59.偽装
夕方には王都に着いた。
久しぶりに来た王都は特に何も変わりない気がする。
陽は落ち既に店じまいしている店もチラホラしているが代わりに食堂らしき店には活気があり人もまだ多い。
城下町入ると俺たちはかなり旅で汚れているって事に気が付いた。
身なりだけを見れば到底貴族には見えない。
このまま貴族街に入る訳には行かないと、開いている服屋を探し、汚れがまだまともなボン爺とディアーナが適当な服を全員分見繕って来てくれた。
俺は巨大オロチの血で汚いし臭いし、父上は大怪我によりボン爺に借りたマントの下は下着同然だ。
ボン爺とディアーナは土埃程度の汚れだけだ。
父上は仕方が無いとしても、俺がいかに旅に慣れていないかを思い知らされた。
服を購入すると、着替えと簡易的に汚れを落とす為に宿屋に入り、やっと少しだけ臭いを落とす事が出来た。
メイに出会った時の事を思い出す。
そういえば、あの魔女の店はあるのだろうか。
「ほれ、腹が減っていたらこれでも食っておけ」
いつの間にかボン爺は食料を調達していた。
久しぶりのまともな食事だ!
前に食べた事のある蒸した魚や揚げたミミズ、他にも肉や果物もある。
皆も同じ気持ちだったからしばらくの間、言葉少なに目の前の食料にがっついた。
「屋敷への異動は夜が更けてからにするぞ。
それまでは目立たん方がいいからな。
窮屈だがここで待機だ。」
「あのさ、ボン爺。前に行った魔女の店があるか見に行きたいんだけど」
「ああ、わしも見てきたが無かった。
そう上手くはいかんもんだな」
「そっか。」
あの魔女に聞きたい事が山ほどある。
今回の父上に起きた危機は予言には無かった事だし、もし俺たちが助けに行かなかったら死んでいた事になる。
ボン爺は魔女の予言は絶対だというが、予言よりも半年前に俺は王都に来てしまったぞ。
未来は変わっているんじゃないのか?
それともここまでは既定路線だったのか。
一人で考えても答えが出ないこれらの事を魔女に聞きたかった。
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特に何をするでもなく時間は経ち、街の居酒屋も閉まった夜遅く、馬に乗り静かに屋敷へと向かう。
夜道を出歩く人はいないが治安が悪さは感じない。
屋敷には既に報らせが入っていた様で使用人達が出迎えてくれた。
屋敷の中も何ら変わりがない。
父上が死にかけた事、昨日繰り広げられた戦闘が嘘の様に平和である。
あの神殿の服を着た魔族とは一体何だったのか。
しかし屋敷中の皆が父上の失った腕を嘆いた。
特に母上の悲しむ様は見ていて辛いものがあった。
俺は両足だけでも無事に戻せたから仕方ないと思えるけど、母上も屋敷の皆にしても知らない事だもんな。
夜も遅いから早々に部屋に引っ込み風呂に入って寝た。
数日ぶりのベッドに入れば何も考える事が出来ず眠ってしまった。
何か夢を見た気もするが全く記憶には残らなかった。
翌朝にはもう早々に国王への報告に王城へと参上するらしい。
前回王都に来た時は俺の着る服を嬉しそうに選んでくれた母上は、父上が腕を無くした事にまだ立ち直れず部屋で休んでいるらしい。
もし両足まで無くしていたらどうなっていた事か。
母上の代わりに登場したハンナが選んでくれた久しぶりのヒラヒラした服を着せてもらう。
昨夜はハンナも父上の事に悲しんでいたが、一夜明けた今朝はもうキビキビと働いている。
髪を隠す為に包帯を頭に巻くと父上と共に馬車へと乗り込んだ。
馬車の中では『隠密』がアクティブ状態になっている事を確認。
ボン爺やディアーナと一緒にいると『隠密』の効果を忘れがちだが、王城ではかなり役に立つ事は前回のパーティーで証明済だ。
馬車が止まったのは前回来た時とは違い簡素な出入り口だった。
簡素なっつってもそれはパーティー会場に比べてだから充分金がかかってる感じはするんだけどな。
父上に付いてやたら長い廊下を延々と進み、小部屋で待機。ここで王様に呼ばれるまで待つらしい。
どうせ小一時間待たされるんじゃないかと踏んでいたが10分程で呼び出された。
王城の使用人に付いて父上と共に国王の待つ部屋へと入ると、そこには厳かな玉座に座る国王と、側にドゥルム公、他数名の貴族が集まっていた。
『鑑定』では変わった事はない。
王都に入ってから今のところ魔族は一人も見ていない。
「この度は、お目通り頂きありがとうございます。
昨夜遅く北の祠より帰還いたしました。」
「うむ。ご苦労であった。
して、魔物は退治出来たのか」
「は。・・実は、北の魔物の正体は賊でした。
祠に到着してすぐに、付近に潜んでいた賊数十人より奇襲を受けたのです。賊は何とか倒したもののその後魔物の姿も気配もありませんでした。
