表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
92/169

91.閑話.アイリス視点


 私は、アイリス•テルジア。9歳ですがもう少しで10歳になります。


 私は産まれてから殆どを両親や実家から離れてこの神殿と言われる場所で過ごして参りました。

 なので、私の居場所はいつも冷たく静かな広いこの建物の中だけでした。

 ある程度は建物内を歩き回る事は許されておりますが、お付きの者なしで外へ出る事は認められません。

 高い天井に美しく彩られるステンドグラス越しから差し込む陽の光を浴びる事や、年に数度外出をする事がささやかながら私と外の世界との関わりでありました。


 この広い建物の中には人はほとんどおりませんし、側にいて下さる兄様以外の者と話す事はあまりありません。

 子供の頃は絵本を読んでくれたりお菓子を頂いた記憶がありますが、すぐにそういった事も無くなり、今では学びの時間以外は、時々私と兄様の前に現れては一方的に決定事項を伝えられるだけとなりました。


 年に数度、お勤めの為にお城に上がる事があります。

 そして、まれにほんの一言二言、国王様とお話をする機会があります。

 その際には『寂しくはないか、辛くはないか』と聞かれる事が多いのですが、いつも『いいえ』と答えていました。

 ずっと人気のあまりない神殿での暮らししか経験のない私には、何が『寂しい』事なのか、『辛い』事なのか分からなかったのです。

 

 この建物の外には私の家族が住んでいるのですが、私は、生まれた頃から滅多に会う機会がなかったせいで、両親の事はあまり記憶がありません。

 今までに数度お会いした事はあり、お二人とも仲睦まじく、私にもとても優しくして下さり、兄様から感じられるのと同じように温かな気持ちになる方々です。

 ですが、滅多にお会いしないせいか肉親という感覚はあまりなく、いつもお会いする際は粗相をしてしまわないか、嫌われてしまわないかと……とても緊張してしまいます。


 とは言っても、神殿ここにずっといたいとは思わないのですが。


 兄様は良く家に帰りたいと言いますし、両親とあまり時を過ごす事の出来なかった私の為に、お父様やお母さまの事を良くお話して下さいます。

 お話を聞く度に、素敵なご両親とお兄様の温かな印象に羨ましくなり、ぼんやりとその家族の一員として私も入れてもらえたらどんなに素敵だろうかと考えてしまいます。

 ……本当の家族のはずなのに、おかしいですよね。

 それでも、滅多に会う機会もせっかくお会いしても緊張して殆どお話することも出来ない私は、お兄様の様に『両親に会いたい、家に帰りたい』と言える立場ではないですし、お兄様がそういった発言をなさると神殿の者達がとても嫌がるのを見ているので、私はいつも怖くなって黙ってしまいます。


 私には優しい兄様がいつも側にいてくれさえいれば、それだけでいいのです。


 実は、私には、病弱で療養中という双子の兄様、レオン兄様という方がおります。ただ、一度少しだけお会いしただけですが。

アンドレ兄様から、双子とは顔かたちがそっくりなのだと教えて頂きましたので、実はお会いするのがとても楽しみでした。

 でも、実際にお会いしたらとても緊張してしまい、また、ご病気で兄妹で一人だけ離れて暮らしているレオン兄様に対して、何を話したらよいのか分からず、ずっとアンドレ兄様の背中に隠れてしまいました。

 お顔はたしかに私と似ている様な気がしましたが、髪や肌の色が私やお兄様よりも濃く心配していたよりは健康そうだったという記憶があります。

 ほんの短い間でしたが、『次にいつ会えるのか』とアンドレ兄様に聞いておられた時は、両親とも兄妹わたしたちとも離れ、たった一人遠くで暮らしているのに、何も恨み言の無い方なのかと驚きました。

 私にはとてもお優しいアンドレ兄様がいつもいて下さるから。もし私がレオン兄様の立場で一人遠くの地で過ごさねばならないと考えたら、きっと兄様達の事をねたんでしまったでしょうから。


 この事があってから、私も家族ともう少し一緒に過ごしてみたいという気持ちが沸いてくるようになりました。

 何度か、兄様と二人で神殿ここから逃げ出そうという計画を立てた事もありますが、

 この神殿にいくつかある出入り口には必ずどんな時間でも神殿の者が見張っており、窓には格子がかかっており、身体の弱った兄と私ではいつもただの計画で終わってしまいました。

 一度、兄様が魔法を使い、強硬手段を取ろうとした事がありました。ですが、両親を人質のように言われてしまい、その結果私達は本当に身動きが取れなくなりました。


 それから、私は神殿で一人過ごす時間が多くなってきました。


 兄様だけがいつも神殿の最奥の方に呼ばれ力を奪われているからです。


 この神殿の最奥の部屋には女神が祀られております。

 アンドレ兄様と私は、女神よりその力を与えられて産まれてきたと聞いており、この国やこの世界の為に与えられた力をこの世で還元する様に、それが私達に与えられた使命なのだと何度も何度も説明されてきました。

 ですが、女神に力を注ぐというこの行為は、命を削られているのではないかと思うほどに体力も気力もおそろしく消耗するのです。

 お兄様は私を護る為に、私の分も力を注いでいるのです。私は大丈夫ですといくら言っても。


 私には不思議でなりません。

 なぜ、人々を救うはずの女神様が兄様や私の力をこれまでに必要とされるのでしょうか。

 兄様や私は多くの人々の為の犠牲となり全てを差し出す必要があるのでしょうか。

 私達を救っては下さらないのでしょうか。


  今は兄様が最奥から出て来るのを出来る限りそばの通路にじっと座って待ち、兄様が出て来たらすぐに私の力を注ぐように抱きしめる事が毎日です。

 兄様の身体が細く軽く感じる度に胸が締め付けられます。

 

 兄様はどんなに弱っていらっしゃっても、いつも優しく微笑んで私を気遣って下さいますが、このような事が続けばお兄様はいつか死んでしまうのではないかと恐ろしくてなりません。

 お兄様がいなくなってしまったら、私はどうしたら良いのでしょう。

 そう考える度に、心が苦しくなり、瞳から涙が溢れ出してしまいます。


 ならばいっそ、両親との想い出も繋がりもない、神殿ここしか居場所のない私が死んだ方が良いに決まっているのに。


 今なら国王様が私に問いかけて下さっていた言葉の意味が良く分かります。


 とても『寂しく』て、とても『辛い』です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