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166.目的


俺の補佐にあたるランディから聞いている今日の予定は、商工会議所の視察と議長のゼルリエーヌ氏との昼食だ。

予定よりも大分時間は早いが、丁度良いか。

ゼルリエーヌの人となりを知る切っ掛けにでもなるだろう。


「私に付いてきて下さいね」


と、彼女の言われるがままに歩みを進めると商工会議所へと繋がる道から外れ、先ほどから徐々に大きな家が建ち並んでいる区域エリアに入っているが、どうやらゼルリエーヌ氏の邸宅に向かっているようだ。

そして彼女の邸宅は、その中心に位置していた。

昼食として指定されていたはずのゼルリエーヌ氏の邸宅は、大きな門の奥に綺麗な木々が間隔よく並び緑との調和を考えて設計されたセンスを感じる。


「こちらで少しお待ちになってね」


 そう言い残して家の中に姿を消すゼルリエーヌ氏の背を見送った後は、ランディと共に言葉無く庭をぶらつく。


『へえー。あの女の人とは思えない趣味の良さね! 綺麗なお庭だわ!』


確かにそうだな。


『私、このお庭好きよ。空気も澄んでいるし』


いつの間にか雨もやんでいる。厚く雲に覆われた空は相変わらずどんよりと薄暗いが外で待たされる身としては有り難い。

そういや最近は庭を見て楽しむなんて余裕はなかったから、落ち着いた気持ちになれるような気がする……と思っていたら、玄関から上品な笑顔を浮かべたゼルリエーヌ氏と後ろに控えた美人のお姉さんが出迎えてくれた。

さっきの街の騒動でゼルリエーヌ氏にどやされていた、リンダという女性だ。


「ソフィー、貴女のやしきに招待してくれてありがとう。だが予定としては昼食だったはずだ。まず先に商工会議所を視察させて欲しい」

「まあ、ここまでいらしたのに冷たい事を仰るのね。お仕事の話はまた後で良いじゃない。もちろん熱心な領主様のお力になるために視察の準備が整えられたらご案内するから安心して下さいな」


柔らかい言いように納得しそうになるけど、これって視察をする前に事前準備をするって言っているよな。

今の現状を視察したいってのに……隠したい物があるってことか。

ゼルリエーヌが取り仕切っているバラント商会は商工会議所にも大きな影響力を持っているだろうし、商工会議所の職員には、彼女の意向が最優先になるだろうしなぁ……


「いや、準備なんて必要ないさ。この街の事を早く知りたいんだよ」

「まあ。そのお考えはとても素敵だわ。好きよ。でもこんな仔犬の様に濡れてしまっては、レオン様が風邪をひいてしうわ。ほら早く中へお入りになって。リンダッ! 貴女何をやっているの。早くタオルを!」

