【表紙:黒色一】
育ちのよろしいお目付役を振り切って、城下に遊びに行くのは俺の日課。だって、城下をふらつく不良児なら、国王選定から外してもらえるかもしれないから。じいちゃんや親父ほどに冷たく強くならなきゃ国王ができないっていうのなら、俺は国王になんてなりたくない。勉強を教えてくれる先生も、剣を教えてくれる先生も、先生たちから話を聞いている母さんも、みんな俺が立派な国王になると信じて疑わないけど、そんなのまっぴらごめんだ。
* * 別ページ * *
前言撤回。国王もやってみてもいいかなって思った。――コハルがいるなら。
今日、俺は講義を途中で逃げ出した。そのまま城下に行ってやろうと思い、講義室から一番近い南門を目指して回廊を行き、庭に出て、門へ直行しようとしていたところに、先に庭にいた妹が俺に気づいて駆け寄って来た。
「オニキス!」
その屈託のない笑顔を見て、俺は切なくなった。俺はあんな風には笑えなかったから。すると、コハルは言った。
「どうしたの、オニキス。とっても痛そう」
「……どこも痛くないよ」
「うそ。精霊さんはねえ、ぜーんぶ、知っているのよ」
コハルはそう言って、俺の服を引っ張ってしゃがませると、にこにこと笑いながら俺の頭をなでた。泣きそうになるのをうつむいて我慢していると、コハルは唐突に言った。
「オニキス! 街、行きたい! 連れて行って!」
「どうして、突然」
「オニキスがいつも見ているもの、見たい! いつものオニキス、見たい!」
俺をこういう角度から見ようとしてくれる人間は、コハルだけだった。俺はコハルを連れて南門をくぐった。
俺たちは手をつないで一緒に城下を見て回った。肩を狭め合うようにして並ぶ家々、様々なものが売られている市場、たくさんの人が憩う広場――俺たちの故郷。
広場の一角にいたアイス売りから何やらまがい物くさいアイスを買い、俺たちは広場のベンチに腰掛けた。コハルはアイスにかぶりつきながら言った。
「オニキス、もう痛くない?」
「ちょっとだけ、痛いかな」
今度は正直に答えられた。コハルのおかげだった。俺は付け加えた。
「俺がこの風景を守っていかなくちゃと思うとね」
「それがどうして痛くなるの?」
「重たい、からかな。自信もない」
「それがどうしてだめなの?」
「え?」
思わぬ問いかけに俺がコハルを振り返ると、口元をアイスまみれにした妹がぽかんとしていた。それを見た俺はぽかんとする以外になく、それを見た妹はさらにぽかん度を上げた。
「重たいと感じちゃ、だめなの? 自信がなくちゃ、いけないの?」
「そりゃあ、だって、ほら、上に立つ人間が迷うわけには」
「オニキスのこと、みんな大好き」
俺が頑張って紡いだ言葉などあっさりさえぎって、妹は笑った。
「会った人、みんな言う。あのとき荷物を運んでくれてありがとう。あのとき手伝ってくれてありがとう。あのときの木彫りの猫、また作って。オニキス、優しい」
「コハル、優しいだけじゃ、国は治まらないんだよ」
「恐いだけでも、治まらない」
彼女はアイスクリームの最後の一口を食べきり、俺に向かってにっこりと笑った。
「恐いのと強いの、おんなじ意味じゃない。それとおんなじ。優しいのと弱いの、おんなじ意味じゃない。オニキスには、オニキスの強さがあるの、わたしも精霊さんもねえ、知ってるのよ。すごいでしょ」
「……うん、すごい」
俺はコハルの口元のアイスクリームを拭いてやると、そのまま妹を抱きしめた。
俺に何ができるのか、それはまだわからない。でも、俺はそれを見つけてみたいと思った。まずはこのまま城下に通って、民たちのそばで考えてみようかな、なんて。
コハル、コハルは本当にすごいよ。なんていったって、お兄ちゃんを助けてくれたんだから。ありがとな、コハル。だからさ、コハルのことは、お兄ちゃんが守るって決めたんだ。コハルとコハルの笑顔は、何があったって、お兄ちゃんが必ず守るから。