2.記憶
生まれ変わりって本当にあるんだな。
俺、レオン・テルジアが前世の記憶を取り戻したのは3歳の時だった。
庭で草をブチブチとちぎって遊んでいた時、急に違和感を感じて、
『あれ?なにしてんだ俺。
あの時扉の向こうに行って……引っ張られて……
それで……ああ! 俺、生まれ変わったんだ!!』
と、覚醒した様な感覚から記憶を取り戻した。
ポイントを使って取った『前世の記憶』は、はっきり言って、産まれてすぐに自覚しているものかと思っていたから急に記憶を取り戻したのはすごく変な感覚だった。
でも、まぁ赤ん坊から自覚していると、
どういう気持ちで母親のおっぱいを吸えばいいのか、
どういう気持ちで体を洗われれば良いのか。
元思春期の男子高生には、刺激的っつーか複雑なものがあっただろう。
だから、ちょうど良かったのかもしれない。
前世の記憶を取り戻した後も、こっちの世界での記憶もちゃんと残っていた。
その記憶力はリアルレオンに依存しているのか生まれた当初の記憶はないが、この1年位の事はだいたい分かる。
俺は今3歳で、名前はレオン。
ナリューシュ王国がテルジア公爵家の坊ちゃんだ。
女中には毎日の様に
『レオン様、ナリューシュ王国がテルジア公爵家の男の子でしたら云々』
って言われてたから、3歳児といえども自分が公爵家で結構偉い身分だって分かっている。
お貴族様ってのは身分を大事にするイメージはあったが、こんなガキの頃から刷り込んでるんだな。
それにしてもさすが公爵家……庭は広いし家もでかい。
家の敷地を全て把握している訳じゃないけど、
下手したら東京ドームに匹敵するものがあるんじゃないか?!
はぁ、『貴族』選んでてよかった。
まじで、マジの金持ちだっ!
ぃよぉぉーーーーーーっっし!!!
俺は勝利の拳を握る。
そうだ!
まずは、鏡!
記憶を取り戻した今、俺の今の姿を確認する必要がある。
俺は、さっきまで握っていた拳の中でくしゃくしゃになった草を放り投げ、そのまま屋敷へと駆け込んだ。
デカい屋敷だが、入り口の場所の知識がある。
どっちかってゆーと、正門?の玄関より屋敷裏の使用人の出口をこの1年位の俺はしょっ中出入りしていたらしい。
すんなり足が進む方へ行くと、庭の裏手にドアがあった。
ドアの向こうの食堂の厨房に繋がっている映像が、自然と頭に浮かんでくる。
ここは、使用人が良く使うドアなのだろう。
ちゃんとした玄関よりもだいたいこういう勝手口の方が使いやすいから、坊ちゃんの俺も出入りしていたんだろう。
中に入ると、見知ったおっさんとおばさんが数人いた。
この屋敷の料理人達だ。
「おお、レオン坊ちゃん、お昼はもうすぐですぞ。」
「手を洗ってきてくださいね。」
勝手口から勢いよく飛び込んで来た俺に、気軽に話しかけてくれる。
「ただいまっ!わかった!」
俺は俺としての記憶から相応な返しをするべく元気よく返事をして、自分の発した幼い声に少し驚きながら、そのまま厨房を駆け抜けた。
確か、食堂を出て廊下にデカイ鏡があった気がする。
……よし、あったあった。
緊張の一瞬。
……おぉっ!
鏡に映っているのは、少し頬にそばかすのある、
小麦色に日焼けしたいたずらっ気のある元気な男の子だった。
髪は、茶金……オレンジに近い色だな。癖っ毛なのかライオンのたてがみみたいだ。
意思の強そうな目で瞳の色は緑色だ。
……3歳児でこれなら、将来イケメンになる気しかしないぜ!
俺ってば、将来有望の男の子だ!
『容姿:上の中』これも、正解だ。
”金持ち、イケメン = 勝ち組” の図式はどこの世界でも通じるハズだ。
全くと言って良い程、前世の面影が無いのが嬉しい。
前世では自分の顔なんて見たくもなかった癖に、
今は、自分の容姿にほれぼれと見とれ、さらにじっくり観察する。
この容姿だと魔法使いっていうより、剣士にいそうな感じだな。
……俺、魔法使いにあこがれてたんだけどな。
……よし、決めた。魔法剣士!!!!
