137.人魚
『レオっ! 人魚危険なの! ボン爺さんとあんた以外を殺そうとしてるの!!』
「ねぇ坊や、それ、珍しい乗り物ね。お姉さんに教えてくれる?」
「私達の家にいらっしゃいよ。甘くてとっても美味しいお菓子もあるのよ?」
艶のある妖艶な声……くらくらしてくる。
でも大丈夫だ。安心しろルッカ。
さっきは人魚の声を聞いただけでぼんやりしちまってあんまり覚えてないけど、アイゴンが何かしてくれたみたいだから。
『なんなのよ。あの人魚……女の子が嫌いなのかしら。だからって殺そうとするなんて……私ほかのみんなのところにも行ってくる!』
「なにかしら、あの子……深海で自由に動き回るなんて……目障りね」
「ふふっ。私に任せて」
冷酷な表情なのにぷっくりした唇の端がくっと上げてにやりと微笑む。
……滅茶苦茶色っぽい。
優雅にルッカを追いながら遠目でも分かる長い爪でルッカの背中を思い切り抉ろうとして…大きくすり抜けた。
「えっ……なあに!?」
「ちょっと、何してるの!」
「……ちゃんと狙ったわよ! 私の爪はちゃんと届いていたのにすり抜けたの‼」
人魚たちは動揺している。
アイリスの力で見えるけど、どうやら幽霊だって事は気づかれてないのか。
でもまずいな…ルッカに攻撃が当たらない事で人魚が苛立っているのがここからでも分かる。
このままじゃ怒りの矛先がアイリス達に向かうかもしれない。
『………………お……おねえさん達……やっ……やめておくれよ。ぼっ……ぼくになにをするんだい……?』
ルッカ!!?
「このっ!……あら、貴方もしかして男の子なの?」
「肌も髪も青色だけど女の子にしか見えないわ」
『…………ぼ、ぼくは女の子じゃないよ! おねえさん怖い……苛めるのやめてくれない?』
突然のまさかのルッカの行動に目を離せない。
よく見たらルッカの髪の中にマリア様が隠れて何か指示してるっぽい。
なるほど……どうやらこの場を乗り切る為に男の子のふりをする事にしたってことか。
長い付き合いだから分かる……ルッカのあの表情のこわばりは……相当屈辱なんだろうな。
「本当? 男の子にしては女の子みたいに腹が立つほど可愛いわね」
「服装も女の子にしか見えないけど……」
『ぼっ……僕は、確かに女の子みたいだってずっと言われてきたよ? だからずっと女の子の恰好を無理やりさせられてたんだ。そしてそのまま殺されてしまったんだ!』
ルッカ……っていうかマリア様、すげえ。
よくもそんな適当な事を。
「やっだー。可哀想!!」
「だから攻撃が効かなかったのね! でも良かったわ。大切な男の子を殺してしまうなんて耐えられないもの」
効いてる。
めっちゃ効果ある。
この調子で、ディアーナとアイリスとマールも男のふりしてもらうか。
「可哀想に、死んでしまったのにどうしてこんな所にいるの?」
『それは……あそこの男の子に助けて貰ったんだ。あとあそこの女の子にも……』
「そうなの。あの子が……優しいのね」
色っぽい流し目で俺の方をちらりとみて優し気に微笑む人魚。
「そうそう、女の子もいるのよね。あの子達は要らないわ、寧ろ邪魔よ、臭くって仕方ないったら」
しまった。ルッカのアホ! 何やってんだよ!!
