17.心構え
約束通り、翌日の剣の稽古の時間、ディアーナは模造剣を俺にくれた。
俺はディアーナの指示により、ディアーナの前で何故か跪かされた。
ディアーナは恭しく剣を上に捧げ……
「レオン・テルジア。師匠ディアーナ・ハルクにより貴殿に捧げよう」
と、大真面目に模造剣を大事そうに渡した。
俺がポカンとしながら模造剣を受け取ると、
「ダメダメ。『師匠、ディアーナ・ハルク様、我が命としてしかとこの剣を承ります』って言いなさい」
ディアーナに何度かダメ出しを受けつつ、無事に模造剣を受け取った。
……ばかばかしい。
だってさ、模造剣だぜ?
しかも安そうなただの木刀。
ボン爺がくれた棒には持ち手に革が付いてる事を考えると、木刀の方が剣っぽいけど遥かに安っぽい。
これなら、ボン爺にもっといいの作って貰った方がいいな。
俺の態度に、ディアーナは怒った。
「レオ、あなた剣の修行がしたいんじゃなかったの? わたしはあなたのやる気を見込んでこの木刀を用意したの。そして、わたしはあなたの師匠。師匠と剣をバカにしている様じゃこの先が思いやられるわ。そんな態度取られるんじゃ、やっぱり走ってるだけでいいわよ」
「ごめんなさい!!! すいません、ちょっと驚いただけです。やる気はあります。教えてください!!!」
俺は跪いたまま木刀を奪われない様に丸くなりそのまま土下座した。
「……まあいいわ。早速やるわよ、立ちなさい!」
俺が木刀をだらりと持ったまま立ち上がると、ディアーナは自分の腰に差してある剣を鞘から抜き取ると
俺に向かって構えた。
「……もう少し下がって。……もう少し……後2メートル、その辺でいいわ」
剣を構えるディアーナから10メートル程離れると、ディアーナが叫んだ。
「レオ! 気合を入れなさい!!」
なんだなんだ。俺は困惑しながらも持っていた木刀をなんとなく構えて踏ん張った。
ディアーナはスッと短く息を吸うと、真剣な顔をして剣を振り上げ……俺に向かって振り下げた。
その瞬間
『ブワッッ!!!』
という豪音が鳴り、空気が割れた気がした。
物凄い風が俺に向かって飛んできた。
俺は、木刀を構えたまま風を迎え、その強風に吹き飛ばされゴロゴロと後ろに転がった。
な……な……なんだ……?
「あちゃっ…ダメよレオン。このくらい耐えなさい。さっ早く起きて!!」
ディアーナの言葉に我に返り急いで立ち上がった。
立ち上がって見ると、ディアーナが剥き身の剣を右手に持ったまま俺に向かって歩いて来ている。
つま先から頭のてっぺんまで一気に鳥肌が立った。
こ、殺される。
「……ぷっ。ぷははははは。なに怯えてんの! バカね。いーい?、レオ、今のが『素振り』よ」
今までディアーナをバカにしていたことが急に物凄く恥ずかしくなってきた。
この人は、本物の”剣士”だ。
この後、ディアーナは剣の持ち方、基本の構え、剣の振り方を教えてくれた。
「んー。まぁとにかく、最初はこの姿勢を覚えなさい。1ミリだってずれちゃダメ。いつでもこの姿勢が出来るまで先には進まない、分かった?」
この日はひたすら構えの姿勢だけで稽古の時間が終わった。
姿勢を維持するだけで、滝の様に汗が流れ、稽古の終わりの合図が出た瞬間俺は地面にぶっ倒れた。
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剣の稽古が終わって、体が耐えきれず数時間昼寝をしてしまった。
起きたら夕方になる少し前だった。
俺は飛び起きてボン爺を探しに庭に出た。
ボン爺は裏庭にいた。
「ボン爺! 遅れてごめんなさい!」
「おぉ! いやぁ、わしもやることがあるからな。ちょうどいい。このロープを使って、わしが前やってみせたように飛んでみぃ。」
ボン爺は、のんびりと返事をすると俺にこう言った。
俺が屋敷を抜け出した時のあのロープだ。
あれから、すぐにロープは撤去されるのかと思ったがずっとそのままだ。
きっとボン爺はもう勝手に抜け出したりしないと、俺を信頼してくれているんだ。
胸が熱くなる。
俺は言われた通りロープを握り、後ろに下がり助走をつけて、飛んだっ!
……隣の木の半分にもいかなかった。
「わははは。やっぱりまだこんなもんか。いいか、いつかわしがやったように本当に飛び移れるまで練習しなさい」
ボン爺は俺の為に本当に地面をならして柔らかくしてくれていた。
「ありがとう、ボン爺。分かった、やってみるよ!」
それから俺はディアーナから木刀を貰った事や、ディアーナの素振りが尋常じゃなかった事、しばらく構えしか出来ないことなんかをとめどなく喋った。
「だけどさ、ボン爺。これみてよ。この木刀、なんだか安っぽいよね。ボン爺が作ってくれた方がもっと良いやつになりそうな気がするよ。ねぇ、ボン爺これのもっといいやつ作ってくれない?」
軽く俺がそう言うと、ボン爺は怒った。
「バカがっ!お前はまだ何にも分かっちゃいねぇ。師匠に貰ったものをおざなりにするやつぁ、絶対に強くなれないんだ! いいか、その話は二度とするな」
ボン爺の剣幕に俺は慄き、すぐに謝った。が、
「いいか、謝る相手が違う。とにかく、師匠と師匠からの貰ったものは大切にしろってこった。……わしが昔やった棒だって、今でも大切にしてくれてるみたいにな」
ボン爺は、そういうと軽くウィンクをした。
皺だらけの顔がくしゃくしゃになった。