42.閑話(ロイ視点)
とりあえず、閑話シリーズはこれで終わりです。
今後はランダムに入れるかもしれないし入れないかもしれません。
私は、ロイ・ジャン。
年齢は57。
ナリューシュ王国テルジア家お抱えの執事をしている。
だがそれは表向きの仕事になる。
私の本来の仕事は主に諜報に暗殺であり、王城や敵対貴族の屋根裏や隠し通路に地下道などが仕事場だった。
だがそれも遙か昔の話。
現在は領地を担当、領主のガルムに代わり領地管理や息子の警護観察と大した仕事はしていない。
退屈な日々を送っている。
私の出生については不明だが、生まれも育ちも陽の当たらない所だったとでも言っておこう。
なに、育った家が裏稼業のアジトだったというだけだ。
物心がつけばその辺に幾らでも落ちているナイフ等の武器を手に闇夜に遊び、
昼間は暗く黴臭い部屋で眠る生活を送っていた。
貴族の華やかな暮らしなぞには縁もないゴロツキと娼婦の据えた臭いとキツイ香水の香りの蒸せ返るボロ家で、鼠と同等の扱いで幼少期を過ごした。
父親も母親もこの中の誰かか、或いはもういないかだろう。
飢えていた私は落ちたパンの欠片を拾い、奴らが飲んだ葡萄酒の瓶を割っては舐めとった。
早々に鼠とのパン屑の取り合いが面倒になり、家中の屋敷の鼠を殺し近くの森で焼いていた。
おそらくその結果、劣悪な環境でまともな食事も与えられなかった割には大した病も患わずに生き延びてしまった。
死んだ方がマシともいえる場所だったにも拘らず。
そうなると私は奴らに食扶持として認められ、裏稼業を仕込まれるようになっていった。
屋根裏や狭い路地、木の上や身隠れし難い場所は
身軽に動けて力も必要とせずに殺せる、子供の私の仕事場となった。
上手く殺せばパンにありつける、それだけの感覚しか無かったから簡単な仕事だと思っていた。
大分経ってから母は既に死んでいる事を知り、私に仕事を教えた父と呼べる者もその後すぐに死んだ。
死に様は見ていない。
仲間が証拠を消すために死体を焼いた、と聞いただけだ。
死んだら終わり、こういった連中はそれだけの安い命しか持っていない。
裏稼業の人間など人の生き死にに頓着なぞしないものだ。
当然、私も自分の命に興味がなかった。
依頼を受ける。
証拠を残さず達成する。
金を貰う。
毎日がゲームの様なものだった。
ある時、私に初めて人の心が生まれた。
その頃の私は一人家を出て、転々と放浪しながら食い繋ぐ生活を送っていた。
どんな小さな町でも村でも私の様な人間に依頼をしてくる奴はいる。
その時も下らん理由で殺しの依頼があった。
しかし私は、あろう事か殺しの標的の女性に惚れてしまったのだ。
見目は絶世の美女というほどではなかったが、日中昇る太陽のようなオレンジ色の髪をした、笑顔が印象的な女性だった。
そんなたわいのない理由だった。
私は、依頼主を殺して裏稼業から足を洗った。
ターゲットだった女性とは一度も会う事の無いまま立ちさった。
太陽の光が似合う彼女と暗く黴臭い私など近づく気にもならなかった。
遠くで元気に生きてくれているだけでいい。
それ程にも純粋な恋情だったのだ。
しかし、彼女はその数年後には流行り病で亡くなったという情報を得た。
病で死ぬと知っていたなら私の手で楽にさせてやりたかった。
私なら、死んだ事にすら気付く事もなく痛みも苦しみも伴わせず殺せたのだから。
惚れた女性が死ぬと、枷がなくなった私は裏稼業に戻った。
裏稼業から足を洗っていた間に身につけた知識や技術で、私は貴族お抱えの闇人となった。
貴族は金払いが良かった。
将来の事は考えていなかったものの、また気まぐれで辞めたくなった時に金は多くあればあるほどいい。
一人の人間に長く雇われるのは性に合わず、
私は様々な国を跨いでは数多くの貴族の元を渡り歩いた。
ナリューシュ王国のドゥルム公の元にいた時に、前テルジア伯の奥方の暗殺の依頼があった。
ドゥルム公は典型的な腐敗した貴族で、気に入らなければすぐに暗殺の依頼をしてくる様な人間だった。
