67.森の守り神
あの目玉の球体の魔物、アイゴンを倒したい。
森での昼間の訓練中、あの魔物はずっと同じ場所に佇んでいるだけだったのにボン爺もディアーナも近づこうともしなかった。
後で理由を聞くと、「あれは見たことが無い。気味が悪い、下手に手を出す魔物じゃない」「気持ち悪いじゃない、剣を当てるのも嫌よ」ということだ。
でもなー。
俺のあとをくっついてきたメイと手を繋ぎながら屋敷に入り書庫に向かう。メイには動物の絵が載っている本を取って渡し、魔物の本を探し出してパラパラと捲ったが、”アイゴン”は載っていなかった。
メジャーなやつじゃないって事か。
「メイも、あの目玉の球体見ただろ?」
「んー。見たよ。かわいかったね!」
本を開いてうさぎの絵をじっと見たまま話すメイ。
「可愛かった? あれが?」
「うん。いっぱい目があってかわいいよね。メイのいた村にもいたよ!」
「えっ? 本当に?」
「うん。もーっとこんなに小さくていっぱいいるよ。
でもさわっちゃいけないんだ。」
メイは本から顔を上げると、小さな手のひらで大きさを教えてくれた。
子供の両手の平ぐらいの大きさの目玉の球体が沢山……
「いっぱいいたって……触ってはいけないっていうのは毒があるからとか?」
それとも呪いか
「んーん。森のまもりがみさまだからだよ」
「えっ? あれが?」
「うん。」
「……ごめん、メイ。詳しく教えてくれないか? どうして守り神なんだ?」
だって魔物だぞ。
「ママが悪いものを吸い取ってくれるって言ってた。
それにさわるとねばねばするしすぐ死んじゃうの。
だからさわっちゃいけないんだよ」
「はっ? メイは触ったことがあるの?」
「うん。ちいさいとき……かわいかったから」
メイの耳がしょげた。
悪い事をしたって思ってるんだろう。
でも、あれを触ったって……『呪い』はどうしたんだ。
しかもあいつ、レベルすごく高いぞ?
メイが言ってた奴よりは弱いとは思うけどさわると死ぬって……
「メイ、色々聞いてごめん。メイは悪くないよ。知らなかったんだろ?仕方ないじゃないか。
それで、その後メイはなんともなかったの?」
「うん。近くの川でぜんぶあらったよ?」
「ぜんぶ……いや、病気になったりとか、ケガをしたりは?」
「してないー。メイはいつも元気だよ!」
『今、ざっと視てみたけど呪いの類はかかってないわ』
ありがとうルッカ。
でも、じゃあ呪いは発動しなかったって事なのか。
良く分からないな。
……ロイ爺は何か知っているかな?
「呼びましたかな?」
おっと、だがもう驚かないぜ。
「ロイ爺! いい所に。あのさ、森にいる魔物なんだけど……」
俺は目玉の魔物の特徴と、『呪い』の力を持っているようだという話をかいつまんで説明し、聞いた。
万能過ぎるロイ爺なら何でも知っていると思ったが、知らないそうだ。
「そういった魔物は昨夜はおりませんでしたな。……ふむ」
ロイ爺は奥の本棚に向かうと無駄のない華麗な身のこなしで本を手に取りその場で捲り、本棚に戻す。
3冊目の本を開きながら、ロイ爺はメイに聞いた。
「メイ、その魔物を触った後に何か起きた出来事はあるか?」
「うーん……わかんない! メイ、そのあと悪いにんげんにつかまっちゃったから知らないよ?」
「ほう、レオン様、分かりましたぞ。おそらくこの魔物でしょう」
「ちょっと待って! ロイ爺のメイへの話し方!」
「ほっほっほっ。なに、レオン様の旅の間にメイは私の弟子となったのです」
それはメイのステータスを見たから知ってたけど
「でも、俺は? 俺はロイ爺の弟子なんじゃないの?」
「おや。レオン様を弟子だなどとは、恐れ多い事です。」
「いや……俺の方が先に教えて貰ってたし、それに俺の事も呼び捨てでいいよ。
敬語もいらないし、メイと同じ対応にしてよ!」
「ほう、しかしそれではテルジア家のせめてもの示しがつきません。」
「いいんだよ。俺なんか貴族らしいこと何もしてないし、メイと同じだよ。
ボン爺だってもう俺の事呼び捨てにしてるし、ロイ爺もそれでいいよ」
「なんと……それは、それでは、レオン様の私への御命令という事で宜しいですかな?
