142.会食
ルッカの『ママを助けよう』という呼びかけに兄貴が最初に賛同した。
ボン爺は「あの人魚共に関わっても碌な事はない。アンドレを連れて早くここを出るべきだ」と良い顔はしなかったし、俺もボン爺には賛成だった。
密かに鑑定で人魚達のステータスを見たけど、普通に強いんだよ。
ルッカほどではないけど、俺たちよりも上。
見た目は20代前半のお姉さんなのに年齢は250歳~だったし暗殺スキルも呪いスキルも持っていてここらの魚のステータスの遥か上をいく。
海底じゃ覇権を取ってんだろうなと容易に想像がつくレベルでママに至ってはルッカと同レベルだったからな。
兄貴はアイリスで同様レベルこそそんなに高くないけど光魔法っていう未知数の能力持ちだからもしかしたら敵を倒せるかもしれないけど、神殿にずっと軟禁状態だって上に戦闘なんかした事ないだろうし、そもそも深海は人魚達の領域だ。
どう考えても俺たちの出る幕じゃないんだよ。
この人魚の里を無事に脱出出来ればはっきり言ってもう深海には用はないし。
そういう訳で、ボン爺と俺は一晩かけてルッカと兄貴を説得した。
そして、当初の脱出案を進める事にしたんだ。
一夜明けてーっつっても、薄暗くて昼だか夜だかは分からないけど人魚達がきゃぴきゃぴと迎えに来た。
「おはよう。起きてる? 入ってもいい?」
「私達、ご馳走を用意したのよ」
「張り切って寝ないで作っちゃったの」
「食べてくれないと哀しくて殺してしまうわ」
「ね、入るわね?」
人魚達が近づく気配を察して、即座に一瞬にして張っていた魔法を解いて土壁を取り払った。
正直、話し合いが難航したせいで俺たちも全然寝ていない。
ご馳走って言われても、あんま食う気は起きないんだよなー……っつっても人魚達毎回微妙な殺意を仄めかしてくるから食わないと面倒臭そうだし。
人魚達は遠慮なく入ってくると一斉に俺たちに群がり、べたべたとスキンシップを開始。
……ちょっとお姉さん近い、近いって。
「あら、あまり顔色が良くないわ」
「眠れなかったの?」
「ああ。わしらも嬢ちゃん達と一緒でな、寝とらんのじゃ」
「兄上に会えたのは本当に久しぶりで俺たちも話しこんじゃってさ」
「食事を用意してくれてありがとう。折角だからもちろん頂くけどあまり食べられそうにないな」
「そうなの……!! いいの、いいのよ。気にしないで」
「ずっと会えなかった兄弟ですもの……そうよね。今日はゆっくりしてね」
「そうよ。少しだけでも食べてくれるだけで私達はいいの」
良く分からないけど、人魚達は物騒な物言いとは裏腹に案外俺たちの意見を尊重してくれる。
それが、この里にずっといる限り……ってもの分かってるけどさ。
昨日ママに会った広間に連れられて行くと、床に大量の魚料理が用意されていた。
これが、ご馳走だと……? これまでで見てきた食事の中で一番酷いじゃねーか。
鱗もそのままのただぶつ切りにしただけのグロい魚の惨殺死体みたいのがごろごろと置かれているだけ。
もともと俺ってば生まれも育ちも良いからちゃんとした料理が多かったけどさ、これまでの村とか町とか島で食った料理だって素朴ながらもどれも旨かったし、俺には食の好き嫌いも特にないと思っていたんだがこれはきつい。
っていうか本当にこれに一晩かけたのかよ!?
まさか本当にこれを、食えと……?
