152.魔物使い
『そういえばあなたの名前は何て言うの?』
『オレか? オレはー”お前”とか”そこの”って言われる事が多いぞ』
『やだ、可哀想。魔王一派って名前も禄につけてくれないの!?』
『そんなの必要ないだろ?』
『名前が無いと呼ぶ時に困るじゃない。そうだ私が付けてあげる。”ちゅー太”は?』
『そんなかっこ悪いのいやだ。おれは”そこの”でいい。気に入ってんだ』
『なによ……可愛いじゃない』
ルッカのネーミングセンスの悪さと魔物の自我の無さ両方に驚きを隠せないがこの会話に参加してる余裕が今の俺にはない。
人魚を元に戻して半漁人を元に戻して、魔物が沈めた島を戻せる事は不可能かもしれないがせめて魚にされた人間を元に戻す……そして絶対引き留めにかかってくるに違いない人魚達を上手く躱してメイ達の所に戻る。
ってそういや虫とスライム達は果たして迎えに来てくれんのか?
つーか、後は馬鹿王子をどうするかってのも考えねーと……全くくっそ忙しいぜ。
それとは別にルッカとのやり取りを聞いてる限りこの魔物はうまく取り込めば簡単に俺たちの仲間になってくれるんじゃないかと踏んでいる。その辺は頼んだぞルッカ。ルッカの相手が誰だろうと距離を取らせない対人能力は期待大だ……ってちょっと待て、ちょっと待てよ……何だこの違和感は
「……………………何でお前ら普通に話してるんだよ」
危ね、危ね。あまりにも自然過ぎてすんなり受け入れる所だったぜ。
『え? そうね、そういえば私もこの子とお話しているわ』
『そういえばそうだな!』
「……実はワシもさっきから理解出来ておる」
「私にも聞こえているよ」
「ボン爺に、兄上まで……?」
魔物の言葉を全員が理解出来ているなんて……一体全体どういう事だ。
それじゃ高いポイントを使って『コミュ力』スキルを取った意味が無いんじゃ……
『ほらほらそんな事で落ち込んでないで鑑定してみたら?』
「ああ、確かにそうだな。戦闘中はちゃんと確認出来なかったし……ボン爺、兄上ちょっと先に人魚達の様子を見に行ってくれないか。少しこの魔物を調べるから」
『なんだよ、オレのなにを調べるつもりなんだ? やめろよ』
『大丈夫よ。少し話を聞くだけだから怖がらないで。後で美味しいお魚さんあげるから』
『そうなのか。それならいいぞ』
「……分かった、まあこの場も長くもたんだろうから早く来いよ。アンドレ、行くぞ」
「はい。ボンさんの言う通りレオンも長居しないで早く来るようにね」
よしよし、今のうちだ。それじゃ早速……
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オオネズミ(30)
職業:魔物、レオン・テルジアの眷属
『ステータス』
Lv79
HP 73/ 250
MP 150/ 297
『スキル』
・重力魔法 Lv10(MAX)
・火魔法 Lv 5
・水魔法 Lv 2
・風魔法 Lv 4
・土魔法 Lv 7
・呪い Lv 7
・猛毒 Lv 6
『ユニークスキル』
・環境適応能力
・呪い解除
・コミュ力(同族以外)
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「はっ!? 強えじゃんっ」
『ふっ……まあオレもそれなりにはな』
なんだこいつ……強いじゃないか。ルッカには劣るけど今まで倒してきたボス級レベルだ。
って事はコイツを取り込んだ陰の支配者の貝はもっと強かったって事か……闘っている最中に知らなくて良かったかもしれない。
このちっこいねずみの魔物だってちゃんと見なくて良かった。
『私は全然強くないっていつも言っているのに。でもあなたはこんなに可愛いのに強いなんてすごいわね!』
『へへっまあな……一人で任されるのって結構凄いんだぜ。オレより強い奴もいっぱいいるけどな』
貝に思いっきり監視されてたけどな。
……状況的に余裕があってしっかりステータスを見ていたら心が折れていたかもしれないぜ。
いまいち仕組みは良く分からないけど急いでいる時って鑑定表記が雑になるんだよな……ある意味それが功を奏した。
『その感覚は何となく分かるわ。私も慌ててる時とか考え事をしている時はレオの心の声も入ってこないし、似たような感じかもしれないわね』
『ん? なんの話だ?』
「いや、今のは気にしないでくれ。それにしてもなるほどな、まあ確かに『鑑定』を使う時は結構集中力がいるし。でもさルッカ……この魔物いつの間にか俺の眷属になってるんだけど」
『ええっ? それはどういう事なの?』
「だよな。意味が分からないよな。俺、アイゴンみたいにこいつに懐かれるような事した覚えないんだけど」
『一応、命は助けたわよね?』
「それは確かに……でもそれだけで眷属になるなんて簡単過ぎねえか?」
『そこにいる本人に直接聞けばいいじゃない』
