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伝説のシャチク?

 強い目力で俺を見上げていた、まつりちゃん似の女の子は、ぐいぐいと近づいてくると、おもむろに、そして大胆に、俺の手をパシッと握った。


「いくぞ、シャチク」


 そして小さな身体に似合わない力で俺を引っ張り始めた。


「いくってどこに?」


「あたしの家に決まっている。じいが待ってるんだ」


 規定事項だ、わざわざ聞くなとばかりに言い切られた。

 いろいろと言いたいことはあるが、俺の足は素直に彼女の後ろをついていくことを選んだ。彼女から、敵意を感じなかったからだ。


 俺の手を引く、外套から剥き出しになっている腕を見る。


 肌の色は茶褐色だが、それは日焼けというより地肌のようだ。光が当たっているところは、わずかに緑色が混ざった色合いになる。それは、俺が知っている人間の肌の色ではない。


 よく見ると耳先も少しとがっている。


 まつりちゃんは少し長めのショートボブだが、彼女は長い髪を編んで、それを頭の上でくるくると巻いている。アニメとかでよく見る凝った髪型だが、俺はこの髪型の名前を知らない。


(似ているのは顔だけだな)


 性格も正反対のようだし。

 まつりちゃんは、こんなはすっぱじゃない。「りょーいちさーん」というカンジの、おっとりしたお節介娘だ。


 それにしても…。

 見知らぬ男の手を握ってもなんとも思わないのか、この娘は。


 背は低いが、まるっきり子供というわけでもなさそうなのに。


 単に、男として意識されていないのかもしれない。

 しかし俺からすれば、まつりちゃんに手をつながれてるようにも思うわけで、若干の照れくささはあった。


 パーソナルスペースが狭いところは、似ているかもしれない。まつりちゃんも俺にピッタリとくっついてくるし。



 そんな事を考えているうちに、俺たちは草原を抜けて森にはいる。


 木漏れ日あふれる林冠の下をしばらく歩くと、また森が開けてくる。初めての道なので遠く感じたが、実はそれほど歩いていないのかもしれない。


 その広場の中心に、素朴な作りの建物があった。


 山小屋という言葉があるが、この場合は「森小屋」とでも言えばいいのだろうか。面倒なので、ロッジと呼ぶことにする。


「じい、戻ったぞ」


 建物に入るなり少女が叫ぶ。

 薄暗い建物の奥から、ぬるっと人影が現れた。

 白い髭が、部屋の中央に据えられた炉の灯りを受けて光っているように見えた。その上には、同じく下から照らされて鋭い光を放つ目があった。


 言うまでもなくロッジの主「じい」である。


 じい、などというから、どんな老人かと思ったらとんでもない。


 背こそ俺より低いが、服の上からも分かる無駄のない筋肉質のボディ。マッチョというより、無駄のない鋼の身体。さながら鍛え上げられた日本刀のようなたたずまいだ。皺の多い顔つきも迫力満点。重たげな瞼も目つきを鋭くさせており、このじいさんがタダモノではないことを雄弁に語っていた。


 そもそも、こんな辺鄙へんぴな場所に庵を結んでいる老人が普通なわけがないのだ。


 じいさんは、木張りを床を踏みながらこちらへと近づいてくる。そして「ふむぅ」という声と共にヒゲを撫でると、じろじろと無遠慮な視線をなげかける。


「これがシャチクか。ひょろひょろと、なんとも頼りなさそうな男じゃのう…」


 そしてため息とともに、そして遠慮なく俺への寸評をくだす。

 失礼なじいさんだ、と口の中でつぶやく。


「ワシはウォル。お前さんを連れてきた少女は、ジュノという」


 どうせ、自己紹介もしなかったのだろう? という顔で少女の方を見る。少女は素知らぬ顔だ。


「私は矢間根ヤマネ亮一リョウイチです」


 自己紹介しつつ、何の考えもなしにスーツのポケットをまさぐった。いつもの習性で、名刺ケースを探してしまったのだ。


「ふむ、ヤマネか。それがシャチクの名か」


「シャチク…ってなんですか?」


 嫌な響きの言葉だ。俺は過剰な業務量に苦しんではいるが、魂まで会社に売り渡した覚えはないぞ。


「シャチクとは古代ラトキア語で「決して壊れないもの」という意味じゃ。それは勇者と同義とも言われている」


 俺が…、伝説の勇者だって?

