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163.朝


「おはようございます、レオン様……おや? もう起きていらしていたのですか」


執務室のくたびれた革張りの椅子に座り、机には王都から持ち込んだリーラに関する資料と本棚に見つけた周辺の地図を広げていた俺を見て、ランディは片眉を上げて言った。

待ち構えて問い詰める気満々だったから無理して早起きしたに決まってるじゃんか。

こっちから夜中叩き起こしに行かなかっただけありがたく思って欲しい。


「ああ、なるべく早く取り掛かりたいからな。ランディ、執務室このへやには前領主の…ウィンバー氏の物が全くないようだが?」

「それでしたらレオン様がおいでになる前に全て片付けましたよ」


何をそんな事を聞いているんだという口調。

一っつも表情を変えずに……この野郎。


「なぜだ? 私の赴任目的は伝わっているはずだろ。それにウィンバー氏が残した仕事もあるはず……まさか処分したのでは無いだろうな?」

「勿論です。ですがウィンバー様が執務室このへやに置いていた物は失踪と関係のある物はございませんでしたよ。彼の残した仕事は私が全て片付けましたのでご安心を。レオン様には気持ち良く執務が行える様に清掃も行いました。彼の私物に関しては私が大切に保管しております」

「失踪と関係のある物かそうでないかは私が判断する。持って来てくれ」

「それはなりません」

「なぜだ?」

「あの方はもとより大変神経質なお方、他人に私物を触られる事を極度に嫌っておりましたから。長年仕えた私でさえ、手袋なしでは書類一枚も触れさせて下さらなかった。ですから丁重に保管しております」

「良いから持ってきてくれ、ここに全て。だいたいランディ、お前は昨夜ウィンバー氏はもう亡くなったような口ぶりだったような気がするが?」

「ああ…あれはこの街の者の総意であると申したではないですか。私はまだウィンバー様が生きてお戻りになるのを信じておりますよ」

「……良いから持ってきてくれ」

「なりません。ウィンバー様に叱られてしまいます……しかしどうしてもと仰るなら、リストにした物をお渡ししましょう。その中からレオン様がお選び頂いた物をお持ちします」


言いながらその場で紙につらつらと書かれていったリストには、ペン、インク、数冊の本に衣服に杖……それだけだった。


「……これだけか?」

「ええ、ウィンバー様は質素な生活をお好みで気に入った物を使えなくなるまで使用される方でしたから」

「手紙などは?」

「ございません。ウィンバー様は送られてきた手紙類は全てお読みになった後すぐに燃やしてご自身で処分してしまうような方だったので」


なんだこいつ……


「それでは、このリストに上げられている物以外は無いと?」

「そうですよ。ですから執務室このへやの清掃は大変楽でございました」


『きいぃぃーっ! 何なのこの人超むかつくわ! ばかばかばかっ!!』


頭にきたらしいルッカがランディの頭をポカスカやったりみぞおちを蹴り上げている。

もちろん全部すり抜けてしまうんだけど、それを見ているだけで少し和む。

ぐんぐん頭に上っていた血が徐々に下がってなんとか落ち着きを取り戻せそうだ。

いつもルッカが先に怒ってくれるから、王都でもなんとかやってこれたんだよな。

ふう……冷静になろう。


「なるほどな、分かった。ではそのリストの物を全て持ってきてくれ。ランディの言う通り失踪とは関係ないかもしれないが一応確認しておきたい。それと昨日言っていたように彼の当時のスケジュールもな……足がかりはそこから調べるしかないかな」

「……承知しました。本当に関係の無い物だとは思いますがね……ではそれは後ほどとして朝食のお時間です。もう十二分も予定を過ぎております。お急ぎ下さい」


無表情は貫いていたが、ランディの声には不服と怒りの様なものが込められていた。

前領主の私物を俺に提供する事が嫌なのか時間通りに事が進まないのが嫌なのか、そもそも俺がむかつくのかその全部なのかまでは図りかねたが、苛々しているのは確かだった。

それはこっちも同じだっつーの。

まだ邸の中も全て把握出来ていない。

ウィンバー氏の手がかりになる物がどこかに隠されている可能性がある。

こんな食えない態度取られるぐらいなら、それを自分で探し出せば良いだけだ。

……ランディの書き出したリスト以外の物が処分されていなければの話だけどさ。


食堂とも言い難い、食事をとるための部屋も執務室と同様に簡素で、季節に合わせた新鮮な花が生けられた花瓶も無く、クロスも張られていないむきだしの木のテーブルに直接、料理皿が置かれていた。

ウィンバー氏は食事も執務室でとっていたらしく、この部屋が使われることまではこれまでほとんど無かったらしい……なるほどテーブルと椅子以外何も調度品が置かれていないはずだ。

出される食事も同じくで野菜スープとパンにミルクのみ……歳のいった元領主に合わせた物と変わらない献立メニューだと思われるが、うら若き成長期の俺に足りる訳がない。

次からは量を増やすことと出来れば肉料理を追加するように頼んだが、今朝はもうこれ以上の用意はないと言われた。

食った直後に腹が減るって感じだ……既に昼が待ち遠しい。


「本日はこの後すぐにリーラをご案内する予定となっております。生憎の天気で少し小雨が降っておりますが雲の動きを見てきた限りではじきにやむはずです。たいして大きな街でもございませんから、午前いっぱいもあれば充分かと考えております。その後昼食、ゼルリエーヌ議長より招待が入っておりますので商工会議所へ向かいます。その後は邸に戻り執務……といってもおそらく大した仕事は入ってきていないはずです……まだレオン様は赴任されたばかりですからね。その後夕食までの間に先ほど指示されたウィンバー様の私物などをお持ちしましょう」


