は聞いていたであろうに、それらしき人物がニークスである上に女名で呼ばれているのを耳にして、混乱の渦に叩き込まれていた。一気に身分を明かしにくくなったところで、座長がルリに目を留めた。ルリが目元を和らげて会釈した。座長は顔をほころばせると、再び成人男子を馬から引きずりおろし、その腕に抱いた。

「元気だったかい? 琴をあげることしかできなくて、本当にすまなかったね」

 ルリは首を横に振って何かを書いた。俺がのぞきこんだところによるとこんな感じ。

『琴をいただけたからこそ、僕は今幸せに暮らせています。本当にありがとうございました』

 それに対し、座長は柔らかく笑い、ルリをそっと抱いてその背を撫でた。

 いよいよ身分を明かすどころではなくなったところで、元凶の女座長が言った。

「で? 島内三国の国旗を引っ提げて、こりゃ一体何の団体さんだい」

 俺は息をついて答えるしかなかった。

「出鼻をくじかれた各国の王様の団体さんです」

 その後、俺は照れくささ全開で王子オニキスですと名乗り、そのまま市民の歓声を受けながら凱旋パレードみたいな感じで王城まで行った。ディオさんが先に伝令を送っておいてくれたおかげで、砂熱海兵に大きな混乱が起こることもなかった。王城入りに使った門は南門。妹の愛した庭は、思ったほど荒れてはいなかった。

 俺は庭で馬から降りると、そのまま三ヶ月前の草畑に向かった。コハルが最後に世話をした草畑は、一面の秋桜畑に変わっていた。それを見たセレスさんがこう言った。

「妹御はもしかして、質素なワンピースを着て、栗色の髪を?」

 俺の膝から見事に力が抜けた。涙腺ももろかった。そんな俺に、セレスさんがそばに来て言ってくれた。

「秋桜畑だけではないよ。この庭の精霊はみな、姫の姿であなたのそばにいる。みな笑っているよ」

 ディオさんが、俺の家族の最後を知っている陵都兵を探してくれた。彼はまず、王家の者を守れなかったことを泣いて詫びてきた。俺としては、状況が状況だっただろうから初めから責める気などなかったわけで、彼の涙の勢いに逆に困った。とりあえず、それ以上そのことを気にしていたら罰するぞと笑って見せると、ようやく彼は謝罪をやめた。そして、あの日のことをためらいながらも話してくれた。

 妹は当日、やはり庭にいた。開城を願う民の声を聞いて、妹は門番に掛け合っていたらしい。それでも門番はかたくなに拒み、やがて砂熱海の潜伏兵が北門と同じ要領で庭に侵入。民にまぎれてしまったコハルに潜伏兵が気付かないまま王城は崩れ、二、三階にいたじいちゃんとお袋が庭に出ると、兵は暗闇と人影を利用して陵都の護衛兵と二人を殺した。砂熱海兵は妹を探そうと、庭にいる女全員を殺すと言い、妹は自ら姿を現した。じいちゃんが悔しげな顔で死に、お袋が悲しそうな顔で死んだそばで、妹は一人、穏やかな笑顔で死んだ。最後まで背筋を伸ばし、満足げに夜空を見ていたらしい。それはもう、冷血たることを骨の髄までしみ込ませた兵が、一瞬殺めるのをためらうほどに。ディオさんのおかげで胴と同じく棺にあった妹の顔には、本当にいつも通りの笑顔が浮かんでいた。

 俺は、砂熱海の文書館の管理人から二冊の日記を手渡された。一冊は秋桜色のコハルの日記、そしてもう一冊は柘榴色のガルノの日記だった。陵都王城から発見された書物の整理のために狩りだされた、ルリとも知り合いらしい彼は、両日記とも最後のページを示した。俺はまずガルノの日記に目を通し、胸のつっかえをこらえながら、日記をそのままディオさんに渡した。ディオさんも日記を読み、俺と一緒に泣いた。コハルの棺から少し離れたところに陵都兵たちの遺体安置所があり、ガルノの体もそこにあった。俺は彼の傷口をそっと撫でた。

 俺は続けてコハルの日記が読めるような気がしなくて、建てられていた仮宿舎の個室に入って落ち着いてから読んだ。その後俺がどうなったかは、まあ、予想通りというか、予想以上というか。

 一波去ったところで、ディオさんがルリを連れてやって来た。ルリが鎮魂歌を弾いてくれた。続いてセレスさんと、無理やり連れてこられた風を装うペトラが、庭の秋桜を摘んで持ってきてくれた。くすぐったくてたまらなかったが、嬉しかった。

 次の日、俺は生き残った陵都兵たちに、義眼と義歯を探してくれないかと頼んだ。砂熱海では技術が足りず、義眼は質の悪いもの、歯は取引禁止の人の歯しかないらしいから。俺の依頼をそばで聞いていた水嵐季の三人も、うなずきあった後に賛同してくれた。曰く、手を加えることと逸脱は別だから、と。ようは、時間の流れを考慮したそれ相応の修理なら問題ない、ということらしい。ということで、直せるものなら直せるところまで片っ端から直せばいいというのは、ここ陵都独自の考え方であることが判明した。

 さて、地揺れの被害の大きさから考えるに、良いものが手に入るのは数ヶ月後かと思っていたのだが、ニークスと仲の良かった人々が伝手を頼って一緒に探してくれたらしく、三日後にはルリに合うものが見つかった。ルリの顔を覆っていた布がなくなった。ルリの顔は美しかった。その顔に笑顔を浮かべ、ルリは深く頭を下げてくれた。ディオさんも一緒になって礼を言ってくれた。

 そして明日は俺の戴冠式。後見人はこれまたびっくり、水嵐季王と砂熱海王。三ヶ月前には有り得なかった図式で、俺は明日この国の王になる。俺に何ができるのか、それはいまだにわからない。だって、違う眼を持つ存在が共存関係を築くことは、血がつながっている者同士でもあんなにも難しかったから。けれど、受け入れあっていく藪道を探るのも無駄ではなかろうと、やっぱり俺は気付けば甘いことを考えている。それでも、今まで散々辛くて苦くて強い考えを言う人がいたわけだから、そろそろ俺一人くらいは甘いことを言っても面白いのかな、なんてね。

 外では良い具合に秋桜畑に風が吹いていて、秋桜が俺に向かってうなずいてくれているみたいに見える。さあ、コハル、一緒に見たあの日の風景を守っていこう。春になったら庭に柘榴の苗を植えるから、良い場所教えてくれよ。

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