139.里の入り口
「何て美しいの……兄弟愛よ?」
「本当ね。ずっと見ていても飽きないわ」
「ああーん。でも触りたいわ。あの二人に抱きつきたい!」
「駄目よ! こんな素敵な光景ここ数百年見ていないんだから! 余計な事しないで!」
「そうよ。殺すわよ」
お……落ち着かない。
兄貴を見つけた直後の感傷的な気持ちから一転、半径1メートルぐらいの距離でぐるりと囲まれての再会劇……良く分からない感想までうるさいのなんのって……見世物じゃねーっての!
「レオン、まったく君は……どうやってここまで来たんだい?」
兄貴は妙に落ち着いていて俺の髪を撫でながら落ち着いた声で話かけてくる。
周りの人魚達が気にならないのか?……そうか、兄貴は”光の神子様”とかいう王国きっての見世物を長いことやってたんだったよな……取り巻きは空気みたいなもんなんだろう。
でも兄貴の穏やかな声と優しい手は母上みたいだな、すごく落ち着く。
「兄上こそどうしてこんな所にいるのです? ご無事で……というより元気そうで何よりですけど」
「どうしてって? ははは……そうだよね。あははは……本当にその通りだよね」
一体どこの何がツボだったのかは分からないが、突然腹を抱えて笑い出す兄貴。
笑い過ぎて苦しそうなのに、尚も止まらないようだ。
そして何故かそんな兄貴の姿に悲鳴を上げて喜ぶ人魚チーム。
いや、確かに兄貴はどんな姿でも恰好いいけどさ。相変わらず微妙に光ってるし。
悔しさも起きないくらいのイケメンではあるけれども。
「あの、兄上……?」
「レオンっ! 外の世界というのはとても素晴らしいね。木の実も魚もとても美味しいんだ。空気ですらも、全てに生命が宿っているんだ。知っているかい?」
輝かんばかりの笑顔。
バタバタと崩れ落ちていく人魚達が視界に入るが、もういいや。
「ここも、海の中で陸地でいる様に過ごす事が出来るんだよ。ああ、アイリスにも見せてあげたいよ。アイリスは魚は……食べないかな? でも例えば貝なら、ああ、海藻もとても美味しいんだよ。レオンは食べたことがあるかい?」
兄貴がはしゃいでいる。
そっか、兄貴もアイリスと一緒なんだ。
俺ばっかりのほほんと領地で気楽に暮らしてたから、申し訳ないぜ。
「兄上、実はアイリスも一緒に近くまで来たんです。ここまでは事情があって来れなかったんですけどみんなで兄上を探して迎えに来たんです。そして待っています。早く帰りましょう」
「そうなのか? すまない。ヨハン君もとても素晴らしい子でね、私も彼の力になれたらと一緒に旅をしていたんだ。ここまでの旅は本当に素晴らしかったよ。迎えに来てくれたのはとても嬉しいのだけど、彼の為にもう少し一緒に旅をしてくれないかい?」
ヨハン君!? 素晴らしい!? 一緒に旅!?
だめだ……いまいち話が。
兄貴と会うのが久しぶりだし、兄貴は兄貴で外の世界に舞い上がってるしもう少し
「ねっねぇ! 二人とも……そんなすぐに私達の所からいなくならないわよね?」
「寂しいわ。あと数百年は一緒にいたいわ」
「私達、こんな暗くて寂しい所にいてとてもとても孤独なの。お願いよ」
俺たちの会話の流れを察したらしい人魚達がとうとう間に割って入ってきた。
そういや、妙に静かだけどここに馬鹿皇子もいる……だよな? 静かだけど。すごく静かなんだけど。
いるんなら、とりあえず馬鹿皇子だけ置いていくからそれで許してくれないかな……。
「そうだ、まずはレオンとロッカとボンおじ様をママに紹介しないと」
ルッカ、いつの間に偽名を
「嘘? ロッカがいないわ!」
「いやだ! 消えてしまったの!?」
「ロッカって誰よ? どんな子?」
「美しい女の子の様な男の子よ。女の子に見間違われて殺されてしまったはずなのに存在する不思議な子なの!」
「なにそれ! 貴女達が隠しているのではなくて?」
「見せなさい。殺すわよ」
「そうよ。早く見せなさい!」
「この海の魚の餌となりたくなければね!」
『もうやだ……なんなのこの人魚達、怖いんだけど。きっとアイリスが離れたから効力が切れたのよね? ラッキー!』
なるほど。俺には普通に見えるから違いが分からないんだよなー。
「ロッカというのは、レオンの友人かい?」
「あ、そうです。ル、ロッカは面白い奴ですよ。今度紹介します」
周りで物騒な争いが起き始めているのに、兄貴は気にした風もないな。流石だ。
それにしても、さっき会ったばかりとはいえベラとジルがここで殺されるのは気分が悪いな。
光魔法なら兄貴もお手の物だし……頼むか。
『やめて。お願い! 本当にやめて! 成仏した事にして!!』
でもこのままだと二人がさあ。
『死んだってどうだっていいじゃない! 私も死んでるのよ!!』
でもさ、今あの二人が死んで幽霊になったらどうするんだよ!?
男のふりしてんのだってばれるぜ?
『ひっ!! それは……怖いわ。殺されそう』
死んでなお殺される危機が起きるとはな。
っていうかもう死なないだろ。
『分からないでしょ!? そんなの!!』
じゃ、頑張れ。
「兄上、実は……」
アイリスの時はかなり集中して両手を掲げる感じだったけど、兄上は少し微笑んだだけでルッカに輝かしいばかりの光を与えた。
「「「「「きゃーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」」」」」
ルッカ、改めロッカ君の登場に割れんばかりの黄色い声。
耳いてえ。
「触れないのは残念だわ」
「女の子の服装をしているから、男の子だって知らなかったらすぐに八つ裂きにしてしまうところね!!」
「でも、なんか良くない?……男の子なのに、女の子みたいな恰好をしていて、それでも男の子なのよ?」
「複雑だけど、本当に可愛いわ」
『あは…はは……ありがとう……』
俺たち兄弟の再会、ル…ロッカときてとうとう若干空気と化していたボン爺のもてはやされる番が来た。
相変わらず無表情だが、顔が妙に赤い……うわ酒くせっ! 呑んでたのか!? こんな所でいつの間に……
現在、未だに人魚達の里と言われる珊瑚に覆われた入り口付近。
人魚達は全員同じ顔だけど美人だし色っぽいしちやほやしてくれるんだけど、何か嫌な予感しかしないんだよな。
早く帰らないと。ル……ロッカも顔色悪くてやばそうだし。
「あの、僕達はやっぱりー」
「さあ、早くこっちよ?」
「まだ来たばかりなんだもの。私達を寂しくしないで?」
「ね、レオン。怖がらなくていいのよ」
人魚達もエルフやマリア様と同じく年長者だ。
俺が考えている事なんかお見通しなんだろう。
抜群のフォーメーションで囲まれてさり気なく入り口を塞がれると見知らぬ人魚達に両脇から腕を組まれて抱かれる様に前に進むしか道はなくなった。