88.事件現場
寝台に眠る国王の胸元にオーブを置き、魂が戻るように念じる。
何となくのハンドパワー的な感じで両手を掲げながら。
すぅっとオーブから出てきた霊体が国王の身体の中に入って行くのが見えた。
起きなければ分からないが、成功したように見える。
良かった。
これで出来ませんでしたじゃカッコ悪いもんな。
『上出来。じゃ、こいつらどうするよ?』
そうだったな。
このザビエル野郎を縛ってゴミ箱に捨てるってのもいいんだけど……
『グルアアッ』
おっアイゴン起きたのか、早いな。
『アイゴンは最初から寝てないわよ、この子は私の聖なる歌声が効かないんだもの』
呪いと勘違いして吸収してたりしてな。
『失礼ねっ! でもその線も否定できない。けっこう精霊ってエグイ事平気でしちゃうし』
ほう? 例えば?
『私が制御しなかったらこいつらを永遠に眠らせる事もできるかも』
それ、いいじゃん。
つーか、今度は俺がこいつの魂を引っこ抜いて俺の使い霊にしてやろうか。
『えっそれはちょっと。私このおっさんと一緒に行動したくないわ』
うーむ……うん? アイゴン? どうした、外に出たいのか?
ローブから出ようと暴れるアイゴンを出す為に前を開くとすぐにスポンッと鉄砲玉のように飛び出し、床に着地するとブルブルっと震えて毛並みを整え始めた。
「窮屈だったな、ごめんなアイゴン」
アイゴンは全身の目を瞬きさせて俺を見るとすぐに俺に飛びついてきた。
うむ。愛い奴め。
手の平にアイゴンを乗せてぐにぐにと軽く揉んでやると気持ちよさそうに『グロァァ……』とうっとり目を瞑る。
完全なるリラックスモードだ。
しかし、ある程度満足したところで、俺の手の中から軽く飛び出すとヴェンゲロフの服の中へ入って行った。
『何してるのかしら。呪いの類は視えないんだけど……ううん。私、アイゴンに負けたくない』
対抗心に燃えたルッカまでヴェンゲロフの元へ飛んで行った。
アイゴンといえば、ヴェンゲロフの服の中をもぞもぞもぞもぞ……いったい何を探してるんだ……
「アイゴン……だめだ。そんな所汚いから早く出なさい!」
『グラアアアアアア……』
俺の命令が伝わったのか、ポンっと服の中から飛び出すと、俺の方をチラチラ見ながらヴェンゲロフの腹に向かって何度も何度も体当たりをしている。
『うへぇ〜……レオン、ヴェンゲロフのお腹を思いっきり殴ってくれる? 体内になんか仕込んでるみたいなのよ』
分かった。起きない?
『起きない起きない。起きたとしても何度でも眠らせてやるから早く』
間抜けな棒立ちのヴェンゲロフの近くまで行き、腰を落として渾身のパンチ。
グーパンだ。どうだ!!
『もうちょい』
もう一発。
『ちょっと、やる気あんの?』
……もう一発。
『はぁ……レオのこんな情けない姿……メイちゃんに見せたいわ』
待てよ! 俺、この間ガラの悪い奴ら纏めて倒したんだぞ? この拳で!
『ふーん。証拠は?』
くそっ……そういやこないだルッカよそ見してやがったな。
落ち着け。きっと無意識に力を抜いてしまっているだけなんだ、俺、心がとても優しいから。
こいつは悪い奴だ。
殴っても良い奴だ。
ついでにメイが大ピンチになった姿を想像しよう……
オラァッ!!!
……入った。
ヴェンゲロフのみぞおちを抉った手ごたえを感じると、口から林檎サイズの黒い塊が飛び出した。
涎だか胃液だかが絡みついてて気持ち悪りぃな。
『それ……魂よ?』
は? この黒いのが?
『うん。腐ってるけど』
いや、でも小さすぎないか?
『うん。何のかしらね。元々、この人のじゃない魂なのよ。だって、この人今死んじゃった』
死んだ……?
『もともと死んでたんじゃない? ……で、代わりにこの魂を入れられて生きている様に見えていたんだと思う』
傀儡ってこと?
『そうなるわ』
じゃあ、この黒い塊は……って
振り向けば既にアイゴンが取り込みグネグネと格闘……いや食事をしている真っ最中だった。
あんな汚いもん口に入れやがって。
『そういう子なのよ』
『グエエエ』とゲップしたと思えば、満足げにコロコロと俺の方に転がってくる。
久しぶりのお食事だもんな……良かったな。早く風呂に入れてやろう。
アイゴンはまたレベルが上がった。
呪いマスターになる日も近そうだ。
ヴェンゲロフは既に何者かに殺されており、呪われた魂を代わりに入れられて操られていたってところか。
今のところはそれしか分からない。
ヴェンゲロフ親衛隊は生身の人間だった。何も見つからず、操られてもいない。
……こいつら、主人がおかしいのに気付きもしなかったのかよ。
『ほら、もともとおかしい人だったから気付いても貰えなかったのかもよ?』
……なるほど。
それにしても、この状況……
国王、王妃は眠っている。
側には公爵が一人、死んでいる。
……事件だ。
事件現場だ。
『犯人は、レオンで決まりね!』
いやいや、俺じゃねーし!
でも本当にまずいよな。どうすっか。
『どうするもこうするも……そうねー。ロイ爺さんなら迷わず燃やすと思うわ』
なるほど。燃やすか! ってここでかよ!
『誰も知らない、隠し通路で……燃やしちゃうのよ』
まじか。ルッカ、今すげぇ悪い顔してるぞ?
確かにあそこは石造りだったし火事の心配はない。
……しっかし臭いとか平気かいな。
ルッカにMP貸して超火力で消し炭にして貰うとするか。
『えっ? なんで急に私? 私はそんなこと出来ないわよ? ちょっとだけ燃やす事はできるかもしれないけど……』
えっ、うん……ルッカはさ、ほら精霊使いだし、魔法も得意そうかなと思ってさ。
ほら、ルッカは何でもできるじゃんか。
『ううん。そんなことないわ! 私村でも一番の泣き虫の弱い子だったもの。確かに精霊と一番仲が良かったのは私だけど……魔法で消し炭になんてそんなこと出来ないわ』
……ルッカは……嘘をついているのか……?
だけど……もしルッカのいう事が本当なら……本当に本当だったら……エルフは絶滅していないと思うな、俺は。
……だってだぞ?
もしも、もしも本当に絶滅したというのならば、エルフという種族は……いや、もうこれ以上は俺には無理だ。
言えない。そんな事、絶対言えない。
『ちょっと、急に意味の分からない話しないで! 私は嘘なんかつかないもん!……で、えーっと。何の話だったっけ?』
……ああ、そうそう。
この死体を燃やす手伝いをしてくれって流れだったんだよな。
頼むよ、ルッカ先生! 先生なら出来ますって!!
『えっ! どうして急に先生なんて……うーん。じゃあ……少しだけ……ちょっとやってみるだけよ?』
そうこなくっちゃ!
ドンドンドンドンッ『……ヴェンゲロフ閣下、国王様の御仕度は整いましたでしょうか?』
扉を叩く音と共に迎えの者の声がする。
大丈夫か? 俺たち……ばれてないよな?
『チッ……邪魔が入ったわ、とりあえず隠れて様子を見ましょう』