92.第一歩
屋敷に戻り、国王の意識が戻った事、王妃は療養が必要な物の命に別状はない事、ヴェンゲロフの死については『失踪』扱いにした事を伝え、父上には申し訳ないがすぐに王城へ向かって貰う。
虫も飛ばして、領地チームの皆にも連絡した。これから神殿に乗り込むことも伝えたから、きっとロイ爺あたりからまた何か助言が貰えるだろう……メイの声も聞きたい。
両親の安否が分かった事で少し生気を取り戻したもののまだまだ元気の足りない母上には、薬草茶をさっそく飲ませる事にした。
用法、用量は良く分からないが一日3回食後に1杯でも飲めば大丈夫だろう。
ものは試しと煎じてみれば、凝縮された草のむせ返りそうな臭いのする濁った茶色の液体となり、見た目的にはあまり口に入れたくはない。
だが、母上や側にいたハンナ、ディアーナにとってはかなり良い香りと好評だった。
身体に害はないはずと俺も一緒に飲んでみたところ、匂いの割には味が無かったから鼻をつまんで一気に飲み干した。
なんつーか、リラックス効果はあったような気がする。今日は良く眠れそうだ。
そういう訳で、国王復活で慌ただしくなっているだろう今が、神殿への侵入のチャンスだ。
『ねえねえ! 次の侵入はどうする? 明日?』
おうよ、国王から地図を貰ったからな、明日には偵察に行こう。
今回は、ディアーナにも来てもらうつもりだ。
『えっ? 偵察は少人数の方がいいんじゃない? それに、そのローブの中に2人が入るの?』
いや、城の偵察で分かったんだよ。
結果的に上手くいったから良かったものの、俺とルッカの2人だと……ふざけるだろ?
国王も神殿はやばいって言ってたし、今回は、真面目なディアーナがいた方がいいと思うんだ。
ローブのに2人入るのは問題ないんだけど、さすがに移動するのには向かないからさ……そこはルッカさんの力を借りようかと思ってるんだ。ディアーナの姿を消してほしい。
『……出来るかしら』
出来るさ。ルッカは出来る子だから。
『あの、最近どうしたの? やけに私の事持ち上げてない?』
そんなことはない。前からだぞ、ルッカ。俺は前からルッカは凄い、ルッカは出来るって言って来たじゃないか。
『……そうだっけ?』
そうだ。さあ、ルッカ。過ぎた昔の話しても意味ないし、ディアーナの姿が消せるか試してくれ。
ちょっとディアーナを俺の部屋に呼んでくるから。
ディアーナが部屋に入ると、すぐにルッカがディアーナの周囲を飛び回りながら歌い出した。
ディアーナの姿がみるみる部屋の景色に同化していく。
「キャっ……レオっ! 一体これはどういうことなの?」
「ルッカに頼んでやって貰ったんだ。明日の偵察にはディアーナにも来てもらうからさ」
「透明になるなんて……変な感じね。レオ、偵察に同行するのは構わないけれど、この屋敷を護れなくなるわよ?」
「うん、でも国王が復活したからさ、敵対貴族がいたとしても今は動きづらくなっているはずなんだ。だから今回はこっちに協力して欲しい」
「なるほどね。いいわよ。神殿には、レオの兄妹がいるのよね……」
「俺と似てなくて、二人とも神がかってるから見たらびっくりするぜ?」
「そんなのどうでもいいわ。兄妹は兄妹なんでしょ、助けるのが当然じゃない。待機中にあなたのお母様から山ほど話を聞いたわ。とても珍しく貴重な奇跡の様な能力を持っているせいで捕まっていると聞いているけど、そんな力を持っているのに脱出する事も出来ないというのは、内部に相当強い奴がいるか、兄妹が既に操られているか……その可能性はない? 後者についてはあまり考えたくないけど」
二人が国王のように魂を抜かれていたり、ヴェンゲロフのように傀儡にされている可能性……たしかに、最悪は……いや、予言では、2年後に死人か廃人が出るんだから、今はまだ二人とも生きているはずだ。
「二人はまだ無事なはずだよ。だけど早く助け出したい」
「分かったわ。じゃあ、地図を見せて」
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翌日。といってもかなりの早朝。
