131.出航
マリア様からの指令に従い、夜明けには出立を決めた…はずだった。
しかし、実際に出発したのは完全に陽も昇りきった昼頃。
仕方なかったんだよ。
島のみんな引き止めるからさぁ。
次々にこれを持ってけだのあれは持ったかだのすげーすげー引き止めるんだよ。
これ以上はただでさえ小さい舟が沈むと固辞させてもらったが、やっとお土産攻撃が終わったかと思えば今度はディアーナとアイリスが居ない。
で、どこにいたかというと島の女性陣に囲まれてなんかやたら綺麗な貝だとか石だとかの装飾品につられてやがった。
「幾つでも気に入ったの持ってきな」と気前よく言ってもらったけど、「そんなの悪いわ」とそれぞれ一つずつ貰う事にしたらしい。
で、何時まで経っても決められないと。
でもって「そういや、こんな織物もあるよ。どうだい?」とか「あたいが作った木彫細工も見ておくれよ」と出てくるわ出てくるわ……。
俺とボン爺は空気と化し、彼女らには声が届かないらしい。
それをいい事にマールはいつまでも食ってるし、メイは両親にしがみついてわんわん泣いている。
収集の全くつかない最中、俺はマリア様から「早く移動しろ」と怒られるし、マリア様が俺の眷属となったことでなぜか同時念話が可能となり適当な通訳がばれたルッカも嫌味を言われてつまんなそうな顔して膨れてるし、気がついたらボン爺まで手に酒を持っているしはっきり言ってめちゃくちゃだった。
それでも出発出来たのは、泣き続けていたメイが自ら両親の手を離れ俺のところにゆっくりと向かい「にーに、ごめんね。もうだいじょうぶ。いこ?」と半ばしゃくりあげながらもしっかりと言ったからだった。
みんなが一番幼いと思っていたメイのその発言に気を取り戻したってことだ。
その言葉を聞いたメイの両親は少し寂しげだったがもうメイを引き止める様な言葉を言わなかった。
こうして俺たちは海岸で陽気な音楽とともに見送る島の皆が見えなくなるまでいつまでも手を振りながら海に出た。
まあ、とにかくメイのおかげで出発出来たんだ。
雲ひとつない空の下、陽よけもないいかだもどきの小舟は海の上で照りつける陽の光に焼け死ぬんじゃないかと思うほどだ。
なーんつってな。
ボン爺と俺がいればその程度の暑さはなんとかなるっての。
舟を壊さないように魔法で制御させつつ細かい氷を作っては風を起こす。
そんな感じでいい感じに快適だ。
皆で旅をするようになってから透けるような白い肌をもつアイリスやメイの近くにいて、健康的な肌色のディアーナは美白が気になる様になったらしく何とか陽に当たらない様に布を頭から被っていてひとり暑そうだけど。
布の中では肌に良いと言われる島の土産の果物をずっと食ってるし。
領地でメイに稽古をつけてる時はそんな事なかったのになー。「急にどうしたんだよ?」って聞いたらなぜか殴られた。解せない。
『とーぜんじゃない。ディアーナだって女の子だもん。近くにちょっとタイプの違う可愛い女の子がいたら気になるでしょ?』
そうかな。ディアーナってそういうガラじゃねーじゃん。
もっと漢らしくしててくれていいのに。
『ばっかねー。とにかくレオのためを思っていうけど、それを声に出して言うんじゃないわよ?』
へーへー。俺のためって…またなんか適当に言ってんじゃね?
『適当なことなんかいわないもん!』
じゃああのマリア様の適当な通訳は何だったんだよ。
『だってあの虫たち、口うるさいんだもん〜。だから私なりに伝わりやすくしてあげてただけだもん』
魔法で風を起こして進む舟の旅は快適だ。
たった二度目の航海にして俺も何とか制御して浮かぶのに成功。船酔いさえなければ天気も良いし気分がいいぜ。
それにしても、族長が言ってた島…かなり大きいらしいけど未だに水平線しか見えねーな。
到着はいったいいつになることやら。
メイは泣き疲れて今はアイリスの膝の上で眠っている。
起きた時にやっぱり寂しくなってまた泣き出すんじゃないかと心配だけど、その時は俺が……
「レオにーにさん…」
「なんだよ? 船酔いか? 青い顔して」
「青いのはもとからです! あのう…あの…」
「だからなんだよ。マールらしくない。もう腹が減ったのか? 残念だがここはもう島の上じゃないからな、貴重な食料をむやみに食わせられないぞ。分かってんだろ? 一応年上なんだから」
「なっ! なにを失礼なっ! そんな言い方……まるで私が食いしん坊みたいじゃないですかっ」
「いや、そのまんまじゃん」
「ひっひどっ…はっううぅ…」
怒って勢い良く立ち上がったマールだったがすぐに崩れおちて丸くなった。
「おっおい! どうした?」
「マール!? どうしたの?」
「……く、苦しいです」
『……食べ過ぎね』
マールは出発ぎりぎりまで何かしら口に入れてもぐもぐやっていたのは知っている。
食べてすぐに舟に揺られて腹がびっくりしたんだろう。
『まったくもー。マールったら…200歳にもなって。自業自得なんだからほっときなさいよ』
いや、そうは言ってもさ…
「マール、私が癒しましょう」
「いや、嬢ちゃん。無駄に神聖な力を使う必要はない。ほれマール、さっさと海に向かって腹のもんを吐き出せ。それで治るじゃろ」
「…い……いやです! わっ私はたべものを粗末になんかできませんっ!!」
その叫びとともに舟がガタガタと壊れそうなほどに物凄く揺れ、大きく傾いた、
「きゃっ」
「駄目だ! マール! それをやっちゃいかんっ!!」
「私が抑えるわ。やだ、陽射しが暑い」
何やら覚醒した体のマールの姿に慌てるみんな。
「おい、マールどうしたんだよ!?」
『あ、レオは覚えてないんだっけ? あれがメイの島に到着した原因のやつよ』
「うぷっ…みなさんも早く島に着いた方がいいですよね! 私っやらせていただきますっ!」
「マールっ! やめろ!!」
しかしマールの力は強大だった。
舟の傾きが尋常じゃなくへりにしがみ付いて海に落ちないように耐える事しか出来なくなって……そして舟は超高速で海面を走り出した。
「「「ぎゃああああああああーーー」」」
ひっ…こっこれが……
『……逃げ魔法よ』