「はい。もちろん準備しております。どうかレオン様、中へお入りになって下さい」

「お前ごときが”レオン様”だなんて慣れ慣れしいわ……領主様よ! お前はそう呼びなさい!」

「はい。申し訳ありません。領主様、さあ、是非こちららへ…」

「さっさと寄越しなさい。お前は奥へお行き。レオン様、タオルを用意しましたわ。私が拭いて差し上げますわ」

「……どうも。だが気持ちだけで充分だ。自分で拭くから貸してくれないか」

「だめよ。レオン様は私に甘えて下さらないと…リンダ?……何を見ているの? もたもたしてないで貴女は消えなさい」

「……はい」


俺の目の前でこっぴどく恫喝されたリンダは、昨日の顔合わせにゼルリエーヌ議長の側に控えていた女性だ。

多分秘書の立場なのだと思うんだが、あからさまに扱いが悪い。

昨日は一言も言葉を発していなかったから有能美人秘書にしか見えなかったけど、この一連のやり取りだけを見ても怯えている様にも見えるし。

それに、ゼルリエーヌ議長は俺の前でも体裁を整えるつもりはないらしい事も分かった。

つまり、この女性(ひと)にも舐められてるんだよなあ。

艶めかしい目つきをしながらタオル越しに丁寧に髪と顔に触れるゼルリエーヌ氏と俺のすぐ側には、同行者のランディがいるが、彼はずぶ濡れのままだ。


「ソフィー、もういいよ。ありがとう。すまないがランディにもタオルをくれないか」

「あら、薄暗くて良く見えなかったわ。あなたもいたのね」


ランディは表情を変えず小さくため息をつき、外套を脱いだ。


「ええ、大切な領主様に悪い虫が付かぬようにするのも私の仕事だと考えておりますからね。おたくの扱う照明は新品でも薄暗いものですから見えにくくとも仕方ありません」

「……あなた、まさかうちの商品にケチをつけているのかしら?」

「いいえ、まさか。そのように聞こえましたか?」

「まあまあ、二人とも落ち着いて。そんな話をしに来た訳じゃないんだから」

「……そうですわね。レオン様、こちらへどうぞ。ランドール、あなたはもうお帰りになって頂戴」

「そう言わずに。私も赴任してきたばかりなんだ。今日はランディも一緒にいてもらうよ」

「レオン様がそう仰るなら仕方ありませんわ」


『……面倒くさいわねー。仲も悪そうだし、一緒じゃない方が良いんじゃない?』


ま、二人の様子から何か分かる事もあるだろうしさ。

それに街の事もまだ分かってないのに、初っぱなから彼女の領域(フィールド)に俺だけ置いて行かれるのは厳しいよ。

ランディの事も信用している訳じゃないけど、ゼルリエーヌ氏と二人きりになるのはもっと危険な気がするしさ。

さっきから俺にぴったり寄り添い過ぎなんだよなあこの女性(ひと)

俺の肩に手を置き、退路となる玄関を塞ぐようにさりげなく俺の後ろに回り身を寄せた状態で、俺の背中にはち切れそうな胸を近づけてぐいぐいと家の奥へと押し込めようとしてくるんだ。

セクシー女性に密着されるのは人魚達で慣れてるけど、この女性(ひと)の場合は別の意味でやばい気がする。


「ふふ。少しくらい触れても構いませんのよ。王都でもここでも、女性は選び放題だったでしょうに」

「そんな事はありませんよ。父上の執務を手伝う事が多かったものですから」

「まあ、初心(うぶ)なのね。余計気に入ったわ。若い男性は好きよ。特に貴方の様な素敵な方はとても好きよ」

「はは……光栄です」


彼女から積極的にくっついてこられているとはいえ、背中に胸が(かす)りでもしまったら、後々何を言われるか分かったもんじゃない。

ここは彼女の私邸だ。

もしも胸を触られただの周囲に吹聴されたら、新米領主としての立場がガタ落ちになるに違いない。

そんな事になったら調査どころじゃない。赴任早々に任務失敗の上、変な噂だけが流れるんだ……


『そうね。お色気作戦に嵌められないように気をつけましょう! はぁ、人間って面倒くさいわ』


だよなー。人魚達みたいに純粋に男に目がないだけじゃないからな。

変な噂がメイにまで届いたら俺はもう生きていけないし。


『今はメイちゃんの事は忘れてお仕事して下さいねー?』


わ、分かってるって。

とにかくゼルリエーヌ議長は、ランディが言っていたようにやり手なんだろう。

中規模の街とはいえ、自分の身体を武器にする事にも躊躇しない態度は、さすがはトップに立っただけはある。


通された部屋は小さな客間だった。


「さあ、温めたワインですわ。身体も冷えてしまったでしょう? お飲みになって」

「いや、私は酒は飲まないんだ」

「あら……もう成人なされているのに?」

「それでもまだ早いと思ってね」


この国では成人を迎えると酒を飲んでも良い事になっている。

とはいってもまだ十を過ぎてって幾らなんでも早過ぎねーか? それはやり過ぎだろ……と思って自主規制。


「レオン様、あまり真面目過ぎると女性からつまらないと言われますわ。せっかく特別なワインを開けましたのに……是非お飲みになって頂きたいわ」


うん……そうだよな。

差し出されたワイングラスの中身を『鑑定』すると、見事に何か毒らしき物が混入されているのが分かった。

そうなんだよ。分かってはいたけどさ……どうせあれだろ? 睡眠薬のたぐいなんだよな。 

もう驚く気にもならないぜ。

王都では、毒物の混入は日常茶飯事。昔ロイが言っていた通りだった。

俺の周りに群がってくる貴族達はだいたい何か企んでいるやからが多かったんだよなぁ。

まあ、ずっと田舎に引きこもっていたくせに急に引き立てられたから仕方ないのかもしれないけどさ。

俺の側には常にアイゴンがいたからなんだかんだ渋っていたけど、あまりにも何かしらが混入された食事や飲み物の登場回数の多さに辟易して、『毒無効』スキルは大分前に取得済みだ。

だから言ってしまえば、酒だろうと毒だろうと何でも来いな状態なんだけど……ゼルリエーヌ氏からも早速一服盛られる事になるとはな。


この女性ひとの目的は何だ。

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