祠の加護はまだ生きており、魔物を寄せ付けてはいない様です。」
「なんと、それでは光と月の巫女が封印した魔物とは一体何であったか」
「それは、・・・私にも分かりかねます。」
「ふむ、不思議であるな。
ドゥルムよ、お前は魔物だと言っておったが実態は賊であった。神殿の報告とも違う。
どういう事か何か分かるか?」
「はっ。私めは実際に北へ参ってこの目で見ておりませぬゆえ・・・詳しい事は神殿へ再度調査致します。」
「そうだな。私も調査に加わろう。
ところで、テルジア、その腕はどうした。」
「は、賊の奇襲により奪われました」
「なんと、それは痛ましい。
此度の遠征はお前の身分と年齢を考えれば苦労をかけた。よくぞ賊を壊滅してくれたな。」
「いえ、私の職務にございますゆえ」
「よいよい、今後は軍事指揮は他の若き者に任せていくべきなのだ。いつまでもお前に頼るわけにはいかぬ」
ドゥルムの顔が険しい。
父上を陥れようと、殺そうとした癖に。
よくもそんな態度が取れるな。
「して、テルジアよ。
今日は息子も連れて来たのか」
ドゥルムを含む周りの貴族がざわついた。
やっぱり俺の存在に気付いていなかったか。
つーか、国王の鋭い眼光はだてじゃないな。
あの人俺の爺ちゃんなんだゃな、全然実感湧かないけど。
「は、息子レオンは此度の私の遠征に合わせ心細くなっている妻の為に密かに王都へ来ておりました。
本日は私の怪我を心配し、共に来てくれたのです。」
「ほう、それは何とも心優しい息子を持ったな。
して息子のレオンよ。頭の怪我は如何した?」
「・・お目通り頂きましてありがとうございます。
領地にて少し体を鍛えようとしましたところ少し怪我を。」
「それは、大変であったな。
そのように頭を覆う程の怪我とは」
「いえ、使用人達が大袈裟なだけで大した怪我ではございません」
あんまり触れられたくない話題を国王自らされると焦るな。
まあ、やっぱり無理があったか。
国王への報告が終わり、帰る事になった。
特に何も収穫が無かったな。拍子抜けだ。
「テルジア公、よくぞ無事に帰られたな。」
げ、ドゥルムだ。
「ドゥルム公。ありがとうございます。
手強い賊でした故、魔物退治よりも手強く感じましたぞ」
「ハハハ。かつての英雄が何を仰る。
それにしても腕は残念でしたなぁ!
もう剣を握るのも難しいでしょう。
テルジア公が軍事を行えないとなると、
王都で特にやる事もないのでは?
領地に戻って病弱の息子殿と静かに療養した方が宜しかろう。」
「お心遣いは嬉しいのですが、
剣は握れずとも今後は育成に力を入れなくてはなりませぬ」
「ふん、ところで息子殿はいつ王都へ来たのです?
お忍びとはいえ全く気付きませんでしたぞ。
それに怪我をしているのにもかかわらず。
一体どんな怪我なのです?
まるで頭を見られると困る様な隠し方にも見えましてなぁ?」
「額を少し切っただけです。
もう傷も塞がってはいるのですが、使用人達が心配性でして。」
何だこいつ。
クソ野郎の癖に妙に鋭いな。
俺を疑っているのか?
父上殺しの首謀者はこの野郎だ。
今回ドゥルムの手先が全員消えた事に突然の俺の登場は怪しまれても仕方ないか。
ドゥルムの手先に俺の姿は見られていないはずだが、
髪の色が違う事を知られたら、それはそれでまずい。
「ほう、治った怪我に包帯とは。
それこそ不思議な事ですな。
大した事が無ければ私に見せて下さいませぬか?」
やっぱりだ。
こいつ、俺を疑ってる。
どうする?
このジジイ絶対に包帯を取らせる気だぞ。
父上が話をごまかそうとしても、全く譲る気配がない。
・・・・『偽装』を取るしかない。
チッ。このタイミングでスキルを取る羽目になるとは。
父上がドゥルムに適当に話を合わせている間に、俺はそれとなく父上の後ろに隠れ『偽装』を取得した。
ステータス画面が他人にも見えるのかは分からないが念の為、だ。
スキルの練習もせずに上手くいくか分からないが仕方ない。
俺は包帯をゆっくり外しながら”偽装解除”を強く念じた。
包帯から髪を少しだけ覗かせ、
「父上、傷はこのあたりだったのですが
大丈夫そうでしょうか」
「・・・!!!大丈夫じゃないか。
『治っている』ぞレオン。
実は私も心配していたんだ。
本当に皆心配性だな。全く!」
「良かった。
ドゥルム公爵、見苦しい所をお見せしました。」
「・・・ふん、領地育ちだから分からないかもしれんが
あまり王都で紛らわしい事は気をつける様に」
そう詰まらなそうに言うと、ドゥルムは早々にいなくなった。
帰りの馬車で「寿命が縮まった」と父上が言っていたが、分かるぜ、俺もだ。
とりあえず、変な疑惑は持たれなかったはずだ。