76.黒き光る物
封印した箱を交代で見張りについていたが、夜中にバカ皇子はそれを軽々と破りバカ笑いをしながら飛んで消えていった。
即座に追いかけたが、何かに操られた様に物凄い速さで王都方面へと消えていった。
『ヤバくない?』
やばいよな。
降霊祭までまだ数ヶ月もあるというのに、異常事態だ。
まるでこれからの事が予想出来ない。
王都で偽装、情報収集作戦も出来るかどうか……
バカ皇子のせいでここも危ない、王都の家族も心配だ。
どうする?
俺達はパーティーを分ける事にした。
領地チーム、ロイ爺、ボン爺、メイ。
王都チーム、ディアーナ、俺+ルッカ、アイゴン。
メイが狙われているかもしれない事を知ってしまった今、メイと離れ離れになるのは嫌だ。
だけど、メイはロイ爺の弟子として行動を共にすると異論は認められなかった。
ボン爺は俺の警護担当のはずなのに「あそこじゃわしの出来る事は少ない。お前もそろそろ独り立ちしろ」と冷たく言い放った。一緒に来てはくれないらしい。
まぁ、メイを守って貰えるのは有難い。
ディアーナは魔族がいるかもしれない王都へ向かう気満々だ。
今回は降霊祭まで領地に帰ってくる事は難しそうだと踏んでいる。
アイゴンの為に泉の水を持って行きたいがどうすれば良いか。
「仕方ない。これを貸してやる……無くすなよ」
ボン爺が魔法道具のあの収納袋を貸してくれた。
以前「死ぬまでやらん」と言われたあの袋だ。
元々袋に入っていたボン爺の荷物は不本意ながらロイ爺に預けるらしい。
俺は泉の水を汲んでは魔法を使い凍らせた。
水魔法の応用だ。妄想力の半端ない俺には簡単に出来た。
氷を大量に作って袋に入れた。
そうだ! この中に以前メイ入ったよな?
この中なら絶対に安全だ!
袋を頭からメイに被せようとすると思い切り拒絶された。
「いーーーーーやーーーーー! にーにのバカ! 」
「頼むよメイっ! 入ってくれ!」
「ぃやぁああああっ! キライっ!」
なんと……嫌われた。
周囲の目も何か冷ややかだ。
どうしてだよメイ……何で分かってくれないんだ。
その様子を見ていたアイゴンも慌てて俺の服の中に隠れてしまった。
何故だ。……何で俺のやろうとしている事が分かるんだ。
メイに謝り倒し、何とか別れの抱擁をする事が出来て良かった。
ボン爺から、通信用と言われる虫を渡された。
長い触角を4本持つ黒光りのする……あまり触りたくない形状の虫だ。
こいつは物凄い生命力の持ち主で物理耐性と魔法耐性を持っている。
雑食の上数週間食べなくても生き延びるし硬い甲羅を持つ割に小さな隙間でも通り抜ける。
そして速い。
王都-領地間なら2時間程で移動するという。
そんな最強な虫だというのにこのゴキ…ではなくこの虫は温厚で平和主義な性格で通信機能としてのみしか活動しないらしい。
この虫に俺とボン爺の血を1滴ずつ吸わせる事でどこへでもメッセージを運ぶ事が可能となるらしい。
ボン爺、ロイ爺もこの虫をそれぞれ数匹所有しているらしく、俺にも1匹分けてもらったという次第だ。
苦痛だと思えるのは、この虫を手づかみして腹の部分に口を近づけ話さなければならない。
もちろん聞く時は耳をあてる必要がある。
どう見てもアレにしか見えないその虫を、適時連絡用の為に俺は常に懐に入れておかなくてはならなくなった。
臭いはないが、触りたくない。
メイ、だめだっ。その虫を触ってはだめだ!!!
泣きそうになりながら何度か使い方を覚えるために練習させられた。
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今回も俺とディアーナは偽装を使い馬を使って王都へ向かった。
バカ皇子には一度も会わなかった。
王都にいるのだろうか。
それともおかしくなってどこかへ消えたか。
道中の街での簡単な情報収集によると、王都へ近づけば近づくほどあまり良い話を聞かなくなっていた。
ここ最近、突然の様に貴族達のの領地での横行が日増して悪くなっているらしい。
原因は分からないが穏やかだった領主が急に変わってしまったという。
素朴だが綺麗に整備されていた街並みには雑草が伸び放題となり、ゴミもそこら中に落ちていて悪臭がする。
ガラの悪そうなみすぼらしい人間がホームレスの様に道の片隅に点々と寝転がっており、町人達の活気も以前よりも無くなっていた。
立ち寄った店の人や宿屋の主人からは、旅人を装う俺達に、『王都へ行ってもいい事はない。やめておけ』と言われた事もあった。
ほんの少し前はこんな事なかったのに。
王都がどうなっているか心配だ。
悪い予想は的中し、王都へ入り城下町を通ると以前とは比べ物にならないスラムの様な街並みと化していた。
城下町なのにこれまで通って来た街以上の悪化だ。
表通りの店は閑散とし、窓ガラスが割れていてもう廃墟となってしまった店もある。
以前来た裏通りよりも治安が悪い。
裏通りはより酷く、パッと見は人がいないのに瓶が割れる音や叫び声が家や店の中から聞こえてくるのだ。
以前ボン爺と一緒に入った店はまだやっており、入ってみようとしたところ、ドアを開けた瞬間に酒瓶が飛んできた。慌てて避けて中を見ると、薄暗く汚い店の中にはむさくるしい無精髭をはやしたおっさんらが数人乱闘をしているところだった。
酔っ払いのただの喧嘩にしては、ナイフが飛び交い何人かは床に倒れている状態で、俺とディアーナはすぐさまドアを閉めて店に入るのをやめた。
俺に予言した老婆の店はやはりなかった。
貴族ご用達の街は比較的まだましだったが、道端にはゴミが散乱しているし既に閉まっていてやっていない店の方が多かった。
あらかたこの王都での商売を捨て、見限ってどこか別の場所に拠点を移したのだろう。
遠くに見える王城は、遠目にも白い壁に汚れが目立っている。
あんなに白く綺麗に輝いていたのに。
街の散策を終えると、夜更けまで時間を潰すつもりで城下町でまだやっていた小さな食堂に入る事にした。
しかし早々に追い出された。
以前は陽が落ちかけていても開いている店が多かったのに、どこも陽が落ちる前には店じまいをするようになってしまったらしい。
俺達は、その辺に寝転んでいるホームレスと同様に、人のいない街の片隅を選んで顔を隠し座り込んだ。
「嫌な予感がするわね……」
小声でディアーナが言った。
その通りだ。
こんな光景を見せつけられて、嫌な予感しかしない。