しかし、敬語はもう習慣づいていますから抜けきれないでしょう」
ロイ爺の表情が珍しく狼狽し、言葉が詰まった。
こんなロイ爺初めて見るな。
……まあ、それでもいいか。
メイにはナチュラルに敬語なしで話してたのは聞かなかった事にしよう。
「うん、それでいいよ。まぁ使用人には怒られるかもしれないから修行の時だけでもいいし。
」
脱線した話が終わったところで元の魔物の話に戻る。
ロイ爺が見せた本は、メイの故郷ビュイック諸島に関する旅行記で確かにその中に守り神として”アイゴン”の紹介がされていた。
そこでは”アイゴン”は魔物として認識されておらず、森の魔素を吸収し浄化された空気を生み出す生き物として記載されていた。
魔素が濃すぎると魔物が増えて島に損害が出るから島人達にとっての守り神であるという事だ。
そういや昔、神様に忠告されたことがあった。
確か害のない魔物を殺し過ぎるとポイントが減るって言ってたな。
大きさは手の平サイズのものが多く、稀に魔素を吸い過ぎて大きくなる場合もあるらしいがそれでもこの本では大人が両手で抱えるぐらいの大きさらしい。あのデカさは異常なんだ。
この魔物は、風に吹かれて転がって移動し、自ら動く事は無い。
むやみに持ち上げたり強く握ったりすると、ショックで死んでしまうらしい。
とても繊細な魔物なのだ。
そして、死ぬときは体が弾け飛ぶらしい。
その時にアイゴンの体の中に濃縮された魔素が撒き散らされて、死ぬほどの事はないがあまり良くない事が起きるという言い伝えがあるそうだ。
「この記載が本当なら、メイがアイゴンとやらに触れて殺してしまったせいで誘拐されたと考えられます」
ロイ爺は俺の耳元でメイには聞こえない様に言った。
「そうだね……あの魔物さ、相当魔素を吸い込んだんじゃないかってくらい大きかったんだよ。
例えば、魔素を取り込み過ぎて爆発でもしたら……」
「相当な量の魔素……いや濃縮されて『呪い』となったものが飛散されるでしょうな。
昨夜はいなかったのに、朝方から数時間程度で大きくなったとあれば今頃どうなっている事か」
『呪いの程度も大きいと危険になるのかしら』
「……それってまずいよね。ルッカが言ってた森にいる主だか核を早く殺さないと。
どうせそいつが原因なんだろうし」
「そうですな。もう少しレオンが慣れるまでは近辺での修行をするつもりでしたが、なるべく早い方が良さそうだ。今夜はディアーナ殿も連れて奥地へ向かいましょう」
『まだ時間あるわよね。魔物が放つ呪いの種類を少しだけでも勉強しておきましょう』
気が付けば膝の上に本を乗せて眠ってしまったメイをロイ爺が抱えると、ボン爺と小屋へ届けに行った。
俺も部屋に戻り呪い関係の本を開く。
『だいたいは体力を奪ったり、体を不自由にしたりするものなのね』
うん? もしかしたらそれ、俺かけられたことあるかも。
『へ?』
前にグローマっていう黒い熊みたいな魔物がいたんだけどさ、そいつ黒い靄みたいなものを放ってくるんだよ。一回当たった事があって確かに動けなくなった。
あれは……呪いだったのか。
重力魔法だと思ってたけど、スキルを取得してから発動させてなんか違うなーと思ってたんだよな。
まあ後悔してないけど。
『そう。ねぇ、この変な大きな花の形をした魔物、悪い運命を導く呪いをかけるみたいよ。
メイちゃんにかかったのはこの類のものかしら。ということはアイゴンの体内にある呪いも……』
ああ、半年後の事が頭にあるからか嫌な予感しかしない。
夜までに何も起きない事を願うしかない。