14.閑話(ボン爺視点)
わしはボン。ただのボンだ。
本名なんて忘れちまった。
ずっと愛称でボンと呼ばれてきたし、ある時からはわしからもボンとしか名乗らなくなった。
地図にすらない、もうなくなった小さな村で俺は生まれ育った。
やんちゃなガキでいつもどっかしら怪我をこさえていたもんだ。
貧しい村で毎日の食糧のためにしょっ中森や川で狩りをした。
何もない時はその辺の草や虫の幼虫なんかだって食った。
ある時村に1人の冒険者が村にふらっと入ってた。
このあたりの洞窟に眠るお宝があるとか言っていた。
その洞窟は、わしら村人にとっては祭壇みたいなもんだった。
洞窟の奥にはデカくて綺麗な水晶があって、それを村の守り神として祀っとったんだ。
村長は冒険者に話をし、冒険者はそれを了承して帰って行った。
数日後、ゾロゾロと屈強な男どもが村に入ってきて無理やり洞窟から水晶を奪って行った。
抵抗した村長や他の大人達、わしの親父は殺された。
村に残ったのは、殆ど女子供だけだった。
生きる為に今まで男衆がやっていた仕事を残されたみんなで必死にやった。
わしはあの時の冒険者を怨んでいた。
あいつが喋ったんだ、絶対に許さないと。
ある時、獲物が捕れずいつもよりも遠くの森に入った。
そこにあの時の冒険者がいた。
死んでいた。
腕と腹を切られ、片足は離れた所にあった。
動物や魔物じゃない、人間に殺された死体だった。
この時あの時の盗賊連中と冒険者は別物だったんだろうと思った。
そして、わしは死んだら終わりなんだと、強くならなきゃいかんと思った。
わしが12になるかって時に村に疫病がはやった。
厄介なやつで少なかった村人がもっと減った。
わしの母親もこの時死んだ。
わしは残った数人の村人とともに、村を捨て旅に出た。
街に行った者、漁師になるため海の村に向かった者、途中で死んだ奴もいる。
わしは村の女数人と弟分のダニエルと一緒に近くの街に向かった。
女達は生活の為に娼婦になり、たまにわしらに少しばかりの小遣いをくれた。
わしらはわしらで昼間は狩りや薬草摘み、夜は娼館や飲み屋付近をウロウロしてちょっとばかしの盗みを働いた。
娼館の管理はずさんだったらしく、村から一緒に来た女達はすぐに病気で死んじまった。
わしらは必死だった。
落ちてるゴミにだって飛びついていた。
ある時わしがヘマをして足を打撲してしまった。
ダニエルは俺より5歳下の7歳だった。
まだわしが狩りを教えたばかりだった。
ダニエルは1人でも獲物を捕ってくると言ったが、わしは足を引きずりながら罠の仕掛けを教え、しばらくはこの罠だけで狩りをしようと言った。
罠だけじゃ可食部の少ない獲物しか捕れんかった。
わしもダニエルも毎日トカゲと野草を食べて過ごした。
2人とも腹が減っていた。
ある日、ダニエルがふらっといなくなり泥まみれになって兎を持ってきた。
ダニエルは仕掛けた罠で捕れたと嘘をついた。
この辺じゃかなり森の奥に行かないと捕まえられない獲物だった。
わしは1人で森深くに入ったダニエルを怒った。
明日から一緒に行くから二度と1人で行くなと言った。
ダニエルは悔しそうに不貞腐れていた。
だが、その日はこなかった。
ダニエルは夜中、また森に狩りに入ったんだ。
わしに一人前だと証明したかったんだろう。
ダニエルは何かしらの魔物に食われた。
翌日、足を引きずりながら走り、ダニエルの残骸を見つけたのだ。
たった1人になってしまった。
生きる為に荒くれの冒険者達にひっついて荷物持ちや盗み、囮役なんかもやった。
食事は奴らの残飯か、やっぱりトカゲか雑草だった。
役に立たないガキを連れて行ってくれるだけでありがたかった。
腹を空かせながらも毎日必死に付いて行き冒険者達の技を盗み見て過ごした。
そいつらに殺されそうになったり捨てられたら、また次の冒険者の集団を捜してあっちこっちを旅して歩いた。
そのうちわしもデカくなり、1人でも大物の魔物を殺せる様になった。
あまり人が信じられなかったから基本的にはソロで動いた。
1人でだいたい何でも出来る様になると、毎日が楽しくなった。
小さな村の近くに巣くった魔物を退治したり攫われたた町娘を助けたりもした。
感謝されるのは嬉かった。
そんな風に放浪していたある時、わしはデカい国に入った。
夜居酒屋でビールを飲んでいると、その国の騎士団らしき連中が数人入ってきた。
みんな若造で、粋がっているのが鼻についた。
若造は酔っ払ってくると、見るからに冒険者のわしに近づいて来た。
今度東の山に出たドラゴンの討伐に行くという話で、初めての遠征なのだと言った。
ガキみたいに目を光らせまるでピクニックにでも行くかの様な話しぶりに腹の中が煮えくり返ったが、実はわしの目的もそのドラゴンだった。
だからわしは適当に話を聞きながら詳細の情報を得た。
翌日、道具を揃え東の山に向かった。
中腹あたりで、空気がやけに熱くなってきた。
ドラゴンの巣が近いのかもしれん。
わしは魔法で風を出し、その風を纏いながら警戒して登って行った。
途中、あの居酒屋の若造がくたばっていた。