ひとまず魔法剣士目指して頑張るぜっ!
鏡の前で、剣を持っているように見立てて、うっとりと自分を見ながら素振りをしていると、後ろから 女中が声をかけてきた。
よく俺の面倒を見てくれる、メアリだ。
まだ多分10代後半ってところだろう。
美人っていうか可愛い顔立ちの茶髪ロングの三つ編みお姉さんだ。
「あら、レオン様。何をしていらっしゃるの?」
「わっ!?メアリ?
びっくりした。
……けんのれんしゅうだよ!つよくなるんだ」
一瞬ドキっとしたが、すぐに自分が3歳児だということを思い出し、恥ずかしさをぐっと抑えて、子供らしく素直に答えた。
「あらまぁ。ふふふ。驚かしてしまってごめんなさい。
もうすぐお昼ですわ。
剣の稽古はそのあとになさるとよろしいですよ」
「うん。マーサがてをあらってくるようにいってた。
て、あらいたい」
案の定、微笑ましく笑ってくれる。
大人なんてチョロイもんだぜ。
メアリはすぐに俺を超豪華な洗面所に連れていってくれた。
「さぁさっ!食堂に参りましょうね。」
「うん」
手を洗った後、メアリに手を引かれながら食堂に向かっていく。
食堂も広い。
バカに長いテーブルには、真っ白でレースの入った綺麗なクロスが敷かれている。
調度品もいちいち重厚で豪華である。
そのデカいテーブルの端に誘導され、優しく抱えあげられると椅子に乗せてもらう。
3歳児の俺には一人でのぼれない高さの椅子だ。
そこに、焼き立ての白いパンと、温かそうな湯気のこもる良い匂いのスープが運ばれてきた。
コップにオレンジ色のジュースが注がれる。
これ、味はライチに近いんだぜ。
食事を目の前にしたとたんに腹の空いてきた俺は一気に食べ始めた。
とはいってもしょせんは3歳児の胃袋。
スープを飲み、パンを1つ食べたら結構落ち着いてきた。
そういえば、誰もいないな。
家族の姿が無い。
……というか、家族と食事した記憶があんまないな、俺。
近くに控えたままのメアリに声をかける。
「ちちうえとははうえ、は?ごはんたべないの?」
「あっ、旦那様も奥様も今日はでかけていらっしゃるんですわ。
光の……いえ、アンドレ様とアイリス様の神殿でのおつとめがあるので、御一緒に。
レオン様ももう少し大きくなったら御一緒されると思いますわ!」
なんだか、女中は言いにくそうな申し訳なさそうな顔であわてて説明してくれた。
「ふぅん。わかった。なんかいつもひとりだから」
この返事がどうやらメアリには衝撃的に堪えたらしい。
もの悲しそうな顔で微笑まれた。
そして慎重に言葉を選びながらこう言った。
「……今日は、夜おそくにお帰りになりますが、
……明日の朝はお会いできますように早起きをいたしましょうね」
「うん。そうする」
気まずい。
俺は、気にしてないという気持ちを前面にアピールするために、パンをおかわりし、ジュースを飲みほした。
……そういえば、俺、兄妹いるんだな。なんで兄弟の記憶が無いのだろうか。
アンドレ、アイリスって名前からして男と女だ。
転生前、あの空間で、俺はポイント使って『長男』を選択した。
これを選んだのは、将来ちゃんと跡継ぎになれる為の、謂わば布石のつもりだった。
弟と妹が産まれたってことか?
この世界では教会が病院みたいなものなのだろうか。
……それなら、俺の記憶が無くて当然だ。
府に落ちた俺は、食後に出されたクッキーを食べ、昼メシを終えた。
午後は、また鏡の前で素振りを再開した。
メアリに苦笑しながら、外でやるように勧められ、またあの勝手口を使って庭に出た。
庭でしばらく素振りをしていたが、腕が痛くなり、飽きてきたので屋敷の周りを走る事にした。
今から体力をつけておけば、絶対将来のためになるぞ!
俺は小さい体が疲れ切るまで走り続けた。