84.幽霊騒動
張り切ってそこら中を飛び回り、床、壁、天井、調度品の類いをすり抜けまくるルッカを見ていると、自由に動けるようになって楽しそうだ。
そんなことしなくても視えるだろうに、わざわざあちこちをせわしなく探索している姿はなんとも可愛らしい。
いかんせんはしゃいでいるように見えるからいくら年長者なルッカでも何か見落とすかもしれないと、俺も鑑定で怪しい表示を探しながら慎重に歩く。
特に目ぼしい場所はまだ見つかりそうにない。
……せっかく侵入出来たものの、今はもう夜。
屋敷を出る時には何日も張り込むなんて話はしてこなかったから、今日はある程度の所で引き返さないと、俺の身に危機があったと父上かディアーナが勘違いでもして捨て身で乗り込んで来たらたまったもんじゃない。
……虫に血を吸わせて父上かディアーナとも連絡可能にしておくべきだったぜ。
隠し通路は見つからないし、開いている窓でも探して外に出る算段を見つけなきゃなぁ……
幸い、夜メシの時間があるだろうから厨房にでも行けば外への通用口位はありそうだと踏んでるけどな。俺の屋敷もそうだったし。
『ねぇ! 厨房もいいけど、女中達が詰めている部屋を探しましょう。こんな入り口じゃ時間の無駄よ』
いいけど、なんで女中の詰め所なんかに?
『入り口での衛兵達が女中の噂話の事言ってたじゃない!
女中同士のおしゃべりから情報収集するの』
なるほどな。確かにメアリ達も噂話好きだもんなあ。
それならさ! やっぱり厨房に行こうぜ? 今ならメシの支度で女中も厨房に来る可能性あるし、今日はあんま時間ないからさ。
『そうね……あー女中同士のあれやこれやを聞きたいのになあ』
それは明日にしよう。
いったん屋敷に引き返して、報告しないと。
俺、まだ子供だし。
『えー。つまんなーい』
分かるけどさ。父上に王城の主要な探索スポット聞いて出直した方が闇雲に探すよりいいじゃん、効率的で。
それに今日あんま食料持って来なかったから何気に腹が減った。
『あーそう。じゃあいいわよ。あーあ、私1人でも探索したかったなー。私、お腹空かないし』
…… 悪かったよ。
厨房の場所はすぐに見つかった。ここは人が多いな。
シェフが数人、忙しそうに次々と料理の準備をしていて熱気がある。
ぶつからない様に慎重に観察。
王都があんなにボロボロなのが嘘の様に用意されている食事も、調理中の食材も豪華だ。
ここ最近で王族が何人も死んでるってのに、自粛しようって気が微塵もなさそうだ。
女中達が数名、それぞれの主人の為の料理を受け取る為に集まってきていた。
シェフと親しげに話しながら少し料理を味見させて貰っている。
こんな場面を見せられてしまうと、平和な感じしかしないんだけどなあ。
それにしてもいい匂いだなぁ。腹減った……
『グルアアアッ』
まずいっ!
アイゴンも腹が減ったのか?
何とか懐のアイゴンを撫でて窘める。
『きゃっ! 今おぞましい呻き声が聞こえたわ?』
『私も……やだ。怖い……』
『どうした? 呻き声なんかしたか?』
『したわ! 私も噂話だと思っていたのに。やっぱりクラスト様がいらっしゃるのだわ。もういや……』
女中達が一斉に怖がり、厨房は騒然となった。
若い女中は目に涙まで溜めている。
……うちのアイゴンのせいで申し訳ない。
厨房で火を扱うシェフのおっさんにはアイゴンの鳴き声は聞こえなかったようで、困惑しながら女中達を宥めはじめた。
『色々あったから、聞き間違いかもしれないぞ? それにしても最近は一体どうしちまったんだろうなあ……』
『……クラスト様が、お怒りであられるんだわ』
『そうよ。あんな事になって……お優しい方だったから、ただ、お哀しみになられているだけかもしれないわ』
『……クラスト様がお亡くなりになって、ヴィラ様はもう毎日塞ぎこんでいらっしゃるし、お食事も召し上がって下さらないの……』
『そりゃあなあ……まだ皇子も姫君もお小さいし、浮かばれないだろうが……だが、この城が幽霊屋敷になるなんて……それこそクラスト様はそんな事なさる方じゃないだろうに』
『そうね、それならリオネル皇子? マルク皇子?』
『あの2人なら……やりかねないわよ。生きている時だって酷かったもの』
『クラスト様の暗殺容疑で怪しまれていたのもあの2人だったものね』
『そういえば、昔ヨハン皇子を暗殺しようとしたのだって、リオネル皇子だったらしいものね』
『おい、滅多な事を言うんじゃないぞ。どこで誰に聞かれるか分からない事を! 気をつけなさい』
『そんなの分かってるわ』
『私達だって場所を選んで話しているもの』
『でも本当にこんな恐ろしい所で働くのはもういやだわ。早く結婚してここを出たいわ』
アイゴンの鳴き声にさっきまできゃあきゃあ怯えていた女中達がその発言から理想の男性像の話題に変わって盛り上がっていった。
『……この女の子達は、まだまだここで働けそうね』
うん、俺もそんな気がするよ。
クラスト様ってのは先日暗殺された第一皇子だ。リオネル皇子、マルク皇子はヨハンの兄貴、第五皇子、第七皇子の事だろう。
あのバカ皇子も暗殺されかけた事があんのか。
あいつの兄弟だもんな。碌な奴じゃなさそうだ。
なるほどな。
この城内ではさっきの衛兵のビビリ具合も納得の幽霊騒動が起きていたってわけか。
ルッカさ、幽霊も視えたりする?
『視えると思うけど、今のところは何もいないわよ? そもそもレオだって見えちゃうんじゃない? あなたは私が見えるようになったっんだし』
えっ? ……そっか『死霊使い』……いや、俺はルッカだけでいいんだけど。たぶんルッカだけだよ、俺が見えるのは。
『ぷっ……怖がってんの?』
は? 怖くねーし。全然そういうのじゃねーよ。俺が言いたいのは……
『あっ! レオの後ろに……白い血だらけの人が』
「ぎゃああっ」
『きゃあああああああああ! 』
『何だ今の子供の叫び声は!?』
『高い声……マルク皇子?! いやああっ』
『うっ、うわあああん』
やばっ!
おい! ルッカ、何してくれんだ。
『……ごめぇん、レオこそ……弱すぎ』
アイゴンと俺により引き起こしてしまった、厨房のパニック騒動が収まるまで大人しく片隅でやり過ごす羽目になったのは言うまでもない。