 なんて、異世界転世もののテンプレ通りにおどろいてると、まるで破裂したかのような笑い声が部屋に響いた。


「こんな、体もろくにできてない男が勇者だって? あははは。じいの冗談はおもしろいな」


 ジュノが文字通り腹を抱えて笑っている。


「ワシだって信じられぬわ。だが、「アレ」が召喚したと言うなら、信じるしかあるまい」


 俺を置いてけぼりにして話を続けるジュノとウォルじいさん。とりあえず、失礼な事を言われているのは間違いない。


「ヤマネとやら、こちらの世界にきたばかりで申し訳ないが、会ってほしい人物がいる」


 こちらの世界? 召喚?


 ここは俺たちが住んでいる21世紀の地球ではないということか?


 …なんて、わざとらしく驚くまでもない。

 こんな文明のにおいがまったくないところが、凋落したとは言えまだまだ先進国と言えるだろう我が祖国のわけがない。


 そもそもだ。さっきだって、ジュノが手のひらから火を噴き出すところを見ている。頭に角が生えたマッチョに襲われそうになった。こんな常識外の現象を目前にして、ここは実は日本なんだと言われる方が、正気度《SANITY》に重大なダメージを受けそうだ。


 ともあれ、どうもこのウォルじいさんは、俺がこの世界の人間ではなく、そして俺がこの世界に呼ばれてきたらしい理由を知っているようだ。


「じいさん聞きたいことが」

「おい、シャチク、何か食べるか?」


 おっと、ここでジュノのインタラプト。


「じい、オーガとやりあってお腹すいた。ママリガ作るが、じいも食べるか?」


「そうじゃな。少し早いが、昼食にしよう」


 こうして俺の質問はなきものとなったが、料理もすぐにできるわけではない。食事ができる間にでも聞こう。俺がおかれた、今の状況を。

 …と思ったのだが。


「詳しい話は、「アレ」が来た時にでも聞くがよい。正直、ワシも良く分からないのじゃよ」


 とんだ棚上げだった。


 とりあえず「アレ」が来るまで、俺の置かれた状況の話は進みようがないらしい。

 しかたなく俺は、部屋の中央に設置された炉端に腰を下ろす。

 ミシッと、木の床がきしむ音がした。

 対面ではジュノが、粗く挽いた何かの粉を、炉の上におかれた鍋で茹でている。どうやら、これはママリガらしい。どんな料理なんだろう。見た目はお粥に似ているが…。


 ウォル老人も俺の左手に座った。


 あらためて、二人を見る。


 ウォル老人は、オールバックにした髪も、隠しきれない筋肉を包む肌も白かった。そして碧眼で、顔の彫りも深い。俺を連れてきたジュノとは、人種そのものが違うように見える。

 このあたりは複雑な事情がありそうだ。ふれないでおこう。


 床に座り、炉で揺らぐ炎を見ていると、非現実的な中にあって動揺していた頭が冷静さを取り戻していく。


 ぐつぐつと、鍋が煮える音だけがする。


 ここは、俺が住んでいた世界とは違うそうだ。だが、物理の法則はそこまで大きく変わらないみただ。


 だが、明らかに違うところがある。


 俺は、鍋をかき回しているジュノを見た。


 彼女こそ、ここが異世界、つまり、俺が暮らしている世界とは違うという何よりの証拠だった。


 容姿は確かに人間に似ている。言葉も通じるから、知能も人間に近いのだろう。だが彼女の緑がかった褐色の肌の色と、少し尖った耳は、俺達が住んでいる世界の人間のものではない。

 おそらくジュノは、我々人間とは、種属そのものが違うのだ。


 なにより彼女は、手のひらから火を噴いた。


 あれは何だろう。


 魔法? たぶん、そうなのだろう。

 彼女は我々が魔法と呼んでいる現象を操れるのだ。そしてこの世界は、魔法が存在するのだ。


 そして、その魔法により、俺はこの世界に呼ばれた。

 そう考えるのが自然なのかもしれない。


 うーん、なんとファンタジーな。

 どんなファンタジーな世界で、俺が身につけているスーツだけが、妙な現実感をかもしだしていた。


 手から火を出す少女が作る料理を、彫りの深い欧州系の老人とスーツ姿の俺が待ちわびているのだ。


 なんなんだ、このわけのわからないシチュエーションは。


 ともかく「アレ」なる人が来てくれない限り、この話は解決をみない。「アレ」さん、はやく来てくれ。


「そろそろいいかなぁ」


 そう言いながらジュノは、煮えて水かさが少なくなった鍋に、牛乳とバターを投入した。


 どんな料理ができるのやら。俺にはまったく想像がつかなかった。

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