確か、奥方がドゥルムの誘いを断わったという理由だった。
私は金さえ貰えれば何も感じることは無い。
1人女を殺すだけで、今日はもう酒でも飲めると気楽に目的屋敷に忍び込んだ。
ターゲットの奥方、ヤハナ夫人を見て気が変わった。
私のかつて惚れた女性に似ていたからだ。
私はドゥルムを裏切った。
そもそも奴は私の姿など知らないのだから簡単に消える事が出来る。
そしてその足で、前テルジア伯であるバルグの元へ行くといとも簡単に雇われた。
平気で変わり身のする私を、バルグは気にも留めていなかった。
バルグの私への命令は、孤児の保護だの奴隷商の捕縛だの、
息子のガルムの護衛だの、生温いものばかりだった。
だが、金は貰えたし楽な仕事だったから不満は無かった。
暇な時や退屈した時は、バルグを敵視するドゥルムや他の貴族の闇人を適当に消した。
私なりのバルグへのサービスだった。
息子のガルムは、ヤハナ夫人に良く似ていた。
だから、ガルムが私に懐いても嫌な気は起きなかった。
ガルムは、正義感の強い真っ直ぐな子供だった。
それは、生温い貴族に育ったという事だ。
だから、ガルムはあまり世渡りの上手い方ではなく苦労していたようだ。
約10年ほど前に、私はそのガルムの息子の護衛を任された。
ガルムの息子は赤ん坊ながら父親に似ていて、
それは私にとってはヤハナ夫人、そしてあの女性に似ているという事だった。
私の人生は、あの時の女性に捉われたままだという事だろう。
ガルムの息子、レオンは良く庭でひとり遊んでいた。
日焼けをしてソバカスがあり、稀にボンに構われて楽しそうに笑う笑顔が、
あの女性とヤハナ夫人を思い起こさせた。
より興味を持ったのは、レオンの持つ能力についてである。
・・・・私には不思議な力があり、たいていの人間の素性が分かる。
レオンは、赤ん坊の頃から言葉が分かるようだった。
ガルムの子供は、何かと力を持っている。
ガルムの、というよりは妻のリリア姫によるものだろう。
ナリューシュ王家には時に不思議な力を持つ子供が生まれると聞いている。
リリア姫にも、かなり弱いが『光』の力がある。
本当の息子と呼べるかは定かではないが、アンドレとアイリスにはリリア姫と同じ『光』の力がある。
だが、レオンが持つのは『言葉』と、『繰り越し』という力だった。
『繰り越し』の力の意味はまだ分からないが、きっと何かあるのだろう。
私は密かに日々、レオンを観察していた。
レオンは努力家で、思いついたらすぐ行動する子供だ。
赤ん坊の時から少ない使用人しかいないため、
レオンはたいてい1人で遊んでいたが、その割にはなかなか面白い事を思い付く。
ある時、私は興味本位でレオンに手を貸してみた。
レオンはそれを独自解釈しながら吸収していった。
なぜだかとても愉快だった。
気が付くと、レオンは『隠密』や『暗視』という、
私の様な裏稼業の者が身に着ける技を手にしていた。
貴族の息子のくせに。
ガルムより面白かった。
その後レオンは『鑑定』という能力を身に着けたようだ。
これに気が付いた時、『鑑定』とは私の持つ能力に似ている物なのかもしれないと思った。
私は、他人からは私の素性は見えない様に工夫している。
だが、似たような力を持っている輩はレオンが初めてだった。
だから、レオンの前ではより慎重に気配を消すことにした。
レオンが私を視ようと躍起になって私を探す姿はとても面白かったし、
私もスリルがあって楽しかった。
あの女性は若くして死んだから結婚もしていなかったし子供もいなかった。
もしあの女性に子供がいたら、それが私との間の子供だったら
レオンの様な子供に育ったのだろうか。
そう考えるようになった。
ボンやハンナは出会った頃からいつまでも私を胡散臭くみているが、それでいい。
私にとってもレオンは息子や孫のようだと思っている。
それは私だけが知っていれば良い事なのだ。
今日はここまでです。
読んでくれてありがとうございました。
補足として書いておきます。ロイ爺は「ログ」という魔法の言葉を知りません。