朝食後、ランディはすぐに街への案内を申し出た。

この街付近でとれる茶葉は王都でよく飲まれる物とは違い、濃い紅色で微かに甘く鼻に抜けていく。

食後の茶を啜りながら淀みない早口で伝えられるスケジュールに思わずむせそうになった。

朝といってもまだ夜が明けたばかりだ。アホか、早すぎるだろ。


「この後って……まだ早い時間じゃないか。まずはこの邸を確認してからと考えていたのだが、ウィンバー氏についてここで調べてからでも遅くないだろう」

「いいえ、この街の者はだいたいもう起きておりますよ。店はまだ開いておりませんがね」

「それならば開いている時間にすべきだろう。様子も分からないし何も話を聞けないではないか」

「まずは人通りの少ない静かな時間が宜しいかと。レオン様はご存知ないかもしれませんが、此度の貴方の赴任は事前から噂が持ちきりになっておりましてね、少々騒がしくなるのを心配しております。明日以降も街中へは出られるでしょうから、今日はこの時間に設定致しました」

「なるほどな……」


ランディの言わんとする事は分からなくもない。

自分で言うのもなんだけど……父上に付いて領土各地を訪問する度に、テルジアフィーバーなる物が巻き起こる様になっていった。俺の背が伸び始めるとそれはさらに悪化。

"遠くのアンドレ様より近くのレオン様" という俺にとってはとても微妙な気持ちにさせられるフレーズは王都を出て近隣に広まっている。

昨日の到着時も遠巻きに通りや家の窓の中から街中の熱い視線を浴びたし……気分は悪くはないんだけどちょっと疲れる。

領地みたいに自由に好き勝手な行動が出来なくなったからさ。

それなら確かに朝も早いこの時間に街全体を見て歩くのも悪くはない。

ぶっちゃけもう何度かは先に編入をしていたメイ達の元に通っていたから、姿を隠しては来ていたし怪しい店や危険人物がいないかは都度チェックは入れていたけど……まさか赴任するとまでは思っていなかったからな。

歩きながら街の説明を詳しく聞いておきたい。


「予定ではあと半刻と三分後ですので、お支度をお願いします」

「ああ……外出中に邸から"何か"を運び出すとか、そういった事をしないように使用人達へ言っておいてくれ。執務室と寝室への出入りも禁ずる」

「承知しました。今は料理人と使用人、それぞれ一人しかおりません。使用人はレオン様の赴任に合わせて雇い入れたばかりですから強く言っておきましょう」

「……以前の使用人は?」

「解雇致しました」

「なぜだ?」

「本人がそう申し出たものですから。ウィンバー氏が行方不明となってから一向に見つから無かった折に、彼を捜す為にここを出たいと……彼はウィンバー氏を心から尊敬しておりましたからね。捜索に行き詰まり街中が諦め始めた頃の事です。どこを捜しても見つからなかったので仕方のない事だったのですが……彼にはそれが許せなかったようです」

「彼は今どこに?」

「知りません。その後彼も失踪を遂げてしまいましてね。耳の不自由な男でしたから今頃どこにいるのやら、気持ちばかり多めに給金を渡してはおいたのですが……」

「なんだと? その話は私の耳には入っていない。つまり失踪者は二名という事なのか?」

「ええ。彼の事はこの街でも少し話題にあがっただけでしたからね、レオン様が存じ上げないのも当然でございましょう。私としてもどこかで元気に生きていてくれることを願うばかり……さて、もう時間です。出掛けなくては……宜しいですか」


ランディが手を軽く二回叩くと、厳めしい顔をした髭面の細身の男が外套マントを持って現われた。

俺とランディ二人を睨むような目つきでぶっきらぼうにその外套マントを押しつけるように手渡すとすぐに部屋から出て行った。


「彼はバート、元は自警団にいた者です。さあ、参りましょう」


俺の中のランディへ持つ不信感が更に一ランク上がった。

なんでそんな大事な事を黙っていたんだ……?

前領主ウィンバー氏と使用人とはいえ元は同じ屋根の下の同僚しごとなかまに対しての冷淡ドライな口ぶり……こいつは何を考えて俺にこんな話し方をしているんだろう。

いくら俺が若造だからって王都から派遣された領主っていう立場の奴に怪しまれても良いことがないってことぐらい誰だって分かるはず。

それなら演技でももう少し哀しむ素振りを見せればいいだろうに……なんだかしっくりこない。

あの使用人バートについても。

昨夜は”雇われたばかりで何も分からない” とか言っていたくせに、思いっきりこの街の住民じゃねーか。

しかも俺どころかランディも気に食わない様子……何でこいつを雇ったんだ?


ルッカなんて苛つきを通り越して白目剥きそうになってるし。


『失礼ねっ! そんなことないもん』


いやいやまじで…今すごい顔してたって。

…うわっごめん、ごめんって!

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