81.隠し通路
どう、ルッカ。
『出た。……オーブから出れたわ!』
成功した!?
『出れた出れた! やったー!』
どうすか? ルッカさん、久々のシャバの空気は。
『思ってたより快適! ずっと閉じ込められてたからまだ落ち着かないけど、これはいいわ! ありがとう、レオン』
そいつは良かった。
で、今どこにいんの?
『窓のとこ。レオは見えないの?』
うーん? ああ! いたいた! 見えるよ! ルッカが見える!
窓際のカーテンの側に青白く光る幻想的なルッカの姿が見える。
幽霊なんてとんでもない。妖精だ。見た事ないけど、ルッカこそが妖精のようだ。
『えーちょっとぉ! 妖精だなんて……照れるわ』
……一度夢に見ただけのルッカの姿を肉眼で拝める日が来るなんて。
なんと! 美少女な上に谷間などというものがあるのか……最強じゃないか。
目の保養になるよ。『死霊使い』スキル大正解じゃん!
『はっ? サイテー。もしかしてあんたこれを狙ってたの? 私の美貌をタダで見るなんて許せないっ!』
ルッカは顰め面をすると、ただの布の服を頑張って伸ばして胸元を隠す。
そのせいで裾が上がって、太腿が……いいぞ、ルッカ。恥じらいも大事だよな。
『……あんたの頭の中身が全部筒抜けなのは変わらないのよ? いい加減にしないと……殺すわよ、この変態』
ごめっごめん!
許して。
俺だってスキル取るまではルッカが見えるなんて考えてもいなかったし、ルッカを少しだけでも自由にしてやりたかっただけなんだ。
エロイ目で見たんじゃなくて、芸術的な方のエロスのやつだから……
まだ殺さないでくれ……俺には養わなけりゃいけない家族が多いんだ。
『……面倒臭いからもういいわ。それ以上喋らせたら確実に殺意が増すだけだし。さて、話を戻しましょう! オーブから出してくれたお礼に明日からの侵入大作戦、私も自由に捜索しまくってやるわ!』
ありがとうありがとう。
ルッカの大人な対応には助かるよ。気持ちの切り替えって大事だよな! さすが200歳。
『マジで死にたいのかしら……』
その夜はルッカの可動範囲と俺とルッカが通信可能な距離を検証していった。
結果としてどっちも約500m程度。
それ以上はルッカは俺のいる位置から離れられないし、代わりにその距離までなら意思疎通が可能だった。
王城はでかくて広い。
だから、完全に二手に分かれるのは無理。
勿論、王城と神殿を分担しての捜索なんて不可能だ。
まずは王城から、で話は纏まった。
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朝、目がさめると視界が暗い。
うん? 目が開かないぞ……? それに顔がなんかくすぐったい……
「ぎぃゃあああああああああああっ!!!!」
虫が! 俺の顔にぃぃっ!!
『……朝からうるさいわね』
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!
ゴキ……虫を引っ捕まえて顔から剥がす。
驚いた虫が俺の手の中で暴れ出す……酷い。なんて酷い寝覚めなんだ。
何とか虫を耳に当てると、ロイ爺とメイからのメッセージ。
『レオン、城へ潜入するだろうと思ってのアドバイスを一つ差し上げましょう。王都から南に少し行った所に廃村があります。そこに一軒だけ柵が張られてある民家に入りなさい。地下から王城までの抜け道がありますぞ。……気をつけて行きなさい』
『メイはまものをたくさんたおしたよ! にーにもがんばって』
ロイ爺、相変わらずの読みの速さだ。
メイ、相変わらずの癒しだ。
俺はすぐに、これからの作戦の予定と国を出る可能性がある事、ヨハンをまだ王都で見かけていない事、メイへのお礼をを手短かにメッセに残し、虫を放った。
虫はカサカサと微かな音を立て壁の隙間を縫うように消えていった。
顔と手を念入りに洗い、寝ている間に虫が口に入ったかもしれないという考えが脳をよぎり真剣にうがいをした。
ハンナがやって来た。
「レオン様、ロイからの手紙の返事が遅くなり申し訳ありません。……日に日に王都の情勢が悪くなり、何度も何度も書き直し、最終的には信頼して手紙を届けられる配達人がいなくなってしまい……」
ハンナは申し訳なさそうな表情で、言葉に詰まりながら経緯を話してくれた。
前に土産で買ったネックレスをブラウスの上から付け、時折、大事そうに石の部分をそっと触れる。
……白髪がまた増えたな。
「いいよ。俺たちも領地で色々あって忙しかったし。それに、予定より早く王都に来られて実際に王都の現状を見ることが出来たんだ。ハンナは気にしないで」
『レオ、”俺”って言っちゃた』
えっ!? マジ?
だが、ハンナには聞こえなかったようだ。
目元をハンカチで拭うと、俺をべた褒めした上にただ心配する言葉を伝えると俺を抱きしめて震えていた。
「ハンナ、安心してよ。無茶な事はしないから』
俺はゆっくり背中をさすってやりながらハンナを宥めると、徐々に気を取り直してキビキビと俺の身支度を手伝ってくれた。
動きやすい、それでいて貴族な感じの服だ。
どうせローブで身を消して行動するから適当な服で良いんだけど、まだハンナにはローブの事は話してもいないし話す気もない。それに王都にはこんな貴族服しかなさそうだしな。
朝食の席にはディアーナもいた。
しかもなんと上座に鎮座している。
なぜ俺たち家族と同席が可能なんだろう。
父上ももう俺たち家族は貴族位を棄てたつもりなのか、だいぶ緩いな。
ま、一般人に身を落としたなら、強いディアーナが上座で正解か。
「父上、母上、遅くなり申し訳ありません」
俺は詫びを言って、急いで席に着いた。
早々に食事を終えると、人払いした居間で父上に今日の偵察について話す。
ローブを着て透明になった姿を披露すると、
「そ……それは王家に伝わる国宝。レオン、あなたどうしてそれを持っているの?」
と、母上が青ざめ倒れそうになり、父上が即座に母上を抱きとめた。
俺は大慌てでこれまでの領地での出来事をかいつまんで説明していったが、その内容も全く平和な話じゃない。
バカ皇子の現状を知って、今度は父上が顔を青ざめた。
「と、とにかく今は王都も領地も危険なのです。父上、母上、しばらくはディアーナにこの屋敷の用心棒をしてもらいますのでご安心を。何時でも逃亡可能な様に準備していて下さい」
「なっ! ひm……いや。ディアーナ殿は……客人であられるのにそれはいかん。私も左手だけだがまだ戦えるぞ」
「旦那様。私は旦那様のご厚意により雇い入れて頂いているだけの下賤な身でございます。ですが、心より旦那様と奥方様を御守り致します。……逃亡資金は本当に必要な……大切な物です。是非、早急に……しかし目立たぬようご準備を」
ディアーナは凛々しい表情で父上と母上を前に跪いて言った。
そしてすっと立ち上がると一切の無駄な動作も無く振り向き、俺を見た。
「大抵の城には隠し通路があるわ。ローブがあるから行きは必要ないかもしれないけど、そのローブの大きさじゃ国王と王妃までは身を隠せない。いざという時の為に探しておきなさい」