141.ママ 2
馬鹿皇子があんなところに!?……何やってんだあいつ。
ああ、そうだよな。ルッカも気になるよなー顔ひきつってるぞ気を付けろよ。
「ママ、この方がレオンよ。アンドレ様の弟君なの! そしてこっちはボンおじ様。冒険者で、レオンの護衛をしているのよ!」
「あらあら、兄弟? 似ていないわね。でもタイプの違う兄弟ならとても楽しめるわ。ボン様も…今までは若い男ばかりだったからボン様の様な年を重ねた殿方はとても魅力的だわ。ベラ、ジル良くやった」
「きゃっ! ママに褒められるなんて……嬉しいわ」
「バカ。ジルったらロッカの紹介を忘れてるわよ!ママ、それとねっここにいる可愛い子はロッカというの。煮えくり返る様な少女の姿なのに男の子なのよ。それにこの容姿が原因で殺されてしまって死んでいて幽霊という存在なのよ」
「ほう。それはまた珍しいね……ロッカ、エルフの子かい? 本当に少女にしか見えぬわ」
「「でしょう?」」
「ロッカ、本当に死んでいるのかい?」
『あっはい。死んでまーす! おさかなさ……ママ!!』
「あらあら、死んでいるのに元気な返事だね。珍しいこと」
『ふふふっ!死んでも元気なのはぼくも不思議さ! おさかなさ……ママも不思議な感じだね!?』
「ほほほ。正直な子は嫌いじゃないわ……ロッカ、気に入った」
『やったー! 気に入られちゃった! 私もママのこと気に入っちゃった!』
……ルッカすげえな。
あんな半魚人相手に通常運転かよ。
一回死んでると怖いもんがないんだな。
「ロッカが来てくれて私の気持ちも明るくなった。ベラとジルには褒美を与えよう……そうね。あの忌々しい魔物に止めを刺す権利をやる!」
「うそ……だってそれはママが」
「そんな名誉な事……私達にはもったいないわ」
「いいのよ。ベラもジルにあげるわ……その前に私が限界まで痛めつけるけどね?」
「「もちろんよ!!」」
急に話が見えなくなったと思ったら、俺たちの表情を読み取りママが説明をしてくれた。
最近この付近に現れた魔物がいるらしい。
散歩を兼ねた警戒中に見つけたその魔物の姿が珍しく、コレクションに加えようと近づいたところ何か呪いの類をかけられたママは人魚から現在の半魚人の姿に変えられてしまったらしい。
「ママはね、とても魅力的でどんな生き物も魅了してきたの」
「それなのにあの魔物がママを……絶対に許さないわ」
「ぎりぎりまで生かしたまま八つ裂きにしてやるんだから」
「だめよ。私の可愛い可愛い娘たちが私と同じ目に遭ったら耐えられないわ。まだ近づいては駄目……慎重に調べてからよ」
『でも、それって本当に可哀想。レオン何とか出来ない?』
「俺!? そうだな……魔物を見れば何か分かるかもしれないけど」
ある程度近づけば鑑定で多少は調べられるかもな。
「ボン爺は、何か知ってる?」
「呪いを仕掛けてくる魔物は多いから今の話だけじゃ何とも言えん……それよりわしは疲れた。今日は休ませてくれんか」
「なんと逞しい勇者が来てくれた事か……しかしボン様はお疲れということは良くない。気分が良いから宴でもしようかと思っていたが明日にするか。皆!添い寝の用意を!!」
はっ!? 添い寝だって……!!?
人魚達の嬉しそうなざわつきもでかくなった。
そ、添い寝なんて……おっ俺……そんな状態で寝れるのかよ……?