「そうだよな。なあ、お前……なんで俺の眷属になったの?」
『なんだよ”けんぞく”ってどういう意味だ? ……お前らの話は良く分からなくてイライラする』
「それは悪かった。なんかお前、俺の弟子っていうか仲間になったみたいだからさ」
『ああ、お前についていけば旨い魚が食えるんだよな?』
『それだけ?』
『オレ、腹減ってるからさ。早く食いたい』
ハリネズミの魔物は眷属の概念すら知らなかった。
その後もう少しかみ砕いて話をした結果、敢えて特筆すべき点とすれば戦闘中に魔物に提案した「旨い魚を喰わせてやる」という俺の言葉に対して俺の事をとてもいい奴だと認識したっぽい。それだけだ。
この魔物にとっては重要な話だったのかもしれないけどあまりにも動機が軽すぎて逆にこっちが心配になってくる。
単純に旨い物食わせてくれるならそれだけでホイホイ付いて行くって事だろ、大丈夫かこいつ。
それとも魔物との眷属契約ってのはこの程度の気軽な物なのかもしれない。
アイゴンも確か魔物なんだよな……凄く不安だ。
今こんなにも懐いてくれているアイゴンにあっさりと捨てられる瞬間が頭をよぎり、慌てて掻き消した。
きっと第二眷属の虫なら何か知ってるに違いない。
虫とも何か気軽な理由だった気がするし。
そういやそろそろスライムを連れてこっちに戻って来てくれても良いんだけど。
『なあ! 早く魚を食わせろよ!』
「あ、ああ。そうだな。じゃあとっとと戻るか」
これ以上魔物と話しても種族が違いすぎて話が噛み合わないしこれ以上話を聞いても時間の無駄だ。
魔物のステータスには他にも気になる点は多々あるけど、それは後回しだ。
目の前の仕事に戻ろう。
元人魚の魚と元人間の魚の見分けはとても分かりやすい。
やたらカラフルで鮮やかな熱帯魚風なのが元人魚、単色で地味な魚が元人間だ。
魔物に元人魚の魚だけ元に戻すように頼むと「いいぜ」と気軽な返事。
口をタコの様に尖らせると口からしゃぼん玉のような泡を吐き出して泳いでいる魚を捕らえて囲む、その泡が弾けると元の姿に戻った。まるで手品のようだった。
元の姿に戻った人魚達は手を取り合いながらお互いに喜び合い、そして俺たちに襲いかからんばかりに迫り喜びと礼をそのグラマラスな身体で表現してくれた。
そして、元人間の魚を牧羊犬よろしく誘導し崩れかかっている祠を後にする。
祠付近に待機を命じていた人魚と数を合わせるとかなりの人数になり、俺たちはまるで神輿のように人魚達に担がれての移動となったが、それにはもう抵抗する気力が俺たちには無くなっていた。
ボン爺でさえされるがままの状態だ。というか寧ろ人魚に運ばれるのを良いことに仮眠を取っている。
残るは半漁人を元に戻すべくあの悪趣味な人魚の棲家に向かう途中、後方でゴゴゴゴ……という轟音と激しい揺れを感じて振り返ると祠が崩れて更なる海深くへ沈んでいくところだった。
闘いの終わりを実感したのか、無意識にもまだ緊張していたのか急にどっと疲れが出るのを感じる。
崩れていく砂煙の中にキラキラ光る物も舞っているが、あれはすり潰してやった貝の化け物の残骸だろうか。
縦長の洞窟の底付近での闘いだったのに、ここまで上がって来る物なんだろうか……
数人の人魚の上に体重を預け、潮の流れに漂う砂煙を眺めていると不自然な動きに気が付いた。
貝の残骸である粉状の砂が……明らかにこっちに向かってきている。
しかもその速度は速い。
まじかよ……貝は死んだんじゃなかったのか?
「……まだ終わりじゃない。あの化け物まだ生きてるぞ!」
「何だと!」
「スピードを上げてくれ! あんな粉状の物相手に戦うなんて無理だ、逃げるしかない」
「「「「「レオン様っ分かりました!!!!!」」」」」
「兄上、俺たちを全体的に守るように力を発動してくれないか!? それなら魚人化の呪いは避けられるはずだ」
「分かった、私に出来る事なら何でもするよ」
「「「「「きゃああ、ステキっ!!!!」」」」」
この状況にも拘わらず、黄色い声で煩く騒ぎ立てながらも人魚達は俺の言う通りにスピードを上げた。
だが、貝の残骸のスピードの方が異常な程早い。
敵の一つ一つが小さすぎて重力魔法で制圧することも難しく逃げるしか方法が見いだせないのに、人魚達がこれ以上は無理という限界速度まで上げても無理だった。
大量の砂嵐の様にゴオオオオオ……と音を立てて迫ってきた貝の残骸は、俺たちに襲いかかる事無く勢いはそのままに通り過ぎていった。
「ケホケホ……なんだったのかしら、あれ」
「分からないわ。でもこのまま真っ直ぐ行くと私達の家があるじゃない?」
「私達の家が砂まみれになっていたら嫌よね」
……俺たちを素通りした理由は何だ?
貝は何かに寄生してそいつを核にして能力を発現するタイプの魔物だ。
つまり、向かった先に標的がいるって事だよな。
……まさか半漁人か⁉︎