ってルッカもやべって顔してやがる。
とりあえず、メイは俺のマントで包んでるからま、まだ大丈夫か。
『ごめんなさいっ! おねえさんっその子達を殺さないで!! ……その子達は不思議な力を持っていて、いなくなったら……ぼ、ぼくは消えてしまうんだ』
「そうなの? ねぇ、どうする?」
「その子、何だか珍しいしママが好きそうだから消えてしまうのは困るわね」
「でも女よ?」
「私だって見るのもいやよ」
『ねっねぇ! おねえさんこういうのはどうかな!? おねえさんたちの家には近づかせないから、ここに置いて行くだけでもいいんじゃない?』
「……どうする?」
「困ったわね……近くに私達以外の女がいるなんて耐えられないし」
「でも、死んだ男の子なんて見るの初めてだもの。みんなに自慢したいし、あの子が消えてしまうのも嫌だわ」
揺れてるな……どうなるんだ
『そっそういえば、あの子達は女の子だけど二人はあの男の子の姉妹なんだ。あの小さな青い子は……ぼ、ぼくの妹なのさっ! ねえっ!?』
「あっ!? ああっそうなんだ。お美しいお嬢様方、僕らの妹達を見逃して頂けると助かります」
「あら? やんちゃそうな男の子かと思ったら……礼儀正しいお坊ちゃまなのね?」
「可愛いわ。そうね……まだ子供なのに家族を目の前で殺されたら少し可哀想かしら」
ルッカが懇願する目で投げた咄嗟のボールを無駄にすまいと必死の思いで貴公子スキルを発動させたが、うまくいった、のか?いったよな!よしっ
こんな時に役に立つなんて……人生何が起きるか分かんねーな。
でも、俺たちの頼みなら結構聞いてくれるっぽい。ここは皆を守るためにいっちょやるしかねえ。
『突然こんな所へ来てしまってごめんなさい。でもとてもこんなに綺麗な女の人に会えて光栄です。しかも妹達を見逃して下さるなんてとてもお優しい貴婦人なのですね』
ハンナ直伝の貴公子スマイルも発動。
務めて温和に、柔和に、笑顔でごまかすスペシャルスマイルだ!
「貴婦人ですって」
「礼儀正しい子、好きよ」
「……そうね。いいわ、そこのおじ様と貴方と貴方こっちに来なさい」
「その入れ物が何なのか良く分からないけど……残りはここから動いてはだめよ。もし動いたら例え可愛い貴方達の家族でも容赦なく殺すわ」
や、やった……のか?
でもまずいな。ここは寒いし、俺たちが抜けたらマールとメイはそれぞれ一人きりになる。
『安心なさい。貴方達が行った後、何とかごまかしてあの子達は島に逃がすわ。せいぜい人魚達が気付かない様に接待していなさい』
マリア様……分かった。スライムと話せる?
『当然でしょう? 幸いスライム達はメイの事をとても可愛がっていますからいう事を聞いてくれるでしょう。さあ、さっさと行きなさい』
分かった。
メイ、すぐ帰ってくるから待ってろよ。
……ある意味メイが寝てて良かった。
スライムの付近まで迎えに来た人魚の伸ばす手に応えようと腕をスライムの外へと出すと物凄い力で引っ張られた。
深海に生身で出されたというのに、即座に人魚に抱えられて豊かな谷間から取り出された宝石の様な物を喉の奥まで突っ込まれて無理やり飲み込まされた。
……息が、出来る?
「あら、驚いたの? 坊や」
人魚は赤い舌をぺろりと出してゆっくりと俺の喉元に突っ込んだ指を舐めながら目を細めて微笑みむと俺に頬づりをした。
冷たいけど、柔らかかい……
「大丈夫よ、それは毒ではないわ。でも貴方達人間は私達から定期的にそれを貰わないとここでは生きていけないの」
「私達の言う事をちゃんと聞いていればちゃんとあげるから安心してね」
「この子可愛いわ。決めた、この子は私の物よ!」
「ちょっと! ずるいわよ!」
「何よ、こういうのは早い者勝ちって決まっているのよ」
美人でしかも色っぽいお姉さんが俺を取り合っている……だと!?
ありえない出来事に意識が遠のきそうだ。
遠くで、ルッカの死んだ表情が見えた気がした。