夜はあのお茶のお陰か驚くほどぐっすりと眠る事が出来た。
疲れも取れてスッキリ。
俺達は、偽装で髪、目、肌の色を変えた上で姿を隠して行動を開始した。
レベル依存の偽装スキルは、やっと肌の色も変えられるようになっていた。
現在、俺とディアーナは金髪、透き通る様な白い肌、俺は金目、ディアーナの目は紫色。
そう、兄と妹と同じ色にしてみたんだ。俺とディアーナじゃ姉弟になっちゃうけどさ。
姿隠しの術が剥がれたりローブが脱げるといった最悪の事態を考えた時に、咄嗟に現れた謎の『光の姉弟』の登場!って事で一時的にでもごまかせるんじゃないかと企んでいる。
正直、色を変えただけで、俺は兄妹に引けをとらない神々しさを手に入れた。ディアーナも元が美人だから相当やばいぜ。
鏡の前で姿を確認した結果、もうずっとこの姿で生きていきたいかもしれないという意見は何気にお互い一致した。
地図によれば、国王の記してくれた神殿の隠し通路は、城下町の隅っこに出入り口があった。
まずはここから侵入してみる事にたのだが……地図通りならあるはずの場所には跡形もなかったのだ。
『近くにも何も視えないわ。きっと塞がれたのよ』
仕方なく、神殿の付近まで行く。
初めて見る神殿の周りには死角となる場所が全くない。それに付近に人が全くおらず、驚くほど静まり返っており周囲の地面ははムカつくほど綺麗に刈り揃えられた芝生だ。
この静けさじゃ草を踏む音すら響きそうだし、いくら姿を消していてもこの上を歩いたらすぐにバレる。
まだ重力操作得意じゃないんだけど、ディアーナの分もか……やるしかないけど。
『まあまあ、そんな時こそルッカちゃんの出番よ。ちょっと私一人で様子を見てくるわ』
ルッカが自由に動ける様になって助かるな。
透明のまま黙り込んで待つ俺とディアーナ。
鑑定のお陰でディアーナが隣にいるのが分かるが、見えないってのは変な感じだな。
ルッカみたいに念話出来ないと雑談も出来ないから退屈だぜ……はっ!? 俺達ふざけるのは念話のせいだったか!
それなら、アイゴンが声を出さなければ何の失態も起きない。
念話も良し悪しがあるな。
『ちょっと、ダメダメ! 出入り口はどこも見張りがいるわ。しかも人間じゃない』
……魔族か?
『多分ね。それどころじゃないわよ。私の事は見えないみたいだったけど、私の気配をいくらか察知したみたい。こんなこと初めてよ。幽霊と魔族って立ち位置が近いのかしら……って失礼ね!……それより作戦変更しないと』
なんと……じゃあ上からは? 屋根から侵入しようぜ。
『うーん。実はそれも考えたんだけど、凄く高くてそこまで行けなかった。もっとレオに神殿に近づいて貰うしかないんだけど、幽霊の私の気配を感じるくらいだからレオもディアーナもきっとすぐに見つかるわよ』
なんてこった。じゃあ、侵入出来ないじゃん。
『だから言ったでしょ、いったん仕切り直し!』
そういう訳で、無言のまま、何も収穫なく屋敷へととんぼ返りとなった俺達一行のもとに、いや、俺の顔面に向かって領地チームからの虫が届いた。
『レオン。もうすぐ行われる降霊祭でミサが行われる時間は、神殿の一部開放されるはずです。侵入はその時が良いでしょう。ところで、ボンと一緒に購入したという魔法薬を半分ほど分けて頂きたい。なに、虫に縛り付ければ運んでくれます。特に心配する必要はない、もしもの時の為のちょっとした保険です。こちらの事は安心していればいい。自分たちの事だけを考えなさい』
「……は、魔法薬?……メイは? ボン爺? 領地でなにかあったのか?」
今回の連絡はロイ爺の声だけだった。
……領地には泉だってあるはずなのに、なんで魔法薬が必要なんだ?
「レオ、今は動揺している場合じゃないわ! あの人達は大丈夫よ。ロイさんが大丈夫って言っているんだから……大丈夫よ!」
『そうよ、とにかくさっさとその魔法薬を出しなさい! とっとと送るわよ! 私が虫に急ぐようにいっておくから』