表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/169

28.閑話(ハンナ視点)

私はアインシュベルグ男爵家が3女。

ハンナ・アインシュベルグだ。


私はもともとテルジア伯爵家が嫡男ガルム様付きの侍女だった。


分かりやすくいえば、今のレオン様付きのメアリの立ち位置だ。


ガルム様は、幼少期からとても元気なお子で、

テルジア領の屋敷ではよくいたずらもしたし、私は毎日のようにガルム様を追いかけ回していた。


ガルム様は将来騎士団に入るという夢を持ち、毎日剣の稽古をしていた。


剣の上達は抜きん出ていたようだが勉強の方はからきしだった。

家庭教師をつけてもすぐに逃げ出すような子供だった。



だが、当時若かった私の言うことは比較的聞いていた。

他の若い女中の言うことも素直に聞いているようだった。


ある時、私はガルム様のお父様にあたる前伯爵家当主のバルグ様へ、

若い女性の家庭教師をつけた方が良いのではないかと助言した。


バルグ様からの私への信頼があったのかその話は実現し、代々教師の家系で名高いマイヤー家の娘がガルム様付きの家庭教師となった。


私の予想は的中し、ガルム様は熱心に勉強に励む様になり学問にも明るくなった。

これで、テルジア伯爵家も安泰だろうと胸をなでおろしたのを覚えている。



だが、ガルム様は体を動かす方が好きな様で、幼少期の夢を叶え王国直轄の騎士団へお入りになった。


ガルム様は立派な騎士へと成長し、とても優秀であったらしい。

ガルム様の噂を聞く度に、私はとても嬉しかった。


小隊長に出世されてまだ間もない頃に、危険な任務を与えられた。

沢山の騎士達が犠牲になる、危険な任務だったそうだ。


私は毎日、神に無事を祈っていた。


ガルム様はドラゴンを単独で倒したという功績を持って無事に帰ってきた。


誇らしい思いと、無事であった事への安心とで一人涙を流した。


ガルム様はその功績を認められ騎士団長へと出世なされた。

若くしての出世だった。

ガルム様は先のドラゴン討伐での反省から騎士団の体制を見直し、被害を最小限に抑え成果を出す為に尽力されたと聞いている。


騎士団長になってからというもの、多くの家から婚姻を打診されたが、ガルム様は全てに振り向きもしなかった。


ガルム様の幼少期からお世話をしていた私は、ガルム様は将来どんな女泣かせになるのだろうかと心配していたので、その変わり様に信じられない思いだった。


ある年、天候が思わしくなく農作物が不足し、各地で飢饉が起きていた。

国が対策に明けくれている最中さなか、南に隣接していた小国のヤーキ国がナリューシュ国に攻め入り戦争が起きた。

ガルム様率いる騎士団が出征した。

私はまた心配で毎日神に祈る日々を送った。

結果として、ヤーキ国軍を倒し領土を拡大させるという、大きな功績を残した。

しかもこの戦争では、少数の人員で戦死者が1人も出なかったという。


国王様によりガルム様は褒美を賜る事となった。


ガルム様はナリューシュ国の第四皇女様との婚姻を望まれた。


ガルム様は若かりし頃に王家主催の舞踏会にてリリア皇女様に一目惚れをされていたようだ。


これには私も驚いた。

まさか皇女様を望まれるとは。



国王様は御婚姻を許された。



そして、皇女様を降嫁されるという事により、王は公爵家の位までもを下賜された。



このニュースはまず、国中の貴族達を驚かせた。



リリア様の評判はすでに国内に留まっておらず、それゆえ他国の王家に嫁ぐのではないかという噂がもとよりあった。


爵位についても、このナリューシュ王国には建国時から2つの公爵家が脈々と続いており、多くの貴族もそうだが、爵位は血筋により受け継がれてきたものだっだ。


この事から、王国史でも例の無い事であると、貴族の間では批判的な意見が飛びかっていた。



だが、このニュースに国民達は大いに喜んだ。



ガルム様の英雄壇は国民の老若男女を問わず広まっており、『騎士様がお姫様を射止めた』という物語の様な出来事に皆が酔いしれ、国内各地でお二人の婚姻を祝してお祭りが開かれた程だ。


