37.城下町2
武器屋の次は、薬草や魔法薬を扱う店に行きたいとボン爺にせがんだ。
ボン爺は、そういう類の店はだいたい裏通りにあって、昼間でも物騒だからと行くのをしぶった。
かまうもんか。
だってボン爺が一緒にいるんだぜ?
嫌がるボン爺を急かして歩いていると、後ろから人がぶつかってきた。
・・・なんか、パーティーのデジャヴが
今度は大丈夫だ。
もう分かってるんだ。
さあ、来い!俺の恋パートよ!
俺が渾身の貴公子スマイルで振り向くと、やたら身なりの良い少年がいた。
俺より少し背が高いから、年上だろうか。
なんだ、男かよ。
くそ。
俺は即座に表情をもどすと、軽く頭を下げ、目礼をして歩き出そうとした。
「お、おい!貴様、無礼であるぞ!
この私にぶつかっておいて謝罪もないというのか!?」
なんだコイツ。
「・・・これは失礼を致しました。それでは、少し急ぎますゆえ。」
半身ほど振り返り、軽く頭を下げて謝罪し、また歩きだそうとすると、
「きっ貴様!無礼!無礼である!この私が誰か分からぬのか!
私は我がナリューシュ王国第8皇子、ヨハン皇子であるぞ!!!」
は?
途端にその辺にいた人たちが、騒めきだした。
そしてどこに紛れてたのか、護衛と思われる人たちが出てきて、ソイツを回収しようとした。
あ、皇子ってのは本当なのか・・・。
でも、コイツは絶対にバカ皇子だな。
「やめろやめろ!離せっ!離さぬと極刑である!!!」
皇子が護衛とやいのやいの騒いでいる間、町人たちが小さな声で
「また、来たのかあのボンクラ皇子」
「しっ、今はあまり言うな。聞こえたらまずいぞ。」
「いつもいつも騒がしいわねぇ」
とヒソヒソしていた。
あっそう、良く来てるんだ。
そして、町人たちにもバレてるんだ。
面倒くさい、行こう。
ボン爺も同意見だったらしく、俺達はアイコンタクトで裏通りに移動した。
バカの声は良く響くな。
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裏通り手前で、ボン爺は俺に上着を脱ぐように言った。
言われた通り脱ぐと、ボン爺は俺から上着を受け取り、
ボン爺が着ているマントの中に隠し持っていた袋に入れた。
その代わりに古くさいマントを出し、それを着ろと渡された。
ところどころが破れていたり、汚れ具合が丁度良い。
サイズまでピッタリ。子供用だ。
ボン爺になぜ子供用のマントを持っているのか聞くと、弟の形見だと言った。
後はボン爺が俺の髪をクシャクシャにして、冒険者風のレオンにしてくれた。
裏通りは昼間でも薄暗くてジメジメしている。
ボン爺が心配していたのも確かに、という感じだ。
1人では歩きたくないな。
お目当ての薬草と魔法薬の店は、裏通りを半ば行ったところだった。
みすぼらしい、汚い店構えだ。
看板も朽ちてきているし、窓ガラスは汚れすぎて中が見えない。
ドアの中から変な色の煙が漏れ出ている。
入ってみると、何だか饐えたような、変な臭いがした。
店内なのに視界もぼやけるほど煙ったい。
店には、色んな色の液体の入った古臭い瓶や、何かの目玉の入った瓶、何かの手が入った瓶、
蛇が丸ごと入った瓶、虫を乾燥させたもの、草を感想させたもの、謎の模様の入った布などが店内の壁という壁にびっしりと置かれていた。
ホコリも乗ってるし、クモの巣も張っている。
『鑑定』を使って見たが、なぜか何も表示されなかった。
この店、気持ち悪いな。
汚いから触りたくないし、臭いし出よう。
ボン爺を促して店を出ようとすると、店の奥からしわがれた老婆の声がした。
「ボン、その子は孫かい?」
「ま、そんなようなもんだ」
「そうかい、、、ヒャッヒャッ。。
その子に上の棚の水色の瓶を持たせな。
・・それじゃない!その隣の棚だ!そうだ、それを10は持たせていけ。
あとは、そうさね、ドリクの草を50だ。」
ボン爺は無言で面倒そうに言われた通りに品物を取っていく。
ボン爺はこの声の主と知り合いなのかな。
「そんじゃ、70ナリュ金貨だ」
えっ?!
