83.侵入
『待って、レオ。外に人がいる! この扉を開けたらいくら透明だからってさすがにバレるわ』
マジか。クソッ無駄骨かよ。
『待ってなさい。私が一走りいって眠らせてくるわ』
階段上の天井にある扉にルッカがすうっと消えていった。
眠らせるとは言っても実体のない身体でどうやるつもりなんだろう。
扉越しに注意を払い、すぐに飛び出せる態勢で待機していると、ルッカの可愛らしい鈴の様な歌声が聞こえてきた。
耳心地のよい、安心する歌声だ。
前に精霊を呼び出す時に歌を歌うって言ってたから、きっと今の歌声は……
……なんだか、ねむたくな……
『レオ、いいわよ!……ちょっと……起きろバカレオン』
はっ……ごめん。寝てた!
さっきの歌声、妖精を呼んだの?
『あなたが寝てどうするの。そうよ、妖精の力を借りて眠らせた上にその前後の記憶も曖昧になる様に消したの。ほら、とっとと入ってきなさいよ』
……直近の記憶はある。扉越しで微かに聴いただけだから助かったのか。
記憶はちゃんとあるから……あるよな?
そっと扉を開けて入ると、薄暗い簡素な部屋の隅で器用に立ったまま眠る衛兵姿の男が一人。
『ここの見張りの人みたいね。今はこの部屋の外には誰もいないから早く行きましょ』
こいつがいると、もし帰りに国王と王妃を連れていた場合、邪魔になるな。
『その時はまた眠らせるから。今下手にこの人を縛ったりして見つかったらこの通路自体を封鎖されちゃうわ』
うーむ。
…… 逃げる時に追われてないといいんだけど。
ここは難所だと覚えておこう。
地下への扉を元通りに閉め、部屋の外に出ると外だった。
王城の裏庭とでもいうべきか、まだ完全に城内に入ってはいなかったか。
抜け道のあった場所は用具入れの様な古びた小屋で、人気のない王城の裏庭を警護する為の詰所としてフェイクを入れているのだろう。
騎士団の紋章が小屋の入り口に付けられている。
さてと、ここまでくれば姿の見えない俺達ならば簡単に城に入り込む事は可能。
しかしもう夕方か。
やっと隠し通路を抜けて侵入成功と思いきや、外は陽が沈みかかろうとしている。
途中まで抜け道に手間取ったからなぁ。
『夜の方が人も少なくなって動きやすいんじゃない?』
まあな。
盗み聞きで情報収集する予定だったが、
城内の隠し通路を探したり、王妃様の軟禁場所も特定しておきたいしな。
ま、今日は様子見で、ざっと見たら屋敷に帰ろうぜ?
隠し通路は一度通過して分かったから、今後は最短距離で行き来すればいいし。
『城内の隠し通路の在りかは優先度高めで探すわ』
城内へは簡単に入れるかと思いきや、鍵がかかっていたり、鍵はかかっていなくとも扉の側に衛兵がいてなかなか難しい。
ルッカがさっき使った術は、密室だったから使えたものの、同日に人目につく場所で何人かの人間が眠ったとあれば普通に外部からの侵入を疑われるだろうしな。
城の周りを歩いていると、丁度、城門を閉める準備に遭遇した。
おっと。ここを封鎖されると帰れなくなっちまう。
飛んで帰れるだろうから俺だけならそこまで困らないけど、救出時が夜だった場合はどんなに順調でもあの隠し通路を通らなきゃいけないのか。
白昼堂々と正門をパス出来るわけないし……
『ねぇっ! 今のうちにここから城内に入っちゃいましょうよ』
ルッカの指先す方向を見れば、正面の扉を警備する衛兵が交替の準備の為に真剣に引き継ぎをしている。
なるほど。
今なら少し扉を開けても気付かれないかもしれない。
いや、気付かれないようにやるしかない!
大丈夫、大丈夫だ。
俺は透明人間。
隠密モードも当然”ON”
……ドアの音さえ立たなければ、バレない。
『ギイ……』
……終わった。
扉ををそっと押しただけで、かなり大きく軋む音が鳴り、それが衛兵達に気付かれないはずはなかった。
『ヒッ!』
『馬鹿野郎! 情けない声を出すな』
『だ、だってよう。もう……夜だぜ? 始まったんだよ……あの時間が』
『そんなの、女中共の噂だろ?』
『でもさ……今……誰もいないのに…扉が開いたんだぞ……?」
『それは建てつけが悪くなってるだけだろ? 明日修繕の依頼を手配する。おい、幽霊だのなんだの……いい加減にしろよ』
扉を開けた姿勢のまま固まっている俺たちを他所に、この衛兵達は敵襲ではない何か別の者に勘違いをしたようだ。
流れから言って、”幽霊” だよな?
……お化けが怖くてビビっちゃう衛兵に正面玄関任せちゃ駄目なんではないかと…助かるけど。
『ラッキー! 早く入っちゃいましょ? それに幽霊がいるのは本当だしね』
…… だよな!
扉の隙間やわすり抜けるように侵入成功。
押さえていた手を離したので、扉はまた『ギイ、バタン』と音を立ててしまった。
外からは衛兵の悲鳴が聞こえて、ある意味一安心。
だけどさ、やっぱり人との接触を避ける為には隠し通路が一番楽だよな。
透明になれりゃ楽勝だと思ってたから、扉問題には参ったよ。
『そうね。でも、ま、中に入っちゃえばこっちのもんよ。』