89.なりすまし
『ふん、このルッカ様がまたすぐにでも全員眠らせてやるわ』
鳴りもしない指や首の関節をポキポキと動かす仕草をしながらルッカが扉の方へ向かう。
待ったルッカ!
この流れはまずいぞ。どうせ後から後から人がやって来るパターンだ。
そんな未来が……俺には見える。
その度に何人眠らせなきゃいけないか考えたらキリがないぜ。
もう一人死んでるし、一時しのぎって訳にはいかないだろ。
『……じゃあ、どうするのよ?』
ルッカ……ヴェンゲロフの身体の中に入ってくれ。
そしてヴェンゲロフになりきるんだ。
『はぁっ!? 絶対にいやっ!!』
いや、入るんだ。ルッカ。後でなんか旨いもん……ってルッカ死んでんのか、とにかく頼むよ!!
時間がないんだ。急いで!
『きゃあっ……身体が勝手に?? くやしい! これがスキルの力なの? 私を操るなんて許せないわ、レオンのバカバカバカバカ』
ごめんって。ルッカにしか出来ないんだよ。
ヴェンゲロフの中に入ったら、後は俺の言う事をそのまま言うだけでいいから。
『うへぇぇ……いやぁ気持ち悪い。レオ、覚えてなさいよ』
恨み言を残してルッカがヴェンゲロフに同化して消えていった。
そしてヴェンゲロフがもぞもぞと動き出した。
すっげえ睨んでる。怖えぇ。
「絶対に許さない」
声が渋いっ!
ヴェンゲロフの顔と声で言われると、可愛いルッカが台無しだな。
ルッカ、ごめん。ごめんよ。
「……私、すごく怒ってるから」
うげっ顔と声ともろもろマッチしてないぜ。
ごめん、ここでルッカの演技次第で状況が大分変わるはずなんだ。
『……私、次第?』
そうだよ! ルッカ、頑張れルッカ!
さあ、まずは、寝ている奴らを叩き起こせ! はいっ『何やってる!』からの平手バシーン!
「お前達!!! 何をボサっと突っ立ってる!!!」
強烈なビンタが配下に見舞われ、その衝撃に我に返った様に目をぱちくりさせ叩かれた頬に手を当てて呆然とする一同。
うまいぞルッカ!
『閣下!? どうなされたのです?』
……そうだな『待て、予定は中止だ……』
「予定は中止だ。神殿へは行かん……国王は意識を取り戻された」
さらに唖然とする配下達。
そしてどうしたんだルッカ。
『なんと、それは!……それでは医師を呼んで参りましょう』
「そんなものまだ呼ばんでよい。私がしばし様子を見る」
『治癒術に長けておられるヴェンゲロフ閣下が見られるというなら……』
「そこのお前達も役に立たん。邪魔だ。私が呼ぶまではここを去れ、早く出ていくのだ! 神殿への通達にはまだ国王の意識が戻った事は伏せろ。容体が悪くなり日程をずらすとだけ伝えろ、いいな」
ヴェンゲロフ親衛隊は、もう訳が分からないみたいな顔を一瞬したものの、くちごたえ一つせずにぞろぞろと部屋を出て行った。
そして邪魔な人間が誰もいなくなった所で、ヴェンゲロフの身体からルッカが出てきた。
『ふぅっ』
……あの、ルッカさん。……ど、どうした?
『うん。身体に入ってみたらこの人の記憶みたいのが残ってて……お陰で楽に喋れたの』
そうか。記憶があったのか。……それって使えるよな。
ヴェンゲロフを凍らして袋に入れておくかな。
『死体をね、そうやって人形の様に扱おうとする神経が分からない』
確かに。それは俺がどうかしてた。だけどさ、このままにしておくわけにもいかないだろ?