大きさ的にドラゴンの子供にでも引っかかれたであろう傷跡が腹にあった。内蔵が抉られていた。もう駄目だろう。
ある程度の知恵を持った生き物なら大体そうだが子供を殺すと親の怒りは尋常じゃない。
「ちっ子供もいるのか」
厄介だと思いながら登る。
最悪の場合、逃げる必要もある。
帰路を意識しながら先に進んだ。
『グアアアアアアアアアアアアアアアッ』
突然、鼓膜が割れそうな叫び声が聞こえた。
音の先を見れば、数十メートル上の方で巨大なドラゴンが叫び、口から火をまき散らしているのが見えた。
わしは静かに裏手に周りながら、ドラゴンへと向かった。
見れば、ほとんどの騎士達が焼け焦げて死んでいる。
子供のドラゴンも2匹、ぶった切られて死んでいた。
一人の若者だけが、わしの目当てのドラゴンと対峙していた。
あの距離じゃ、次に火を吐かれたら終わるだろう。
ドラゴンの大きさは10メートルくらいってとこか。
そんなに大きくないな。
わしは、魔法で氷の槍を数個作り、風魔法を使い槍の速度を加速させドラゴンに向かって投げた。
鱗が固いのか、何本か刺さったものの特にダメージはなさそうだった。
後ろからの攻撃にわしの存在に気付いたドラゴンは怒り狂ったままわしの方を向いた。
「おいっ!今だ!!そいつの尻尾か羽を切り落とせ!!」
わしは、向こう側の若造に叫ぶと、もう数本用意していた氷の槍を構え、さっきよりも速度を上げてドラゴンの目を狙った。
『グアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ』
的中、どんなもんだ。
ドラゴンの苦し紛れのブレスを氷の壁を使いながら風魔法を使って飛び、そのまま氷柱を作ってドラゴンの脳天をめがけて思い切り叩き付けた。
着地をしながら、ドラゴンの羽がなくなっている事を確認した。
切り取られた羽が転がっている。
若造の近くに着地し、
「よく切れる剣だな。おい、とどめをさすぞ」
わしは、風を良く切れるナイフの様に細かく執拗にドラゴンへ叩き付けた。
若者にはドラゴンの尻尾、足、腕を切り落とさせた。
最後は動けなくなったドラゴンを氷漬けにし、窒息させて殺した。
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「助けて頂き、ありがとうございました。
私はガルム・テルジア。ナリューシュ国の騎士団にて第1隊長を務めております。
王国きっての騎士団だというのに、御見苦しい・・・役立たずな姿をお見せしてお恥ずかしい。」
「いや、あそこで動けていたのはお前さんひとりだったろう。
まぁドラゴンといっても小さいもんだ。これから油断はするなよ。」
それが、ガルムとの出会いだった。
ガルムはわしの事を師匠の様に慕ってきて、わしに師事を仰いだ。
わしはただの冒険者の端くれだと、もっとデカいドラゴンだったら誰も助けずに逃げただろうと言ったがそれでもまるで犬の様に慕ってきた。
ドラゴン退治の名誉は、全てガルムに譲ってやった。
その代わり、この国に滞在する間の宿代とメシ代をせびってやった。
ガルムは騎士団長になったらしい。
その後、わしはこの国を離れたが定期的にわしの元に便りが届いた。
なに、伝達用の虫がいるんだ。
まぁ、たまにナリューシュ国の近くに寄ったときは飲んで近況を聞くくらいの中だった。
何年かして、わしも年を取りそろそろ冒険家をやるには潮時かと考えるようになった頃にガルムから便りがとどいた。
ガルムの領地で、息子の面倒をみてくれないかとの依頼だった。
時期的にちょうど良かったのでわしは二つ返事で了承した。
ガルムもだいぶ年を取っていた。
ま、当然だな。
ガルムの息子は、まだ赤ん坊だった。
事情は聞いたが、わしには関係のないこった。
屋敷で特にわしがやることはなかったから、庭師をして過ごす事にした。
屋敷も堅苦しくて住みたくないといったら、デカい庭に片隅に家を用意してくれた。
ガルムは自由にしていて良いと言われていたが、体を動かしてないとなまっちまうからな。
執事をやってるロイってジジイもありゃ相当な曲もんだぜ。
昔、何度か仕事でぶつかったことがあったっけな。
まぁそれも昔の話だ。
むしろそんな昔話が出来る老いぼれ仲間ができて良かったてこった。
ロイは夜ふらっとわしの家に来て飲んで帰っていく、そんな間柄だ。
ガルムの息子、レオン坊ちゃんは貴族って割にはよくわしの所に遊びに来る。
たまに坊ちゃんを見ていると死んだダニエルを思い出す。
わしも年をとったからか、こう懐かれると可愛いもんだ。
チビのくせにやけに毎日体をきたえているし、冒険だのなんだのいって
出来もしない魔法の練習をやって庭で一人で落ち込んでいる。
貴族にしとくにはもったいないな。
最近は体も大きくなってきて木登りなんかもしょっちゅうやってる。
木に登って危なっかしく屋敷の塀から外を見ていたと思ったら、
しばらくしてわしのところにきてロープをくれだの言ってきやがった。
……ありゃあなんか企んでるぜ。
まぁ、しょうがない。乗ってやるか。