「……歓迎して貰う立場で悪いが、出来ればわしらだけにして欲しい。久しぶりの再会でな、坊主達に積もる話でもさせてやりたいしのう」
「それはそれは……ボン様の言う通りだ。気が利かなくて悪かったと謝ろう」
「いや、すまない」
人魚達が一斉にがっかりする空気が伝わってくる。
俺も、残念だったような良かったような……っていうか兄貴、今までどうやって寝てたんだよ……参考に後で聞いておこう。
「この子はいいのかい?」
ボン爺の意向を汲んですぐに客人の間へと案内される事になり、とっとと広間を後にしようとすると後ろからママに声をかけられた。
ママの艶めかしくむっちりした太腿に頭を預けたままぐったりしている屍のようなヨハンを指さしていた。
「あっその人は顔見知り程度ですので大丈夫です」
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肩を落としながらも、兄弟の再会である事を尊重してくれた人魚達は、海藻で区切られた空間に案内してくれた。
ここが、客人の間か。
特に何もないただの空洞って感じだけど地面には妙にふかふかする海藻が一面に敷き詰められている。
ベッドなんてものはない。この上で雑魚寝だな。
気を聞かせて、「もう明日まで会えないのは寂しいけど……でも沢山お話したい事もあるだろうから我慢するわ」「お休みなさい、愛しい人たち」「好きよ……また明日ね」などと一人一人から別れの熱い抱擁を受けるとやっと解放される事ができた。
そしてすぐにボン爺が魔法を使い内側に壁を作り音が漏れない様にした。
おかげで悪趣味な魔石の光からも解放されたが途端に真っ暗闇に……兄貴とルッカだけぼんやり光ってる状態だ。
一同集まったもののかなりシンとした気まずい空気のなか、穏やかに話し出したのは兄貴だった。
「見かけた事があるだけで話すのは初めてだね。ボン殿、レオンの護衛だという話は聞いているよ。レオンを守ってくれてありがとう」
「なあに、こいつはもうわしの護衛は必要ないわい」
「ボン爺! やめろよ。俺はまだ全然子供だし必要だって! ……まだビュイック諸島に隠居するつもりはないよな……?」
「なに? お前……まだこの老体を酷使する気か!?」
「ははは。レオンもこんなにやんちゃな事を言うなんて知らなかったな。全てが新しく感じるよ」
「……ずっと領地にいて本当は貴族らしい教育はまともに受けていないから。でも兄様とこうやって話が出来る日がくるのは嬉しいです。アイリスとも大分仲良くなったんですよ」
「そうだったね。兄妹のせいでレオンはたった一人領地で……寂しい思いをさせてしまったね。それと私にもその、くだけた話し方にしてくれないかい? 兄弟なのだからいつもの様にしていて欲しい」
「……そう? それじゃ……兄上にはちゃんとした振る舞いをしたかったんだけどな」
「いや。本当の弟の姿が見られた方が嬉しいよ」
「実は父上と母上の前でもちゃんとしてるんだ。そこは内緒にしてて欲しいんだけど……」
「あははっ……いいよ。秘密にしよう」
少しずつ空気がほぐれてきたところで、兄貴のこれまでの話を聞いた。
馬鹿皇子の部分はやたら美化されてるような気はしたけど……大亀で移動したのも海に出たのも馬鹿皇子ではなく兄貴の提案だった事には驚いた。
大亀の魔物に乗って生まれて初めて魚釣りというものをしたとか、初めて魚というものを食べたけど美味しかったとか、なんでかその頃に一度人魚を釣り上げたとかとんでもない話だった。
その時も、「家に来ない?」と誘われたけど「生憎、急いでいるから」と丁重に断ったらしい。
で、その後巨大な蛸に大亀ごと丸呑みされてしばし彷徨ったあと、人魚達によって助け出されたらしい。
……巨大な蛸とかまさか、あの時のあれじゃない……よな。そんな気しかしないけど。
「ヨハン君はね、とても情熱的なんだ。大切な許嫁を捜しているらしいんだよ。長い間行方不明らしくて……彼が不安定なのはきっとそのせいだと思う。私に何が出来るとは言える立場じゃないけど、力になりたくてね」
『お兄さん! だめよ。もう少し疑うことも大事だって分かって!!』
「そうかな。私はこの世に生まれてから人の苦しみを和らげる事を主にしていたから、ヨハン君の苦しみが深く見えてしまうんだよ」
『お兄さんったら……もっとレオンぐらいのほほんとしてないと。その辺はこれから見倣ったほうがいいと思うわ』
「のほほんとは失礼な奴だな。俺だって結構まじめに考えてるっての」
「二人はとても仲良しなんだね」
「まあな」
『べっべつに!』
「なんだよ! 俺たち仲いいじゃん」
『仲良くないもん! ふつうだもんっ! レオンのせいで仕方なく一緒にいるだけだもん』
「おい、せっかくの貴重な時間を無駄にするな。ここから上手く脱出する事を考えろ」
ボン爺ももちろん、人魚達がかなりやばいってのは気が付いているみたいだった。
どうやら俺も最初にやられた魅了にかからないようにひたすら酒の実をあおって正気を保っていたらしい……恐れ入るよ。
アイゴンがいなかったら、酒も無理な俺には耐えられなかった。
兄貴はその身の持つ溢れんばかりの光の力により魅了は掻き消されているようだった。
ボン爺も兄貴が近くに来てからは大分楽になったらしく、定期的にアンドレがボン爺に力を与える事で何とかなりそうだ。
だけど、メイ達のことも気になるし早くここを出たいのは確かだ。
問題は、現在スライムが近くにいない事と人魚から定期的に喉に突っ込まれた何かを摂取しないと生きられないって事だ。
ママはロッカをいたくお気に召したっぽいし。
とりあえず手形を渡して、後は家にある貴重な宝石を取ってくるとか何とか言うしかないかって事に落ち着きそうだ。
……この提案を出したところで誰かが人質にさせられる可能性もあるんだけどな。
『ねえ……でも待ってよ。やっぱり可哀想なママのために魔物退治はしてあげましょうよ!』
纏まりかけた結論が急に割って入ったルッカの熱意により覆された。