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プロローグ ~超過労働者はファンタジーな夢を見るか?~

これは何の冗談だ!


せっかく残業切り上げて早く帰れたというのに!


半年ぶりに平日に7時間も寝れると思ったのに!


俺はなぜ…こんなところに立っているんだ!!!


心の底からせりあがった絶叫があたりにこだまする。


青々とした草原。その先にそびえる冠雪した高山。そしてどこまでも広がる蒼い空。

睡眠という安寧をもたらす夜という暗幕は容赦なく巻き上がり、黄色く輝く太陽が煌々と大地を照らしている。


草原を渡る風が頬を撫で、草木の香りが鼻をくすぐる。


ハイキングでくるなら、最高のスポットだろう。まるで日本ではないみたいだ。


しかし、である。


そんな中、俺ときたら、いつものスーツまで着用して草原のど真ん中に立っている。

ネクタイも、ウィンザーノットできっちり締めてる有り様だ。


社畜精神、ここに極まれりだ。


そして、周囲を見回してみると…。


左手に大きな棍棒をもった、どう見ても人間には見えない方々が三人。形は違うが三人とも頭から角を伸ばし、裸の上半身は隆々とした筋肉に覆われている。どう鍛えればこんなボディになるのだろうと、半ば憧れてしまいそうな肉体美だ。


対する右手には弓を手にした、草色の外套をまとった小さな女の子が一人。こちらも腰を低くして、今にも飛びだしそうな体勢をとっている。


そんな、殺る気満々の両者のど真ん中に、スーツ姿の俺が立っている。


これを冗談と言わずになんと言うのか?


映画の撮影か何か?

でなければ、この状況をうまく説明する言葉が見つからない。


「邪魔だよ! あんたっ!」


女の子の方が叫ぶ。ちっこい身体から出たと思えない大音声だいおんじょう


「ですよね! いますぐはけます!」


と言いつつ、その場から去ろうとする俺だったが、なぜか人外の一匹が棍棒を振り回し、咆哮をあげながら襲いかかってきた。


気に障ることしたなら謝ります! ごめんなさい! と、叫んだものの、ヤツはグオーッとうなり声をあげて迫ってくる。少しはこっちの話を聞いてくださいよ!


人外の顔が迫る。すねに鋭い痛みを感じた。人外が蹴った小石がぶつかったらしい。

見上げれば、人外が荒削りな棍棒をたかだかと振り上げている。


終わった! 俺の人生終わった! 死ぬときは過労死だと思ってたけど、こんな、どことも知れないところで撲殺なんて…。


こんなことなら、まつりちゃんの話をマジメに聞いておくべきだった!


少しでもダメージを防げればと、頭をおさえてうずくまる。本能的な防御行動だ。


しかし。


女の子はすさまじい速度で俺と人外の間に入り込むと、左手を前に突き出した。


そして聞き取れないくらいの早口で何かを呟く。


バンッという破裂音と共に、人外の上半身が燃え上がった。


さらに素早く矢をつがえると、残る人外に向かって撃ち放った。しかもほぼ二発同時にだ。


矢は当たりはしなかったが、人外たちを怯ませることには成功したらしい。


たったこれだけのやりとりだったが、勝敗は決したらしい。人外たちは、炎を浴びて草むらでのたうち回っている仲間を引きずって逃げていった。


女の子は、殺気をかき消すと、ふんと鼻を鳴らした。


改めて彼女を見ると、…本当に小さい。

立ち上がってみる。背は、俺の胸くらいだ。


「あんたね? じっちゃんが言ってた伝説のシャチクって」


ちっちゃい彼女はくるっと、こちらを向いて、俺の顔を見上げてる。



振り向いたその顔は、よく知っている誰かに似ている気がした。



…。


…なんだ。夢か。


どうやら俺は、コタツの中で寝ていたらしい。

背中が冷たい。風邪をひかずに済んで良かった。

今日もいつも通りのハードワークだ。倒れているヒマなんてない。


時計を見る。6時50分。いつも通りの時間。

始業は9時からだが、早出しなければ終わりそうにない。

こんな生活が半年ほど続いている。もはや目覚ましが不要なくらい、俺の身体はこの時間に起きることに慣れていた。


眠い目をこすりながら立ち上がる。カーテンレールにかかった物干しハンガーから下着を抜き取った。


昨日は風呂に入らずに寝てしまった。シャワーを浴びたいところだが、真冬の、しかもコタツで夜を明かした朝はやめたほうがいいだろう。


(まあ、匂わないだろう。冬だし)


歯を磨いていると、ガチャンと自転車のスタンドが上がる音に続いて、「いってきまーす」と元気な女の子の声が聞こえた。

そして、キコキコときしむ音が遠ざかっていく。


また油ささないとなぁ…と思いつつ、俺はYシャツに袖を通した。

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