147.援軍
「兄上! 早くバ、ヨハン皇子を何とかしなくては!」
「ああ勿論だとも! だが先ほどから彼に癒しを与えているのだが何故か……余計に苦しんでいる様子なんだ」
ゾンビかよ!
「あながち間違いではないわ。だってあの人はもう……」
死んでるのか? ヴェン…えっと何だったっけか。あのザビエル野郎と同じく。
「ううん。まだ死んではいないけど本体の生命力はほぼないわ…可哀想だけど彼の中に取り込まれている呪いの力の方が強いのよねー」
なるほど。じゃあ兄貴の力を使ってその呪いってのをかき消せばいいんじゃね!
「兄上! そのまま最大出力で頼むよ!」
「分かった! ヨハン君、辛いだろうが耐えてくれ! はあああっ!」
「ぐああああああああああああああっ!!!!」
兄貴の放つ柔らかな光がほとばしり深海の暗闇を照らす。
と、同時に馬鹿皇子の身体中からどす黒い靄が溢れ出して掻き消そうと馬鹿皇子を包み込む。
さながら光と闇の闘いだ。
かっけえ。
だが徐々に闇の方が優勢なのが見て取れる。
なんだあいつ……ステータスは大した事ないってのに、身体の中に何があるっていうんだよ。
兄貴のMPがジリジリ減り始めた。
「くっ……ここまでとは……」
「兄上! 大丈夫ですか!?」
「あ、ああ。私は大丈夫だよ。ヨハン君を早く助けなくては」
「お兄ちゃん無理しないでね?」
兄上の額からじわじわと汗が吹き出している。表情も辛そうだ。MPが半分をきった。
徐々に兄貴の放つ光の出力量が弱まり始めたのが目に見えて分かる。
反して黒い靄の勢いは収まる事はない。
兄貴のMPが切れるのも時間の問題だ。
まずくないか、これ……
「そうね。そろそろ逃げる事も視野に入れないと」
いやルッカだけならまだしもこの場で逃げるのはまず難しいだろ。
「この付近には精霊が多いから何とか頼んでみるわ」
頼む! 俺のMPなら幾らでも使ってくれて構わないから!
「分かった」
ルッカが両手を広げて可愛らしい鈴の音の歌声が響き渡る。
同時に、弱り始めた兄貴の方へ襲いかかる呪いの黒い靄へ重力魔法で押さえつける。
駄目元でやってみたけど、あの靄にも質量があるのか。便利だな重力魔法。
このまま、馬鹿皇子ごと海底深くに埋め込んでみるか! ってやったら兄貴に軽蔑されっかな……。
そんな俺の葛藤の最中、徐々に馬鹿皇子の身体から溢れ出す靄の動きが鈍くなり、止まった。
「あっ! もしかして成功〜!? あの人の時間を止めてみたの! えっへへー」
「マジか! すげえな!」
「お兄ちゃんが超イケメンで良かったわ。精霊さん達がとっても沢山協力してくれたの!」
なんだよそれ! 精霊って人間嫌いなんだろ!?
「お兄ちゃん、人間離れしたイケメンだから」
なるほど……すげえな。
「お兄ちゃん! 今よ! 今のうちに彼に光をぶっぱなして!!」
「ああ、しかしすまない。私にはもう力が……」
MPの枯渇か。
くそっこんな絶好の時に!
仕方ねえ、こうなったら兄貴には悪いけど俺が地中深く封印しかないか……
「おお、私の可愛い玩具が暴れてしまったか」
「ママ!? 」
「駄目じゃない! ママ達はお留守番って言ったのに」
「すまないね。私の生活圏内で可愛いお前達をみすみす失いたく無くってねぇ……」
「ママ、今の彼に近づくのは危険だ! 下がって!」
人間の大人よりも一回りはデカい半魚人を庇うかの様に馬鹿皇子との間にさっと立ちはだかる兄貴、アンドレ。
「おやおや、痺れるねぇ。殿方に護られる様な事をされるのは初めての事だ……もう悔いを残す事はないくらいだ」
半魚人は、優雅な身のこなしで兄貴の額に優しく口付けを施すと兄貴がすっと力を失った様にその場に倒れこんだ。
「兄上!」
「ママ!?」
「大丈夫だよ、アンドレは疲れていたみたいだから少し眠らせただけだ。安心なさい」
そして海中に浮いたままの馬鹿皇子に迷いなく真っ直ぐ近づくと、黒い靄ごと抱きしめる様にピタリと寄り添った。
「やだ、ママ! そんなことしたら呪いが!!」
「安心しな。ロッカは心配性だねぇ」
落ち着いた声で悲鳴をあげたルッカをなだめる様に言うと呪いのどす黒い靄を口から吸い込み始めた。
徐々に靄が消えてゆく、っていうか正確には半魚人の体内に吸収されてるんだけど……
まじかよ。
なんで半魚人は無事なんだ?
「……ちょいと量が多いねぇ。まだこんなに隠し持っていたなんて」
「 ママ、どういうことなの? どうなってるの?」
俺も知りたい。
「ああ、私達人魚は負の力が大好物でねぇ。この子の保有している呪いはその類なのさ」
「負の力?」
さすがのルッカも首を傾げる。
俺も知りたい。負の力って、なんだ?
「具体的には人間の持つ負の感情ってところだね」
……人の不幸は蜜の味っていうやつか。
「や、めろ……」
馬鹿皇子が喋った!!
「この子の中に入っているのは大分大物の魔物だね。大昔に人間を操って戦を仕掛けていたという彼の者だと思うのだが……噂でしか聞いた事がないけど男前だったはずだよ。私がこの子を気に入っていた理由の一つさ」
「へー……その魔物さんが男前だから?」
「男前の魔物も、結構な大物を受け入れられるこの可愛い顔をした小さな皇子様の器も、両方だね」
「ふうん。でもママは大丈夫なの? もっとお魚さんになっちゃわない?」
「呪いの種類が違うからね。さてと、ひとまず私は彼を巣に連れて帰るとしようか」
「そ、それじゃママには皇子を頼むとして俺たちはボン爺達を追うよ。あっ兄上は置いて行って下さい」
「どうしてだい? アンドレも戦力にはならないだろうに」
「兄上は俺が回復します! 兄上の力が必要なんだ」
「そうかい? じゃあ、この子だけ連れて戻るとしよう。お前達の援護に選りすぐりの娘たちを今呼ぶから」
そう言うと、半魚人は大口を開けた。何も聞こえなかったけど、ルッカだけは「ぎゃっ」と小さく悲鳴をあげ両面を強く閉じて耳を塞いだ。
なんだ、超音波みたいなやつか?
良かった、俺には聞こえなくて…っつーか、人魚の援護付きじゃ上手い事とんずらは無理か。
そしてすぐに現れたやる気満々の表情を輝かせる人魚総勢20人。
数が多い。
「「「「私達に任せて頂戴!!!!」」」」
「「「「ママのいい付け通りアンドレ様、レオン様、ロッカ様には指一本触れさせないわ!!!!」」」」