天候不順による大飢饉と戦争により、暗く疲れきっていた国民達にとっては

日の光が差し込む様な明るく心を潤す出来事となった。



こうなると、反対派の貴族達も黙るしかなくなっていった。

国民に活気が戻り、ともすると滞りがちだった領地の民からの税収がスムーズに入る様になったからだ。



こうして、ガルム様とリリア皇女は結婚された。



ほどなくして、リリア様はご懐妊された。


御出産は、王国からの要請により大神殿の預かる事となった。

私は不思議に思った。

いくら元皇女様とはいえ、降家されたにも関わらずこの様な要請が入るという話は聞いたことがない。

こうなっては、私が立ち会うなど到底出来ない。

私は少しばかりがっかりした。


リリア様の御出産がもう間近であろうというある日、

空が眩いばかりに輝くという天変地異が起きた。


後の噂によると、その日王都に近い村で光の子供が生まれたという。


しかし、光の子を抱いて帰ってきたのはリリア様だった。


詳しい事は分からない。


ただ、リリアさまの本当のお子は死産だったと密かに聞いた。

そして同時期に生まれた光の子をガルム旦那様とリリア奥様のお子として引き取る事になったらしい。



光の子の本当の両親は、王国へ召し上げられたが、程なくして病だか事故だかでなくなったと噂に聞いた。



ただ、この事を知る者は決して口外はならないと厳重な箝口令がしかれたので多くの国民には知る由もない事だ。

貴族でさえ知らぬ者も多いだろう。



その子供がアンドレ様だった。

アンドレ様は神々しい程に美しい赤ん坊だった。


だがすぐに大神殿の預かるところとなり、リリア様はとても悲しみ伏せがちになってしまった。


幸いだったのはガルム様が献身的にリリア様に尽くされた事だろう。


ガルム様は公爵位を賜ったにも関わらず、貴族政治の世界は複雑な様で、公爵様でありながらも軍事で各地を飛び回る事を余儀なくされていた。


そして10年程経ち、リリア様はまたご懐妊された。


また王国の要請が入り、出産は大神殿の元で行われた。


国教を否定する事は反逆罪となる為、口に出してはいけない事だが、私は神殿に疑いを持つ様になっていた。


リリア様は双子を御出産された。


ガルム様とリリア様によく似た男児と女児で玉の様な可愛い赤ん坊だった。


ガルム様はすっかり父親の顔になられとても可愛がられ、屋敷中も明るくなり、私も2人のお子様のお世話に張り切った。


そんな幸せは長く続かなかった。


定期的に屋敷へ出入りする様になっていた神殿の者達により、妹のアイリス様にも力を認め、アンドレ様と同じく大神殿へ入る事が決定されたのだ。


旦那様もリリア奥様もこの決定に狂わんばかりに悲しんだ。


そして、すぐさまレオン様を領地へと匿う事となった。


私もレオン様に付いて行きたかったが、その頃の私はこの屋敷で女中頭になっており簡単に身動きの取れない立場にいた。


私は、信頼のおける女中数人を選び、まだ若いがしっかりしていて気立ての良いメアリーを主にレオン様のお世話係として送り出した。


時々来る便りから、レオン様がご健康に育っている事は分かった。


神殿にとらわれたアンドレ様とまだお小さいアイリス様の事が気がかりで、旦那様と奥様の領地への訪問は数年に一度だったが、

王都にお戻りになられると『大分大きくなった』だの『よくお喋りをして可愛い』だの、お2人が嬉しそうに話してくれた。

レオン様の近況を聞く事がとても楽しみだった。



レオン様が5歳になろうかという時、私は旦那様に呼ばれた。


『ハンナ、レオンは前に会った時よりも大きくなって、外で遊ぶのが楽しいらしい。

 そして今回とても驚いた事があった。

 レオンが、自ら家庭教師と剣の師匠を私に嘆願してきたんだ。

 ・・レオンは、私の子供の頃よりもずっとしっかりしているな。

 私はとても誇らしいよ。

 そこで私は考えたんだ。

 レオンに伸び伸びと成長して欲しい気持ちは変わらないが、

 そろそろ将来の為にマナーも学んでおいた方が良いと思う。

 こればかりはレオン1人では気づけまい。私からのプレゼントとしようと思う。

 そこでだ。

 ハンナ、私の時の様にレオンの面倒を見てやってくれるかい?』



その話を聞いて、子供の頃のガルム様と領地の風景を鮮明に思い出した。



『喜んでお受け致します。

 このハンナに任せて下さいまし』



私は張り切って、屋敷に向かった。



まだ赤ん坊の頃からお一人で領地で暮らしておられるレオン様。


きっと寂しい思いをしているであろう。


それなのに学問を学びたいと父君に自ら申し出るとは、5歳の子が出来る事ではない。


きっとレオン様も特別なお力をお持ちの優秀なお方に違いないと馬車の中で思いを馳せた。



予想を大きく覆された。