『そんなのもう適当でいいわよ。書置きを残して自分探しの旅に出た事にしましょう、そして燃やしましょう』
そんなの、無理がありすぎるよルッカ。
『いいえ。この人ね、本当に国王を殺すつもりだったの。神殿を実質支配していたのはこいつよ。国王を廃人同然にした後は、証拠を消す事もせずに結構堂々といろんな事をやっていたわ。周りの貴族も配下もそれを知ってるの。だから、国王の意識が戻って”やばくなって逃げた”って線はそんなに不思議なことじゃないのよ』
なるほどなー。
本当にルッカって凄いな。ルッカがいなかったらここまでやれなかったよ。
分かった。ひとまずもう一度ルッカはヴェンゲロフの身体に入って奴の筆跡で書置きを書いてくれ。
『うそ……また入らなきゃいけないの?』
仕方ないだろ。記憶だけじゃ完全に奴の筆跡になれるか分からないけど、そいつが書いた物じゃないと意味がないだろ。手短にサクッと書いたらもう二度と入らなくていいからさ。
『うう……』
さて、ルッカにお願いしたところで、国王と王妃の様子でも見よう。
寝台の側まで行き、眠る二人の様子を確認。
二人をこんなに間近で見るのは初めてだな。
……廃人の国王に廃人になりかけている王妃。
あの時の魔女の予言を思い返さずにいられない。
うまく行ったってのに、予言された2年後までまだ1月半もあるってのがもどかしい。
本当にあれから何も考えずきっかり2年後に来ていたら、間違いなくこの2人は……いや、国王は死んでいたに違いない。
そうなると、王妃は国王の死により心神喪失状態。
母上もそういえばだいぶメンタルやられてたし、父上は冤罪で投獄の上、処刑されていたかもしれない。
死亡者候補と廃人候補が家族にこんなにいるとは思わなかったぜ。
……あの予言を俺達は既に回避できたと考えたい。
だってその為にここに来たんだ。
ボン爺は魔女の予言は絶対だと言っていたけど、ボン爺が言っていた事が全て正しいって事もないわけだし……いや、ひとまずは油断しない!
まだやる事は残っているんだから。
『はいよ、書いてきた』
おっサンキュールッカ。
なになに……”少し急用を思い出したから出かけてくる。戻るのに時間がかかるかもしれないが、私が戻るまで探さずとよい”と。
なんか、ちょっとコンビニ行ってくる体の書きぶりだな。ま、逆にこのくらいがいいかもな。
それにしても妙に達筆だな。これ、ルッカの字?
『私は数百年の森暮らしだものあんまり字はうまくないわ。だから多分この人の筆跡であってると思う。それにしても、国王様起きないわね。さっき眠りの解除はしたのに』
解除するとすぐに目が覚めるもん?
『大抵はね、ま、もともと寝てる人にかけて解除したところですぐに起きないから問題はないと思うけど』
ステータスを見る限りじゃ問題ないから、後は起きるのを待つだけなんだけど。
起きないと不安になってくるな。
俺達もここであんまりのんびりしている訳にはいかないし。
国王にも王妃にもさっさと元に戻って国を立て直してもらわないと困る。
今回の俺達の活躍により二人が元気になれば、さよなら貴族こんにちは一般人ルートまで回避出来たんじゃないかって手応えもあるんだけど。
こういう時にこそ、あの時魔女の店で買った魔法薬を使ってみるべきなのかもしれない。
後1カ月半という考えが脳によぎるが、同時に今使わなかったらもう一生使わないかもしれなくなる、ただのエ●クサー症候群なんじゃないかって気もしなくもない。
せっかく高い金出して買ったんだし、使ってみるか。
……いや、やっぱりその前に回復魔法か泉の水で……
『えいっ』
バシン!
ルッカが棚から一冊のやたら分厚い本を浮かせて運び、眠る国王の顔の上に器用に静止させると、顔面に叩き落とした。
「う…なん……だ」
しかも起きた。
『わーい! ねぇねぇ! 今の見た? 少し私も魔法が使えるのかなって思ってやってみたら出来た! やったわ』
ルッカさん、お見事。