この埃が付いた瓶と草が70万だと?!
高すぎないか?
驚く俺をよそに、ボン爺は言われるがままに金を懐ろから出すと店の奥に向けてポイッと投げた。
投げられた金貨はすぐさま空中でかき消えた。
「ヒッヒ。まいど。
坊や、2年後にまた王都に来る時まで大事にしとくんだよ。
そんで忘れずに持ってくるんだ、いいね?」
老婆の声がそう言うと、ボン爺は無言で俺の腕を引っ張り店を出た。
店を出てすぐに振り返ると、さっきまであった店は姿を消し、ただの民家になっていた。
『鑑定』をしても、『○○の家』とただの民家であると表示されただけだった。
ボン爺にどういう事か聞こうと見上げると、ボン爺の肩が小刻みに震えていた。
色黒の顔が不健康に青黒い。
ボン爺は焦点の定まらない表情で呆然と立ち尽くし、額から大量の汗を流していた。
しばらくすると、ボン爺は突然俺の腕を引っ張って無言で歩き出した。
そして、3件先の向かいにあった古びた店のドアを開けて入った。
古汚い小さな居酒屋だった。
店内は薄暗く、人はまばらだが、酒を飲み眠っている小汚い男が数名いるだけだった。
ボン爺は、周りに人のいない奥の席に向かうと俺を座らせてボン爺も座った。
「ワルカンのショットを3つとオレリアの果実水だ」
ボン爺はぞんざいに店員に注文し、すぐに運ばれてきた酒を一気にあおった。
腹の底から息を吐くと、その後すぐに別の酒を注文して飲み始めた。
ボン爺の突然の変わり様に驚いて黙って見ていると、
ボン爺が低い小さな声で言った。
「坊ちゃんよ、
今からわしが話す間、どんなに疑問が起きても何も口にはさむな。いいな?」
何も言えず、俺は頭を前後に振って肯定を伝えると、ボン爺は酒を一口飲んでから話し始めた。
先ほどの魔法薬の店はボン爺にとって古い馴染みで、どこの街だろうが神出鬼没で現れ消える。
店主の老婆の声以外知らず姿を見たことはないが、
ボン爺が若い頃から老婆の声だったからおそらくかなり古くからの時代の魔女なのだろう。
そして、気まぐれに客の将来の予言をする事がある。
その予言は良くも悪くも必ず当たる。
今回、魔女が俺の為に指定した物と2年後に王都に来るという話はかなり悪い予言になる。
魔法薬は、瀕死の状態の人間に使用する。
魔女の指定した数は10。
必要量は大体大人で5つ程になる。
ドリクの草は、心神喪失の状態になった人間に煎じて飲ませる薬草だ。
魔女の指定した数は50。数か月分に当たる量だ。
そして2年後に俺が王都に来る時に必要だという言葉。
これらを総合すると、3つの事が分かる。
・2年後に王都にいる誰か・・おそらく両親か兄妹のうち2人が死ぬ可能性が高い。
・そして何人かが廃人状態に陥るという事。
・その時まで俺は、おそらくあの店にも魔女にも会えないという事。
2年後に事件が起きるのか誰かが病気になるのかまでは分からないが、
絶対に誰かが死ぬか、死に近い状態に陥る。
それを回避できるかどうかは2年後の俺の手腕によるものだ。
鳥肌が立った。
なんでだよ。
さっきまでずっと平和だったじゃないか。
なんでいきなり暗い話になるんだよ。
・・・・・・・嫌だ。
俺、色々考えて今世は、
『明るくだらだら田舎貴族ライフと時々冒険者ライフ』
を満喫する計画だったんだぞ。
ジュースの入ったコップを握りしめ、下を向いて黙り込む俺にボン爺は言った。
「とりあえず、領地に帰ったら本格的にお前を鍛える。」