レオン様は、父君のガルム様の幼少期にとてもよく似ていた。

その姿ももちろんだが、行動も、だ。

なんとレオン様は、厨房にある勝手口から屋敷に入ってきたのだ。

それも泥だらけで。


レオン様への心配など、屋敷に入ってすぐに撤回された。



屋敷中の使用人皆が、町人の様に元気に声を張り上げて活気に満ち溢れていたのだ。

公爵家とは思えないほどだった。

いや、貴族の家でもこんなに賑やか過ぎる所はないだろう。



私は訪問先を間違えたのだろうか。


眩暈がした。



メアリを見ると、申し訳なさそうな表情をしていた。

これは後で詳しく話を聞く必要があるわね。



メアリも奉公に来た頃に比べてだいぶ成長していた。

実をいうと私は、ガルム様のお世話に明け暮れてしまい、

ついつい婚期を逃してしまった事を少しだけ後悔している。

レオン様に振り回されるメアリを見ていて胸が痛んだ。

メアリには同じ道を歩んで欲しくないものだわ。



レオン様は、マナーの授業をとても嫌がった。

ガルム様の時と同じでこんな態度は経験済みだ。

それに私はあの頃の若い娘ではない。

私は怯む事なくレオン様へマナーを叩き込んだ。



確かに今まで1人で寂しい思いをしていたかもしれない。

だからと言って皆で甘やかしたままでは、レオン様がこの先苦労されるのが目に見えている。


私は、厳しくレオン様の躾を行うことにしたのだ。



ガルム様と違い、レオン様は勉強はとても順調の様だった。


もうすでに自国語であるナリューシュ語だけではなく隣国のベネット語まで習得していった。

算術もとても優秀だとミラから聞いている。


学問だけでは、王都でも同年代の子供たちなど足元にも及ばない程の優秀さだ。


・・・マイヤー家の家庭教師を付けるとは、ガルム様も賢くなられましたね。



剣術については、レオン様とそう年も変わらぬ様な少年だか少女だかが面倒を見ている。

だが、かつてのガルム様の時とは違って大した稽古はつけていないようだ。


剣の教師については、ロイが手配したと聞き及んでいる。

不審に思った私は、ロイに話を聞きに行った。



『おや、久しぶりですな。ハンナ。

 年をとっても相変わらずの剛腕ぶりだと聞き及んでおりますぞ。』


『ロイ。久しぶりです。

 年をとったのはお互いさまでしょう。

 まったく貴方が仕切っているはずの屋敷がなぜこんな動物園の様になっているのです?』


『ホッホッ。なに、子供は小さいうちが最も成長するものです。

 その手助けをひとつふたつしたまでのことですよ。

 さて、本日の要件はディアーナの事でしょうかな。

 なに、まだ子供だとはいえ剣の才能は見事ですぞ。

 先日、街の誘拐事件に一役買っていただいたもので腕を見込んでお願いしたまでのこと。

 この屋敷に、下手に国や神殿の息がかかった者を雇うよりも安心でしょう。』



全く、相変わらずの鋭さね。



ロイとは伯爵家時代からの仲だ。


といっても、若い頃のロイはほとんど屋敷にいる事なんてなかったけれど。


ロイは、伯爵家お抱えの諜報だった。


もともと、どこの馬の骨とも知らぬロイをある夜突然バルグ様が連れてきたのだ。


最初は胡散臭くて、バルグ様が騙されているのではないかと思ったのだが

気が付けば幼少期のガルム様とも仲良くなって、今日までテルジア家に仕えている。


だが、いまだに正体の見えない男だ。



レオン様は、領地で伸び伸びと育ちすぎた様だ。


マナーの授業に対する態度は相変わらず悪い。


このままでは、レオン様は将来、窮屈で仕方のない貴族の世界で無事にやっていけるのだろうかと不安を覚えた。



そんな時、旦那様の便りにより、レオン様が王家主催のパーティーに出席するという連絡が来た。



私は倒れそうになった。



このままでは絶対に失敗する。



ただでさえ、新興の公爵家と足元を見られているものを・・・。


レオン様のマナーはまだ村の子に毛が生えた程度だというのに。

貴族として幼少期から教育を受けた子供など王都には沢山いる。


レオン様はもう8歳。


王都の同い年の子達と並べられたら、終わりだ。



私は悩み、苦しんだ。


レオン様もパーティーの件を知ってからは以前よりは努力をされている。

以前よりもずっと姿勢も良くなった。



だが、無理だ。間に合わない。



私は苦肉の策で、とても自然に見える作り笑顔をレオン様に教え、マスターさせた。


これで、立っているだけ、座っているだけならば立派な貴公子だ。




・・・気が付けば、パーティーはもう明日と迫っている。


無事に、無事に終わりますように。


私はかつてガルム様の無事を祈った様に、レオン様の事を神に祈った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