「私達はね、食事は魚をそのまま丸のみするんだけど……人間は切らないと駄目なのよね?」
「前の男は焼かないと食べられなかったわ」
「この海の中で魚を焼くのは大変だったけど、その時に火という物を操る方法を覚えたのよ」
「愛する人の為なら何だって出来る様になるのよね。うふふっ」
水の中だから、既に温かいもくそもないけど確かに丸焦げになった魚もいた。あれはもうほぼ墨だ。
「アンドレ様は、この海藻と魚をスライスした物がお好きよね?」
「ああ、いつもありがとう」
「きゃっ! いいの……それね、私の爪で切ったのよ?」
「嘘をおっしゃい! 私の爪で切ったのよ! あんたの腕、切り落とすわよ‼」
「やだ、こわーい。アンドレ様、助けてっ」
「ははは。みんな仲良しだね。皆で作ってくれた物だろう? 分かっているよ」
「「「「キャーーーーーーーーーッ」」」」
兄貴はここでこんな感じだったのか。
すげえな……転生のたらしか。見習おう。
「ね、ボン様もレオンもロッカも食べて食べて‼」
「はやく貴方達の好みを知りたいのだもの」
「な、なんだか食べるのが勿体ないなあー……ははっ……」
本当は物凄く遠慮したい。
今までこんな魚料理食った事ねぇよ。
まさかこんな物を食べさせられる日が来るとは。
『えっと、僕は死んでるから何も食べられないんだ。ごめんね』
「そうなのー? 残念。私……ロッカの為に珍しい魚の内臓をわざわざくり抜いてみたのに。とても美味しいのよ……そうだ、それならレオン、食べて?」
にちゃっとした気持ち悪い形の血の固まりみたいなどす黒い固形物がこっちに迫ってくる。
た、助けて……!
「ごめんっ! 俺にはちょっと難しいかも……おっ俺、内臓とか食ったことないから」
「そう……?」
悲しそうだ。
その悲しそうな憂いの表情にはとてもそそられるものがあるけど、食べられない物は食べられない。
「レオン、好き嫌いはするな。内臓は旨いぞ。どれわしが貰おう」
「……おじ様‼ 嬉しいわ。そうなの、とても美味しいのよ! 美容にも良いし。昔、乱獲し過ぎて最近はあまり見つけられない魚なの」
「普段なら文字通り血の争いで取り合うくらい……でも大切な人が食べてくれる姿を見るのが最高の幸せなの」
ボン爺、まじであれ食えんの……生だぜ?
「うむ。クセがあるな……だが確かに旨い。わしも少しは若返りそうじゃ」
「キャッ! ワイルドな食べ方……」
「素敵……」
兄貴の方をみれば、手づかみで食っているのにやけに優雅に食している。
ただの魚のぶつ切りなのに……まるで一流料理人の用意した晩餐会の食事をしているかのようだ。
ちょっと待て、兄貴の食ってる魚だけ綺麗に鱗も剥がされた身の部分だけじゃん!
なんで兄貴だけ……頼むよ。全部やってくれよ。
『ほらほらーレオンも食べてみなさいよ。案外美味しいかもよ?』
にやにやと近づいて来て俺の耳元で囁くルッカに悪意しか感じない。
うるせーな。食うよ、食うって……えーっと、一番まともそうなの……うん。生魚だな。
当然のように何の味付けもない素材そのものの味のうえ、鱗がまじで固い。
……新鮮過ぎて生臭くないっていうのだけ助かるけど、鱗のせいで無理やり飲み込む事もできないんだけど。
ここまでの旅でー特に陸を離れてからは生魚を食う事は勿論あった。
でもさ、その時はもう少しまともに捌いたしボン爺秘蔵の謎の香辛料があったから気にならなかったんだよ。
これはまじで酷い。
どう考えても寝ずにつくったやつじゃねえ!
うむ。どうにも食が合わな過ぎる……やはりここは早く立ち去るべきだ。
「レオンは小食なのかい……?」
「ママ?……いえ、今まで食べてきた物と違うので少し戸惑ってて……」
「それは良くない。娘達! レオンの口に合う餌を探してくるんだ!」
「いやっ! そんな事してもらわなくても、兄を連れて国に帰らなくてはならない通りすがりの身ですし!」
「遠慮など必要ない。これまでも食が合わず衰弱死してしまった殿方が大勢いてね……だから気にしなくて良いのだ」
「そうよ。私達がんばるから!」
「レオンが喜ぶ食事を見つけるのも私達の喜びなの」
「だから私達とずっと一緒にいてね?」
うーむ……話が通じる気がしない。
これは、まずいな。